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星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第一章 星持ち様と弁当屋
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星持ち様、慰問に来てくださる。

 いよいよ三日後にアカデミー入学を控え、ミンティ女史の授業は苛烈を極めた。

 ミンティ女史の鬼気迫る姿に、文句が言える人がいるなら、ちょっと来てほしい。どうか代わりに言ってくれ。



 知識だけつめ込むならまだしも、私の礼儀作法は我ながら壊滅的だった。

 一般家庭で少女時代を過ごし、こちらへ来てからも慎ましく暮らしてきた私にテーブルマナーなんて身についているはずもない。所作にしたって、こんな長いスカートを優雅にさばく歩き方なんてしたこともない。

 起きている間はいつでもミンティ女史の視線が張りついていて、粗相をするとお小言が飛んでくる。おかげで彼女に夢の中でも追いかけられる始末だ。


 いい加減げっそりしてきた私に来客のしらせがあったのは、ミンティ女史の屋敷で過ごす最後の日の午後だった。


 またあの腹黒か、と思いつつ、気分はそれなりに上向きになる。エディくんが持ってきてくれる甘いお菓子や装飾品が、実は密かに楽しみなのだ。


 でも、浮かれた足音をききつけられればどんなお小言が飛んでくるかわからない。

 あくまでも淑女のように、もったいつけた歩き方をして客間へ行った。

 ちなみに今の私はミンティ女史から贈られたシンプルなオレンジ色のドレス。レースもパニエも控えめなため、ややたっぷりとしたワンピースのようなものだ。これを着て淑女の歩き方をすると生まれも育ちも庶民の私でも、それなりに見えるから不思議だ。すぐボロはでるけど。


 ノックをして、返事を待ってから扉をあけた。

「お待たせいたしました」

 同席するミンティ女史の視線を感じながら、丁寧に礼をする。

 どや。文句ないだろ。腹黒もちょっと感心したか?


「…見違えたな」

 下を向いたまま内心にやついていた私は、一瞬耳を疑った。

 まさか、と顔を上げると、やや呆れた顔のミンティ女史の視線と、穏やかな灰色の視線とぶつかる。


「…アルドさん…」

 一ヶ月ぶりだろうか。身元保証人になってくれたときいたとき、また会えるかと期待してたのに全く音沙汰なくてがっかりしたものだ。きっと名前だけ貸してくれたんだろうと無理矢理飲み込んだのに。


 まさか今になって会えるなんて。


「限られた時間だったが、成果が得られたそうだな。ミンティ先生が褒めるほどだ、自信をもっていい」


 アルドさんの優しい口調にデレデレしそうになり、ふと首をかしげそうになる。


 ミンティ女史が褒めた?誰を?


 私が視線を向けるとミンティ女史はつんとそっぽを向いた。

「この時間内でよくやったと言っただけです。完成したとは言いがたいのも事実です」


 それでも、初めて彼女に言われた褒めことばは例えようもないくらい嬉しい。

 ようやく認めてもらえたような気がする。


 すっかり頬をゆるめた私を見てため息をついたミンティ女史は、音もなく立ち上がる。どうやら別の来客があったらしい。決して粗相のないように、と言い置いて部屋を優美に出ていった。


「来てくださって嬉しいです」

 テーブルを挟んで向かいに座ったアルドさんは相変わらず美しい。弟は女性美を感じる天使のような愛らしさだが、兄は男性らしさに溢れ、神話の男神のような美しさだ。

 服の上からでもわかるがっしりとした身体つき、艶やかな黒髪に優しい灰色の瞳。


 ああ、眼福。


 思いが通じない切なさはある。だが、この気持ちはアイドルを追っかけるファンのものに近いような気がする。もしくは仏像を拝む感じ?


「いや。身元保証を引き受けておきながら、今まで様子を見に来ることができなかった。不自由は…なかったようだな」


 アルドさんのことばに、思わずテーブルの下に隠れたくなる。


 ここに来てから、大した運動をしていないのに朝、昼、おやつ、夜と食べていたせいで明らかに私は太った。エディくんの持ってくる差し入れ効果もあり、肌つやはよくなったのがせめてもの救いか。不自由しているようには見えないでしょう、そりゃ。


 出るとこも出てないのに太ってるとか、なにその二重苦。顔も平凡だから三重苦か。


 次会うまでには必ず痩せようと固く決意する。でないとこの美しい人の前には恥ずかしくて出られない。


 こぶしを握る私には気付かず、お茶のカップを置いてアルドさんが少し眉を下げる。


「アカデミーに入学してしまえば、外部と連絡を取るには面倒な手続きが必要になる。…東塔にルーベントという研究者がいる。困ったことがあったり俺と連絡を取る必要があったら頼るといい」

「…っ、はい。ありがとうございます」


 何とか平静を保って返事をしたが、“俺”という表現に内心私はのたうち回った。


 先日エディくんに、アルドさんが『俺』という表現を使うときは私生活モードだったり気を許している証拠だときいたのだ。


 今、『俺』と言ったということは私に気を許してくれているか、お仕事のつもりでこの話をしていないということ。


 どっちも嬉しい。


 気にかけてもらった上、こんないいお土産まで。ちょっと頑張る意欲がわいてきたかも。単純だな、私。




 アルドさんが帰ってからも、上の空だった私は、当然ミンティ女史にこってり怒られた。


「あなたは目先のことにとらわれて気分を浮き沈みさせすぎです。そのようなことではすぐに足元を掬われますよ。大体、すぐに感情を表に出しすぎです。それも自分の首をしめることになりますよ」

 明日でお別れなのに、ミンティ女史に容赦はない。寂しがるそぶりも皆無だ。

 褒めてもらったのは何だったのか。あれは幻聴だったのか。


 寝る前の挨拶をしてから、とぼとぼと自室に帰る。

 それでも、アルドさんのことばを思い返しているうち、幸せな眠りがやってきた。



 恋ってすごいね。








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