子鬼
◇
木の陰、身を縮めて息を殺す。
そうしていると、相も変わらず醜いゴブリン達が現れる。
ギィギィと不快な音を出し、気持ち悪い。
精神衛生上、好くないので声はスルーする。
数を数える技能が無いので無数としか言えないがやはり数十、下手したら百を超えるかも知れない。
まぁびびって過大評価の可能性もあるが。
ユイナが舞う。時を忘れ場所を省みずに魅入ってしまいそうな美しい舞だ。
舞の節々で二十の爪が煌めく度に、ゴブリンの体に線が刻まれ地に落ちる。
雑草を刈るように、とはこうゆうことなんだ。
と思わせる狩り方だ。
命が軽い
軽い。
更に、ミスラが一睨みするだけで十数のゴブリンが身動ぎひとつしなくなる。こちらを発見し、獲物を見つけたと言わんばかりに、顔に喜色を浮かべていたゴブリンが、凶行に、固まった仲間に混乱し泣き叫ぶ。
だが、惨状の場にも容赦なくミスラの矢が降り注ぎ、フレイが襲い掛かる。
負けじと必死に抵抗するゴブリンが、なんとも言えない。
ところで俺が何故、ノンビリ実況しているかと言うと、単純に飛び出すタイミングが判らなかったのだ。
数も多く、接触が避けられそうにないと分かると、奇襲するために隠れた。
……ユイナさんが避けようと思ったのか甚だ疑問ではあるが。
まぁそんなわけで隠れたのだが、空気的にいつ仕掛けるか聞くわけにもいかず、キョドりつつ様子見をしてたら何時の間にか始まっていたのだ。
出遅れた結果、客観的にその現場を見て呆然としてしまっていた。
だが、何時までも呆けているわけにもいかないだろう。俺も慌てて参戦することにした。
ゴブリンとはいえ武装した集団だったが、女性陣のインパクトが強く、返って冷静(?)に望むことが出来たのが良いのか、悪いのか……
ゴブリンは相変わらず小さい。そして小さいくせに、それなりに力があるのが鬱陶しい。
俺の非力も勿論ある。まだまだ時間が足りないようだ。
魔法を使おうと思う。
俺は、自分に武術の才能があると思っていない。
ゆえに戦闘には、武術だけでなく魔法も、使わないといけないだろう。
別に下手でも牽制になるだろうし、隙を作れれば御の字だ。
槍を奮いながらになるしゴブリンの数も多いが、乱戦でなくサポートもある。
これぐらいで無茶と言ってるようでは、将来厳しいだろう。
とりあえず『弾丸』かな?そう思ったがあまり魔力は回復しなかった。どうやらゴブリンはたいした魔力を持っていないらしい。
早々に旨い話はないらしい。狸の皮か。ひとり盛り上がってたみたいで恥ずかしい。
……ゴホン。まぁいい。
毎日の特訓と狩り、群れとの戦いで、それなりに経験を積んだ俺ならゴブリンなど恐れるに足らず。
そう思っていたら、矢の刺さったゴブリンが近くで倒れた。
襲われそうだったことに今更気付き、心音が一気に五月蝿く感じる。
ミスラから叱責を受けた。うん、まだまだ複数は早いようだ。
冷静になって周囲をみると矢の刺さったゴブリンの死体がそこらにある。
近寄るゴブリンを戦斧で叩き割りながらサポートしてくれていたようだ。
どうりで俺がゴブリン相手に、有利になって戦えてたわけだ。
身体に見合わぬ装備、ブカブカの鎧やでかい武器など、豚に真珠状態のゴブリンを優先的に狩らせてもらう。
数を減らすことは大事だ。ただ、どうしても楽してる……という意識が抜けない。
俺の実力では今の作戦が有効だ。それに弱い奴や隙だらけの奴から倒すことに問題はない。
だいたいコッチの陣営では俺が一番弱く、足手纏いだ。頭では分かっているがそれでも――悔しい。
ユイナに脅え、隙だらけのゴブリン、その頭に槍を突き入れる。
倒せば倒すほど冷めていく。冷静に、機械的にゴブリンを殺す。
何時の間にか、例のメスゴブリン達が俺達の反対側に現れ、ゴブリンの群れを挟撃する形になっていた。
そうでなくてもユイナを中心にボロボロにされていたゴブリンの群れには、ひとたまりも無かった。
なんだろう。最初から最後まで一方的だったな。
ゴブリンの群れはスタミナ切れを狙っていたのかも知れない。
結果的に耐えられず、徒に犠牲を増やしたようだが……
まぁ此方も負けるわけにもいかないし仕方ないか。
撤退というより敗走、壊走の流れになり、安全に実験出来そうなので魔法『水の弾丸』をお見舞いした。
水の弾丸はそれなりの威力を発揮し、ゴブリンの頭に風穴を空けた。
……だが、射程が短い。
後で調べて分かったが、回転させるのに魔力を思った以上に使い、結果的に射程が短くなったのだ。
射程を上げるには密度をあげればいいが、それには時間がかかる。戦闘中は厳しいだろう。
回転させるメリットは安定性が増し、射程と威力があがることだが、魔法は、空気抵抗を気にしないでいいので、そもそも変な形でも真っ直ぐ飛んでいく。
つまり威力をあげることは出来るが、射程を短くしてまで回転させる必要があるのか……だ。
だが回転させても、現状では生命力の強いゴブリン相手の場合、数発撃たないと倒せない。
厄介なことに急所に当たっても、最後の一撃をしてくるのだ。
と此処まで考えて、よくよく考えれば、ゴブリン相手に魔法を使うことを前提にするのが間違っていることに気付く。
頑張って槍で倒そう。
後日『水の弾丸』だが、弾丸の形を螺旋――ドリル――にした。空気抵抗を気にしなくていいのだ。なら螺旋で回転がいいだろう。
血肉を撒き散らしエグいことになるし射程も残念だが、威力はお墨付きだ。
そして通常弾を使うぐらいなら、素直に『水球』でいいような気がした。
だから水球を使ってみたんだけど……野球ボールみたいだな、と思ったらミスラのステルスとのコラボを思い付いた。
いわゆる『消える魔球』だ。周囲の景色を映し出し同化する。……まぁ違和感が出てしまうし、避ける奴は避けそうだが……
回転を掛けて変化球も可能だ。問題ないだろう。
――自分の魔法とは言え、手を離れた魔法には干渉出来ない――
応用で『透過弾』も出来た。だが、消える魔球は中学生並みのスピードだし、透過弾も要は通常弾だから、狼を殺すのにも六発から十発を必要とする。
うん。吃驚箱シリーズと名付けよう。ただの一発芸だな。
◇
ゴブリンの群れとの戦いが終わると困ったことがある。皆、血まみれなのだ。
俺とミスラはまだましだが、フレイは口と首もとが血に染まっているし、ユイナは……
爪で切り裂くうえに、回ったりするものだから全身血塗れになっている。
元が美人だからこそ余計に怖い。
血を流すため、水の大量使用により水が残り少なくなった。
無理をしたくない。
つまりは撤退だ。無理しても仕方無い
そんなわけで一回目の旅は呆気なく終わる羽目になった。




