〈回想〉私の顛末 2〈主人公視点〉
私はシャロンよ、この子はマーサ。あなたの名前は?
自分を指差し、お手伝いの女の子を指差し名乗るシャロン。
私はゆっくり、高橋ゆり、と答える。
発音しにくいらしい私の名前を一生懸命繰り返すシャロンとマーサ。
どうしたものか。好きに呼んでもらってもいいけど、と思っていると手元の本に見つけたのはユリの花。正確には違うかもしれないけど、花弁の形がユリによく似ている。
自分と、花を指差しながら、「ゆり」と繰り返す。
シャロンはにっこりして、花の名前が“リリア”であること、もしよければリリアと呼んでもいいかときいてきた。
ユリの英語読みがリリーだった。ラテン語がリリア…みたいな感じだった気もする。
私もにっこりしてうなずいた。
私はびしょ濡れの状態でシャロンの屋敷の庭に倒れていたらしい。
違う世界から来たのだと思う、と言った私のことばをシャロンは疑わなかった。
では知らなければいけないことがたくさんあるわね、と微笑んでいろいろな話をしてくれた。
この国の名前はカティーラ。父神がこぼした涙でできているらしい。神話というやつだ。カティーラは涙でできているというだけあって、水が豊富で大地も肥沃なんだそうだ。
街や村は長に管理され、その長は各地の領主に管理される。その頂点に王がいるそうだ。長は話し合いや多数決で決められるそうだが、領主や王は世襲制。大体は長子が継ぐものらしい。
そしてこの世界ではほとんどの人が魔力を持っている。魔力の源となるのが星と呼ばれる小さな石。大陸神が人々を哀れんで与えた宝玉だそうだ。シャロンは腕まくりをしながら、二の腕の黄色い星を見せてくれた。
「私、星がない」
ペタペタと身体を触りながら言うと、珍しいが中には星がない人もいるため大丈夫だという。
「星がない人は魔石を使って生活するわ。一般の人が買うとわりと値が張るけれど、星なしだと国に申請しておけば補助が出て安く魔石を買えるようになるの」
自力では普通には暮らしていけないから、最低限の補助をしてくれるということなのだろう。こんなに身体はピンピンしているのに、なんだか、すごく複雑。
魔力は生命エネルギーに近いものだときいたから、何とか捻り出せないものか?
その日から自室で魔力を捻り出す訓練が始まった。ベッドの上であぐらをかいて瞑想、火を消したランプに向かってハンドパワーを送る気功。お茶を持ってきてくれたマーサが顔を真っ赤にして笑いをこらえていても、やめるつもりはない。
星なしの申請はシャロンがしておいてくれた。申請内容に基づいて調査にきた、という審査官が現れたのは、私がこの世界に来てから3ヶ月が経つ頃だった。
この頃には文字を読む分には困らなくなったし、文法をたまに間違えたり、うまい言い回しができなかったりはするものの、日常会話程度なら不自由しなくなっていた。
今まで数学やら古文やらにあてていた時間をすべてこの世界の言語に費やしたので、そりゃ覚えるのも早いだろう。
おかげで、ヨーロッパの皇帝の名前とか数学の公式はどんどん忘れていってるが。
審査官が調べるのは、申請の内容に偽りがないかどうか。つまり、私の身体のどこにも星がないということを確認しにきたのだ。
審査官は女の人だったが、かなりきわどいところまで調べられたので、精神的な疲労がすさまじかった。すっぽんぽんにタオル一枚という私を、彼女は始終気遣ってくれた。私が羞恥から身体を強ばらせると、詫びながらそっと宥めてくれた。
審査官の人が帰ってから、優しい人でよかったとシャロンに言うと、ああ、と微笑まれた。
「だって、あなたのことを家族に恵まれなかった子だと説明したから」
は?なんで?
父も母もいまだ健在のはずですが?
経済的にも特に不自由したことはないし、家族仲も普通だったと思うけど。
「生まれてすぐに星の有無はわかるから、補助申請は生後間もない頃に親がやるのがこの国では一般的なのよ。あなたの年齢まで補助申請しない例は珍しいの」
異世界から急に現れましたなんて言うわけにいかないし、嘘ついちゃった。
ペロン、と舌を出すシャロン。
実際に、そういったケースが過去にあったらしい。
「それにあなた、とても十六には見えないもの。多く見積もっても十歳くらいかと思ったわ。それを、食事を満足にとれなかったせいだって勘違いしてくれたみたい」
でも、こんな嘘をついてあなたを大切に育てたご両親には失礼だったわね。そう言ってシャロンは詫びた。
だが、私はそれどころではない。
花も恥じらう十六歳の乙女が十歳に…って、ひどくない?しかも多く見積もって?
そりゃあつるぺただし、背も小さいし、落ち着きもない。
でも何も小学生に間違えなくたって…。
その日から、寝る前の魔力を捻り出すエクササイズに加えて美乳体操を取り入れたのは言うまでもない。
魔力捻り出し計画は、2ヶ月もたず頓挫した。美乳体操も効果のほどは定かでなく、サボりぎみだ。
意志の弱い自分が憎い。
毎日シャロンやマーサとおしゃべりし、時々は町に出て買い物の練習をしたり馬車に乗る練習をした。
衣食住すべてお世話になってばかりで申し訳なかったので、魔石を使う練習をしたいし生活力をつけたいからと言い張って料理や洗濯を手伝わせてもらうようになった。あまりやりすぎるとマーサの仕事を奪ってしまうことになるから、ほどほどに。
「リリアの料理は面白いわねぇ。珍しいし、美味しいわ」
カスタードクリームを作り、薄く焼いた小麦の生地でフルーツとともに巻いたなんちゃってクレープが今日のおやつ。私としては皮がイマイチだったが、シャロンもマーサも喜んでくれた。
カティーラにある食材は大体日本と同じようだった。だが、マヨネーズもないしカスタードクリームもない。揚げ物もあんまりポピュラーではないらしい。
喜んでもらえるのは、純粋に嬉しい。私も懐かしい味が食べられれば嬉しい。
そんな気持ちから料理熱は日に日に増して、私が厨房に立たない日はなくなった。