沙耶の日常と襲撃者
沙耶は、神聖術課で聖霊教典の講義を受けていた。これさえ終われば屋上でいつも通りの時間を過ごす。
神聖術課は神の教えから男女別で授業を受ける。教室内には女性しかいなかった。
ここでいう、神、というのは西大陸に実在している神聖精霊のことである。
彼女はこの講義が嫌い…というほどではないが眠くなるし、意義を感じないから退屈だと、この学校に入学した当時から思っていた。
沙耶にとっては、講師も生徒も熱心に読んでいる教典は、綺麗ごと、神の偉大さ、優しさ、人間のマヌケさ、胡散臭い創作神話、神はいつでも我々を愛してくださっていると、そんなものばかり書いているくだらない書物に過ぎなかった。
沙耶は神を信じていない。神は沙耶を助けてはくれなかった。
彼女が信仰しているものがあるとすれば、それは天城鋼焔という人物だけだろう。
では、なぜ神を信じていない沙耶が神聖術を使えるかというと――
つまるところ、『お金』なのだ、西の大陸の言葉を借りるとMoneyである。
ある程度の適性と、お金さえどうにかすれば、神聖術は使えるのだ。
聖騎士はお金で西大陸にいる神聖精霊と契約してその力を借りている。
それも相まって沙耶は、この授業を、教典を、くだらないと言っているのである。
今日は鐘が鳴る前に、講師が終わりを宣言した。沙耶にとってはありがたい話しである。
「……はぁ、やっと終わりましたね」
沙耶は、少し疲れたというふうに溜息を吐きながら、席を立った。
すると、隣の席の西大陸出身の女性が声をかけてきた。
「ねぇ、神宮寺さん私達とランチご一緒しない?」
沙耶は神聖術課で人気者だ、なぜなら実技演習で男達相手に刀一本で完全無敗の連勝記録を打ち立てているからである。
だから、こうしてお昼に誘われることもしばしばあった。
「あら、お誘いありがとうございます。でも、ごめんなさい、先約があるんです」
もちろん、鋼焔との昼食だ。沙耶は、鋼焔側になんらかの用事がない限り、入学したときから1日たりとも屋上に行かないことはなかった。
「……そうですか、また今度お誘いさせてもらいますね」
丁寧に断られた、女性は少し残念そうにしていた。
周りに座っていた、一部始終をみていた女生徒たちも、あ、幼馴染の彼だよー、とか、婚約者が相手ではしょうがないな、などと小さい声で会話していた。
「それでは、失礼します」
沙耶は軽く会釈したあと、教室を出ていった。
屋上へ行く道はいつも人通りが少ない、少しだけ講義が早く終わったため、今は沙耶だけしか歩いていなかった。
階段を上っている最中、不意に、沙耶は背後に嫌な気配を感じた。瞬間――
視界の右側に、今、正に自分の首を刎ねようとしている大鎌を捉えた。
沙耶はまるで襲撃をわかっていたかのように、軽く上体をスウェーするだけで大鎌を回避する。
同時に刀を召喚した。
振り向きざまに背後からの襲撃者に一太刀浴びせる。それだけで襲撃者――死神は存在を保てなくなり消え去った。
「一瞬、悠さんかと思いましたが、さすがにここまで露骨に気配を晒すほど彼女は無能ではありませんでしたね、残念です」
彼女はそうはいうが、一連の襲撃者察知から攻撃までの動きはまさに野生動物の勘とでも言うべきか、普通のレベルの人間なら大鎌に気づくことすらできずに死んでいたであろう。
以前、悠が暴言を吐いていたが、あながち間違いでもないように思える。
そして、悠であれば良かったなどと、恐ろしいことを口にした沙耶は思案顔になる。
沙耶が入学してから度々、襲撃にあうことがあった。
先ほどのように、暗殺に向いている死霊術が一番多いが、他にも聖騎士や、オーソドックスな古代魔術士、こうして一人になった時にいつも姿を隠した相手か、遠距離から狙われていた。
魔陣使いに襲われれば命に関わることもあるだろうが、一度たりとも襲ってくることはなかった。相手も周囲にばれることを恐れているのだろう、と沙耶は思っていた。
しかし、沙耶には心当たりがなかった、悠はともかく、他の人間に襲われる理由が分からない。
沙耶は、人付き合いには気を遣っていたし、容姿端麗、成績優秀でモテはするが表向き鋼焔が婚約者ということになっているので振った男はいない、日鋼の当主の息子の婚約者に手を出す阿呆はいなかった。
逆恨みされるようなこともないのだ。
最初は、鋼焔のことを好いた女性による犯行か、とも考えたが――
まず、第一に相手が多すぎるし、男性も半々ぐらいいた。もしかしたら同性愛者など、と思って、それとなく鋼焔に訊いたことがあるが、笑われた。
答えの出ない問答を止め、沙耶は屋上へ向かい始めた。
屋上についた沙耶は、いつものように豪奢で品のいい絨毯を召喚し敷いて、鋼焔がやってくるのを待った、ついでに、おまけのもう一人のことも。