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星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第一章 星持ち様と弁当屋
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星持ち様、ご宿泊。

 村の鐘が朝を告げるよりも幾分早く、私は目を覚ます。


 朝夕には霜が降りるようになった近頃では、温まった布団から出るのは正直億劫だ。


「うぁ~…。今日は一段と寒い」

 頭まで布団を被ったまま、もそもそと寝巻きを脱ぎ、布団の中で温めておいたワンピースをかぶる。

 行儀が悪いのは、仕方がない。寒いもん。


 早くもかじかんできた手をこすりあわせながら台所へ行き、火石を鍋の下に放り込む。


 横目で鍋を見ながら、伸ばしっぱなしの髪をくるくるまとめて結び、顔を洗ったら身支度は終了。

 ほどなくコトコトと鍋が音をたてはじめた。


 まだぼんやりしている頭をふりつつカウンターに貼り付けたメモを見る。


「えーと…今日はエイダさんとこの弁当が4つ…トムさんとジオのお昼か」


 トムさんとジオのお昼ごはんは昼の鐘までに届ければいいから、後回し。明けの鐘が鳴る前にエイダさんのところに行かなければならない。


 昨日寝る前に用意しておいたおかずを保存庫から取り出して、エイダさんから預かった弁当箱に詰める。見た目も大事だから、急ぎつつも丁寧に。弁当箱は隙間があると見栄えもよくないし、中でおかずが偏ってしまうのでぎりぎりまで詰め込んだ。温めたスープを火石が入ったポットに注げば配達の準備が完成。


 手早く弁当箱をカゴに入れ、慎重かつ早足でエイダさんの宿に向かった。


 エイダさんは村唯一の宿を営む女将さんだ。

 恰幅がよく、いつもほがらかで面倒見も抜群。村の皆から「エイダ母さん」と慕われている。そんなエイダさんの心配りがとても行き届いているため、宿の評判は上々らしい。


 私が依頼された弁当もその一つ。

 朝早くに出発する客はゆっくり朝食をとる暇がない場合が多い。そのため、出発する際に「朝ごはんにでも」と弁当を渡すのだ。

 エイダさんの宿に泊まる客は大抵が村の鉱山へ入る人たちなので、いつでも食べられる弁当は喜ばれるそうだ。



 うちから徒歩でぴったり百二十歩。

 うっすら白く濁る息をはきながら、宿の裏口へまわり扉を叩く。


「おはようございます。弁当届けにきました」


 まだ早朝のためそっと控えめな声で呼びかけたが、すぐにエイダさんが顔を出した。


「おはよう、リリア。今日の弁当はなんだい?」

「今日は、芋と海老を練って特製ソースで焼いたのと、野菜の酢漬け、卵焼き、豆のスープ」


 カゴとポットを渡しながら弁当の中身を答えると、エイダさんはにっこり笑った。


「いいねぇ!あんたの特製ソースはうちのパンにぴったりだからね」

「ふふ。それにしても昨日はお客さんが多かったんですね」


 いつも届ける弁当は大抵が一つか二つ。四つというのは珍しいなと思い、きいてみる。

 ああ、とエイダさんは眉を下げた。


「あたしも詳しいことは知らないがね、なんでも鉱山の新しい階層で魔力の磁場が見つかったんだってね。下手に触るのは危ないってことで、星持ちを呼んだらしいよ。泊まってるお客さんは関係者だろうね」


「えぇっ! 星持ち?!」


 つい声が大きくなる。


 星持ちといえば、エリート中のエリート。

 魔力を自在に操り、たくさんの恩恵を私たち一般人に与えてくれる。いわばお助けヒーロー的な存在。


 例えば私が毎日お世話になってる火石。これは星持ちが魔力をこめて魔石屋に破格で卸しているため一般人の私でも気軽に扱える。他にもたまに発生する魔物を伐ったり、災害時には人命救助もするらしい。


 命の危険も多い分、メリットも大きいそうだ。

 ある程度の町に行けば、星持ちはタダで泊まれる宿があり食事もついてくる。

 一般人は買えないレアな魔石を破格で買えたり、立ち入り禁止区域に入れたり。名実ともに特権階級ということだ。


「なんだい、リリアもいい年して星持ちに憧れてんのかい?」


 急に興奮しだした私を見て、エイダさんが怪訝そうに訊いてきた。星持ち様は子どもたちの憧れの職業だから、私もそうなのかと思われたのだろう。

 私は苦笑しつつ手を顔の前で振る。


「えー? 憧れなんてないですよ。命の危険なんてまっぴらだし、第一、私星がないですもん」

「おや、そうなのかい? 珍しいねぇ。弁当屋やってるってのに」

 エイダさんはただでさえ大きい目をちょっと見開いている。


「いやー、星持ち様のおかげでたっぷり魔石が使えるんで、大丈夫ですよ」


 『星』は先天的に身体のどこかに宿る小指の爪の先ほどの小さな石。魔力を使うためには欠かせない、エネルギーの素のようなものだ。


 この世界に星がない人はほとんどいない。産声を上げたとき、どこに星を持っているか確認するのが産婆の仕事の一つらしい。でも星持ちと呼ばれるのは、その中のほんの一握り。


 もともとの才能に加え、研鑽を重ねて重ねて星持ちになるのだ。お目にかかることなどごく珍しい。


 まあ、生まれながらに星がない私も珍しいのだが。


 基本的に星を持っている人ばかりなので、世の中のものは魔力で保たれている。能力に差はあるが、星があれば煮炊きはできるし明かりもともせるし、最低限の生活には困らない。


 もっとも、生活のすべてを賄える魔力となるともう星持ちレベルなので、一般人は魔石を補助に使う。

 星がない私は、星持ち様が魔力をこめた魔石に全面的に頼るしかない。煮炊きをするための火石、水を浄化する水石、暗くなれば光石がいる。

 生きているだけで金がかかってしょうがない。


 ただ、星持ちを優遇するこの国は星なしにも優しいため、私は星がある人よりもはるかに安く魔石を買うことができる。おかげで今日まで何とか弁当屋を続けていくことができている。


 そんなわけで、私は日々星持ち様には感謝しているのだ。

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