幕間 二人
ある少女がいた。
彼女の生まれ持った力は禍々しいものだった。
人に触れれば人が狂い。
犬に触れれば犬は死に。
猫に触れれば猫は死に。
彼女の親族はそんな彼女を恐れて殺すことも已むなしとしたが、彼女の父親と母親がそれを許さなかった。彼女が力をコントロールできるようになるまで、別邸に幽閉することを条件に彼女の親族は少女を生かすことを許した。
母親は彼女を溺愛していた。少女の力など関係なくただ一人の娘として接していた。少女も母親を深く愛していた。その力から友達すら作ることができず、いつも彼女の相手をしていたのは母親だった。彼女には母親しかいなかったのだ。
父親は彼女を愛していなかった。彼女の力がどういうものかを理解していたから、己の欲望を満たすために利用することにした。彼は強欲だった、プライドが高かった、今の地位にコンプレックスを感じていた。彼女の力さえ掌握すれば、己が国の長になることすら夢ではなくなったのだ。
だから、彼女の父親は、母親を人質にすることにした。彼女を意のままに操るために。
彼女が大きく成長し力を完全に支配した数年後、彼女の父親は国の長となった。
まだ、彼女が小さかった頃、別邸に小さな男の子が迷い込んできた。
普段は母親しか現れない場所だったために、彼女は非常に驚いた。
彼女は少年には近づかず遠くから声をかけた。
「君、こんなところで何をしているの?」
声をかけると少年はこちらを振り向き、自分に向かって歩き出そうとしていた。
「来ないで!それ以上近づいちゃダメ」
と、怒鳴り声で制した。少年はビクッとして止まり、その場で話しはじめた。
「父様がここのおじさんにようがあるからって、つれてこられたんだ、でも…」
少年はつまらなさそうに、遊んでくれる人もいないし、ともらしていた。
どうやら、父親についてきたが退屈でうろうろしている間に、どうやってかこんなところまで迷い込んで来てしまったらしい。
「ここに居てはダメよ、危ないから…。ちょっと待っていて、私のお母さんを呼ぶからそこにいてね」
彼女は母親に連絡するために、庭から部屋の中に入っていった。
すぐに、母親を呼んで少年をどこかに連れて行ってもらわなければ、万が一のことが起きると恐れた。
母親に連絡して庭に戻ってきてみると少年はいなくなっていた。言うことを聞かずにどこかに行ってしまったか、勝手に帰ったんだろうと思った。庭を遠くから見渡して探してみたが、どこにもいなかった。とりあえず、母親にそのことを連絡しようと部屋に戻ろうとしたら、不意に腕を掴まれた。
「かくれんぼ、ぼくの勝ちだね」
少年は勝ち誇りながら楽しそうに笑っていた。
彼女は吃驚した。いきなり少年が現れて腕を掴まれたことよりも、この距離でしかも子供が自分の力に抗っていることに。
彼女の力は常に暴走している、魔術への抵抗が低いものは近寄っただけで狂わせてしまうのだ。彼女の親族は優秀な魔術師の一族だったために無事だった。
しかし、下手をすれば大人の魔術師でも狂ってしまうほどの力なのに、その少年は平然としていた。
「な、なんで?」
と、不思議に思って少年を見ていると眼に違和感があった、さっきまで少年の瞳は黒かったのに、今は真っ赤になっている。もしかしたらなんらかの魔術を発動させて、暴走している自分の力に抗っているのかもしれないと彼女は思った。
「君、もしかして魔術師なの?」
彼女がそういうと今度は少年が驚いていた。
「え、なんでそう思ったの?」
眼のことを指摘すると少年は、非常に驚いてから少し暗い表情になった。
「…このことは父様しか知らないから、誰にも言わないでね」
そう言って少年は笑顔に戻り、約束だよ、と指を一本差し出してきた後、自分の秘密を訥々と語りはじめた。その後、彼女も自分の力のことを話した。
少年と少女は少し似ていた。
二人とも孤独だったのだ。
彼女の母親が庭にやってきたときには、二人の子供が庭で遊んでいた。
それを見た母親はずっと泣いていた。
それから、毎月、少年は遊びに来ていた。
彼女は少年に自分のことをお姉さんと呼ぶように強要した。将来、お嫁さんにしてくれるかな、なんて約束もしてみた。
少女と仲良くしている自分の息子のことを知っていたのだろう、彼の父親が彼女の父親に縁談の話しをもちかけていた。当時の彼女の父親からしてみれば願っても無い話だった。彼女はとても喜んだ。少年はいまひとつ理解していなかったようだけど、一緒にいることは嬉しいと言っていた。
二人は孤独だった。だからずっと一緒にいようと約束した。