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星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第一章 星持ち様と弁当屋
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〈回想〉私の顛末 1〈主人公視点〉

 私が生まれ育ったのは、海のある町だった。


 父と母、それに3つ下の生意気な弟。貧乏でもなければ、特に裕福でもないごく一般的な家庭。


 勉強をすることが楽しかったので、それなりに成績は良かった。科目によって得意・不得意はあったけど、試験では大体上位にいた。


 友達も多くはなかったけど、毎日誰かと買い食いしたり、くだらないことをしゃべって笑い転げたり。



 どこにでもいる、女子高生だった。



 彼氏はいないけど、新任の先生にちょっとときめいたり、コンビニの店員さんにキャアキャア言ったりしていた。


 大学に行ったら、イケメンじゃなくてもいいから優しい彼氏が欲しいな。車の免許をとってドライブに行ったりしたいな。


 夢とも言えないくらい、小さな希望。


 それが、跡形もなく砕かれる日が来るなんて、思ってもなかった。



 ある夏の日、テスト期間を終えた私は友達と海へ出かけた。

 ビーチバレーをし、コンビニで買ってきたサンドイッチを食べてから、海へ入った。


 凪いでいたはずの海が荒れだしたのは、いつだったのだろう。気づいた時には波が高くなり、岸が見えなくなってきた。空もどんどん暗くなり、近くにいたはずの友達の姿も見えない。


 まずい、と水をかこうとした瞬間、ひときわ大きな波が襲ってきた。


 全身に叩きつけるような強い波、鼻と口から辛い水が大量に入ってくる。


 お母さん、お父さん。だれかたすけて。


 強い波に翻弄され、声を出すこともできず、あっという間に私は意識を失った。






 喉が渇いた。




 猛烈な渇きを覚えて、ハッと目を覚ます。

 霞む目を何度かしばたいていると、知らない中年の女性が私をのぞきこんでいるのに気づいた。


「―――! ――?」

 水差しのようなものを差し出しながら、女性が何か言う。

 方言がきついのかな?早口でききとれなかった。


 パジャマのようなものに着替えさせられて、清潔なベッドに私は横たわっている。この女性が、溺れていたところを助けてくれたんだろうか。

「ありがとうございます」

 とりあえず礼を言って、水差しを受け取った。

 一息で半分ほど飲んで、女性に返す。


 じっと私の顔を見ていた女性は、ゆっくりと口を開く。

「――?」

「え?ごめんなさい、何ですか?」


 やっぱりききとれなかった。なんだろう。ひどい中耳炎になったとか?いや、でも音のきこえはいつも通りな気がする。特に痛みもない。


 女性は強い戸惑いの色を浮かべて、私の背に触れ、寝ていろ、というような仕草をした。


 正直、まだ身体がだるかったのでうなずいて横になる。

 どうしよう、耳がおかしいのかな。寝たら治るかな?

 不安が胸をよぎったが、倦怠感が手伝ってすぐに眠りに落ちることができた。



 再度目を覚ましても、耳は治らなかった。

 というか、耳がおかしかった訳ではなかった。ことばがわからなかったのだ。


 海で溺れて、外国船にでも拾われたのだろうか?女性は彫の深い顔立ちをしている。白い肌に金色の目、こげ茶の髪。アジア系ではなさそうだから、ロシア?


 ロシアのことなんて、大統領の名前とか寒いとかしか知らない。ピロシキ?ボルシチ?日本大使館は確かあったよね?そこに行けば何とかしてもらえるかな。

 勝手にここはロシアと決めていた私が疑いを抱き始めたのはその夜。


 夕食を持ってきた女性がベッドの脇に置いてあったランプに手をかざして、火を灯したのだ。


 手品?

 それにしては、女性は何事もなかったかのようだ。

 女性が火をつけてくれたランプを手に取り、じっくりながめる。どこにもスイッチはついていない。真ん中に蝋燭を立てる、アンティークなランプだ。


 蓋の部分を外し、フッと蝋燭を吹き消す。

 もう一度つけて、と蝋燭と女性を交互にさしながら伝えると、首をかしげつつ女性はランプを手に取った。

 女性がランプに手をかざすと、掌からほのかに黄色い光が走り蝋燭に火がともる。


 目の前で行われたことが信じられず、何度も瞬きをする。

 掌から光が出て、火がつく。


 これは、手品なんかじゃない。


 これは、何。



 風呂を沸かすのも、明かりをつけるのも、女性は黄色い光を使った。逆に私がやろうとしても、お湯のスイッチもないし、マッチやライターもないのでできない。


 ここはロシアなんかじゃない。


 ベッドから出て歩き回れる頃には、ここが地球上のどこかの国ではないことをまざまざと知ることになった。

 女性の家には、掃除や洗濯を行うお手伝いさんのような人がいた。そばかすが目立つ、やや大柄な10代後半くらいの女の子だった。

 ある日私が廊下を通りかかったとき、彼女が掌大の石を持って立っているのに気づいた。

 彼女が石にフッと息を吹きかけると石が輝き始め、小さな竜巻のようなものが彼女の掌を中心に起こった。

 竜巻は廊下に放たれると、細かいゴミを巻き上げながら進み、廊下の端まで行くと戻ってきて彼女の足元で消えた。


 ここは、ロシアじゃない。

 ここは、私の知っている世界じゃない。


 積み上げられる違和感に結論を出した私を襲ったのは、焦りと怒りと悲しみ。



 しばらくは感情に任せて泣きわめき、気を失うように眠る日が続いた。

 女性にも、お手伝いの少女にも八つ当たりのように怒鳴ることが何度もあった。

 食事もほとんどとっていなかったから、日に日に頭がぼんやりとして身体を起こしているだけでつらい。

 それでも、涙はつきることなくあふれてきた。



 泣き疲れてぼんやりしていると、静かなノックとともに女性が入ってきた。手には大きな本を持っている。

 私が見えやすいように女性は本を開き、ゆっくりと指をさした。

 本にはたくさんの絵と模様が描かれていた。女性が指差すのはナイフとフォークの絵。続いて指したのは食べ物を口に運ぶ人の絵。そして私を指差す。


 私に、食事をしてほしいってこと?


 それから自分を指差し、私を指差し、2人が寄り添って立っている絵を示した。


 私と、あなたが、2人?


 何度も指差す女性。

 女性をよく見れば、薄い金色の瞳には涙がいっぱいにたまっている。


 一緒にいてくれるってこと?


「ごめんなさい」

 自分のことばかり考えて、会ったばかりのこの女性がこんなに心配してくれることに気づかなかった。いくら現実を受け入れられないからって、人の親切にあぐらをかいていて良いわけない。

 今すぐは無理。

 でも少しずつ前を向きたい。

 だってまだ生きてる。


 ごはん、食べます。一緒にいてください。ごめんなさい。


 本をめくりながら、伝えたいことを探す。絵が分かりにくいものもあるが、いくつかを組み合わせながら思いをつむいでいった。

 女性は一つずつ、わかってるよというようにうなずいてくれる。



 この日から、私と女性―――シャロンとの本当の生活が始まった。

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