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星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第一章 星持ち様と弁当屋
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星持ち様、ご来店。

 弁当4つ分の代金と、「おまけだよ」とエイダさんにもらったパンを受け取り、急いで帰宅する。


 先程明けの鐘が鳴ったので、そろそろお客さんが来てしまう。客足は日によって差があるが常備のおかずだけでは心もとないため、あと何品かは作っておきたいところだ。


 時間がかかる骨付き肉の煮込みを火にかけながら、昨夕仕入れた野菜を素揚げにする。カリッと揚がった油を切っている間に、特製ソースを保存庫から出した。

 野菜や果物を丸一日煮とかして作るうちのソースは万能だから、素揚げにした野菜にかけるだけで立派な一品なのだ。


 卵を薄く焼いて伸ばし、細切りの野菜を手早く巻いた頃には鉱山に入る人たちが弁当を求めてやってきた。


 弁当を買うついでにお客さんはちょこちょこ話をしていく。


 ほとんどの人が磁場を解消しにきている星持ち様の話だった。

 磁場は魔力の吹き溜まり。うまく分散させれば問題ないし、魔石へ封じ込められればもうけものだ。


 ただ、星がある、程度では分散させるのも一苦労だし、魔石への封じ込めはいちかばちかくらいの確率でしか成功しない。

 そのため、魔石の鉱山に限らず磁場が見つかったときには星持ち様を呼ぶのが定番らしい。


 身近に磁場が生じたことはなかったため、知らなかった。


「いや~、星持ちは星持ちでも、あんなすげぇの初めて見たよ」


 肉をメインとした『がっつり弁当』を注文しながらロットさんが興奮気味に言う。おかずを詰める手は止めずに、興味はあるので耳はしっかり傾ける。


「すげえって何がですか?」

「俺も詳しくは知らないんだけどよ、星持ちの中にもランクがあるんだってよ。今回来た星持ち様は2等だってよ。星がさ、こう、ビカーッと光っててブワーッと魔力も操って、さすが2等! って感じ」


 全然イメージがわかないが、ロットさんがいたく興奮しているのはわかった。

 気のいい中年のおじさん鉱夫であるロットさんだが、説明能力には乏しい。

 これ以上突っ込んでも有益な情報は得られなさそうなので、それはすごいですね、と苦笑気味に返しておいた。



 朝の客足がひと段落ついたので、私もコーヒーを飲みながら、エイダさんのパンをかじって朝食にする。


 この後はトムさんと息子のジオのお昼ご飯を届けに行かなければならない。

 もちもちとして甘いエイダさんのパンを味わいながら、あの線が細いトムさん親子になにを食べさせようか思案した。



 トムさん親子のお昼ごはんを持ち、昼の鐘の鳴る少し前に店を出た。留守中の看板も忘れずに引っ掛けておく。

 エイダさんの宿とは逆の方向へ二百歩。トムさん親子の家に到着する。


「こんにちはー。お昼持ってきたよー」

 呼び鈴を鳴らすと、油にまみれたジオがすっとんできた。

 走ってくる間にあちこち脚をぶつけたようだが、大丈夫だろうか。


 明るい栗色の髪と瞳のジオは十九歳。わりと整った優しい顔立ちをしていて、村では一番のイケメンといっても間違いではない。


 だが、悲しいことに彼の中身が外見を台無しにしているため、成人を迎え婚期が迫ってきているこの頃も浮いた話は一つも聞かない。

 よく言えば屈託のない優しい人、悪く言えば頼りがいのない優柔不断な人。ひょろりと細い身体もそれに拍車をかけているのだ。


「リリアのお昼、久しぶりだからうれしいな」

 ジオがへにゃっと笑いながら台所兼リビングに招き入れてくれる。扉を大きめに開いている腕は力仕事をしているはずなのに、細い。そして白い。


「ジオはもっと食べて筋肉つけないと。婚期逃すよ」

 じろじろとジオの身体をながめながら言うと、なぜかジオは頬を染めてもじもじしだす。


「あ、あんまり見ないでよ。恥ずかしいよ」

「人を痴女みたいに言わないでくれるかな」


 私よりよほど乙女らしいジオ。もうちょっと筋肉と自信がついたらさぞモテるだろうに。


 痴女だなんて、と慌てるジオを尻目に、私は仕事を再開した。

 『お弁当』ではなく、『お昼ごはん』を注文してくれたトムさん親子のために、借りた鍋にスープを移し替え温め始める。


 下ごしらえを済ませて持ってきた野菜を魚の切り身とともに炒めて、とろみのあるソースをたっぷりかける。

 鍋の蓋の上で温めたパンとともに食卓に並べたら、完成。


「いらっしゃい、リリアちゃん。いつもありがとう」

 私の訪問に気づいたトムさんが作業場から顔を出す。


 トムさんは村の修理工場を営んでいる。小さな台所用品から機械仕掛けのものまで何でも直してくれる工場で、私も水をくみ上げるポンプの修理を先日してもらったばかりだ。


 8年ほど前に奥さんを亡くしたトムさんは、仕事の傍ら家事に育児に頑張っていたが、ここ数年めっきりやる気がなくなってしまったそうだ。

 まあ、ジオに手がかからなくなって気が抜けたっていうのもあるかもしれない。


 そこで、よく利用してくれるのがうちの店の『ごはん』だ。うちの『お弁当』や『持ち帰り』は日持ちのする冷めてもおいしいおかずがメインになる。

 一方、『ごはん』は出張サービスを含んでいる。相手のおうちや職場に出向いて温かいあまり日持ちのしない料理を出すところまでが商品になるのだ。

 私が一人でやっているお店なので、『ごはん』を受けられる件数は限られているし、お弁当よりは値が張るのだが評判はなかなかいい。

 病気の人とか、トムさんみたいなやもめの人とか、多少割高でも家に温かいご飯を作りに来てくれるのはありがたいそうだ。


「リリアちゃんのご飯は奥さんの味を思い出すんだよね」

「えへへ。光栄です。毎度ありがとうございます。じゃあ…」

「あっ、リリア!」


 ぴょこんと頭を下げ、代金を受け取って帰ろうとすると、ジオに慌てて呼び止められる。


 なに? と目線で問いかけると、ジオはぐっ、と息をのんだ。不審に思いながら待っていると、みるみる赤くなるジオ。どうしたんだ、熱でもあるのか?


 あー、とか、うーとか唸り声をしばらくあげたあと、蚊の鳴くような声で「なんでもない」と言ったジオは、そのまま座り食事を始めてしまった。


 トムさんはそんなジオをながめ、深々とため息をついた。


 変なジオ。まあ、いつものことだけど。





 昼のお客さんをさばきおわり、お茶休憩をしていたときのことだった。

 ふと、店の前に黒いローブの背の高い男性が立っているのに気付いた。


 銀糸で刺繍を入れた詰め襟の黒い服に同系色のローブ。髪は漆黒。青みがかった灰色の瞳は切れ長。通った鼻筋といい、薄く整った唇といい、文句なしの美形だ。


 うわ~…久々にいいもん見たわ、とこっそり見ていると、おもむろに男性が近寄ってきた。


 やばい、見てたの気づかれた?

 内心の焦りを抑え、男性を見上げながら営業スマイルを装備。


 不躾に見やがって、と怒られるかとびくびくしていると、店のカウンターで足をとめた男性はじっと私の顔を眺めた後、


「弁当をくれないか」


 低いがよく通る声で、しかしながら愛想のかけらもない注文を入れた。


「かしこまりました。何か苦手な食べ物や好みの食べ物はありますか?」


 平常心、平常心と思いながら笑顔で訊く。あまり感じが良くなかったとしても、めったにお目にかかれない美形と至近距離。なんかいい匂いもする。

 堪能しておこう。


 特にはない、と首を振る男性に、ではこちらをどうぞ、と今日のおすすめを詰めた弁当を渡す。


 頷きながら弁当を受け取り、男性が出してきたのは大金貨。一瞬頬が引きつりかけるが、慌てて繕う。こんな小さな店で大金貨など使う人はあまりいない。今日はたまたまお釣りがあるが、すぐには用意できない日も多いのだ。


 お釣りを素早く数え男性に手渡したとき、急に指先にピリッという痛みが走り、小銭を取り落としてしまう。


「あっ、すみません!」

 男性も痛かったようで、驚いた顔で掌を眺めている。


「乾燥しているせいですかねー? この時期よくなるんです」

 言いながらカウンターを回り込み、散らばってしまったお金を拾いに行く。私が動いたことで男性もかがみこみ足元のお金を拾い始めた。


「本当に失礼しました。お買い上げありがとうございます」

 最後の銀貨を男性が拾うのを確認し、顔をあげたところ、男性の襟元で何かが光った。


 なんだろう、と目を凝らしてみて、その正体に気付き息を飲む。


 かがんでいるせいで見えた左鎖骨の上あたり。そこに、今まで見たこともないほど輝く碧い星があった。


「あとちょっとで俺も星持ちだったのに」が口癖の、星自慢のバーナビーさんなんて比べるのも申し訳ないくらい煌々と輝いてる。


 ということは…この黒服の美形は…




 星持ち様ーーー?!

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