星持ち様、一般人を間に挟んでの攻防。
冷気を放つアルドさんに、エディくんはニッコリと微笑む。
「で?こんな夜遅くに来たのはどういうつもり?」
アルドさんは口を開かない。
じっとエディくんに冷ややかなまなざしを向けている。
「話が特にないなら、帰ってもらってもいいかな?」
言いながら、エディくんは私の腰に腕を回し引き寄せた。
えっ、と思ったときにはすでにエディくんの膝の上。
「僕もこれからゆっくりしたいなと思ってたんだ。邪魔しないでよね」
後頭部でくくっていただんごをほどかれ、髪を一房手にとられる。あろうことかそのまま口元に持っていくエディくん。
いやーー!!匂いかがないで!まだお風呂入ってないし!!
私が青くなったり赤くなったりしているのを知ってか知らずか、艶然と微笑むエディくん。
凍てつく瞳のアルドさん。
これはなに。私はどうしたら。
ていうか、とりあえずおろして。
妙な汗をかきながら、何とか腕を振りほどけないかもぞもぞしてみたが、手応えなし。
誘拐されたときも思ったけど、見た目は華奢なのにさすが男の子。悔しいが力づくではどうにもならない。
「星持ち同士のもめ事に一般人を巻き込むことは、禁じられているはずだ」
「そうだっけ?でも、リリアだってもう十分関係者だと思うけど、ね?」
うなるようなアルドさんのことばに、愛らしく首を傾げるエディくん。ね?のところで私の顔を見られても激しく困る。
そしていつのまに呼び捨て。さっきまで“さん”ついてたよね?
「兄上だって自分でここまで巻き込んでおきながら、今さら一般人扱いして遠ざけようなんて甘いんじゃない?」
え?
あにうえ? …って兄上?
ぽかんと口をあける私に、似てないってよく言われるけど兄弟だよ、とエディくん。
色彩も顔のつくりも血縁を匂わせるものは一つもないけど…。それぞれお父さん似とお母さん似なのか?
「彼女は一般人だ。俺とも弁当屋と客の関係しかない」
「へー。兄上が無関係なら、僕がリリアと個人的に関係をもっても特に問題はないってことだね」
面白そうにエディくんがのどを鳴らす。同時に、腰に回る腕にギュッと力がこもった。
「う…苦しい」
うえっと声を上げた私に、アルドさんが視線を向ける。
「彼女を離せ」
「なぜ。兄上には関係ないんでしょ」
春の女神のような微笑み。もちろん、目は笑ってないけど。
「はじめは兄上を捕まえるためにと思ってリリアに近づいたんだけど。面白くなっちゃったんだよね」
うねる私の髪を指に巻きつけながら、エディくんが続ける。
「それに、僕への思いがこもった食事があんなにおいしいなんて知らなかったよ。手放すのが惜しいくらい」
アルドさんが、怪訝な顔で私を見た。
え?なんですか?
「でも、僕としては兄上を捕まえられないのも痛い。だから、取引をしようよ」
「取引?」
思わず私がきき返すとエディくんがうなずく。
「兄上が、僕に捕まってくれるならリリアは返してあげる。でもこのまま兄上が逃げるならリリアは僕がもらう」
返すとかもらうとか、そこに私の意志はないのかということも気にかかったが、さっきから言っている“捕まえる”ってどういうことだ?
答えはあまり期待せず、とりあえずきいてみる。
「捕まえるとか逃げるとか、なんのことですか?」
ああ、とエディくんがうなずく。
「僕の父親がね、そろそろ家督を譲って隠居したいらしいんだけど、僕も兄上も家督なんていらないんだ。しばらく二人で嫌がってたら、追いかけっこで決めろって言い出して」
「期間はエディが成人するまで。それまで逃げ切れば俺の勝ち。俺を捕まえればエディの勝ちだ」
美麗なご兄弟、簡潔な説明をありがとうございます。
でもごめんなさい、意味がよくわかりませんでした。
追いかけっこで後継者決め?
どんな適当な決め方よ?そして負けた方に家督を譲るっておかしいような?あ、でも二人とも継ぎたくないんだから負けた方でいいのか?
「星持ちの等級も上だし、知識も兄上の方がある。まともに戦っても僕には勝ち目はないんだ」
だから、協力して?
春の女神が首を傾げて愛らしく微笑む。
「嫌な家督を継ぐことになっても、リリアが隣にいてくれるなら我慢できる。僕のために毎日ご飯を作ってくれるなら一国一城の主として頑張るよ」
プロポーズともとれるようなセリフを、とろけるような微笑みを浮かべた美少年に言われて、うろたえてしまう。ど、どうしよう。ちょっとときめいてしまった。
「もし、兄上が継いでくれるならリリアは返してあげるよ。本当は家督はいらないしリリアはほしいんだけど、どちらかは我慢しないといけないよね」
チーズケーキもいいけどタルトも捨てがたい、というような口調のエディくん。
その口調に、エディくんの思いが透けているようでハッとする。
よく見てみたらわかるじゃないか。エディくんの目には熱なんかこもってない。
彼の目は、駆け引きに有効な手段を探っている策士の目だ。
アルドさんは答えない。
そりゃそうだ。星持ち様として一般人の私を救いにきたら、継ぎたくもない家督を継げと迫られて。
星持ち様としての建前はともかく、本心は、きかなくたってわかる。
“弁当屋と客の関係しかない”
さっきのアルドさんのことばが耳から離れない。
まぎれもない事実なのに、思った以上にショックを受けている自分に気づいた。
助けて、村に帰りたいと言いたい。でも誰かの人生を左右してまで助かりたいとはなかなか思い切れない。お前のせいで、と思われるのは耐えられないから。
ぐるぐると思い悩んでいた私は、ぽつりとつぶやいたアルドさんの声をきき逃していた。
「俺は我慢しない」
え?
なに?
顔を上げると、初めて見るアルドさんの微笑みが飛び込んできた。