星持ち様、夜討ちをかける。
夕食の少し前に戻ったエディくんは私の顔を見るなり、
「何かいいことあった?」
ときいてきた。
おかしいな。さっき鏡で確認して顔も赤くなかったし、にやけてもいなかったはずなのに。
慌てて顔を触って確認していると、エディくんが笑う。
「ポケットに何か入ってるでしょ。少しだけ、魔力が残ってる。伝書鳥でも来た?」
ご指摘の通り、ポケットには先ほどの鳥の羽根。あの鳥は伝書鳥っていうのか。
“助ける”とアルドさんは言っていたので、ありのままを答えるのはどうしたものか。
少し迷い違うことをきく。
「伝書鳥ってなんですか?」
「伝書鳥は魔力で飛ぶ鳥だよ。相手がどこにいても、魔力の色みたいなものを頼りに飛んでいって声を届ける。使う人が強い魔力を持っているほど長い距離を飛べるし、届けられる声の量も増える」
星見台ではよく連絡用に使われるそうだ。なんでも、伝書鳥は送られた人以外には口を開かないらしい。そのため極秘の内容などを伝える場合にうってつけということだ。
そんな鳥に私がちっとも馴染みがないのも仕方ないだろう。きいてみると、伝書鳥はとっても稀少な鳥で、一羽手元に置こうとすると家が何軒か建つくらいのコストは覚悟しなければならないそうだ。
しかも、伝書鳥を飛ばすための魔力は一般人ではとても足りないので魔石なしでは使えない。維持費も莫大だ。
そりゃ、みたことないわ。
納得。
「予想より、早かったね」
エディくんがニッコリ言う。いつもの、あれ。黒い笑顔だ。
「早いって…何が?」
きいてはみたものの、もちろん答えはない。
うやむやに濁されたまま夕食の時間を過ごすことになった。
今日のメニューは照りのあるソースをたっぷり塗ったチキン、野菜のクリーム煮、トマトとチーズをオリーブ油で和えてスパイスをきかせたサラダ、ドライフルーツが練り込まれたパン。他にも魚のマリネや海老のフリッターまであった。
「チキンの照り焼きとサラダはすべて手作業で調理してみました。いつもの味と比べてみて下さい。リリア様は純粋に感想をきかせていただけると嬉しいです」
マックさんが前半はエディくんに、後半は私に言う。
食前の挨拶をエディくんと揃ってしてからサラダを一口。
チーズは新鮮で歯応えも香りも申し分ない。トマトはフルーツのように甘く、スパイスがあとからピリッと口に残るのがたまらない。オリーブ油も相当いいものなんだろうな。さらっと口の中でひろがって消えていった。
「美味しいです」
マックさんはさすがに不安だったようで、両手を胸の前でかたく握っていたが、私のことばに相好をくずした。
「味は大体いつもと同じなんだけど…。何て言うか角がないというか、口当たりが優しいね」
これが手作りの効果なのかな?と不思議そうなエディくん。
チキンもどうやら口当たりがマイルドらしい。
ちなみに私にとっては、どれも美味しい。参考にならなくて申し訳ないが、比較するものがないから仕方ないよね。
今度は違うメニューを手作業で作ってみます、とマックさんは大張り切りだ。
かわいいおじさんが頬を染めて張り切るのは微笑ましい。満足のいく料理がたくさんできるといいね。
和やかな雰囲気で夕食を終えて、与えられた客室へ戻った少しあと、控えめに扉がノックされた。
「おやすみ中のところ申し訳ございません。リリア様にお客様がいらしてまして…」
小さなベルさんの声。
お腹が苦しくてだらしなくソファに座っていた私は慌てて身を起こす。
「だ、大丈夫です!起きてます。入ってください」
一呼吸おいてからベルさんがそっと扉をあけて入ってきた。
お客さんも一緒かと思ったが、ベルさん一人だ。あれ?
「エディラード様もご一緒されるとのことですので、お客様とエディラード様は一階の応接室でお待ちです」
不思議そうな私の視線に気づいたようで、ベルさんが教えてくれた。
お客さん、と言われても私がここにいるのを知っているのはごくわずかな人だ。
もしかして、と姿を思い浮かべ、期待に胸が躍りそうになり慌てて抑える。期待が外れたときに立ち直れないのは困る。
悪い方へ想像するか、何も考えないか。いつ日常に帰れるかわからないのだから。
ベルさんが応接室の扉を小さくノックすると、中からエディくんの応えがすぐにあった。
そっと開けて、私が通れるよう横にずれたベルさん。失礼します、と声をかけて扉をくぐった。
お客様は誰?と思うまでもなかった。
目に飛び込んできたのは、高貴なほど輝く碧い星。艶やかな黒髪に灰色の瞳。
アルドさん。
その姿を見た途端、喉元まで熱いものがこみあげた。
あの日以来、ずっと会いたかった。
突然村からいなくなってしまい、お別れもお礼も言えなかった。
物凄く恥ずかしい手紙と渾身のパイを渡したのに、返事をくれなかった。
期待してなかったけど。思いが通じるなんて思ってもなかったけど。
ちょっと薄情すぎるんじゃない?
助けに来てくれたのは嬉しいけど、今さらと思うのはいけないことだろうか。
胸に様々な思いが駆け巡り、ことばが出ない。
立ち尽くしていると、見かねたのかエディくんが私の手を引いて自分の隣へ座らせてくれた。
ちょうどアルドさんと向かい合う形だ。
深呼吸、深呼吸。気持ちを落ち着けないと。感情のまま暴走してとんでもないことを口走っちゃいけない。想いのまま走れるほど若くはない。慎重に、大人の女性の対応を!
私の中の大人の女性を思い浮かべ、イメージ。あんな感じに余裕を持って。
…よし、いけそう。
なんとか気持ちを落ち着けてから顔をあげると、正面にいるアルドさんとまともに視線をぶつけることになった。
…あれ?
冷ややかなまなざし、引き結んだ口元。気のせいかほんのり冷気まで漂ってくるような気がする。
明らかに、いつもの無愛想とは違う。
なにか…
怒ってらっしゃいます?