星持ち様、説明責任はもたず。
人さらいに担がれたまま立派な装飾を施した馬車へ詰め込まれた私は、不覚にも眠ってしまった。
誤解のないよう言っておくが、何か薬を盛られたわけではない。頸部を圧迫され気絶させられたわけでもない。暇すぎたのだ。
だって、エディくんは黒い笑顔でニコニコするばかりで何をきいても全く要領を得ない。ついていかないという選択肢もない上に説明してもらう権利もないんですね。
ならば、と窓にかじりついて道を見ていたが、滅多に村から出たことがない私にとってはほとんどが知らない道。すぐにどのあたりにいるのかさえ見当もつかなくなってしまった。
窓の外も、同乗者にも、飽きた。
ほったらかしてきた店が気になるなぁ…。
ダリアとジオもあのラースとかいう人に話をきいて驚くだろうなぁ。
無茶をしないといいけど。特にダリア。
本当は、誘拐されたのだからもう少し危機感とか恐怖感とかあってもいいのだろうが、不思議と少しもない。
理由として大きいのは、エディくんが私に危害を加えることは多分ないであろう確信。もし危害を加える気ならとっくにやってるだろうし、誘拐した、なんてダリアたちには伝えないもんね。
目的がわからないのは、もやもやする。でも教えてもらえないのだから、もう考えても仕方ないか。
フカフカの座席にもたれてそんなことを考えていたら、いつのまにか眠っていたようだ。
「リリアさん、着いたよ」
軽く身体をゆすられ、慌てて目を覚ました。
目の前にはエディくんの苦笑した顔。
「誘拐した犯人と同じ馬車で熟睡できるってすごいね」
私の手をとって馬車から降りるのを手伝うエディくん。ぐっすり寝ておいて、反論はできないが、そこはそっとしておくのが紳士だと思う。
馬車から降りるとあたりはすでに真っ暗。時間を知るすべはないが、腹時計からするとそろそろベッドに入るくらいの時間だろうか。
目の前には二階建ての大きなお屋敷。煌々と灯りをともしているので、全体がよく見えた。
外壁は淡い白。窓枠や扉は落ち着いた色のオーク。ぴかぴかに磨かれた大きな窓が門灯の光を映し出していた。
庭にもしっかり手をかけているのか、とりどりの季節の花や青々とした樹木が整然と配置されている。もちろん、雑草なんて見る影もない。
「ずいぶん大きいお屋敷ですね」
隣のエディくんを見ると、ほんのり微笑む。
「母が若い頃使っていた別宅なんだ。数年前に亡くなってからは、僕の屋敷」
お母さん亡くなってたのか。
少し申し訳ない顔をした私に気づいたのか、エディくんが手をパタパタと振る。
「母はいなくても慣れ親しんだ使用人はたくさんいるし、すごく手間が掛かるきょうだいと父がいるから寂しくはないよ」
度肝を抜く傍若無人ぶりを見せるあたり、苦労のないぼっちゃんかと思っていたが、それなりに大変な人生経験がおありのようだ。
少しだけ見方を変えてあげようかと一瞬思うが、それで誘拐が許されるわけではないと慌てて思い直した。
玄関ホールにずらっと整列した、使用人さんたち。総勢二十人ほどだろうか?
女性は白いエプロンと紺色のワンピース、男性は白いシャツに黒いジャケットとパンツ。皆さんきっちりと着こなしている。
「ようこそおいでくださいました、リリア様」
執事とおぼしき初老の男性が進み出て声をかけてきた。白いものが多くなった髪は綺麗に整えられ、ただ立っているだけなのに見惚れるほどきれいな姿勢。思わずこちらも背筋が伸びる。
「申し遅れました、わたくし執事を勤めておりますグラードと申します。リリア様にこちらへ滞在していただく間、快適に過ごしていただけますようお手伝いいたします」
言いながら、後ろの女性を振り返る。
濃い栗色の髪と同色の瞳、十代後半くらいだろうか。ニッコリ笑った顔が小動物みたいでかわいい子だ。
「初めましてリリア様。リリア様のお世話をさせていただきますベルと申します。よろしくお願いします」
こちらこそ、とお辞儀しながら、内心首を傾げる。そもそも誘拐されてきたのに、よろしくするのもおかしい気がする。それに、私が誘拐されてきたっていうのは周知のことなのだろうか。
「自己紹介中のところ悪いけど、うちの使用人は主人が帰ってきたのにねぎらいのことばもないのかな?」
やや不機嫌そうなエディくんに、グラードさんは丁寧に頭を下げた。
「これは失礼いたしました。お帰りなさいませ、エディラード様。突然お客さまをお連れになるとのことで屋敷は上を下への大騒ぎ。つい、エディラード様のことは失念しておりました」
これほど高貴なお家の人が急に客を招くとなれば、準備も大変なのかもしれない。村なら、気軽によその家へ上り込んでお茶をして行ったり飲んで泊まっていくことは珍しくもないのだが。
「わかったよ、僕が悪かったよ」
うんざりした顔で遮り、エディくんはベルさんに話しかける。
「ベル、リリアさんを部屋に案内して」
かしこまりました、とベルさんは美しい礼をして、二階へと案内してくれた。ホールではグラードさんとエディくんがまだ軽口を言い合っている。
主従関係とはいえ、随分親しそうだ。
「いつもあんな感じなんですか?」
「ええ。エディラード様は突拍子もないことをなさいますから。たしなめるのはいつも執事長の役目です」
くすくすと笑いながらベルさんは答える。こういう受け答えができるということは、お仕えしている人たちの雰囲気も和気あいあいとしているのだろう。突拍子もない、と言われながらエディくんが慕われているのがよくわかる。
客間に通されて、部屋と浴室の使い方を説明してもらったところで、はたと気づく。
突然の外出だったから魔石を全く持っていないのだ。部屋に備え付けの魔石だけではお湯をためるどころか、部屋の明かりをつけることも満足にできない。
「あの…。私星なしでして…。もしよかったらもう少し魔石を貸していただけませんか?」
恥を忍んで頼むとベルさんはちょっと目を見開く。
「まぁ。それは失礼いたしました。すぐにご用意いたしますね。その間にどうぞ浴室をお使いください」
ベルさんはニッコリ笑いながら、お湯のコックに魔力をそそぎ浴槽にお湯をたっぷり入れてくれた。これだけお湯を用意してもらえば、シャワーが使いたくても備えつけの魔石で足りそうだ。
食事はあとで運びましょうか、と言われ断る。こんな時間に食べたら胃もたれしそうだ。
今日はエディくんももう休むらしい。話は明日、ということか。ちゃんと説明してくれるのかはわからないが、私にも今から突撃しようという意欲はわかなかった。
ベルさんに重ねて礼を言い、有り難く浴室を使わせてもらうことにした。色々なことがありすぎて、冬だというのに身体がべたべたする。
軽く身体を洗い流してから、広い浴槽に身体をしずめる。馬車の中も屋敷の中もしっかり暖められていたが、意外と冷えていたようで手足がびりびりする。
「豪華なお風呂だぁ…」
個室につけられた浴室とはいえ、四人家族くらいが使っても問題ない広さがある。備え付けの石鹸を手に取れば、今まで使ったことがないようなきめ細やかな泡立ちだった。
一ついくらするか考え始めたらきりがないので、開き直って隅々まで使わせてもらう。
置かれていた寝間着に着替えさっぱりして浴室を出ると、ベッド近くのテーブルに魔石と果実水と果物が置いてあった。
“よろしければお召し上がりください。明日の朝起こしに参りますので、それまでごゆっくりお過ごし下さい”
気遣いに溢れるベルさんの書き置きに顔がほころぶ。
思わず、誘拐されたことを忘れそうなくらい和んでしまった。