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星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第二章 アカデミーと弁当屋
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星持ち様(仮)、受講に物申す。

 アカデミーに入学してから、今日で一週間。

 鏡に映った自分の姿にも、だいぶ慣れてきた。ときどき胸をかきむしりたくなることもあるが、忍耐だ。


 繊細な模様の入ったスカート、丸襟のシャツにスカートと同じ模様の入ったベスト。胸元には黒いリボン。その上に丈の短いローブを羽織ればアカデミー式正装の完成だ。


 この年になって制服を着ることになるなんて思いもしなかった。どんな羞恥プレイ、と悶えたが、私服で登校するような人はいないので、我慢。目立つことは極力避けたい。


「私、もう出るけど」

 同室のライラが先に身支度を終えて声をかけてきた。

 肩で切り揃えた濃い金髪に空色の瞳、パーツは全体的に小さくまとまった、フランス人形のような美少女。化粧っ気はないが、ちょっと濃いめの口紅をしたらさぞ映えるだろう。


 同室になって以来、それなりに話してくれるようにはなったが、彼女はいつも淡白な口調で滅多に表情を変えない。寮以外でも誰にでもそんな感じなので、私に心を開いてくれないというよりは、それが彼女の普通なのだろう。表情が読めないため最初はやりにくかったが、もう慣れた。


 ちなみに私は自室ではミンティ女史の教えを守りきれず、すっかりいつもの庶民スタイルだ。

 どうか私の素行がバレませんように。部屋以外では頑張りますから。


「あ、待って。今いくから」

  慌ててライラを追って部屋を出た。


 寮の食堂へ行くと、まだ時間が早いため生徒の姿はまばらだった。

 ライラも私も混んだ食堂では食事をとりたくないと意見が一致して以来、少し早めの時間を狙って来ることにしているのだ。


「ライラは今日の一講目、何だっけ?」

 朝のプレート料理を食べながら、ライラにきく。


 あー、この卵もう少し砂糖を足したらいいのに。火加減もちょっと強いのか、ふんわり感が足りない。

 基本的に食堂の食事はおいしいが、ときどき味の好みが私とは違うのか、物足りないような寂しい気持ちになることがある。


「実技演習Ⅰ。リリアは…」

「魔学基礎講座。先生の話し方がききとりにくいし、黒板消しちゃうのも早いんだよね」


 きっとわかりやすい講義なのだろうが、教師のボソボソとしたしゃべり方に慣れることができないため、ついていくのが精一杯なのだ。このあたり、やはり第一言語じゃないから仕方ないのかも知れない。訛りが強かったり、早口だったりするときき間違いが多くなるのだ。

 ミンティ女史の授業がいかにきき取りやすくわかりやすいものだったか、よくわかる。


「私が去年使ったノートがある」

「えっ!」

 ライラをまじまじと見るが、彼女は小さな口でレタスを咀嚼中。

「見せてくれるの?」

 期待をこめてきくと、もぐもぐしながら微かにうなずく。なんて良い子。


 ライラは淡白で無表情だけど、実は親切だし気遣いもできる子だ。

 夜は私が寝仕度を始めると黙って明かりを落としてくれるし、私の知らないアカデミーの規則もそっと教えてくれる。差し出がましいことはしない、ひそかな優しさって素敵だよね。


 十代の若者で溢れる学舎にいると、言いようもないむなしさを感じることがあるが、ライラや他の子の姿に学ばされることも多い。



 もちろん、良いことばかりじゃないけど。






「リリア・ブリット!」

 何度目かの金切り声にようやく目を上げると、入学以来しょっちゅう絡んでくるマデリーンが怒りに頬を染めて立っていた。

 おかしいな、この校舎裏は休み時間に一人で勉強できる絶好の隠れ場所だったのに。


「どうかいたしました?」

 淑女の微笑みで問い返すと、マデリーンは綺麗に彩られた唇をわななかせた。

「どうかいたしました、ではないですわ!わたくしが直々にあなたに話しかけているというのに、手も止めないなんて一体何を考えていらっしゃるの!」

 言いながら、芝居がかった仕草で手入れの行き届いた金髪をかきあげる。


 何を、ってさっきまでの魔学基礎講座の復習と、次の魔学応用法Ⅰの予習ですよ。十年かかるアカデミーに、まともに十年いたら私の人生おしまいだ。実技を免除してもらえるのだから、何とか三年以内くらいで卒業したいのだ。時間は一刻も無駄にできない。


「それは失礼いたしました。それで、私に何のご用事が?」

 バカ正直に言えば火に油を注ぐのは明白なので、胡散臭い笑顔で適当に謝っておく。用事があるなら早く済ませてよね。


「あなた、一体ここへどのような目的でいらしているの」

 ハンカチがあったら、ギリギリするだろうなというような様子のマデリーンだが、言っている意味がわからない。

「どのような、と言われましても。魔学を修め、星持ちに足る資質を研くためですわ」

 大嘘だが、志望動機の模範解答としてミンティ女史に教え込まれているので臆面もなく言い切った。


「でしたらなぜ、実技を一つも受講してらっしゃらないの?」

 私の答えに、赤茶の猫目をさらにつり上げるマデリーン。


 てか、私が今期何を受講してるか調べたのか?確かこいつと一緒の講義は魔学応用法Ⅰと生活理論Ⅰしかなかったはずだから、それ以外はどうやって?時間割りは個人で管理してるから、バレないはずだけど…。


「実技演習Ⅰはすべての実技の基礎講義でありながら、二年に一度しか開講されません。あなたは入学したばかりなのに、実技演習Ⅰを受講してらっしゃらない。これをとらなければ他の実技は受講できないのに、なぜかしら」


 鬼の首をとったかのように、勝ち誇るマデリーンに、内心私は拍手を送る。

 実技演習Ⅰは受講生徒数が最も多い講義だ。たしか一度に八十人くらいは受けているとライラが言っていた。その中に私がいないと気づくとは。ストーカー?


「あら、私の身元保証の方が指定した通り受講しておりますので、私にきかれましても困ります」


 これは、アルドさんが言っていたこと。実技を受けないことを怪しまれたら、自分に指示されたと言えと。最終的に星がないことがバレるのは仕方ないが、できる限り引き伸ばすにこしたことはないと。


「……っ!あなたは…!わたくしをどこまで…!」

 わなわなと肩を震わせたマデリーンは、覚えてらっしゃい!と古くさい一言を残して足早に去っていった。


 結局マデリーンが何を言いたかったのかは全くわからないが、私の勉強時間は確実に無駄になった。そしてあの様子ではまた絡んでくるだろう。


「……めんどくさい」

 盛大に舌打ちしてしまうのも、どうかご容赦いただきたい。




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