星持ち様、時が満ちるのを待つ。
無意識にお客様の精神に影響を及ぼしていたのか?!と恐れおののいたが、そういうことではないらしい。
私が魔力を意識して使っていないせいで、ごくわずかな分しか弁当には含まれていないそうだ。
よほど注意して弁当を食べなければ気づかない程度。
よかった。知らなかったとはいえ、垂れ流した魔力のせいで人に迷惑をかけていただなんて嫌すぎる。
あれ?でも私の身体のどこにも星はない。
どういうことだ?
「ねえ、エディくん。私星なしなのに、魔力が使えるってどういうこと?星は魔力を司る…ってきいた気がするんだけど」
「うーん…。いくつか理由は考えられるけど」
これだけでは判断ができない。アカデミーや研究機関にも問い合わせてみないと、とのことだった。
出来上がった昼食をマックさんもエディくんも喜んでくれた。
「この魚のソースはいいですね。酸味もあるのにまろやかで。魚嫌いのぼっちゃんも食べられるなんて素晴らしい」
「同じものを作れそう?」
きれいな所作で魚を切り分けながらエディくんがやや意地悪に微笑む。
マックさんは顔をしかめて魚をもう一口。やれるだけはやってみますが、と答える。
「私たち料理人は魚の下処理や野菜の下ごしらえも魔力でやってしまいますからね。リリア様の場合、そこを手作業でやっている良さが出ているんでしょうね」
いやぁ、お恥ずかしい。こんな立派なお屋敷の料理人さんに褒められるとこそばゆいです。
そして、私からしたら下処理を魔力でやっていることの方が驚きなんだけど。きくと、肉を柔らかくしたり野菜の繊維を壊すのは手作業でやるという発想自体がないそうだ。
衝撃的。そんなこと知らないまま弁当屋やってたよ。
屋敷内で好きに過ごしてくれていい、と言い残しエディくんは出かけて行った。
今のうちに脱走?と思わないでもないが、いかんせんここがどこだかわからない。しかも無一文、着の身着のまま。飛び出していくのはあまりに無謀だ。
マックさんとお料理トークで時間をつぶせばいいかと思ったが、厨房ではこれから夕食の仕込みを始めるそうだ。手伝いも固辞されてしまったので、おとなしく厨房を出た。
部屋へ戻ってもやることは特にないため、せっかくだし、と庭を見せてもらうことにする。
季節は冬なのにたくさんの花が咲き誇り、やわらかい日差しの中揺れている。知っている花もあれば、見たことがないようなものも結構ある。
一つ一つ花を見ながら奥へ入っていくと、大きな木の下にベンチがあるのを見つけた。
ベンチに腰かけると木の葉のさざめきと木漏れ日に包まれて、ホッと息がもれる。
あまりに非日常すぎて、実感がわかないのも事実。
でも、ずっと気を張っていて少し疲れたのも事実。
目を閉じてこれからどうなるのか考える。
エディくんの目的はいつ果たされるんだろう。私はいつ村に戻れるんだろう。
ダリアやジオは大丈夫だろうか。店のお客さんは離れていってしまわないだろうか。
私に魔力があるってどういうことだろう。
今は国の補助をもらって魔石を買っているけど、魔力があるなら補助が打ち切られたりしてしまうんだろうか。
めまぐるしく変わっていってしまう日常が、どうしようもなく怖い。
強く目を瞑ったそのとき。
バサバサッ、とはばたきの音がして、思考が中断された。
ハッと上を振り仰ぐと一羽の鳥が枝にとまっていた。白い体に虹色の長い尾羽、愛くるしい目とくちばしは赤。
見た目ももちろんだが、一際目をひくのは鳥が纏う色。
その鳥は美しい碧い魔力を纏っていた。
アルドさんの魔力みたいな、きれいな碧い光。
ぼんやりながめていると、おもむろに鳥が口を開いた。
「リリア」
突然名前を呼ばれたことにびくっとするが、それ以上に驚いたのは、鳥の口から出た声。
いやいやいや、幻聴もいいとこでしょうよ。鳥がしゃべるのもありえないし、それがアルドさんの声にきこえるって。イタイ。だいぶイタイ。
「巻き込んですまない」
びくっ。
やっぱりしゃべった。しかもやっぱりアルドさんの声。
「ア…ルドさん?」
おずおずと話しかけるが鳥はそれには答えない。
「なるべく早く、助けに行く」
低く響く愛想のない声。でもとても優しくて温かい。
「店も友人も大丈夫だ」
ぼろり、と涙がこぼれた。
私が一番ほしいことばをくれたからか、アルドさんの温かい声をきいたからか。
「待っていてほしい」
最後にそれだけ告げて、鳥は飛び立った。
鳥が落としていった羽根をそっとポケットにしまい、屋敷内へ戻る。
アルドさんが、助けると言ってくれた。待っていてほしいと。
現金なもので、もう心配することなんて何もないような気がしてくる。
そして、初めてアルドさんに名前を呼ばれたんじゃない?
リリアって。リリアって。助けるって!
与えられた客室へ戻ってからも、私の興奮はさめることはなかった。
このお屋敷の人たちが、そっとしておいてくれる人たちで良かった。
大丈夫かしらあの人、と思われるのは確実だ。