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星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第一章 星持ち様と弁当屋
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星持ち様、ありがたい話をしてくださる。

 私の朝は明けの鐘の前に始まる。


 以前は起きてすぐに身支度もそこそこに煮炊きをしていたが、今は何より先にきっちりと身支度をせねばならない。


「容姿に特筆すべき点がない者でも、身綺麗にすることでそれなりに見られるようになるのです」


 ミンティ女史から何度も何度も繰り返し言われ、容姿に自信はないもののそれなりに身綺麗にしていると思っていた私は、結構傷ついた。


 そしてこのごろ、エディくんがちょくちょく顔を出し、肌にいいクリームやら髪飾りやらを置いていくようになった。

 暇なのか、星持ち様の仕事はどうしたんだときくと、これも仕事のうちだと言う。彼が持ってくる物資は星見台から支給されるもので、運んでほしいと頼まれたとか。


 私がこいつに誘拐されて、ちょっとした騒ぎになったのをお忘れですか星見台のお方。

 物資はありがたくいただきますけれど。


「今の君は星見台公認で兄上を身元保証人につけて、ミンティ先生に師事しているからねぇ。僕だってさすがに下手なことはできないよ」


 そんな笑顔で言われたって信じられるものか。人を荷物のように運び盾にしたのは誰だ。


 恨みを込めて睨んでも、全く意に介さないエディくん。私が怒っていようが恨んでいようが、エディくんにとっては些細なことなんだろう。


 段々、怒ってるのが面倒になってきて、誘拐前と同じように話すようになってしまった。

 決して顔面の良さに負けたわけではない。ミンティ女史は雑談なんてしてくれないから、普通の会話に飢えてたせいだ。



 ミンティ女史は、紺色の飾り気のないドレスに丸眼鏡、ハゲが心配になるほどぎちぎちにひっつめた栗色の髪の中年女性だ。目鼻立ちは整っているが、いかんせん目付きが猛禽類のように鋭いため、顔の造作に全く目がいかない。


 彼女はかつて女傑としてその名を馳せた希代の星持ち様であり、アカデミー入学前の子女に基礎教育を広く教えているそうだ。アルドさんもエディくんも彼女の教え子らしい。

 最近はあまり生徒をとっていなかったが、星見台からぜひにと頼まれ私を引き受けた彼女は、それはそれは厳しく私に魔学を叩き込んだ。


 大体、魔力や魔石が生活に欠かせないこの世界でも、魔力とは何ぞやというところの魔学なんて一般人には縁がない。

 携帯電話の構造や作り方を知らなくても不自由なく使えたように、魔学を知らなくても魔力も魔石も使えるのだ。

 職業として魔学を修める必要のある特殊な人か、よっぽど興味のある変わり者くらいしか、わざわざ魔学を学ぼうなんて思わないだろう。


 魔学は初級で魔力の要素――火、水、風、光、土の五要素で成り立っている――を学ぶ。

 ちなみに、不可視の魔力である“心”は要素には数えない。第六感のような扱いらしい。何せ魔石に込めることもできないし、扱う人の力量はもちろん精神状態にも大きく影響を受ける不安定なものなのだ。研究が及んでいない部分も多いとのことで、アカデミーでも深くは教えないそうだ。


 五要素の成り立ちや相性、使い方などを本来は二年ほどかけて学ぶのに、私には半月しか与えられなかった。もっとも半月で二年分やるというよりは、入学前にできるだけ予習をしておくということらしい。


「リリア・ブリット」

 冷ややかな、まさに氷の女王といった風情のミンティ女史が呼ぶ。

 思わずピッと背筋が伸びる。こぼしてはどんな叱責を受けるかわからないので、持っていたカップを音をたてないように皿に戻した。

「あなたは、かの高名なブライアン・ブリット氏の家名を背負い、アカデミーに入学するのです。そのことの重責を忘れてはなりません」

 こくり、とうなずきながらも、好きで背負ってるわけじゃないんだけどねとつい舌を出したくなる。


 村で暮らしているときはただのリリアでよかったが、アカデミー入学ともなるとそうはいかないそうで、ブリット姓を名乗ることになったのだ。シャロンは二つ返事で了承してくれたが、私としては複雑だ。

 勝手に人の行く先を決める。勝手に人の身分に不足を見出す。

 もうじたばたするのはやめると決めたけれど、やっぱり気分は良くない。


「リリア・ブリット。きいているのですか」

 私が上の空でも、問題を間違えても、決してミンティ女史は声を荒げたりしない。ただその声の温度を数度下げ、冷ややかな眼差しでこちらを射抜くだけだ。

「はい。ミンティ先生」

 魔学の他にも、礼儀作法も叩き込まれているので、うかつなことば遣いや身動きもできない。

 ミンティ女史はいかにも疑わしい、という顔をしながら続ける。


「アカデミーでは本来、実技と学科を修めなければなりません。あなたの場合は実技はほとんど不可能でしょうから、学科のみ修めることになります。周囲からは色々な意味で衆目を集めることになるでしょう」


 まあ、星がないということもすぐにばれてしまうだろうし、なんであいつが、となるのは自然だろう。


「アカデミーでのあなたの評価は、身元保証人であるアルド様や、家名をお借りしているブリット家への評価ともなります。それを決して忘れないよう。口さがない輩に足元をすくわれてはなりません」


 脅すようなことばに神妙な顔でうなずきながら、心の中では激しく地団駄を踏む私がいる。


 確かに、魔力を垂れ流している自分の状況を知ってしまったから、どうにかしなければとは思った。でもこんなにたくさんの人を巻き込んで、アカデミーへ行くなんて想像もしなかった。

 誰か適当に扱い方を教えてくれればよかったのに。


 じたばたはしない。でも心の中で文句くらいは自由に言わせてくれ。


 その日も遅くまで、ミンティ女史のありがたいお話は続いた。

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