星持ち様、残していったもの。
「ひどい顔」
重い頭と身体を引きずりながら開店準備をしていると、ダリアが顔をしかめて立っているのに気づいた。
店を閉めてからまっすぐ来たのか、いつもきれいに結い上げられている髪がほつれている。
「あんまり寝れなくて」
ダリアの顔を真っ直ぐに見られない。手を動かして、なるべく自然に見えるよう顔をそらす。
大皿にのせた照りのある煮物、丁寧に小骨をとった魚のマリネ、粗くつぶしたかぼちゃとレーズンにナッツをまぶしたサラダ。
一つずつ並べるこのときも、いつもなら私の小さな幸せのひとつだった。
「そんな顔するなら、言えばよかったのに」
いつも穏やかなダリアには珍しく、怒ったような言い方。
彼女が語尾を伸ばさないときは、やや危険だというのが私とジオの共通の見解だ。
「言うって、何を」
苦笑いをしながら、皿を並べていく。
いつも弁当を買ってくれてありがとうございます。
甘いものがお好きなんですか?
ここでの仕事が終わったら次はどこへ行かれるんですか?
鉱山で助けてもらってから、あなたのことを、
「言えるわけないでしょ」
苛立った声が出てしまう。
ダリアみたいにきれいな女の子だったら言えたかもしれない。
でも私はただの弁当屋だ。パッとしない容姿と性格の弁当屋。
売り物にしてる弁当にだって、自信があるわけじゃない。特に取り柄のない私が生活していくために、少しでも美味しいものを食べたい自分の欲のために作ってきただけのものだ。
そんな私が、アルドさんに何を言える。
あんなに、星持ちとして在ることに責任と誇りを持っている人に。
口を引き結んでうつむいた私に、ダリアはそっと言う。
「うちの宿に星持ち様たちが泊まった初日、弁当の注文があったでしょ」
確かにあったけど。弁当4つ。明けの鐘の前に届けに行ったのを覚えている。
「次の日から弁当の注文がなかったのを不思議に思わなかった?」
「…思ったけど」
連泊のはずなのに、注文が一日しかないって?と確かに疑問に思った。
でも何の話?
「アルドさんはね、初日の昼前に宿に戻ってきて、これは誰が作った弁当なのかってきいてきたのよ。母さんがリリアのことを教えて、明日からも朝お持たせしますよ、って言ったら断ったの。直接買いに行きたいから、いらないって」
ここまで言ったら全部言うわよ、とひとつ息をついてダリアが話し始めた。
アルドさんは宿でも酒場でもほとんど食事をとらなかったこと。
ダリアが私の弁当の感想をきいたら、やさしい味がすると答えたこと。
鉱山の崩落事故のあと、傷はふさいであるけれど無理をするといけないので私の様子を見に行ってほしいとダリアに頼んだこと。
まさか、だって、という気持ちの一方、嬉しい気持ちが溢れてどんな顔をしたらいいかわからない。
「あ、ちなみにね、もう一人の星持ち様は、こんな庶民の食べ物いらないって断ったの。だから弁当の注文は初日しかなかったのよ」
嬉しい気持ちが急落だ。くそ。
顔をあげると、ダリアがいつものにやにやを浮かべている。
「私はねぇ、リリアの真面目なとこ大好きなのよ。失敗するのが怖くていつも控えめなとこも」
でもね、とダリアは私の手を握る。
さらりと乾いたなめらかで温かい手。
「たまには大声だして、欲しいって喚いてもいいのよ。欲しくないふりしなくても、諦めなくてもいいの。情けないリリアも好きよ」
「…っ」
だって、情けないのは嫌なんだ。
みんなが当たり前に持っている星を私は持ってない。
でも、星がないせいで大変だと思われたくない、かわいそうだなんて絶対に思われたくない。
星がなくても、ちゃんと前を向いて立っていたい。
幸せですって、胸を張りたい。
でも、
「好きだったの」
ダリアは黙って頷いてくれる。
ひとつこぼしたら止まらない。
私が欲しくても手に入れられなかったもの。
それを磨いてお仕事にしている人。
はじめはちょっと羨ましくて、星持ちってだけで何がそんなに偉いんだ、と斜に構える気持ちもあった。
医療師ではないから、血が戻せないと眉を下げてくれた。
憮然と弁当を受けとるのが、かわいかった。
大変な作業中にも私の様子もちゃんと見ててくれた。
星持ち様にケンカを売った私を庇ってくれた。
胸の中にあったものを吐き出していくと、重く苦しかった気持ちが軽くなっていく。
そのたび、こんなに好きになってたのかと実感がでてきた。
でももう、アルドさんはいない。
今頃他の仕事へ向かっているか、どこかにある自宅に戻っているのだろう。
今さら気づいても、どうしようもない。
「私は、追いかけていってもいいと思うんだけどー」
ぎょっと目を見開くと、え?当然でしょ、とダリアはにやにやする。
「行き先は村長が知ってると思うわよぉ。今から行きなさい。どうせ、一人になったらあれこれ考えてやっぱりやめる、どうせ私なんか、とか言うんでしょ。あんたに今必要なのは行動!」
店番しといてあげるから、と強引にダリアに押し出され、私は村長の家へ向かうことになってしまった。
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