『鋼の双拳』
先ほどとは状況が一変し、誰もが動きを止め、静寂が森を包み込んでいる。
その中で、小さな子供がゆっくりと氷狼の正面に移動する。
身長4メートルを超えた白い怪物と、小柄で、か弱そうな銀の童子が対峙した。
そしてシンクは誰よりも先に、突然飛び出してきた子供の正体に気が付いていたが、このあまりに唐突な出来事に言葉を失っていた。
しかし、呆気にとられていた表情から一転、何をすべきかを思い出し、
『コウエンちゃん、逃げて!!』
彼女はとにかく叫んだ。
どうやって来たのかも、なぜここへ来てしまったのかも分からないが、そんな疑問を今、考え込んでいる暇は無い。
鋼焔が立っている所は、誰よりも危険な場所なのだ、一秒後には殺されていてもおかしくは無い。
相手の力量を考えると、逃げろと言ったところでどうしようもないのは彼女自身分かってはいたが、叫ばずにはいられなかった。
だが、鋼焔はシンクの叫び声を聞いても微動だにしない。
目の前に立つ白い狼の顔を見上げ、その赤眼を鋭く細める。
『なんだ、子供か?』
突如現れた場違いな存在に興味をそそられたのか、氷狼は顎に手をやり、訝しげに眼前の子供をじっくりと見下ろす。
それから驚いた表情になり、
『おっ、かなりの上玉だ、しかも人間! 良い匂いがすると思って来て見たら、最高の昼食になりそうだね』
よだれを垂らさんばかりに舌なめずりをして、目を輝かせた。
(……御主人、今ならまだ間に合います、さっきみたいに跳んで逃げてください)
さきほどの跳躍には驚かされたが、それでも京には眼前の相手を打倒できる気がしない。
(逃げる必要は、無い)
鋼焔は、彼我の戦力を見極め冷静に判断する。
体が子供のようになってしまい、魔術も魔法陣も使えなくとも―――魔力はある。
そしてこの体は小さかろうが、古代最強と謳われた鋼の精霊に近い存在になっているのだ。
戦うための力は、失われていない。
ならば、"この程度の相手"に背中を見せる道理は無い。
『やめろ、その子に手を出してみろ、僕が許さないぞ』
今にも、鋼焔の頭に噛り付きそうな氷狼を見て、シンクは恐れながらも銀の戦槌を構える。
無駄な足掻きになるかもしれないが、なんとか自分に注意を向けさせようとする。
白い魔物を自分一人で打ち倒せるわけも無い――それでも、闘志を籠めた眼差しで敵を睨み付ける。
『――っるさいねぇ、静かにしててよ、この娘の悲鳴が聞こえないでしょ? 今からこの可愛い娘の首もぎ取って、頭蓋骨を噛み砕きなら、中の味噌をすするんだから―――さッ!!』
シンクの方をチラリと見た後、氷狼は白刃と化した右の爪を、鋼焔の首目掛けて突き出した。
(さ、避けてください!!)
京は自分たちの体に迫り来る、圧倒的な力を有した凶刃を見て叫び声をあげた。
心に、頭に、彼女の悲鳴が響いても、鋼焔は不動を貫く。
ただ、彼は、一度も試していないのは思い切りが良すぎたかもしれない、などと迫り来る白い爪を見つめながら、ぼんやりと考えていた。
『く、うッ……』
あってはならない、そして見たくない光景が起ころうとしている。
シンクは目を瞑り、鋼焔から顔を背けた。
村人たちは悲痛な表情でそれを見届ける。
人狼たちはニヤついた顔でその瞬間を待ち焦がれる。
しかし、何も音がしない。首が抉られるような、怖ろしい音が誰の耳にも届かない。
代わりに、氷狼の混乱を隠せない、焦りを含んだ声がその場にいた全員の鼓膜を打つ。
『な、なんなんだ、こいつ、ば、化け物か!?』
敵味方関係なく、動揺が走る。
村人も人狼も、目を飛び出させんばかりに見開き、声にならないほどの大きさで「なにが……」「うそだろ……」と、それぞれぶつぶつ呟いている。
人狼たちが、何かにうろたえている氷狼を見るのは、これが初めてだった。
彼はいつも余裕の表情を崩さず、自分たちを導いてくれる絶対的な強者だった。
そんな彼が、この瞬間、怯えて喚いている子犬に見えた。
何が起こったのだろうかと、シンクは瞑っていた目を開いた。
氷狼の右の爪、その全てが砕かれ無くなっていた。
さらに鋼焔の小さな白い手が、爪を失った狼の人差し指を、握りつぶさんばかりに掴み上げている。
想像だにしない、光景が目の前で繰り広げられていた。
そして氷狼は、その拘束から抜け出そうと渾身の力を込めているが、こ揺るぎもしない。
ありえない事態に混乱した彼は、他の手足、もしくは口で攻撃することすら忘れていた。
そして、
『は、離せ、離せよ――――ぐ、ぐぁぁああああああああああ、ぉ、おお俺の、俺の指、ゆびがぁ……』
肉が潰れ、骨が粉々になる音が、氷狼の絶叫と共に森に響き渡った。
鋼焔の小さな手が、万力のように氷狼の指を圧縮して、すり潰した。
小さな掌から、赤い血、肉の汁、血に染まった骨の破片が零れていく。
(ご、御主人、これは……まさか……)
京は全身に染み渡る圧倒的な魔力の循環を知覚した。
普段、鋼焔から供給されている魔力が、今この融合した体にも感じられる。
『なッ…………』
誰もが、体をくの字に曲げ悶絶している氷狼と、彼の指をもぎ取った得たいの知れない子供を見て、戦慄し言葉を失った。
『ど、どうなってるの……!?』
シンクは鋼焔が指を握り潰す瞬間を目撃したが、それが視覚情報として脳に入ってきても処理することができなかった。
その光景はあまりに彼女の常識とかけ離れていた。
さらに、その光景は続いていく。
『あ、あぐぁぁ…ぁぁ…ッ』
鋼焔は地上から数センチ浮き上がり、氷狼の目の前まで接近する。
眼前で苦しみ悶えている相手を無視して、体に流れる魔力を破壊の力として、練り上げていく。
速く、堅く、強く、なるようイメージする。
見えるはずの無い魔力――赤黒い魔力が鋼焔の全身を陽炎のように揺らめいている。
「京、いくぞ、これがおれとお前の力だ」
鋼焔は、戦闘中にも関わらず口を開いた。
この場ではただ一人、彼女しか理解できない言葉で言い放つ。
――――今はまだ伝わらなくても良い。
出会ったその日から、彼女に伝えたい想いを、戦いの中で積み重ねていく。
そして鋼の精霊となった肉体が、鋼焔の魔力によって始動する。
痺れの無い左足を大きく踏み込み、左の脇を閉める。
同時に膝から腰、腰から肩をコンパクトに回す。
腰を軸にした回転の力が、全身の魔力を右腕に伝導させる。
二人の右拳が撃ち放たれる。
拳が視認できないほどの速さで氷狼の下腹部に到達した。
肉が切断される音、骨が砕け引き千切れる音が鳴り響く。
殴ったのは小さな拳。
だが、それがまるで巨大な鉄塊が強烈に突っ込んだかのように――――氷狼の胸から下を根こそぎ奪い去った。
氷狼の下半身が勢いよく後方に弾け飛び、後ろの木に叩きつけられる――凄まじい破砕音と共にその木を薙ぎ倒し、勢いそのままに次の木に激突、さらに薙ぎ倒し、さらに次ぎの木も、次の木も、と鋼焔が突き出した拳の延長線上に氷狼の血で染まった新たな道ができあがっていく。
そして、下半身を失った氷狼の体が、だるま落としのように鋼焔の目の前に落ちてくる。
鋼焔は、右腕をすでに引き戻していた。
上半身だけになった氷狼の体が地面に着地すると同時に、すかさず二撃目を撃つ動作に入る。
但し、今度は最初から踏み込んだ状態で、拳を前後させるだけ。
だが、一撃目とは比べ物にならないほどの魔力を右腕に纏わせている。
腕からは赤黒い魔力の焔が噴出している。
魔力が完全に右腕を包み込んでいた。
そして、右拳を全力で氷狼の顔面に向けて打ち抜く。
速度の概念を超越した赤黒い焔が、撃ち出されると同時に氷狼の頭を飲み込んだ。
直後、鋼焔の拳を中心に凄まじい魔力の波動が巻き起こる。
――波動が衝撃となって周りに広がっていく。
轟音が響き渡り、大気が震動する。
焔が全ての氷結を瞬く間に融解させ、その下から現れた地面に亀裂を走らせる。
近くの森の木は薙ぎ倒され、遠くの木は葉を散らす。
周囲にいた他の者は肌にビリビリとした衝撃波を感じた直後、体が浮き上がり数メートルも後ろに吹き飛ばされた。
そして、
直撃を受けた氷狼の頭は、影も形も残らない―――雲散霧消した。
残ったのは首から上の無い上半身のみ。首から赤い鮮血が迸る。
藍色の浴衣が返り血で紫に変色する。
――――氷狼は自分が殴られたことにすら気付くことはなかった。
氷狼の殺害が終わった後、村人たちも人狼も皆、尻餅をついたまま愕然とした表情で、ただ、ただ、眼前で起こった出鱈目な光景の残骸を凝視するのみ。
しばらくして、目を丸くさせ、口をあんぐりと開けていたシンクが、
『……は、えっ、ええっ!? な……なんで、なにが、こ、鋼焔、ちゃん!? ……何者、なの……?』
現実に戻って来た。
まだ、頭の混乱は抜け切っておらず、言葉がまとまっていない。
あの氷狼には自分以上の力を感じた。
自分を含め、他の大人20人を一瞬にして窮地に追い込んだ相手にも関わらず、あの少女は―――。
そしてシンクに続いて、徐々に他の者も正常な思考を取り戻していく。
「う、うおおおおおおおおおおおおッ!!」
突如飛来した子供の手によって、九死に一生を拾った村人たちは両手を空に突き上げ、歓声を上げた。
生き延びた喜びを全身で表現している。
『ぁ、あ、うあ、うぁああああああ、に、逃げろッ!! 逃げろおおおおお!!』
我に返った人狼たちは、死に物狂いになって森の中へと逃げ帰っていく。
そのあと、氷狼の首が無い上半身が消滅し、全てが終わった。
再び森に、一時の平穏が訪れる。
そして鋼焔は視界の中で、なぜか、不機嫌そうにじっとりとした目付きになっている京の姿に気が付き口を開いた。
(京、思ったよりやれそうだろ? この体、魔法陣が使えない分、魔力では数段劣るが、燃費は抜群に良いし、侵蝕領域が発生しないから使い勝手も良い感じじゃないか)
心の中で、得意げな様子で彼女に語る。
上空から信じられない速さで墜落したにも関わらず、無傷だったことを考えれば、この程度のことはできるだろうと予測していた。
しかし、実戦で力の使い方を学習することになるとは鋼焔も思いも寄らなかった。
すると、彼の話を聞いていた京は顔を怒りで紅潮させて、刺すような視線を放った。
(御主人、……小さくなってもやることが無茶苦茶ですっ、というよりですね、最初から戦えるなら戦えるとそう言ってください!! 怒りま―――うッ)
突然、お説教していた京が呻き声とともに、鋼焔の視界の中で苦しそうに口元を手で押さえた。
(どうした!? 大丈夫か……?)
また何か融合による異常が起こったのかと心配になる。
(……ええ、ちょっと疲れた上に興奮しすぎただけだと思います)
彼女は深く息をつきながら、小さな胸に手をやっていた。
(そうか、それなら良かった)
どうやらいきなり力を使ったせいで、京にも僅かながらに影響が出たのだろう。
その言葉を聞いて鋼焔は胸を撫で下ろした。
(もうっ! それもこれも全て御主人のせいなのですからね)
安堵する主の声を聞いて、彼女は怒りながら上機嫌になる、という器用な表情をしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あの後、鋼焔はシンクにおんぶされて家路に着いた。
彼女は帰ってすぐに、途中で止まっていた料理の続きをやり始めようとしたのだが、作っている最中に他の村民が訪ねてきてお裾分けしてもらえた。
そして来る人全て、料理を置いた後、鋼焔に向かって神妙に拝みながら何かを呟く。
―――テーブルは料理で埋め尽くされていった。
何か盛大に勘違いされている気がして、鋼焔と京は冷や汗を垂らした。
それから、お裾分けの流れが途絶えた後、鋼焔とシンクは豪勢な夕食をとった。
しかし、お腹いっぱい食べられるにも関わらず、シンクは戸惑った表情をしながら食事をしている。
料理を口に運んでいる最中、鋼焔に聞きたいことがあるのか、チラリチラリと視線をやっていた。
そして、鋼焔が食べ終わるのを待ってから、彼女は恐る恐る訊ねる。
『コウエンちゃんは……どこから来たの?』
この世界の人間は、そのほとんどがセントラルに住んでいる。
シンクは以前、村にやってきた人間や、セントラルに住んでいる人間を見たことはあったが、その誰もが微弱な魔力しか持っていなかった。
そして鋼焔は見た目もただの人間とは異なっている上、桁違いの力も持っている。
だから、彼女は鋼焔が人間ではない何かで、どこか違う場所から来たのだと思い、質問をした。
鋼焔はしばらく考えてから、
『違う世界』
彼女には話しておこうと、決意して口を開いた。
『違う、世界?』
初め、どこか違う大陸のことだろうかと考えたが、セントラルの『魔女』に別に存在している世界の話を聞かされたことを思い出した。
『なんのために、来たの?』
シンクには興味もなければ、理解もできない難解な話だったため、あまりよく覚えていないが、この世界に良く似た世界や、この世界の住人よりも遥かに力を持った人々が存在している世界があるという。
翼持ちたちは、そういった世界から龍を退治できる人を召喚できないかと、魔女にしつこく相談を持ちかけていたらしいが、彼女にも不可能らしく、その愚痴を聞かされたことがあったのだ。
『龍を倒すため』
鋼焔は先ほどから考えていたことを口にした。
(ご、御主人、何を!?)
京はその言葉を聞き、驚いた表情になって目をむいた。
鋼焔が勝手に決めたことを咎めているようだ。
しかし、魔物の力を知った今、このまま放置して帰るのはなんとも後味が悪い。
今日だけ敵を排除したところで、自己満足の偽善にしかならない。
根源を絶たなければ、己が帰った後、シンクはいつか魔物に殺されるのではないかと思う。
彼女のためだけに、この世界で戦う決断をする。
わざわざ異世界に来てまで、何かを殺すつもりは無かったが、すでに心は定まっていた。
どちらにせよ分離する方法も探さなければならないのだ。
そのついでに爬虫類の一匹や二匹相手にするぐらいなら、京も許してくれるだろう。
『な、なんか凄い話になってきたね……』
シンクは先ほど思い出していたこと、ずばりそのものを言われて驚いた。
鋼焔のあの力を見た今ならば本当にそうなのだろうと信じられたが、余りに壮大な話に、疲れ気味の頭が付いて来れそうに無い。
『龍のこと、教えて』
魔物との関係、数、居場所、その能力など、鋼焔は龍について詳しい情報を集めておきたい。
『うん、でも今日は僕も疲れてるし、また明日にしよ?』
一度、伸びをした後、シンクはテーブルに肘をついて手で両頬を押さえ、ふにゃっとした笑顔になって鋼焔を見詰める。
『わかった』
鋼焔は疲れているわけでは無いが、突拍子も無い話をした手前、シンクにも整理する時間が必要だろうと思った。
それに、明日すぐにこの村を出るわけでも無い。
分離する方法を探しに行く前にやらなければならないことがある。
そして、笑顔を崩さぬまま、シンクが勢いよくその場に立ち上がり、
『それじゃコウエンちゃん、体汚れちゃってるし、一緒にお風呂入ろっか』
鋼焔のところに近づいて来て、その体を持ち上げた。
『よろしくお願いします』
鋼焔は迷う事無く、即答した。
跳んだ時に砂埃を被り、森で氷狼の血を少し浴びて汚れている。
(なっ、御主人、相手は女性ですよ!?)
京の非難する声に、鋼焔は無言を返した。
そのまま、シンクに連れられ台所を出て右の部屋に行くと、石で出来た浴室があった。
ゴツゴツしているが、露天風呂のような趣がある。
浴室の入り口で服を脱ぐようで、シンクはすでに服を脱いで全裸になっていた。
革の胸当てをつけていたせいでよく分からなかったが、彼女の胸は程よくふっくらと肉付いており、美しい曲線を描いている。
そして、先端の桜色は青白い肌によって一層際立っていた。
腰はくびれ、お尻も柔らかそうでハリがある。
肌にはシミ一つ無く、彼女の肌の色も相まって現実離れした美しさを放っている。
そして重そうなハンマーを振るっているだけあって、体は引き締まっており出ている所は出ているが無駄な肉はついていない。
(D、いやCだな、大き過ぎず、小さ過ぎず、まさに美というに相応しい)
それを見ていた鋼焔の唸るような心の声が思わず漏れた。
(御主人、視界を共有していることを忘れていませんか?)
僅かに、殺気さえ籠もっていそうな眼差しと声を感じる。
主が、普段女性の胸や裸を見て何を考えているか京には分からなかったが、融合したことにより、今、全てが彼女の知るところとなった。
鋼焔も服を脱ごうとしていたが、シンクによって脱がされ、そのまま全裸の彼女に抱っこされ浴室に連れて行かれる。
その瞬間、柔らかい、と鋼焔の心の声が再び漏れた。
(沙耶様と悠様に言いつけますよ)
今にも爆発しそうな声が鋼焔の頭に響き、京の様子を見ようとしたその時、なぜか彼女の着物も脱げていることに気が付いた。
(京、なぜかお前の服が脱げている)
(話を逸らすつもりですか? そんな手には引っかかりませんよ)
(いや、本当だって――――京って、ツルツルだったんだな)
鋼焔は初めて見る彼女の全裸を、上から下まで確認しておいた。
(………………御主人、分離したら覚悟しておいて下さい)
視界の中に映っている京は手をバキバキ、首をコキコキと鳴らし、早速ウォーミングアップに入っている。
そして浴室に入ると浴槽からは湯煙が上がっていた。
湯に触れてみると程よい熱さになっている。
森から帰った後、シンクが外に出ている時に魔力を感知したが、雷の能力で風呂を炊いていたらしい。
『コウエンちゃん、座って』
入浴する前に体を洗うため、鋼焔を木の椅子に座らせた。
彼女は手に乾燥させた瓜のような物を持っている、それで体を擦るようだ。
それを浴槽の湯に浸した後、シンクはしゃがんで鋼焔の背中を優しく擦っていく。
腕を上げさせて、横腹から腋まで丁寧に洗う。
そして背中が終わった後、
『じゃあ、今度はこっち向いてね』
鋼焔は後ろを向いた。
視界をシンクの健康的な裸身が覆い尽くす。
それを心のアルバムに焼きつけんとばかりに凝視する。
しかし、そうやって没頭している最中、シンクの視線が鋼焔の股間に吸い寄せられ、
『えっ……これは、なに?』
そういって彼女は驚きながら手を伸ばしてそれを掴んだ。
そして、強く握ったり、引っ張ったり、先っちょを指でツンツンする。
(ひゃっ、ご、御主人つ、掴まれていますよ!? な、なんだか変な感じです……)
京が小さく喘ぎ声を上げた。
初めての感覚に戸惑いつつも、頬を染めて変な顔になっている。
×××がシンクの乱暴な手つきよって刺激を与えられ、大きくなっていく。
『…………も、もしかしてコウエンちゃん―――お、男の子だったの!?』
彼女は今日、何度目になるか分からない驚愕の表情になり、信じられない思いで訊ねた。
『はい』
鋼焔は会話の中で、何を言われているのか分からない言葉が幾つかあったことを思い出す。
あれは全て女性に関連するものだったようだ。
そういえば、湖で自分の顔を見たときは女っぽい顔だなと一瞬思ったが、最初に確認してから自分をはっきり男だと認識していたので、すっかり忘れていた。
『…………ひぅ』
顔を真っ赤にして小さく悲鳴を漏らした後、シンクは気絶した。
危うく後頭部から頭を床にぶつけそうになったが、慌てて鋼焔が抱きとめる。
(御主人、これは沙耶様と悠様に報告させて頂きます『女性を×××で失神させた』と)
その言葉は事実だが、間違いなく誤解される。
沙耶は嘆き悲しみ、悠は兄を罵るだろう。
(お二人とも、さぞやお嘆きになられることでしょう、今から楽しみです)
先ほどの意趣返しとばかりに、京が陰湿な笑みを浮かべている。
「京さん、本気でそれは勘弁してください」
浴室に、鋼焔の真剣に懇願する声が反響した。