<幕間>消えた幼なじみ 2<別視点>
「ダリア!」
乗り合い馬車の待ち合い場所へ向かう途中、呼び声に振り返るとジオが駆け寄ってきた。
顔は青ざめ、額の汗に前髪がはりついている。
どうやら、あの美中年はジオのところにも行ったらしい。
私がきいたこととほぼ同じことをジオもきいたそうだ。
「…途中でリリアの店に寄ったら、留守中の看板もなくて売り物もそのままだった」
ジオの声は震えている。怒りからなのか、恐怖からなのか。
無理もない。ジオはもうずっとリリアのことだけを見ていた。
八百屋の娘が胸をすりつけようが、雑貨屋の後家が流し目をしようが、一切目もくれなかった。
一途にリリアを思い続けるジオだが、本人を前にすると途端に煮え切らなくなる態度のせいで、残念ながらリリアには弟分としか見られていないのだが。
星見台へ現状を訴えにいくと説明すると、ジオも行くというので頷く。
一人で行くよりは二人の方がいい。こんなでも、一応男だし。
程なく来た乗り合い馬車に二人で乗る。
馬車の中は混みあっており、ほとんどくっつくような形で座ることになった。触れあった膝から、ジオの震えが伝わってくる。
大丈夫、リリアは無事よ。
何度もジオにそう言おうとし、どこにも根拠がないことに口をつぐむ。
結局、そう言ってなだめてほしいのは私自身なのだ。
お互いに口を開くことなく、馬車は隣街に到着した。
つい先日たずねた星見台の扉をくぐると眼鏡の男性はおらず、三十代後半くらいの女性が座っていた。短い赤毛に栗色の瞳の優しげな女性はニッコリ笑って私たちに椅子を勧めてきた。
「こんにちは。ご依頼でしたら用紙に記入してこちらへどうぞ」
「依頼、というかエディラードという人に関してききたいのですが」
私のことばにきょとんと目を見開く女性。
「今日、私の友人がエディラードという星持ちにさらわれました。灰色の髪に青い目の男性が、私の友人を屋敷に連れていった、主人の名はエディラードだと」
「それは…確かなのですか。合意の上で一緒に行ったということは…」
怪訝そうにきいてくる女性。信じられない、というのがありありと見える。
「友人は弁当屋です。夕方の忙しい時間に誰にも言付けず店を空けることは今まで一度もありませんでした。作りかけのおかずも保存庫に入れず、調理器具も出されたままでした」
リリアの意思ではない、ときっぱり言い切ったジオに、女性は顔を曇らせる。
女性はそのまま顎に手をあて考えていたが、やがて顔をあげた。
「お話はわかりました。ですが、星見台としては、星持ちの情報を直接お教えすることはできません。ただ、エディラード様と関係のある方にこちらから連絡をおとりすることならできます」
随分と悠長な話だ。心の内が透けて見えたのか、女性が謝る。
「申し訳ありません。できる限り迅速に、事実関係の確認をして対応を決定したいと思います。…ことの次第では星持ちを動かすことになるでしょう」
そんな対応で満足できるか、と叫びたい。でもこの女性にこれ以上訴えても仕方がないのだろう。
わかりました、と答え、ぐっと唇をかみしめた。
リリアの名前や職業、住んでいる村の名前は知りたいとのことだったので、メモを残す。
今日中に一度星見台から伝書鳥をとばしてもらうことを約束し、後ろ髪を引かれる思いで私とジオは星見台をあとにした。
村に帰りついてジオとわかれたあとも、当然仕事なんて手につかない。母さんにもそんな顔で客の前に立たせられるか、と追い払われてしまった。せめて、とリリアの店を閉めにいく。
鍋に煮込まれた野菜、下ごしらえを終えてあとは揚げるだけになった魚。ひとつずつ保存庫にしまいながら、リリアを思う。
食事はちゃんと与えられているだろうか。拘束されたり、痛めつけられたりしていないだろうか。
エディラードという男は一体何を考えているのだろう。
リリアを連れ去って、それを私たちに知らせ、動かす。
そうすることによって、あの男は何を得る?
わからない。見えないことが多すぎる。
自宅に戻り、ただひたすら星見台からの伝書鳥を待つ。
いらいらと部屋を歩き回ったり、用もないのに服を出してきれいにたたみ、再度しまう。
手を動かしていないと、どうにかなってしまいそうだった。
気が遠くなるほどの時間が過ぎた頃。
青い魔力の炎を纏った伝書鳥が窓辺に降り立った。