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星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第一章 星持ち様と弁当屋
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星持ち様、食事について思うことあり。

 翌朝、ベルさんが用意してくれたシンプルなワンピースに着替え、食堂へ向かった。


 いつも明けの鐘の前には起きているので、こんな時間まで寝られるのは滅多にない。贅沢だな。



 一階の東寄りに、ここの使用人さんたちが一度に全員食事できるほど広い食堂があった。

 真っ白に磨かれたテーブルですでにエディくんが待っている。

 勧められた椅子に私が座ると、すぐに皿が運ばれてきた。


 ふんわりと柔らかそうなパンに瑞々しい葉野菜のサラダ。黄身の色が美しい目玉焼きにスープ。しっかり焼かれたベーコンも添えられている。


「おはよう、リリアさん。よく眠れた?」

「ええ、お陰様で。初めての体験づくしで疲れていたみたいです」

 朝から無駄にきらきらしているエディくんに、思わず嫌味を言いたくなっても許してほしい。


 それは良かった、と一向に気にした様子のないエディくん。敵は手ごわい。


「それで、この誘拐の目的はなんですか?」

 勧められるまま食前の挨拶を簡単にし、パンに手を伸ばす。

 昨日夕飯を食べていないので、お腹がすいた。図太いと思われても構うもんか。


「誘拐、ね。いくつか目的はあるんだけど、どれから説明しようかな。あ、もちろん目的を果たしたら村にちゃんと送り届けるよ」

 いくつかって何。今すぐ!すべて!と言いたいところだけど、せっかく話す気になっているようなので水は差すまい。パンを咀嚼しながら目で先を促す。


「一つはね、君のお弁当をうちの料理人に食べさせたかったんだ」


 はい?

 弁当屋とお屋敷の料理人では求められるものも違うし、そもそも比べること自体おかしくない?


「僕は君のお弁当が好きなんだ。可能なら毎日食べたいけど、国内外問わずあちこちに仕事に行くことが多いからそうはいかない。だから、うちの料理人に君の味を覚えてもらって再現してもらえないかなって」


 思わぬエディくんの発言に心臓がはねた。


 好き。毎日食べたい。


 これは弁当屋冥利につきるセリフだ。

 私としては、美味しかった、の上をいく評価だと思っている。

 純粋に嬉しい。


 口元がだらしなくゆるみそうになり、慌てて引き締める。


「や、でも料理人さんの方がきめ細やかな技術があるだろうし、腕だって当然上だろうし。私なんかに教えられたくないんじゃ…?」

「細かい技術というか、魔力の使い方を見せて教えてもらえばいいよ」


 エディくんのことばにぽかんと口をあけてしまう。


 は…?

 魔力の使い方…?

 私星なしですが…?


「えーっと…。私、星なしなんですよ。魔石がなかったら明かりもつけられないし、煮炊きもできないんです。だから使い方と言われても…」

「え?!」

 エディくんは信じられない、と目を見開いた。大きな瞳がこぼれそうよ。

「でも、君のお弁当は魔力がこめられていたと思うけど」


 それこそ、信じられない。逆さまにしたって私に魔力はない。

 かつて、他の人が当たり前にできることが自分にはできないと気づいた頃、魔力をひねり出す!といろいろなことをやったものだ。筋トレから瞑想から断食まで…。


 それでも私には内からわいてくる魔力はなかった。


 失望しなかったわけではない。みんなが息をするように当たり前にやることをできないのって、結構つらい。お前はだめな奴だと、世界から否定されているような気持ちになる。

 開き直るまでに時間はかかったが、今はわりと平気だ。


 星なしです、と告げてびっくりされても、笑って流せるようになったと思う。


「とりあえず、あとで調理している様子を見せてもらえる?作り上がったものだけじゃなく、調理中の様子を見ればはっきりすると思う」

 納得できない、という様子ながらもエディくんが提案してくる。

 私としては、異存はない。というか、うなずく他ない。

 村に帰りたい、と馬車の中から何度も訴えたがきいてもらえなかったので、エディくんの満足がいくまで付き合うしかないのだろう。

 目的が果たされたら帰してくれるというのを信じるしかない。店を閉めているのは痛いけど。食材も傷まないか心配だけど!!経済的な損失は補償してもらえるんですか。





 エディくんのお屋敷の料理人さんは、マックさんと名乗った。ぽっちゃりとしたつやつやの頬、豊かな髭がかわいいおじさんだ。

「今日はよろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ。大切な厨房をお借りします」


 シンクは使い込まれた様子はあるが、くもりも汚れもない。床もしっかり掃き清められてきれいだ。

 大切にマックさんが厨房を使っているのがよくわかる。商売道具の扱い方でその人の仕事に対する姿勢や力量がみえるものだよね。


「こちらの調理器具と材料をお好きに使って下さい」

 並べられたたくさんの野菜、新鮮そうな魚に肉、見たことがない調味料もたくさんある。

「今から作るとなると…昼食として作ればいいですか?」

 エディくんを振り返ると嬉しそうにうなずかれた。

 昼食、となるとスープにパン、メインの料理…くらいでいいだろうか。サラダもいる?


 んー、と考えながらメニューを組み立てる。

 庶民の味でもあんまり恥ずかしくないもの…。エディくんが食べられそうなもの。


 鍋に皮をむいたかぼちゃと鳥の骨のだしを入れて煮る。柔らかくなったら裏ごしし、ミルクと塩少々。粗熱を取ったら保冷庫で冷やしておく。

 魚は頭を落としうろこを取って三枚に。皮が結構硬い魚だったので、皮を剥いでおく。ナッツを混ぜた衣をつけてサックリ揚げた。刻んだゆで卵ときゅうりと玉ねぎの酢漬けを合わせてソースにする。

 薄くスライスしたパンにたっぷりの野菜と香辛料をきかせたソースを挟めば昼食の完成だ。


「できましたよー」

 マックさんとエディくん、二人に凝視されながらの調理は大変緊張した。

 でも、なかなかいいものができたのではないだろうか。

 かぼちゃの冷製スープ、白身魚のフライ、サンドイッチ。

 高貴な方が食べるにしてはボリュームに欠ける気もするが、庶民の食事としてはこんなもんだろう。


「…僕は、自分の見たものが信じられない」

 信じられない、と言いながらエディくんはどこか楽しそうだ。面白いおもちゃを見つけたような、いたずらを仕掛けているときのような。


「リリアさん、君はやっぱり魔力を使って調理してるよ。野菜の皮を剥くときも、パンを素手で触った時も確かに魔力が注がれていた」

「え?でも、何も見えないですよ?」

 自分の手を見てみても、いつもと当然変わらない。

 魔力は使うときに光となって現れる。私の手は調理中だって光ってなかった。


「魔力には、可視のものと不可視のものがある。一般にはあまり知られてないけど。物理的に効果を及ぼすもの…たとえば物を動かしたり壊したりするようなものは目に見える。でも精神に影響を及ぼすような魔力は目には見えない」


 精神に影響を及ぼす?


「リリアさんが使っているのは不可視の魔力。目には見えないんだよ」


 え。

 えーと…。理解がついていかないのですが…。

 つまり、私には魔力があり、しかもそれは精神に影響を及ぼす不可視の魔力。


 …弁当を作りながら、無意識にそれを使っていたと…?



冬なのに、冷製スープ…!

暖房がしっかり効いている屋敷内ですので、ご容赦下さい。

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