星持ち様、交渉決裂。
「どういうこと?」
エディくんが、微笑みを消した。
天使のような愛らしさが消えると、確かにアルドさんと似ているかもしれない。顔のつくりも色彩も違うが、纏う雰囲気が似ている。
私を膝からおろしたエディくんはおもむろに立ち上がる。
見れば、にらみ合うような形でアルドさんも立ち上がっていた。
「ことばのままだ。実力行使でいく」
言い終わるか終らないか、アルドさんの星が強く光を放つ。
数拍遅れ、私の傍らでも星が光る。
まじですか。
「ちょ…ちょっと待ってください!何考えてるんですか!」
こんな室内で星持ち様同士のバトル開始、とか正気の沙汰じゃない。
兄弟げんかの延長だと言われればそれまでかもしれないが、私から離れたところ、できるだけ遠くでやってほしい。
「ああ、リリアに当たったら困るね」
言いながら、私を引き寄せるエディくん。
「兄上ほど優秀だったら、僕だけを昏倒させてリリアを連れて逃走、くらい余裕かな?」
羽交い締めの形で再度拘束され、ハッと気づく。
これって…もしかしなくても…
私、盾ですかーー?!
あまりのことに愕然とする。
無理矢理誘拐してきて、ご飯作れとか協力しろとか言うだけでは飽きたらず、盾扱い!!
さっき膝に抱き上げてたのも、盾扱いかと思うと妙に納得してしまう。
私のことを何だと思ってる。
混乱から立ち直ったら、ふつふつと怒りがわいてきた。
星持ち様は確かに偉いんだろう。“人生がかかっている”と言っていたのも先程の話でわかった。
でも、何をやってもいいと思うなよ。
一般人をバカにするのもいい加減にしてもらいたい。
「アルドさん」
私の声に、二人の注意がこちらに向いた。
怒りで声が震えないよう、ゆっくり言う。
「私は多少被害を受けても構わないので、思うようにして下さい。勝手に連れてこられて、お家騒動に巻き込まれて…」
本当に、心底。
「迷惑です」
私の語気の強さに肩を抑えている腕がびくり、と動いた。
その隙を見逃すアルドさんではなかった。
美しい碧い魔力が地を走り、エディくんの足元を捉える。
チッ、と舌打ちしたエディくんも魔力を放つが間に合わない。すべて碧い魔力に抑え込まれてしまう。
「…っ!」
声にならないうめきを上げ、がっくりと膝をつくエディくん。
ちょっとだけ、本当にちょっとだけかわいそうかな、という気がしたが、仏心は封印。そもそも私を誘拐して盾にしなければ、こんなことにはならなかったんだし。自業自得ってことで。
「出るぞ」
「えっ…あの…」
アルドさんにそっと手をつかまれ、心臓が暴れだし口から飛び出そうになる。
挙動不審な私には気づかないアルドさんはそのまま窓へ向かう。
「え?扉はあっちですよ」
「兄弟とはいえ、使用人にとって主人はエディだ。さすがにこの状況は見逃さないだろう」
そう言われればそうか。ご主人様をこんな状態にして、じゃあ失礼します、なんてわけにはいかないだろう。使用人さんたちもさすがに呼び止めるよね。
大きな窓から難なく庭へ出て、芝の上に足を置く。
冷たい夜の風と花の香りがスカートの裾を揺らしていった。
これからどうするんだろう、と振り返ると灰色のまなざしとぶつかる。
月の光を映しこむ瞳に見とれていると、アルドさんが助かったとつぶやく。
「エディを抑え込んでもらえなかったら、どうにもならないところだった」
抑え込む?
「無自覚にやっていたのか」
首をかしげる私に、ややびっくりした様子のアルドさん。
「先ほどエディがひるんだのは、精神面への魔力の干渉を受けたからだ。負の感情を含んだ魔力をくらって動揺したのだろう」
「えーと、それは…私の?」
一応きいてみる。こいつ大丈夫かというまなざしでアルドさんがうなずいた。
「えっと…私としては、魔力を使った覚えも全くないんですけど」
そもそも今日の今日まで星なしの自分には当然魔力はないと思っていたのだ。
精神面にダメージを与えちゃうぞ!なんてできるわけがない。
ため息とも、感嘆とも言い難い、大きな息を一つつくアルドさん。
吐く息もかぐわしい気がする…と思ってしまうのは変態だろうか。
「とにかくここから離れよう。中心街までは歩いて小一時間ほどだ」
そうだね。エディくんが復活して追いかけてきたら困るしね。
「創世神話は知っているか?」
歩きながら、きかれる。
創世神話って、あれだよね。
荒れ果てた大地で人間が困窮してるのを哀れに思った大陸神が、父神様の宝玉を盗み出して人々に与えた…とかいう話ですね。
「大陸神が人々に与えた宝玉は星となり、万民の身体に宿った。寒さに凍えないよう、獣から身を守れるよう、飢えないように星は人々を導いた」
星は人々を導く…ってなんかかっこいいね。私は導いてもらえないっていうのがちょっと切ないけど。
「この世界に住まう人間にとっては、星があることが当たり前だ。星をもたないで生まれてくる子どももまれにいるため国で保護しているが、短命なことが多い。研究者の間では、星をもたないことが世界の理から外れているためだ、という見解が現在は支持されている」
アルドさんは足を止める。
「星がないのに成人している。星がないのに不可視の魔力を扱える。長く星持ちをやってきたが、そんな例はきいたこともない」
灰色のまなざしが私に据えられる。
いつか、誰かに知られるかもしれないとは思っていた。
でも、もしかしたらこのまま隠し通せるかもしれないと少し期待もしていた。
見破られるのが、この人なら、
それでもいいか。
「君は、何者だ」