星持ち様、常連へ。
あれから、星持ち様は一日も欠かさず弁当を買いにくる。
早朝来て二つ買っていく日もあれば、閉店ぎりぎりに残り物サービス弁当を買っていく日もある。
銀貨でぴったり支払ってくれることも増えた。
二日目くらいまでは星持ち様オーラに挙動不審だった私だが、毎日見てるうちに慣れてしまった。我ながら持続しないものだと思うが、慣れていかないと身が持たない。
今では他の常連さんと変わらない気安さで話しかけられる。まあ、口数が少ないのか無愛想なのか、返事は「ああ」とか「いや」とかそんなのばかりだけど。
「ふーん。毎日来てんの」
にやにやと笑いながらカップを傾けるダリア。
一週間ぶりにゆっくり話すため、話の中心は近況、それも例の星持ち様のことになる。
ダリアが持ってきてくれた柔らかく煮込んだ肉とナッツと頬張りながら頷く。時間をかけて煮込んであるすね肉は濃厚なのにあっさりしていて、次々手が伸びてしまう。脂身が少ない肉だが、添えられたナッツがまたいい味出してる。
「んー、おいしい」
誰かが作ってくれたごはんは、ただそれだけで美味しい。自分で作ると好みの味にはできるけど、味見もするせいか感動が薄い。それだけ私の料理の腕が未熟ってことなのかもしれないが。
ふとダリアがカップをテーブルに置き、身を乗り出してささやいた。
「アルド、二十八歳」
「へ?」
ポカンとして聞き返すと、その星持ち様の名前よぉ、とにやにやするダリア。
「え? 何で知って…って、宿のデータ見たのか」
「せいかーい」
ダリアはエイダさんの一人娘だ。肝っ玉母さん、という感じのエイダさんには似ず、すらりと伸びた手足にぷりんとした胸とお尻、きゅっと引き締まった腰。人懐こい笑みを浮かべたダリアは、老若男女問わずとても人気がある。
やっと成人したダリアが、宿屋を増築してこの酒場を始めた当初は、ものすごい行列がうちの店の近くまで伸びたものだ。
「リリアの恋を応援してあげよーと思ってぇ。ナイショよ?」
首を傾げてみせるダリアに、隣のテーブルのおじさんが鼻の下を伸ばす。あんな小さな動きで、なんて高い殺傷力。
「ああ、いや、しか言わない男とどうやって恋が始まるの」
息を吐きワインを一口飲む。去年は村の葡萄が豊作だったから、今年の出来はまずまずだ。舌の上に残る渋みもいい感じだ。
確かに美形は大好きだし素敵だなとは思う。だが、そこから即恋が始まるほど私だって世間を知らないわけではない。どんな人なのか、何を思い、何を望んでいるのか、何もわからないうちに好きにはなれないのだ。
「えぇ~。でもあれだけのいい男なかなかいないわよぉ。口煩い男よりよっぽどいいわよ」
「口煩いのは嫌だけどね。何を考えてるかわかんないような人はもっと嫌だな」
カップを傾けながら、例の星持ち様の顔を思い浮かべる。愛想を良くしろとは思わないが、もう少し話をしてくれたらどんな人かわかるのだけれど。
「そんなこと言ってぇ。せっかく顔馴染みになったんだから頑張んなさいよ。星持ち様なんて玉の輿よ!」
大好物はお金、と言って憚らないダリアは頬をふくらませる。
「いいんですー。私は平凡な今の生活が幸せなんです!」
私も同じように頬をふくらませる。
今あるものを当たり前と思わず、幸せなことだと思えること。
毎日健康で暮らせること。友とくだらない話をしながら大好きなワインと美味しい料理を楽しめること。
そういう道を踏み外さないように生きていければそれでいい。
ずっと、そう思っていた。
だが、道は踏み外した時には気づかないものだ。
ずっと後になって、振り返ったときにだけわかる。いつどこで踏み外したのか。もう、取り返しがつかないのだということに。