水
◇
異なる世界に行って、地球への帰還を目指す物語がある。
別にそれに文句を言うつもりはない。
ただ、別の地球型惑星に行ってしまう可能性もあるだろう。
地球の違う場所に着く可能性ぐらいなら頑張って帰れるかも知れない。
もちろん帰れない可能性も少なからずあるが…
他には――地球、同じ場所だが違う時間に着く可能性。
これは深刻だ。浦島○郎みたいに知り合いが居ない可能性。○の惑星みたいにそもそも文明が滅びている可能性。
仮に誤差が短くても、恋人や婚約者など伴侶が他の奴と結婚していたり再婚している可能性や、家族や友人がバラバラになっている可能性もある。
仮に周りがよくても、国や組織にモルモットとして扱われる可能性だって捨てきれない。
神が居たとして、神様頼りで帰還するのもリスクがある。
価値観の違いによる余計なお節介、もしくは望み通りの結果が得られない可能性、そもそも悪戯心などで望みが叶わない可能性もある。
これらを考慮すると地球への帰還は、異なる世界での生活、その全てを賭けて大穴狙いをするようなものだ。
キョ○スケ・○ンブ○尉の生き方には惚れるけど、こんな大穴はヤダなぁ……
異なる世界での生活が耐えられないような地獄でないなら、また余程帰る理由がないなら帰還を目指すべきでない、
「と俺は思うわけよ」
気配を感じたから言ってみたが、気のせいだったら恥ずかしいので、独り言に聞こえる声量だ。
「何の話?」
振り返ると、怪訝な表情のユイナが近付いてくる。
「ホームシック??」
「聞かれても判らないわ。地球に帰りたいの?」
「いんや。強いて言うなら……Amaz○nに宅配頼めないかと」
「………」
ユイナは呆れた表情を隠そうともしなかった。
さて、俺がこんな事を考えた訳だが……『雨』なのだ。
ゴブリン群との戦い、帰ってきてから一日の休息、一日の準備を経て“さぁ行くか”となったのに雨が降ってきたのだ。
泥濘のことも考えると二、三日はプラスで動けないだろう。急がば回れ、という。無理しても早く着くわけじゃない。
だから、やる気になった所に水を差され、一気にやる気が無くなりブルーになったとしても許してほしい。
「うん。帰りたい訳じゃなくて続きが気になるんだよね〜。漫画、小説とか」
ガ○ダムの新作、スパ○ボみたいなアニメ、ゲームなどの電化製品が必要なのは無理でも……
Amaz○nなんとかしてくれないかなぁ……
遠い目で祈ってみた。祈るのはタダだもんなぁ…
「…え?なにナニ?」
そんなバカな事を祈ってたらイキナリ耳を引っ張られた。
何時の間にか後ろに回っていたため、表情も分からずただただ引っ張られた。
痛みに両耳を押さえ、下から恨めしそうに見たら、ユイナは満足げな表情をして去っていった。
イマイチ解らない。何だったんだろう?
あれからよく考えた。
嫉妬?とかバカなことも考え一人調子に乗ったが、普通に考えて元気付けしようとしてくれたんだろう。
そう考えたらストンと落ち着いた。
調子に乗らなくて良かった。バカなこと言った時の代償を考えて、深く安堵し、そしてユイナに感謝した。
人じゃないユイナは言葉を求めてないだろうと、態度で感謝を伝えようとしたら、その日は何時もよりハードになった。
アレェ…オカシイなぁ……
◇
その後、地が乾くのを待ったら金曜になったり、行こうとした日に限って雨が降ったりして、結局一週間が過ぎてしまった。
ああ、勿論狩りには出掛けたよ?食糧の問題あるし。
訓練も相変わらずで、ユイナに転がされるのも相変わらずだ。
泥だらけになるから嫌だ、と言ったら転がされなければいいと言われた。
正論ゆえに反論しづらい。
二回目の遠征(?)に出掛ける。何だかんだ言っても闇領域が便利過ぎる。用意も容易に済んだ。
あとは冷蔵庫か?そうすれば闇領域は更なる一歩を踏み出せる。
氷属性があるなら冷蔵庫の代わりもあるかも知れないのだ。是非とも欲しい。
それはともかく一番近い人里を目指しているが、距離が解らない。
ミスラによると南にあるらしいが、知識は吸血鬼が飛んでいったものだから、歩くとどのくらいか分からない。
俺は結果的にミスラに知識を集めたが、吸血鬼は個人差(能力差ではなく性格など)が激しく、当てにならないという……ままならないものだ。
城を出たことがないユイナに聞いても無駄だし地道に行くしかない。
ゴブリン群と戦った時とは違う道を進む。血のにおいに惹かれた獣と戦うのも馬鹿らしいので、死体は放置してきたのだ。
わざわざ行く必要もないので確認してないが、どうなったんだろうな?
道無き道を進むこと二日。川が見えたので休憩にちょうどいいと思ったが、そう思ったのは俺だけじゃなかった。
そう、当然ながら他の生物も水場へやってくるのだ。
具体的に云うなら豚面な彼らとか。
犬は鼻が良いと有名だが、豚も同じくらい良いらしい。
知能も犬以上で芸も覚えるとか。犬のほうが従順だからペットに向いてるが豚も劣っているわけじゃない。
うろ覚えだが、そんな話を思い出した。
足が動かず、目を逸らせなかったから思い出した。
いや身長二メートル前後、体重数百キロの巨体だ。
実家の冷蔵庫とか小型のエレベーター並だ。そんな奴が六頭もいれば嫌になる。
領域に逃げ込んでも、領域が自力で移動出来ない以上、木の上に逃げるのと一緒だ。
またユイナ頼みで空に逃げても、俺という足手まといのせいで撃ち落とされでもしたら申し訳ない。
それに何より体力的な余裕があるのだ、いい経験になるだろう。多分。
そんなわけで、オーク(豚鬼)と戦うことになった。
「任せた」
ユイナは俺をチラッとみてオークに躍り掛かる。楽しそうにしてるし自由にやらせるのが一番いい。
ミスラのサポートを受けられ、かつユイナから可能な限り離れると、オークの大部分、五頭はユイナとミスラに興奮気味に向かっていった。
何の欲に取り付かれたのかは解らないが、有り難い。これ幸いとミスラからも離れる。
あの二人ならなんとかするだろう。……というか助力に行ったら、逆に足手まといになりそうだ。
そして俺はフレイとのコンビでオーク一頭の相手をする事になった。
彼等の中で下っ端なのかも知れない。向こうの連中がブヒブヒ興奮してるのにテンションが低い。
――まぁ俺だって気持ちは判るけど、なんか釈然としない。
装備が刃物じゃなくてラッキーとか思ったが生木ッポイ。ブォンブォンと当たったらヤバそうだ。
そういや肉を叩いて柔らかくするって料理番組でやってたな。
あれは豚肉だったような気がするんだけど。皮肉な話だ。
とりあえず横から足を槍で殴りつけるが、いまいち効いているように見えない。
右に左に移動しながら攻撃するが、木を棍棒よろしく勢い良く振り回されると、攻撃が浅くなってしまう。
それでもフレイが吠えたり噛みつこうとしてるから、二対一でなんとか拮抗している状態だ。
それにしても腹が出てる関係で下は見えない上に、巨体ゆえの弱点だろう膝を突こうとしているが軽快に避ける。避けやがる。
「ブヒッ♪」
ちょっとドヤ顔に見えるのが更にイラッとする。
被害妄想だと思うが……
そんなわけで、暫く決め手に欠ける戦いが続いた。二対一という数の有利も質で負けるからだ。
そんななか、遂にオークに隙が出来た。迷わず俺は“腹”を突いた。
オークの斜め後ろに俺は居て、奴が振り返ろうとしていたからだ。焦らされていたこともあり、的の大きな腹をとりあえず突いたのだ。
だが思った以上に槍が深く刺さり、そして抜けなくなった。
抜こうと焦り、隙が出来る。
そのせいで、オークが振りかぶっていたのに気付かなかったのだ。
――頭が真っ白になった。
だからそれは条件反射だ。目をつぶり、両手で頭を庇おうとして左手を掲げる。右手は槍を握っていた影響で遅れた。
結果的に頭を狙った一撃は左肩を強打した。
痛みで目の奥がチカチカし、強打された左肩と左腕は熱をもちジンジンと痛む。
左腕を動かさずとも移動で痛み、左手は痺れて動かない。
奴は刺さった槍も、俺の危機に噛みついたフレイも気にせず、トドメをさそうと横から木で殴りつける。
痛みを堪えながらも飛び退く。ブォンという不吉な音が近くを通り過ぎる。
ギリギリで避けると距離を急いで空ける。
フレイも距離を空け、奴はゆっくりと槍を引き抜く。
それを見て唐突に分かった。
蚊が煩いとき、ワザと刺させて、その部位に力を込める。そうして刺さったせいで逃げれない蚊を殺すのだ。
俺が非力なことを利用したのだろう。無防備に腹を見せて誘導したのだ。
腹はどうみても脂肪の塊だ。俺の非力と合わさり、致命傷になり得ない。
未だ痺れる左手で鞘を押さえつけ、短剣を抜く。
オークは槍を捨てたが、拾っても片手では扱えない。
短剣を抜いてから爪を出せば良かったんじゃ、と思ったが切り札を早々に出すべきじゃないと自分を納得させる。
今度は膠着しない。こちらが不利だ。だからこそ奴がフレイに気を取られた瞬間を狙い“螺旋弾”を放つ。
魔力を温存とか考えてる場合じゃない。
だが一息にだした螺旋弾は、狙い通り首に当たったが致命傷は与えられなかった。
どころか怒らせてしまい、奴は得物を滅茶苦茶に振り回す。
――そんな場合じゃないと分かってはいるが、痛いもんは痛い。一瞬、痛みに気を取られて足が止まる。
そんな所に振り回してきたものだから避けきれない。
今度は太腿辺りを殴られ、冗談みたいに吹き飛ばされる。
自分から跳んで威力を軽減とか出来ないから、普通に大ダメージだ。
あまりの痛みに、怒りが沸いてくる。
歯を食いしばり、トドメと近付いてきた奴に“水の斬撃”を飛ばす。
後先考えず、全力全開の斬撃だ。
魔力をたった一回で殆ど飛ばすその一撃は奴の片足に深刻なダメージを、もう片足にもダメージを与える。
倒れた状態で、我を忘れた怒りの一撃ゆえに足に当たったのだ。
待てばその一撃で殺せたかも知れないが、殴られていたかも知れない。
仮定に意味は無い。
奴は足が傷つき、すぐ傍に倒れてくる。
奴は足がやられた衝撃に得物を手放し、俺は斬撃を飛ばす動作そのままに投げてしまった。
明後日の方向に短剣はある。
自分でもバカだとは思うが、ゲームでもコントローラーだけでなく体が動いてしまう俺は、やり直しても繰り返すだろう。
そんなわけで、お互い無手のまま向き合う。
いや、奴が殴りかかってくる。俺はバランスを崩し、フレイも間に合わない。
実戦経験が足りない俺は、相変わらずの条件反射で目をつぶる。
条件反射で目をつぶっただけだから直ぐに目を開ける。
――だから視界の横から伸びてきた槍を捉えた。
槍は奴の頭に吸い込まれていった。
吸い込まれるという言葉がピッタリなキレイな一撃だった。
奴は短く断末魔の叫びをあげた。
俺は感謝の言葉を掛けようと思い振り返った。
ユイナやミスラにしては、槍の位置が低いことに後で気付いた。
振り返った先には――
――ゴブリンがいた。
ビックリして知らず知らずに口が開く。
ゴブリンは俺のビックリを気にしないで槍でオークを指す。
寄越せと言っているのだろう。
殴られても死にはしなかっただろうが、一発殴られてまでオークは要らない。
「あっ、ああ……。好きにしろ」
だからそう言ったのだ。
まさか槍も含まれているとは思わなかった。
そう。槍はさっきまで俺が使っていた物だった。
大事そうに持っていた槍が俺のだと遅まきながら気付いた時には、ゴブリンはオークの魔核をヒョイと投げてくる。
受け取ってしまったが為に、文句を言いづらくなった。
それすら計算ずくなら嫌らしい奴だ。
遅れて他のゴブリンがわらわらと湧いてきて、解体し始めた。
フレイが傷を舐め始めたことで、興奮で忘れた痛みを思い出した。
脂汗が流れる中、フレイを撫でる。
「大丈夫?」
顔を上げると頭が浮いてる。
「……ィ…ッ…ァァ…」
パニックになり、
傷が障る。
激痛で身悶え
息が出来なくなる。
?にあやされながら、ゆっくり調子を戻すと、ユイナがクルッと回り着地した。
後ろを見るとミスラが背中を優しく叩いていた。
恨みがしい目をユイナに向ける。逆さになる必要は無かったはずだ。
「だって槍あげちゃったじゃない」
チラッとゴブリンを見る。
「ウッ……。」
それを言われると言い返せない。
後でユイナ様も心配しておられたんですよ?とミスラに言われたが、素直に心配してくれと言いたい。
だが聞かれたら駄目でも強がって“大丈夫”と言っただろう。
あれ?
自業自得か??(汗)
それにしても、あのゴブリンは何時の間に近寄ってきたんだ?




