星持ち様、暴挙に出る。
エディくんは、それからほぼ毎日やってきた。
天気の話だったり、弁当のおかずの感想だったり、それからごくまれにアルドさんの話をしていった。
パイの感想も手紙の返事ももらえていないけど、近況をきけるのは嬉しい。
アルドさんは今、王都の程近くの街で依頼を受けているそうだ。
あまり危険のない依頼だといいけど。まあ、一等の星持ち様には余計な心配か。
エディくんが顔を出すようになってから、うちの店が星持ち様御用達、と茶化されるようになった。そして、アルドさんのときとは比べ物にならないくらい、たくさんの着飾ったお嬢さんやお姉さん、はてはおばさままで店の周囲をうろつくようになった。
アルドさんはとっつきにくい感じだったけど、エディくんは親しみやすいもんね。
店の周囲の女性陣の視線に気づいたエディくんは笑顔とともに軽く手を振る。
きゃあ!今私に手を振ったわ!と身もだえる女性陣。あくまでも世界の中心は自分。すごいね恋。怖いね。
うんざりした視線を送っていると、エディくんはくすくすと笑う。
「こういうのは、税みたいなものなんだよ。星持ちをやっている以上、どこに行っても注目されるし」
いやー、あなたが星持ち様じゃなかったとしても、あそこにいる八割方の女性は追いかけてきたと思うよ。
だって、アルドさんと同時期に来てたあの感じの悪い星持ち様は噂にもならなかったし。
いつも通り、雑談をひとしきりしてからエディくんが立ち去ろうとしたとき、八百屋の娘であるカーラが近づいてきた。
シャツのボタンが余分にあいているのはわざとだろう。たわわな胸がこぼれんばかりにのぞいている。
すごいわ、その体当たり。
真似したいとは思わないけど。そもそも胸がないし。
「あの!星持ち様、私もお弁当を作ってきたんです!リリアの飾り気のないお弁当ばかりじゃ飽きてしまいますでしょう」
ちらりと私を一瞥して、勝ち誇ったようにカーラが言う。
弁当屋の店先で手作り弁当を渡そうとするあたりだいぶ非常識だが、この女はそういうヤツだ。
こいつはちょっと前まではジオを狙って猛烈にアプローチしていた。幼なじみというだけでとばっちりを受けた私は色々嫌がらせをされたものだ。こんな営業妨害、かわいいものだ。
「ごめんね、そういうものは受け取れない」
カーラの差し出す弁当には手も触れず、エディくんは微笑んだ。
カーラはきらきらしい微笑みに顔を赤くしているが…。
よく見て!エディくん目が笑ってないよ。
「で、でもリリアのお弁当は…」
「ああ」
カーラが頬を染めつつ私をちらちら見る。なんであんたのだけ、ってことだね。
「リリアは僕の特別だから」
言いながらエディくんはおもむろにカウンターごしに私の左手をつかんで引き寄せ、指先に口づける。
「へぁ?!」
人生初の衝撃に、間抜けな声が出た!
く、唇が柔らかくて、ていうか、手、離して!
何とか振りほどこうとするが、びくともしない。そんな細い身体のどこにそんな力があるの?!
遠巻きに私たちのやりとりを見ていた女性陣から、きゃあ!と悲鳴があがる。
きゃあじゃない、助けて!
「僕はリリアしか見ていないんだ」
ごめんね、と真っ黒な笑顔で王子様はのたまった。
衝撃的なセリフに、頭が真っ白になる。カーラも周囲の女性も私を食い殺しそうな目で見ている。
ああ、おしまいだ。
終わった…。私の平和な生活…、さようなら…。
ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てるカーラたちを、「これ以上騒ぐと村長を呼ぶ」となんとか解散させ、エディくんをカウンター内に引っ張りこむ。
「なに考えてるんですか?!税金みたいなものだとか言いながら、しっかり虫除けに使ってくれちゃって!明日からどうしてくれるんですか!」
ご近所さんの目があるので、あくまで声は抑えて抑えて。
若干ぞんざいな口調になるのはこの際仕方ない。
「えー?虫除けだなんて思ってないよ。リリアさんのことが特別だっていうのは本当だし。ああ、あれこれ言われるのが面倒なら、僕の家に住んじゃえばいいんじゃない?」
ニッコリ笑う王子様。
えーと、突っ込みたいところが多すぎて、どこからいったらいいですかね。
腹立たしいやら悲しいやらで、涙が出てきたよ。
「からかうのもいい加減にしてください。エディくんは遊びかもしれないけど、私には生活がかかってるんです。簡単に店も閉められません」
半泣きで訴えると、エディくんは口元の笑みはそのままに、目を細めた。
あれ、私何か地雷踏んだ?空気が冷たくなったよ?
「遊びねぇ。これでもね、僕には人生がかかってるんだ。君の生活を蔑ろにするわけじゃないけど、僕も諦めるわけにはいかない」
音もなく立ち上がったエディくんは、ごめんね、と全然申し訳なさそうじゃなく謝った。
は?と思ったときには視界が反転。
目の前に広がるのは高級そうなコートの背中。がっちりと腰のあたりをおさえられ、お腹をエディくんの肩にのせる形で担ぎ上げられているのだ。
「やっ、下ろして…ぐ、ぐぇっ」
もがくと腹部が圧迫されて潰れたカエルのような声が出る。
苦しい。さっき飲んだコーヒーが出る。
「暴れたら落としちゃうよ。大人しくしててね」
見た目より結構重いんだね、と余計なことまで言う腹黒。
「ラース」
私を担いで店を出たエディくんが呼び掛けると、すぐに応えがあった。
「お呼びですか」
「修理工場のジオって男と宿屋のダリアって女の子に、リリアさんは連れていくよって伝えておいて」
「承知しました」
堂々たる人さらい行為と発言だが、ラースと呼ばれた人は頷く。
逆さまになっているからよく顔もわからないけど、身なりの良い男性のようだ。
「たっ、助けてください!私、一緒に行くなんて言ってません!」
これは犯罪です!私は被害者です!
いい加減頭に血が上ってきてくらくらするが、何とか叫ぶ。
必死に助けを求める私に、エディくんは心底嬉しそうにくすくす笑った。
「ラースは僕の従者だから、助けを求めても無駄だよ」
じゃ、あとよろしくね、と声をかけるとエディくんは歩き出した。
あっ、だめ!揺らさないで!
ほんとに出る!
かくして、私は人生初の担がれ体験と誘拐体験を味わうことになった。