表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
修羅と鋼の魔法陣  作者: 桐生
三章
30/31

『氷狼、襲来』

 現在、釣りから戻って来たシンクは台所で夕食の仕込みをしている。

 鋼焔も手伝おうと思ったが、台所で作業をするには身長が足りなかった。


 そのため鋼焔と京は、家の外で空を飛ぶ練習をしている。

 すでに2時間ほど続けていた。


 そして小さな成果が見え始めていた。


「京、見てくれ、1cmほど浮いてないかこれ?」


 墜落した時の失敗から、鋼焔はとにかく浮いていることが当たり前だと考えるようにした。

 どうやら飛ぼうと思えば思うほど、飛べないのだと、あの時思い知ったのだ。

 まだ、その意識が足りていないらしく、周りの人間が気付かない程度にしか浮いていないが。


(微妙ですね。たしかに、浮いている気はしますが、横に動いたりはできないんですか?)

 

「よし、試してみる」


 鋼焔は意識して横にスライドするように空中を滑ろうとする。

 しかし、何も無い空中で躓いてしまい、側頭部を勢いよく地面に打ち付けた。


(……頭が痛いです、さすがにまだ無理でしたか)


 感覚を共有している京も、鋼焔の視界の中で打ち付けた頭をさすっていた。


「いや、今日中にものにしてみせる」


 鋼焔は何度か痺れた右足で、走ろうと試みたが不可能だった。

 魔物なんて物騒な生き物がいる以上、移動手段として空中浮遊は必須だと思われる。



 それから鋼焔はさらに1時間ほど練習を続けた。


 5時ぐらいになっただろうか、空が紅く染まり始めている。


 そして、ついに、


「京、これでどうだ!」


 鋼焔は空中を移動することに成功した。しかし、


(……ですが御主人、これではどう考えても、歩く方が早くないですか?)


 京の言うとおり、移動速度は絶望的に遅かった。


「……それぐらい分かってる、明日には鳥を超えてみせる」


 鋼焔は珍しく拗ねたような調子で言った。

 京がケチをつけてばかりなので褒めてもらいたかったのだ。


 二人は、陽も落ちてきたのでそろそろ練習を切り上げようと、家の中に戻った。

 テーブルの椅子に座り、台所で料理しているシンクの後ろ姿を眺める。


 夕食前、少しぼんやりしていたその時、強烈に耳を打つ鐘の音が遠くから聞こえてきた。


(魔物でしょうか……)


(そうだろうな)


 二人が心の中で呟いていると、


『コウエンちゃん、家の中にいてね、絶対に外に出たらダメだよ! 僕、ちょっと行って来るから』


 慌てて包丁とエプロンを片付けたシンクが、矢のような速さで家の外に飛び出していった。


 彼女のいなくなった家に、暫しの沈黙が降りる。


(……また、昨日の狼でしょうか?)


 数分経ってから、少し不安な気持ちを覗かせるように、京がポツリと呟いた。


「そうかもしれないな、でもあの程度の相手ならシンクさん一人で、何十匹でも相手にでき―――」


 二人が楽観的な予想をしていたその時、桁違いの力―――魔陣使い十数人分に匹敵するほどの魔力を感知した。


(なっ!? ……いったい誰の―――ご、御主人、どこに行くつもりですか!?)

 

「京、さっきの魔力、あれは魔物の力じゃないのか」


 鋼焔はすでに椅子から立ち上がり、家の外に出ようとしている。


(……たぶんそうでしょう、村の人だとは考え難いです、これほどの力があるなら村が荒らされる前に狼を駆逐できるでしょうから)


 京は先ほどの魔力は襲撃者のものだと判断する。

 そして、これが魔物の力ならおそらく村民全員で戦っても勝てないだろうと思う。


 昼間の印象で魔物という存在を舐めていたかもしれない。

 この魔力の持ち主と戦って楽に勝利するなら、それこそ魔陣使いを50人は用意する必要がある。


「京、行くぞ」


 鋼焔は外に出た。

 魔力を感じた方向を見定め、歩き始める。


(で、ですが、行ってどうなるというのです。今の御主人は、魔術が使え無いのですよ? それに、まともに浮遊することさえ出来ないでは無いですか……)


 あの狼とは別次元の存在が来ているのだ。

 京には、今の状態の主では荷が重過ぎる相手としか思えない、

 姿形は子供で、戦闘ができるほどの足も無い、あるのは使うことのできない魔力のみ。

 これでは百回戦ったとしても百回殺されるだけだろう、と考えなくても分かる。


「動かないんじゃない、痺れているだけだ」


 鋼焔は京の話を聞いていないのか、じっと森の方を見据えながら、全速力で歩いている。


(そんなの同じことですっ! ……御主人、落ち着いてください、むざむざ殺されに行くつもりですか?)


 京は鋼焔が感情だけで戦況を見誤るのは、らしくないと思った。

 二人はこの世界に来て、シンクの優しさに触れた。

 今その彼女が窮地に立たされているせいで、冷静さを欠いているのだと思い、必死に説得を試みる。


「世話になった礼を今返さなくて、何時返す」


 彼女の主は低く絞り出すような声を出した。


 血相を変えて説得する京を無視して、未だ森の方に向かっている。


 一心同体の京にも、鋼焔の気持ちはよく分かっている。

 だが、それとこれとは話が別なのだ。

 何年も連れ添った主に死んでほしく無い、一蓮托生である自身も死にたくは無い。

 まず、最初にその二つがあった上で、助けたい誰かのことを考える。


 今の主には戦う力が欠如している。

 他人を助けるという話自体、論外だった。


(京も御主人と同じ気持ちです……、ですが、行ったところで足手まといになるだけです、家の中に隠れていましょう)


 そこでやっと鋼焔は京に意識を向けた。


「京、今のおれ"たち"は戦えないと思うか」


 その声の調子は普段通り落ち着いたものに戻っていた。

 自分が戦えないとは微塵も思っていない、そんな自信さえ垣間見える。


 そしてその言葉は、京に何かを訴えかけていた。

 

(何を今更っ! 戦う、戦えない、以前の問題です、せめてこの体に慣れてからおっしゃってください。 ……お願いします、家に戻ってください)


 何を分かりきったことを、と主の的外れな言葉につい声を荒げてしまった。

 

「おれはそうは思わない、それを証明してみせる―――――見えた、跳ぶぞ」


 鋼焔は500メートルほど先の森の中に人影を発見した。


 京との会話を打ち切り、鋼焔は倒れるぐらいの前傾姿勢になる。


(えっ!? と、跳ぶって!? ええ??)


 そして麻痺していない左足一本に魔力を込め。

 グッと膝に力を溜めて、思い切り地面を蹴り飛ばす――その瞬間、地面が爆ぜた。


 鼻が地面を擦るのではないかと思うほど、地表スレスレを滑空するように、鋼焔が跳んで行く。


 京は視界を埋め尽くす――凄まじい速さで通り過ぎていく地面に恐怖し、絶叫していた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『ふぅん、昼食と比べると、量も多いし、中々歯応えがありそうじゃないか』


 森では戦闘が開始されていた。

 氷狼と人狼五匹と、警邏していた二十人が相対している。


 この村の人間は人狼の誘いには乗らなかった。

 初めて遭遇した敵――氷狼を警戒し、守りに徹して力の程を見極めようとしている。


 村民と魔物たちの間には、光り輝く稲妻の障壁が形成されていた。

 障壁は、雷天の精霊十人が力を合わせることによって、森から村へと侵入できないように、ぐるりと張り巡らされている。

 そしてそれは触れた相手を感電させ、焼き殺す、攻防一体の結界だ。

 

『おまえらは、下がっときなよ、黒こげになっちゃうからね』


『了解しました』


 氷狼が一人、前へと出る。


 ゆっくりと村の方へと向かう。

 悠然と障壁に近づいていく。



 そして目の前に立ちはだかる、稲妻の障壁を―――物ともせずに通り抜けた。



『そ、そんな馬鹿な……、くっ、構えろ』


 村民たちは驚愕したのも束の間、障壁を解除し、全員がその手に武器を持った。


『少し、ビリビリするぐらいだったね』


 氷狼にダメージを負った様子はかけらも無い。

 白い毛が電流で少し逆立ったぐらいだ。


 村民は攻めない――攻められない。

 今ので氷狼の実力がどれほどの物なのかはある程度察した。

 守りに徹する以外に道は無い。


『あ? 来ないの? ――――なら、こっちから行くよ』


 氷狼は手と足に白い爪を生やした。

 足の爪で地面を噛み、凍らせながら、二足歩行で疾走する。

 村民と20mは離れていた距離を1秒ほどで詰め、手前にいた浅黒い一本角の男に向かって手の爪を振るおうとした。


 しかしその時、


『オラァァアアアアアアアッ!!』


 という、裂帛の気合を伴いながらハンマーを振りかぶっている少女に不意を付かれ、攻撃を停止。

 その少女が握っている銀の戦槌から先ほどの障壁より数段上の魔力を感じとり、後方転回で回避する。

 予め凍らせていた地面を滑って、さらに距離をとった。




 突如現れたシンクが、すでに敵のいない地面を打つ。

 爆音を響かせながら地面が弾け飛んだ、そして彼女はそこからさらに魔力を解放する。


 目の前の氷の道に雷を流し込む。

 氷の電気抵抗の高さを物ともせず、魔力は雷鳴を響かせながら伝導する。


 刹那の合間に稲妻が氷狼に達しようとした―――が、彼はそれを横に飛んで難なく回避した。



『へぇ、驚いたな、こんなやつがいたのか、翼持ちの部隊長クラスってとこかな』


 氷狼は眼前の青白い肌の少女を見て、セントラルで戦っていた相手を思い出した。


『まぁ、あいつらは数が揃って無いと向かってこない腰抜けしかいなかったからね、久しぶりに良い悲鳴が聞けそうでなにより』


 彼は、向こうで何十人という戦士に追われながら過ごす毎日を送っていた。

 それなりに力を持った相手が一人いたとしても、なんの苦にもならない。



『みんな、遅れてごめんね!』


 シンクは謝罪しながらも眼前の白い魔物から目を離さない。

 完全に不意をつけたはずだった二段仕掛けの攻撃を、こうも易々と避けられたのは初めての経験だった。

 あの魔物が、近くの村を襲っていたという氷狼だと確信する。


『シンク助かったぜ。 ――それより気をつけろ、あの白い奴、障壁をものともしなかった』


 危うく爪で切断されそうだった男が注意を促す。


『うん、分かったよ、絶対にここで食い止めてみせる』


 シンクは天にハンマーを翳し魔力を練り始める。

 先端の部分が発光し、雷鳴が轟きだす。


 ハンマーの先が紫の雷を纏って巨大化した。

 子供の頭ぐらいだったそれが、大きい樽のように変化する。

 彼女は雷を固形化させた。もちろん雷本来の性質を宿している。


 その場で彼女は氷狼に狙い定める。

 距離15メートル―――どう考えても届きそうに無い位置から、その雷槌を後ろに振りかぶった。

 

『さっさと、終わらせようかな』


 シンクがハンマーを振りかぶると同時に、氷狼は地面に全ての爪を突き立てていた。


 その瞬間、氷狼から吹き荒れる雪のように猛烈な魔力が流れ出す。


 一瞬にして、辺り一体が凍りついていく。

 周りの木は氷のオブジェになり、森の草は凍った後、砕け散った。


 絶対零度の地獄が展開された。



 それを見たシンクは氷狼に狙いをつけていた軌道を無理矢理修正し、地面を殴りつける。

 雷と氷の魔力がぶつかり合い、凄まじい力の奔流を引き起こす。

 雷鳴と氷が砕け散る音が何度も鳴り響き―――やがて、静まった。

 彼女の足元近くまで伸びていた氷結は、その一撃が食い止めた。


 しかし、他の村民全員は下半身まで完全に凍りついていた。

 皆、必死になって手に持った武器で自身に絡みついた氷を砕こうとするが、傷一つ付けることが出来ない。


 難を逃れたのは彼女一人だけであった。


『み、みんな……』


 シンクの表情が絶望に染まる。

 全員で一丸になれば打倒できるだろうと思っていたが、敵の実力を見誤っていた。

 氷狼は、彼女が今まで戦ってきた魔物とは格が違いすぎた。



『さあて、おまえらまずは前菜とい――――ン!?』


 氷狼が人狼たちに声をかけていたその時、


 ――――草むらを物凄い速度で、頭から掻き分けて出て来た子供の姿が彼の目に入った。



 そのまま子供は氷の上を滑り、氷狼のすぐ傍で凍り付いていた木に、頭から勢いよくぶつかって停止した。


 森にいた全員が戦闘中ということを忘れてしまったかのように、その闖入者に意識を奪われる。



 視線が集まる中、その子供はぶつけた頭をさすりながら、幽鬼のようにゆらりと空中に浮かぶように立ち上がった。



 

 そしてその姿は、銀髪、赤眼、氷狼が見たことも無い服を着た人間だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ