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星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第一章 星持ち様と弁当屋
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星持ち様、むせるほどに。

 長々と語るうち、気づけば目の前には大きな街があった。


 だいぶ端折ったけど、ここまでまとめて誰かに話すのは初めてだったし、あの頃の記憶を掘り起こすのが結構大変だったのもあって、時間がかかってしまったようだ。


「その、シャロンという女性はシャロン・ブリット夫人か」

 ほとんど口をはさまずきいていたアルドさんがたずねた。

 確かに、シャロンの家名はブリット。出入りの商人などには“ブリット夫人”と呼ばれていた。


「そうですけど…、まさかお知り合いですか?」

「いや、名前だけだ。彼女の夫――ブライアン・ブリット氏とは何度か会ったことがある。彼は理を知り、亡くなるまで広く人のために力を使った星持ちだった」

 ブライアンさんは長くアカデミーで教鞭をとり、たくさんの研究者や星持ち様を育てたそうだ。


「教壇をおりてからは、星持ちによる一般人への振る舞いを嘆き、星持ちを律する法整備に尽力した。星なしの処遇に関しても彼の存在がなければ現在の補助制度はなかっただろう」


 この世界で初めに出会ったのがシャロン夫人で良かったな。


 アルドさんが目元を緩めて言ってくれた。




 今回アルドさんが迎えに来てくれたのは、ダリアとジオからの申し出が、星持ち様が動くに相当する依頼だと判断されたかららしい。そして、弟が起こした問題なのだから、と他の依頼にあたっていたアルドさんが呼び戻されたのだ。

 私を村まで連れて行き、星見台へダリアとジオが報告すれば依頼終了とのことだった。


「すぐに村へ送っていきたいが、夜も遅い。この街の星見台にも寄らなければならないから、明日の朝出ることにする」

 さすがにこんな時間では乗り合い馬車もないだろう。私はうなずいてアルドさんのあとに続いた。



 何軒か宿をのぞき、中心街の西の路地を少し入ったところにある、小さい宿に泊まることになった。無一文なのですがと小さい声でアルドさんに言ったところ、依頼にかかる経費ということで星見台から最低限の食費や宿代は出るそうだ。すごいな星見台。太っ腹。


 宿は一階に受付カウンター、その右奥に食堂、左奥に階段があり、二階に客室があるようだった。


 食事をとっていないというアルドさんに付き合って食堂に顔を出すと、奥から出てきた女性が声をかけてきた。

「ごめんなさいね、もう今日の分の魔力が終わってしまって火が使えないんです」


 見れば、食堂には客の姿はない。こういう宿では食材は大体使い切ってしまうことが多いから、食材もないのだろう。火の問題だけなら、後ろに星持ち様がいらっしゃいますので、なんてことございません。


 一食抜いてもいいと言うアルドさんを引き留め、女性にあまりものを分けてもらえないか、あと厨房を少し貸してもらえないか、ときく。

 客に厨房を貸すなんて普通ありえないが、女性は食事を用意できないことにひどく恐縮した様子で、好きに使ってくれていいと言ってくれた。


 保存庫を開けると、少しの野菜。卵、ハム。おぉ、調味料はうちの店と競るくらい充実してる。


 これなら、アルドさんに火をつけてもらうまでもないか。


 早速、即席マヨネーズを作って野菜と和える。薄くバターをぬったパンに野菜とハムをはさみサンドイッチを作った。


 私の調理過程を見ていたアルドさんは少し驚いたようだ。

「もしかして、不可視の魔力…が出てるんですか?」

 恐る恐るきいてみると、肯定される。

「素手で触ると、食材に魔力が流れていくのが感じられる。自覚は…」

「ないですねぇ」

 苦笑しながらアルドさんにサンドイッチを渡した。



 誰もいない食堂のテーブルに、向かい合って腰を下ろす。

 こうして落ち着いて向き合うと、もぞもぞしてしまうというか、平静ではいられない。


 だって、手紙だったけど一応告白したし!返事はまだだけど。

 でも、手紙のことにアルドさんが触れないということは、流されたってことなんだろう。


 …てことは、失恋?


 ハッと気づいた可能性に、どーん、と落ち込みそうな心をなんとか留める。

 少なくとも、明日まではアルドさんと一緒に行動するのだ。あまり変な態度はとりたくない。


 なかったことにされているなら、私も何もなかったように振る舞うのが…一番だよね。


 悶々と悩む私に気づかない様子のアルドさんは、サンドイッチを一口食べ…なぜか動きを止めた。


 え?なに?まずかった?


 マヨネーズで和えた野菜は味見したけど、パンにはさんだ状態のものは食べてない。パンとの相性がすごく悪かったとか?


 しばらく固まっていたアルドさんはやがて耳まで真っ赤になり、むせ始めた。


「あ、アルドさん?!大丈夫ですか?お口に合わなかったんですか?」

 水を渡しながらきくと、むせながらも首を振る。


「…いや、焦って食べて気管に入っただけだ」

 言いながら、サンドイッチを備え付けの紙ナフキンに包み、部屋でゆっくり食べると立ち上がってしまうアルドさん。


 もしかして、本当にまずかったのかな?

 目の前で突き返せなくて、部屋に持って行った?


 どうしよう。

 ちゃんと味見すればよかった…。



 明日は早いからもう休むといいという勧めに従い、こわばった顔で廊下であいさつを交わし、各々の部屋へ入る。


 扉を閉めてから、私は頭を抱えて小さくうめいた。


 アルドさんの手におさまったサンドイッチの行方を思うと悶絶してしまう。


 おやすみなさいって言っても、こっちをろくに見てくれなかったし!


 私のバカバカ。むしろ一食抜いてもらった方がよかったんじゃないの。


 料理の腕で食べてってるのに、なにこの体たらく!!


 弁当屋のプライドをぐらぐらさせながらも、湯を使って身づくろいをしベッドに飛び込むと猛烈な眠気が襲ってきた。



 …いびきや変な寝言が隣の部屋まできこえませんように。

 切実に祈りながら、私は眠りに落ちた。

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