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星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第一章 星持ち様と弁当屋
29/94

〈回想〉私の顛末 3〈主人公視点〉

 こちらの習慣が身に付き、読み書きにも会話にも不安がなくなる頃には三年目を迎えていた。


 日本を思い出さない日はない。何をしていても、ふとしたときに胸が締めつけられるような気持ちになった。

 だが、帰りたいという強い思いは少しずつ風化していった。


 風化させないと、どうにかなってしまいそうだった、というのもある。いつ叶うかわからない、もしかしたら永遠に叶わないかもしれない希望を抱きつづけるのはつらい。それは絶望と表裏一体だから。


 一方で、シャロンやマーサの優しさや明るさに救われたというのもある。

 こんなに親切にしてくれるあたたかい人に囲まれて、自分の不幸を嘆きつづけるのは失礼な気がした。


 いきなり異世界に落とされて、ことばもわからず世界では必須の星ももたず、姿の見えない神様をだいぶ恨みはしたけど。

 まだ、恨んでるけど。


 私は来年二十歳になる。カティーラでは成人は男女ともに十八歳のため、二十歳は特に意味のある年齢ではない。せいぜいが、結婚適齢期だね、くらいだ。

 でも私にとっては、大きな節目だ。

 振り袖を着て成人式に出ることはできないけど、自分の中で大人になるけじめはつけなきゃいけない気がする。


 私はシャロンに自立して生活がしたいと相談した。シャロンもマーサも親切にしてくれるが、ずっとこのままで良いわけがない。日本にいたら今頃は親のすねをかじりながら大学に通っていただろう。でもここは異世界だ。かじるすねもないし、モラトリアムを謳歌する暇もない。


「そういうことなら、料理の腕を活かしてお弁当屋さんとかどう?あれは絶対売れると思うわ!」

 シャロンは手を叩き、いいことを思いついた!と言わんばかりだ。

 カティーラで一般的な弁当は、いわゆるアメリカンなランチボックス。メインがどーん、と箱に入って、ハイおしまい。栄養バランス?いろどり?なにそれ、なワイルド弁当だ。

 なので、日本で一般的なお弁当をシャロンとマーサに作ったとき、とても驚かれたのだ。


 私としてはどこかの屋敷の下働きでも紹介してもらえないかと期待していたので、商売を始めたら、という提案に戸惑った。

 資金ももちろんないし、店を出す場所のあてもない。もちろん経営のノウハウもない。

 あれこれ理由をつけてみたが、シャロンはもう決めてしまったようだ。


「資金は私の夫の遺産がいっぱいあるの。どうせ使いきれないし、リリアに使ってもらえるなら夫も喜ぶと思うわ。店の場所は、心当たりがあるから任せて!」

 うふふ、と少女のように笑い、シャロンは部屋を出て行ってしまった。



 数日後、夕食のときにシャロンから報告があった。

「私の友人が鉱山のある村で長をしてるのよ。そこに店を開かせてくれないかって頼んだら、いいよって今日返事があったの」

 いいよって。ちょっとシャロンさんや。


「まだ私やるとは言ってないですよ」

 柔らかく煮込んだ豚のブロックを切り分けながらシャロンに言う。

「下働きの仕事も、人のためになる素晴らしい仕事よ。でも、あなたには料理の腕があるのだから、それを使わないのはもったいないわ」

「料理は単に趣味です。それに、お金だって返すのにどのくらいかかるか…」


 店を構えて軌道に乗せるまで、日本円で何十万かは最低でもかかるだろう。下手したら100万くらい?

 生活して、利益を出して、そこから借金を返すのはいつになるか。

 難色を示す私に、シャロンは少しだけ眉を下げた。


「私にとっては、あなたは家族なの。夫を亡くしてからは、マーサだけが私の家族だった。でも、マーサはまじめな子だし、あくまでも使用人という態度を崩さないのよね。それが少しだけ寂しかったわ。だから主従関係にないあなたが来てくれて、私はとってもうれしかった」

 あら美味しい、とスープを飲むシャロン。


「あなたは私の娘。親が娘の自立を助けるのは当然のことでしょう?きちんと自立できたら、ゆっくり親孝行してもらえばいいわ」

 楽しみに長生きするわ、とシャロンは微笑んだ。


 その後も何度か話し合ったが、シャロンは譲らなかった。

 そしてとうとう彼女の熱意に負け、私はうなずいてしまった。



 シャロンの友人の村長さんへは、“身寄りのいない十二歳になる子が自立したいというので手を貸してもらえないか”と伝えてあるらしい。身寄りは、確かに“この世界には”いない。ウソは言っていないというやつだ。

 ではせめて年齢は真実を伝えてほしい、と粘ったのだが、シャロンだけでなくマーサまで止めてきた。


「信じてもらえるわけがない」というのが二人の言い分だ。

 美乳体操が足りなかったのか、そもそもの顔立ちがいけないのか、3年前と年齢差が変わっていないのが悲しすぎる。


 泣く泣く、私は“身寄りのいない十二歳になる娘”の設定を甘んじて受けることになった。

 不遇の未成年を案じてくれた村長は私の後見人になってくれるらしい。

 つくづく、申し訳ない。


 屋敷を出る前日、私は二十歳になった。

 シャロンたちが、ごちそうととっておきのワインで成人と門出を祝ってくれた。

 4年過ごした屋敷、ともに過ごした人たち。本当に出て行ってもいいのかというためらいも確かにある。

 でも、ここまで来たら行くしかない。


 翌朝、最低限の着替えと書き溜めた料理のレシピ、シャロンがくれた調理道具を詰めた小さなカバンを持って屋敷を出た。

 見送りはいらないと言ったが、乗合馬車の待ち合い場所までシャロンとマーサは一緒に来た。道中もことばは少なく、馬車が目の前に来ても、二人とも気遣わしげな瞳で何も言わない。


 私も、ことばが出ない。


 4年の間に起ったことが浮かんでは消えていく。


 この世界に来て、悲しかった。つらかった。帰れないことに絶望した。

 この世界に来て、楽しかった。嬉しかった。生きていくことに希望をもらった。


 あたたかい、私の家族と離れたくない、離れなければいけない。


 のどの奥が熱くなり、涙の膜で視界が曇る。


「お嬢ちゃん、乗らないのかい?もう出すよ」

 御者に言われてハッと振り返り、慌ててステップを上がった。


「できるだけお金は早く返しに来ますから!手紙も書きますから!」


 叫ぶように言うと、ようやく二人の顔がほころぶ。

 馬車に乗り込み窓にかじりつくと、二人が大きく手を振ってくれていた。うなずいて、私も大きく振りかえす。


 手を振る二人の姿が見えなくなってから、私はそっと顔を覆って前を向いた。


 隣に座った女性が、黙って膝の上にハンカチを差し出してくれた。





回想編はこれで終わりです。

このペースでいけば、今週中に第一章を終える予定です。

…本当か?


ここまで読んでくださりありがとうございます。


誤字脱字報告、ご意見、ご感想お待ちしております☆

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