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修羅と鋼の魔法陣  作者: 桐生
一章
3/31

戦場は屋上

 鋼焔の居なくなった屋上の雰囲気は最初二人だけだった時よりも、さらに悪化していた。


「…はぁ、コウさんったら迷わず行ってしまわれるなんて、料理が口に合わなかったのかしら、悠さんの」

 沙耶は横目に悠を見ながら溜息をついて、見当違いの文句を口にした。言わずもがな、挑発である。


「…………」

 悠は黙ったままだ。そんな挑発には乗らない。


「45点じゃ仕方ないですよね。45点じゃ、そもそも死霊術士に料理なんてできるわけがないんですよ、普段からトカゲだー、コウモリだーって、毒物ばっかり調理していますのに」

 沙耶は追い討ちをかける。


「…………」

 悠は黙ったままだ。そんな挑発には乗らな――

「…45点、45点だ?ハァ!?てめぇ、ババアいい加減にしろよ、そのふざけた採点撤回しやがれマジでブチ殺すぞ」

 乗った。と、同時に何か大切なものが剥がれ落ちていた。


「あらあら、やっといつもの悠ちゃんに戻ってくれて沙耶は嬉しいですよ」

 本調子になったライバルに沙耶はニコニコ笑顔で応じる。


「クソババア、あんたマジで最近ありえねーよ、昼休みになるたびに延々とネチネチイチャもんつけやがって、小姑にでもなったつもりか?あぁ?」

 悠は殺意全開の眼で睨みつける。ここ最近のストレスが溜まりに溜まって、今まさに爆発しようとしていた。


「小姑?私が?…冗談もほどほどにしてください。小姑はあなたのような人のことを指すのですよ。コウさんと私の邪魔ばかりする義妹じゃないですか。それに、私がグチグチ言っているのはあなたが私のコウさんに毎日毎日毎日毎日、食事中の無作法を強要するからついつい口を挟まずにはいられなくなったからですよ、あなたが私の義妹じゃなかったらその首と胴体が離れているところです」

 普段から冷静沈着な沙耶が、珍しくイラ立ちを隠さず捲し立てた。


「だ・れ・が、てめぇの妹だ!未来永劫ありえないってーの。今日という今日はもう許さない、お兄ちゃんがいない今、あんたの首と胴体切断してからあたしの使い魔にしてやるよ」


「望むところです」


 沙耶が距離をとった直後、ほぼ二人同時に得物を召喚する。


 沙耶は、聖騎士の大半が使用している両刃の長剣ではなく、日鋼の鍛冶職人の魂がこもった業物、日鋼刀を腰に召喚した。

 そのほぼ全てが西大陸から留学している聖騎士はガードの上から打ち砕く破壊力と対魔法、対兵器への攻防のバランスを考え、盾と長剣もしくはメイスを好んで使うが、イレギュラーな存在の沙耶は盾は使わず、速度と鎧すら切り裂く攻撃一点重視の刀のみを好んで使うことが多い。

 実際、模擬演習の講義でも沙耶の攻撃速度についてこられる聖騎士はこの学校には存在していなかった。


 悠はネクロマンサーの多くが愛用している大鎌を召喚した。

 他にも愛用している毒を塗ったナイフがあったが間合いの関係上、大鎌を選択せざるを得なかった。

 しかし、大鎌を選んだところで斬る、突くといった攻撃が行えない、薙ぐにも手前に引く動作が必要なため大鎌の長さの半分ほどしか有効な間合いは無い、そのため少し間合いを詰める必要がある。


 今の二人の立ち位置で有利なのは圧倒的に沙耶の刀であった。


 一瞬早く、悠が動く。


 鎌で薙ぐのは不可能と判断し、大鎌を反転させ石突きで沙耶の喉元狙った。あと、数瞬で石突きによる突きが決まろうというところで、沙耶が動いた。


 神聖術の多くは詠唱を必要としない。身体強化の神聖術もそのひとつである。

 沙耶が刀の柄に手をかけた瞬間、


一閃。


 ツインテールの少女の首が、髪を振り乱しながら舞った後、屋上の床に嫌な音を立てて落ちる。残った首を失くした身体も前のめりに倒れた。


 神聖術で強化された沙耶の横なぎの一刀は、まさに神速と呼ぶにふさわしい速さで悠の突きを凌駕し、その首を両断した。


「あら、…あっけなかったですね。当代最高の死霊術士と聞いていましたのに、尾ヒレがつきすぎた評判でしたね」

 沙耶は終生のライバルと思っていた相手があっさり片付いたことで、少し興奮気味に一人ごちた。


「…しかし、不味いですね。つい、カッとなってやってしまいましたが、この惨状をコウさんに見られたらと考えると身の毛がよだちます」

 他に、屋上いた人間は悠が豹変しだしたあたりで退散していたため、犯行現場を目撃されることは無かったが、それも時間の問題だろう。


「…どうしましょう、うぅーん、…そうです、これは正当防衛、言い訳は正当防衛にしましょう、少なくとも得物召喚魔術の反応は二つ以上感知されていたはずです…、…ぅうー、やっぱり駄目です、こんな言い訳ではコウさんは一生、私を許してはくれない気がします」


 鋼焔が来る前になんとかしなければ、と沙耶は頭を抱えていた。とりあえず、首がくっつけば生き返るかもしれないと思い生首を拾いに行こうとした、その瞬間、足を、物言わぬ死体となった悠の手によって掴まれた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 連盟会議室についた鋼焔はドアをノックした。


「どうぞー、はいってー」

 室内から陽気な調子の声が届く。ドアを開いて入室した。


「ごめんね、鋼焔くん、お昼ご飯食べていたでしょ?」

 申し訳なさそうにしている女性は、日鋼の北部に隣接している同盟国、華山国の長、鬼堂陽厳の一人娘、鬼堂灯美華きどうひみかであった。彼女は鋼焔より二つ年上の19歳。若い身空でありながら校内における同盟八ヶ国の方針を決定できる連盟長に任ぜられた才媛である。


 容姿も整っている、モデル体型で髪型はショートヘア、綺麗なおでこを出しているのが特徴的で人懐っこい笑顔が似合う、その才能と相まって国内外問わず屈指の人気を誇る女性だった。


「いえ、問題ありません。鬼堂様のおかげで助かりました」


「え、なにが!?…というか、前に直してって言ったのに、また敬語になってるよ、もっとリラックスしてほしいな、昔みたいにお姉ちゃんって呼んでくれてもいいよ?」

 鋼焔と灯美華は親同士の付き合いもあり、二人は昔から仲が良かったが、ある事件の結末によって鋼焔は彼女に対して引け目を感じていた。だからこそ、昼休みの真只中でも優先して灯美華の元に駆けつけたわけだが。


「申し訳…すまん、というか年上に対して敬語を使うな、というのはおかしくないか」


「ノーノー、私が良いって言っているんだから問題なしよ!」

 灯美華はフランクに話しかけられてテンションがあがった。


「それで、灯美華さん用件は?」


「あー、ごめん、話しが脱線し始めていたわね。用件は一ヵ月後に行われる連盟会主催の演習のことについて注文が寄せられていてね、そのことでちょっと鋼焔くんの意見が聞いてみたくて呼んだのよ」


「…はぁ、おれなんかの意見が参考になるなら」

 鋼焔は彼女の普段の仕事ぶりから、八ヶ国から賓客を招いて行う演習すら些末な事柄として処理するだろうと思っていたので、ちょっと納得しかねる部分があった。


「というか、鋼焔くんたちに関係あることなのよね、例年通りなら魔法陣課を除いた術課同士で対抗戦ってことになるのだけど、今年は、魔法陣課に別枠設けて他の課との模擬戦も披露してほしいって注文がうちのお偉いさん方から出ているのよ」

 灯美華はその五月蝿いお偉いさん方の顔を思い浮かべているのか、眉根を寄せていた。


「前例がないわけじゃないし、おれは賛成かな」

 他の術課と違って講義の演習でも基本的に魔法陣課は、魔法陣課のみで模擬戦を行っているので、鋼焔は好奇心も加わり即答した。


「そうねー、鋼焔くんが良いっていうならやってみようかしら、人数の方は魔法陣課一人に対して他の課の子三~四人ぐらいで良いよね?」


「ああ、それで良いと思う」

 鋼焔は何気ない調子でそう答えた。魔法陣課でも実力者はピンキリだが平均的な能力者なら一人で数人の術士を相手にすることが可能で、灯美華の示した人数なら妥当であると言えた。

 続いて幾つか灯美華が鋼焔に質問をして、用紙に日程、内容の変更の旨を書き記していった。


「よーっし、こんなもんでいいわよね、ほんとお昼時にごめんね、助かったよー」


「じゃあ、そろそろ戻っていいかな」


「うん、…そういえばもうすぐお昼終わるわね、次の講義、遅刻しないように気をつけてねー」

と灯美華が言った瞬間、二人は屋上の魔術を感知した。


「あら、屋上で何かしているのかな」

 鋼焔はまさかと思い表情を引き締めて使い魔に確認する。


「京、今さっき感知した魔術の種類は?」

「得物召喚の類です。おそらく御主人の想像通りだと思います…」

 鋼焔の隣に現れた京はしょんぼりしながら目を伏せ報告した。


「急いだ方がいいな、じゃあ、灯美華さんまた今度!」


「はぁい、いってらっしゃい、また用事がないときでも来てくれるとお姉ちゃん嬉しいよー」


 灯美華は出て行く鋼焔に声をかけた後、会議室の椅子に深く腰掛けながら溜息をつく。



「…ふーん、またあの女かぁ」



 そんな呟きが静まりかえった室内でもれていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 沙耶の足を掴んだ悠の腕が、徐々にその姿を変える、黒よりさらに黒い色をした闇色の大蛇になった。

 大蛇に頭部はなく尻尾の部分で沙耶の足に絡みつき締め上げる。頭部は沙耶によって切断された顔の部分であった。


「ちっ…そういうことですか」

 沙耶は少し悔しそうに舌打ちして、食事中に見えた悠の舌が蛇のそれだったことを思い出す。あの時、気がついたはずなのに意識することができなかったのは死霊術の幻惑だったようだ。最初から大蛇を悠に化けさせていたのだ。


 つまるところ、悠は最初からヤル気だったのだ。


「どうよ、あたしのドロシーの締め付けは中々強力だろ?その太い足からミシミシって音が聞こえるぞ」

 案外と近くから、見えない悠の声が聞こえる。

 沙耶は、おそらく死霊術の幻惑によってその姿が見えなくなっているのだろうと当たりをつけた。

 もしかしたらさっきの料理になにかが仕込まれていたのかもしれない、口にする前から相手の術中に嵌っていたことから、吸引するだけでも発動する術の可能性もありえるが、今は種を明かしている場合ではないと切り替える。


「で、誰に尾ヒレがついているって?甘くみたな、あの世で後悔しろ、クソババア!」

 悠は沙耶の真後ろにいた、最初に大鎌を使い背後から仕掛けなかったのは油断を誘ってから、蛇によって動きを封じるためだ。悠はあの女なら、例え、見えない相手の攻撃でも万全な状態でなら避けるだろうと見ていた。さすがに、姿が見えない状態で、さらに足を封じれば自分の敵ではないだろうとも思うが。


 大鎌を再び手元に召喚する、沙耶にも召喚して大鎌を握ったことはばれただろうが、拾い上げて居場所を悟られる愚を冒すよりはましだ。


 召喚から間をあけて、沙耶の集中が切れる頃合を慎重に見計らい、ついに悠は仕掛けた。

 首目掛けて、大鎌を薙ぐ。今度は沙耶の首が落ちる、と思われたが――


「えっ、うそ……」

 悠が驚愕と呆然が混じった声を上げた、瞬間、沙耶の振り向きざまの斬撃が襲いかかって来た。


「くっ…ばかな」

 悠はうめき声を上げながら、己の幸運に感謝した。薙いだ後の大鎌の柄に刀が、偶然命中し無傷で済んだ。急ぎ、刀の間合いからも逃れる。


 しかし、混乱は収まらない。見えない攻撃を避けるどころか、反撃までされたのだ。


 沙耶は、偶然かわせたわけではなかった。吸引による術だと当たりをつけた時点で、神聖術による解呪を行っていた。

 完全に解呪できたわけではないが、大鎌が薙がれた瞬間に視界の端に捉えた大鎌の地面に伸びた『影』を見て上体を反らした。

 そして解呪により武器の影だけはなんとか見えるようになっていた。

 神聖術による身体強化も加わり、到底かわしきれないタイミングの攻撃を避けることに成功。

 その直後、大鎌の影の位置から悠の立ち位置を察して反撃に移った。



―――結果として、攻撃に時間を置いた悠の用心深さが仇となった。



「マジ、ありえねぇ。これだから野生動物は嫌いなんだよ、クソババアゴリラが」


「ふふふ、私もだいぶ悠さんのことを過小評価していたみたいです、こうなる前に一度手合わせしておいたほうが良かったですね」


 悠は大鎌での攻撃は諦めて六本の毒ナイフに持ち替えた。接近することを嫌がり、すぐさまそれを全て投擲する。

 そして、その全てを沙耶は切り払った。

 沙耶は未だ解呪に成功していない、術式が複雑で得物の影を見えるようにできたところで解呪は止まっていた。カウンターを仕掛けることはできるが先手をとることはできない。


 悠も手詰まりになっていた。もともと死霊術士は大量に死体が生まれる戦場でこそ、その本領を発揮する。タイマンには向いていない。まして、相手が聖騎士ならば防戦一方になってもおかしくはない。

 

 このまま、膠着状態になろうか、というところで屋上の扉が開いた。


「おまえら、なにやってるんだ!……あれ」

 鋼焔が戻ってきて扉を開けた瞬間には、もう二人は絨毯の上に座りなおし、ニコニコと胡散臭い笑顔を浮かべていた。


「お兄ちゃん、おかえりなさいっ、どうしたの?あたし、沙耶さんと仲良くおべんと食べてただけだよ、ねー、沙耶さん」


「ええ、私なにもやましいことはしていませんよ、信じてくださいコウさん」

 いきなり、弁明しはじめた二人に更に疑惑が募っていく。

 鋼焔は訝しげに二人の顔を眺めていると、視界の端に大蛇の首が落ちているのを発見した。


 さすがの二人も取り繕うには、時間の壁という限界があったようだ。


「おまえら、今晩飯抜きな」

 晩御飯抜きに併せて、家に帰るまで説教、家に帰ってからも説教。寝るまで説教が行われた。


 二人はその夜さめざめと泣いた、飯抜きが辛かったわけではなく、鋼焔にバレて怒られたことがなにより心苦しかったからだ。


 翌日、怒られた二人は土下座し、しばらく喧嘩はしませんと誓った。誓約書も書いた。

「しばらく喧嘩しません」の「しばらく」ってなんだよ、という突っ込みが入ったのは言うまでもない。

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