犬神清太郎、怒る
心霊写真 しんれいしゃしん
俗に、写真に幽霊が映り込んだといわれているもの。
撮影技術の発達していなかった昔は、偶然起こった二重露出などの所為で、心霊写真が出来てしまうものも多かった。
現在ではそういうことは少なくなったが、今度は画像合成技術の発達により、画像編集ソフトウエアなどを使った「合成写真」が出回ることになった。
最も有名な合成心霊写真は「コティングリーの妖精事件」だろう。
勘違いも程ほどにしろ。
俺の職場は、奈良にあるちっぽけな雑誌社だ。多分、地方紙を作っている会社だと思ってくれれば大丈夫だろう。ここがまた、俺以上に胡散臭い奴らが勢ぞろいしてやがる。俺はコンクリート製の階段を上がって、二階にある雑誌社のオフィスに向かった。
スモークがかかった窓のあるドアを開け、俺は職場に入った。まず目に飛び込んできたのは、厳しいコンピューターに、幾つもの美少女フィギュアが鎮座している光景だ。胡散臭い職員一号、白木一夫の席だ。こいつは何処からどう見ても「オタク!」っていう雰囲気で、正直チャラチャラした女子が敬遠しそうな外見である。
その奥で、昼間から囲碁を打っている二人組がいた。何でこんな時間から遊んでいるんだ、と突っ込みたくなるが、一応働いているらしい。黒い碁石を持っている短髪の男が胡散臭い職員二号こと剣屋北斗で、白い碁石を持っているスーツ姿の女が胡散臭い職員三号の玉井皆実である。
まあ、剣屋と玉井がいつも囲碁ばっかり打っている理由は分からなくもない。ウチの会社はとにかく「暇」なのだ。ウチの会社が発行している雑誌はドマイナーなオカルト雑誌なのだ。その名も「月刊百鬼夜行」。大層な名前だが、東京で発行されている「民俗学専門雑誌 アニマ」に比べたらカスだ。いやマジで。
そんな職場に何故、犬神筋の俺が務めているかというと……まあ話は長くならない。単に、「そういうもの」に慣れている人間が勢ぞろいしているからだ。
俺が最も厄介とする者は、犬神憑きを「スゴい霊能力者」の一種として考えているタイプの人間であり、「別にどうでもいい」とか、逆に「知りすぎている」タイプはいいのだ。俺を頼らない。ここから先は話すと長くなるが――
が、そんな職場にも例外はあった。
「犬神くぅーん!!」
スチール製のドアを蹴破らん勢いで飛び出してきたのが――俺の最も苦手とする人種だ。名前は榊ゆうこ。どうしてこの会社に入ったのかというほどの臆病者で、そのくせオカルトに関する好奇心は強い。彼女はまるで「リング」に出てくる貞子みたいな長い髪を振り乱して走ってきた。
「犬神君! どうしよう!」
「取材に行かなきゃならないから、用件は早めに」
俺がなるべく素っ気無くいうと――榊は俺に向かって、一枚の写真を突き出した。
「私、心霊写真撮っちゃった!」
……はあ?
俺は理解に苦しんだ。心霊写真を撮ったならテレビ局なり、神社か寺に送りつければいいというのに。大体この雑誌社はオカルト雑誌を作ってるんだから、部長にネタとして提供すればいいものを――なんで俺の所に持ってくるんだ!
「OK、落ち着け。心霊写真には幾つものトリックが存在する」
「これはトリックじゃないの! 本物なの! 私、呪い殺されるかも!」
……アホかと。
二重露出とかフォトレタッチとか、さらには「窓に人の影が映りこんでいただけ」っていう可能性も考えずに、何故「呪い殺される」という理論が出てくるんだ。
「犬神君って、『犬神筋』でしょ!? 何とかできるでしょ!?」
お生憎様ですが、なんとも出来ません。
大体心霊写真(自称)一枚でこうギャーギャー騒ぐのなら、コトリバコとか見たらどのぐらい騒ぐのだろうか。多分、この榊という女は、犬神筋にいたら真っ先に「憑かれる」タイプだろう。霊とかになめられる奴だな、うん。
ふと、俺の背後でドアの開く音がした。
「うーっす、清ちゃんオハヨー」
……救いの神だ!
「おう弓削! いいところにきた! こいつのおめでたい頭をどうにかしてくれ!」
「おめでたくない! 呪い殺されちゃう!」
それを聞いて、弓削盈は「け」とだけ言った。なんだそのリアクションは。
「お前ら、またやってるの?」
なんと冷たい言葉。だが俺はそう言いたくなるのをグッと堪えた。
「清ちゃんさ、トリックで説明できるなら説明してご覧よ」
……なんと冷たい言葉! しかしここで押し負けて、怪奇現象認定してしまえば男が廃る。俺は渋々榊の手から自称心霊写真を奪い取ると、それをジッと見つめた。
写真の内容は在り来りだった。
何処かの旅館の中で、映っているのは同年代と思われる十人ぐらいの男女。外は夜らしく、暗くなっていた。――恐らく、同窓会で旅館に行き、記念写真を撮ったら変なものが映りこんだ、というベタこの上ないシチュエーションだろう。大体、映る幽霊もベタで、落ち武者とか水子とかである。たまには、マンモスに踏み潰された原始人の霊とか、食あたりで死んだ町人の幽霊とかを見てみたい。
写真に写っていたのはこれまたベタなことに、長い髪の女だった。それが、榊の後ろの窓に映りこんでいる。それを見た瞬間、俺の口から引き連れた笑いが漏れ出した。笑っちまうぜ……こんなもん幽霊じゃねーよ……
その髪の長い女なのだが、一見してみれば、「リング」に出てくる貞子のような外見をしている。……ということは、馬鹿みたいに長い前髪が、顔の前面に掛かっているということだ。
つまり、前も後ろも同じ、ということになる。
……馬鹿かと。
それも映っているのは肩から上だけ。つまり、前後が分からない状況なのだ。俺はそれに気付いた瞬間、写真を破り捨てたくなった。下らない。下らなすぎて笑いすら出てこなくなった。これなら「夏の心霊特番!」とかいう安っぽいヤラセ番組の方が面白い。あれは一応、「恐がらせよう」という意識が伝わってくるからだ。それに、たまにマジモンも映ってるし。
「で、清ちゃんわかった?」
「……わかった。下らなすぎて笑えない」
「く、下らないって何よ!?」
榊がムキになって反論しようとするが、俺はそれを押し込めて、この記念写真を心霊写真たらしめている部分を指差した。
「これ、なんだと思う?」
「何って……幽霊だよ! きっと事故で死んだ女の人の幽霊が、旅行に行きたて――」
よくもまあ、そんな妄想がほいほい出てくるもんだ。俺は溜息をつくと、強い口調で言った。
「これ、お前」
「は……え……?」
榊は何も理解できないようだ。この天然大ボケ頭にも分かりやすいように、俺は丁寧に説明することにした。まあ、馬鹿みたいに面倒臭いのだが。
「まず、夜暗くなると、窓が鏡みたいになるのは知ってるよな。それの前でフラッシュを焚いて、写真を撮ればどうなるか?」
答えはたった一つ。
「つまり、この幽霊はお前の頭が映りこんだだけだ! 以上!」
そう言って、俺は榊の写真を没収した。こんな写真、あるだけ邪魔だ。
「あ、ちょっと! 犬神君! 写真返してよお!」
そんな悲痛な声を背後に、俺は屋上の喫煙スペースに向かった。懐から百円ライターを取り出して、写真に火をつけようと着火した――。
「ん?」
ふと、俺はあることに気付いた。窓の近くにある、チェストの横、何かが映っている――形容するなら、身長十五センチぐらいの「おっさん」だ。
「はは、まさか」
まさかね。
俺はその存在を無視して――写真に火をつけた。燃え上がった写真は灰になって、雲の浮かんでいる青い空へと消えて行った。
第二話、読んでくださりありがとうございます。
一応この作品は、たまにホラーあり、あとの大半はこんなのりのオカルトというオムニバスを想定しています。
次回の投稿は――まだいつになるか決めてません;
来週ぐらいには投稿したい、と思っています。
また、あとがきのコーナーでは登場人物の設定や用語の解説などをしようと思っております。
登場人物その一
犬神清太郎
年齢 27歳
性別 男性
奈良県某市にある雑誌社に勤めている青年。
俗に言う「犬神筋」の末裔であるが、生まれてこの方犬神などは見たこともない。
奈良県某所にある「犬神家」の分家の長男。
「自分がこの目で確認したもの以外はあんまり信じない」という妙なリアリストで、胡散臭いものを嗅ぎ分ける嗅覚はずば抜けているらしい。
苗字だけで霊能力者扱いされることがコンプレックス。
でも見える人であることは確か。
知り合い曰く、「八重歯が凄い」。証言によると、「四本あった」「笑ったら六本に増えた」らしい。
事実、人より上下左右ともに、犬歯が二本ずつ多い(全部あわせて十二本)。
好きな食べ物はスルメイカ、りんご丸ごと、八つ橋(生じゃないアレ)など硬いもの。
嫌いな食べ物は豆腐、ところてん、ゼリーなど。ナタデココは嫌いではないらしい。
犬神家
清太郎の実家で、結構古くからある憑き物筋の家。
今は廃れてしまっているが、今でも本家には大きな座敷牢がある。
一族の身体特徴として、犬の特徴を持つ人間が多く生まれる。
特に完全に憑かれたものは、顔や骨格が犬のように変化し、全身から毛が生えてくるという……
だがそんな人間はいなく、今では「犬歯が人より多い」「歯が頑丈」「嗅覚が鋭い」「硬いものが好き」という特徴がよく現れる。
しかし、宗家にはまだ「インガメさま」という壺や、「犬神屋敷」という座敷牢が残っている。