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修羅と鋼の魔法陣  作者: 桐生
三章
28/31

『異世界の言葉』

『……い……おい、聞こえないか? そこのお前』

 闇の中から声がする。


『……驚いたな、お前ほどの力を持つ者がこの世界にいたのか』

 どこからか、男の声が聞こえてくる。

 鋼焔には彼の言葉が理解できなかった。ただ、声の主が驚いていることだけはぼんやりと理解した。



『―――いや、違うな、来たのか、なんの目的で来た?』


 

『……まぁそんなことはどうでもいいか、お前に興味が湧いた』

 声の雰囲気が変わった、鋭く刺すように鋼焔の耳を打つ。


『それでだ、お前と戦ってみたいんだが、俺のいる所まで来てくれないか、こちらは少々身動きがとり難くてね』


 

『――――なんだ、言葉が通じないのか、面倒くさい奴だな……』

 鋼焔はその声を聞いているだけで、何かを刺激されていく。

 似たような感覚をつい最近どこかで―――



『仕方が無い、気長に待つことにするかね』

 その声は確かに大人の声だったが、とても嬉しそうな気持ちが籠もっており、珍しい玩具を見つけた子供のように弾んでいた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 

「……ん、…………ここは?」

 鋼焔が目を覚ますと、天井が目に入った。

 慣れ親しんだ自室ではない、インスマスの客室でもなかった。

 違う部屋で寝起きした時のなんとも言えない感覚に襲われる。


 部屋は綺麗に削られた石で造られていた。

 石と石の間には黒い砂のような物が詰められている、それによって石同士が接着されているようだった。

 ベッドの近くには窓、反対側にはもう一つのベッドと扉があった、全て木製だ。

 今は、両方とも開いているようで、窓からは赤い日差しが差し込んでいる、時刻は夕方ぐらいだろうか。

 開いている扉からは木のテーブルが見えた、台所なのかもしれない。

 そしてベッドの傍には銀色のランタンが置かれており、灯りが点されていた。



「京起きろ、京」

 目の前で、仰向けになりながら眠っている着物姿の少女に声をかける。


(……ふぁい、ごしゅじん、おはようございます)

 京は空中で上半身だけを起こす、という奇妙な光景を見せつけながら目を擦っている。


「どうやら、あの後、意識を失ったみたいだな」

 鋼焔は頭から地面にぶつかった記憶があるが、その後のことは覚えていない。

 

(……そうみたいですね――――そして、誰かがこの部屋まで運んでくれた、というところでしょうか)

 京のために顔を動かして部屋を見回す。

 すると、彼女は部屋の様子を見て何かに気が付いたような素振りを見せた。


「ああ、ありがたい話だ」

 もし、あのまま森の中で寝ていたら、体の痺れが余計酷くなっていた可能性もある。

 試しに四肢を動かしてみると、右足以外は感覚がハッキリして来ていた。

 鋼焔と京が、この体に馴染んできたのかもしれない。


(しかし、この部屋……いえ、この世界もしかすると文明の発展が元の世界に比べると遅れているのかもしれませんね)

 京は先ほど見た部屋の光景から判断する。

 この部屋には文明の利器と呼べる物が見当たらないのだ。


「……そう、だな」

 鋼焔にはそのことから、どの程度元の世界と差があるのかは判断つかないが、おそらく数百年単位の乖離があるように思える。


(……ところで御主人、これからどうしますか?)


「とりあえず、分離する方法を探さそう。魔術が使えなければ帰ることができないからな、これが最優先事項だ。しかし、その前にこの体に慣れないとな」

 ―――慣れなければ、分離する以前の問題だ。もしこの世界の治安が悪ければ、鋼焔は身動きが取れなくなる。

 鋼焔は魔術も魔法陣も使えない自分は、四肢がもがれたようなものだと、そう思っている。


(……なかなかどちらも時間がかかりそうですね)


「まぁ、なんとかしてみせる」

 落下中にいくらばかりかの手応えは感じていた。

 浮くことは出来ないまでも、何かが出来るような気がして来ている。




 不意に、誰かの足音が聞こえてきた。

 この家の主だろうと予測する。そして、鋼焔が眠っていた部屋の扉から誰かが入ってきた。


「うおっ!?」

 鋼焔は思わず声を上げてしまうほど驚いた。


 なぜなら、部屋の扉を開いて現れた女性が―――人間では無かったからだ。


 その女性は青白い肌をしていた。人間が青い顔になってもこうはならないだろう。

 髪の毛は紫色で肩の辺りまで伸び。

 瞳の色は黄色く光っている。

 下は黒い革でできたホットパンツのようなものを穿いている。

 上着は白いシャツの上から黒い革製の胸当てを着けていた。

 そのどちらからも、微弱な魔力を感じられる。

 

 そして人間との一番の違いは、彼女の頭のてっぺんに、人差し指ぐらいの長さと太さを持った、一本の角が生えていることだった。


 おおまかな体の造りは人間と似ているが、人間には無い妖しい魅力を放っている少女だった。



(ひっ、に、人間? ……ではありませんね―――まさか)

 京は驚いたが、その姿にどこか見覚えがあった。


『あ、起きたんだね、どこか身体痛いところないかな? 大丈夫?』

 現れた少女は不安げな顔で鋼焔の傍に歩みより、声をかけた。しかし―――


「!? えっ!?」

 彼女が話した言葉は、鋼焔たちが元の世界で使っていたものとは異なっていた。


 そして、鋼焔にはその言葉が理解できなかった。―――いや、正確に言うと、ほんの少しだけ理解することができた。

 まさか、異世界の言葉が理解できるとは思っていなかったが。

 会話の内のほんの一部でも意味が分かるのは僥倖だと言える。


 そのため鋼焔は驚いたのだ。

 

 それから、鋼焔はあることを確認するため、京に対して頭の中で声をかけてみる。


(京、聞こえるか? 京)

 

(は、はい、聞こえます! 御主人の声が、元通りの声で聞こえていますよ?)

 鋼焔は念話が成功して安堵した。

 相手に言葉は通じなくても、目の前で独り言を言うのはさすがに気が引けた。


(今はそんなことより、目の前の人がなんて言ったか分かったか?)


(いえ、わかりませ…… あっ!! ……もしかしたら、精霊言語かもしれません)

 多少の差異はあったものの、京はその特徴的な発音から思い至ることができた。

 

(やっぱり、そうか、京、精霊言語は話せるか?)


(…………魔術関連を少しだけならなんとか、……御主人は?)

 精霊言語は、基本的に精霊が習うことは無い。

 エルフたちが精霊魔法を使うために、学習する言葉だった。

 京が魔術関連だけでも話せるというのは勤勉だと言える。


 もし、ここにニィナがいてくれれば、難なく彼女と会話ができたことだろう。


(小さい頃、沙耶と一緒に日常会話を勉強していたぐらいだな)

 記憶を探ってみるが――もう、ほとんど忘れかけていた。


『どうしたの? どこか痛むの?』



『痛く、ない』

 鋼焔がずっと黙ったままだったので、少女は心配してベッドの傍にあった椅子に腰掛、声をかけた。

 心配するのも無理はない、鋼焔が落ちてきた場所はまるで隕石が衝突したかのような破壊の跡が残っていたのだから。

 

『そっか、よかったぁ、あ、そうそう君のことは村長に話しておいたから、何も心配いらないよ』

 返事に、彼女はほっと胸を撫で下ろした後、鋼焔の頭に手を伸ばす。


『ありがとう』

 鋼焔は何を言われているか分からなかったが、少女が優しそうな表情で頭を撫でてくれたので、礼を言った。

 外見年齢が沙耶と変わらないぐらいの女性にそうされたので、鋼焔は少し照れくさくなり、顔が紅潮していくのが自分でも分かった。


『ううん、どういたしまして、もう少ししたら晩御飯作るから、それまでゆっくり休んでいてよ』


『いただきます』


『ぷっ、面白いね君、まだ御飯出来てないよ?』

 

『いただきます』

 少女が手で口を押さえて可笑しそうにしている。

 鋼焔は『晩御飯』という言葉が聞き取れたので、食事の挨拶をしてみたのだが。


『そ、そんなにおなか空いてるの? それじゃあ、急いで作るからね、君は寝てていいよ?』

 すると少女は、鋼焔が食事の催促をしていると勘違いしたのか、慌てて部屋に置いてあったエプロンらしき物を身に付けた。


『はい、休んでる』 

 鋼焔は『寝る』という言葉は知っていたので、先ほどの『休む』の意味がなんとなく把握できた。

 覚えたての言葉をさっそく使ってみる。こうやって徐々に話せる言葉を増やしていくしかない。

 彼女はその返事を聞いて、安心したように笑顔を浮かべた後、台所に向かって行った。


(ご、御主人、なんて言ってるか分かりましたか?)

 京は少し青い顔をしている。どうやらほとんど何を話しているか分からなかったようだ。


「かろうじて単語が拾えるぐらいだ……、ほとんど分からん」

 大した差はないだろうが、日常会話では鋼焔に分があるようだ。


(ところで、御主人、あの女性―――雷天の精霊かもしれません)

 京は少女の姿を見て、そう確信していた。

 以前、鋼の精霊の棲家に一度訪ねてきた雷天の精霊を見たことがあったのだ。

 

「雷天……向こうじゃ絵だけでしか見たことなかったな」

『異世界への門』は近似の世界と繋がる魔術だと研究資料に書かれていたが、どうやら元の世界といくつかの共通点があるようだった。


(仕方ないです、今は雲の上に住んでいるそうですからね、しかし、この世界もしや精霊が普通に生活しているのでしょうか?)


「かも、知れないな、少しは先行きが明るくなってきたかもしれん」

 鋼焔は鋼の精霊か、もしくは魔術に詳しい精霊を見つけることができれば分離する方法が分かるはずだと思った。

 異世界に来てしまったあたりから運が無いと思っていたが、完全にツキから見放されたわけではなかったようだ。


 なによりも、親切な人に拾われたことが幸運だった。

 見ず知らずの、しかも自分とは見た目が異なっている。

 そしてなぜあの森にいたのかも分からない、そんな怪しい子供を特に気にした様子もなく、好意を持って迎えてくれているのだ。

 これで不幸だ、などと嘆く事はできない。




『御飯できたよー、こっち来て!』

 鋼焔がしばらく考え事をしていると、台所の方から声がかかった。

 どうやら、夕食の準備が整ったようだ。

 ベッドから起き上がり、右足を引きずりながらテーブルに向かって歩いていく。


『もしかして足を痛めてるの? 大丈夫? ベッドで食べる?』

 

『大丈夫』

 彼女は非常に不安げな表情で鋼焔の右足を見つめていた。

 その優しさが伝わってくる分、鋼焔は申し訳ない気持ちになる。

 右足はただ痺れが酷いだけで、他の四肢同様すぐに治るはずだからだ。


『それならいいんだけど……』

 少女は鋼焔の言葉に納得できてはいないようだったが、深く追求することは無かった。

 それに、あまり話していると夕食が冷めてしまうと思ったのだろう。


 そして鋼焔が椅子の傍に近づくと、少女は鋼焔を持ち上げて椅子に座らせてくれた。

 その際、彼女の表情がなぜか、歯を食いしばって重たい物を持ち上げようとしているように見えた。


『ではでは、召し上がれー』

 テーブルの上にはパンと思しきものと、魚とキノコの煮付け、木の実と山菜に、焼いた動物の肉を合わせたものが並べられている。

 木で出来たフォークとスプーンが料理の横に置かれていた。

 どれもいい香りがしている。

 鋼焔は十二時間近く何も口にしていなかったので食欲がそそられる。



『いただきます』

 そして鋼焔は食事の挨拶をした後、ある事に気が付いた。

 少女の前に並んでいる料理は、どれも量が少ないということに。

 魚料理に至っては、キノコしか入っておらず肝心の魚が無い。


『あなたは魚、食べない?』

 鋼焔は気を遣われているのだろうと確信する。

 彼女は自分の分を、ほぼ全て鋼焔に分け与えてくれているのだ。

 しかし、見た目が子供になったからといって、甘えるわけにもいかない。


『あ、……うん、僕、魚苦手だから、だからいっぱい食べてね!』

 鋼焔は間違いなく嘘だろうと思った。しかも、灯りに照らされている彼女の顔が少し痩せているように見えた。

 しかし、断ってもなんとなく自分が食べることになりそうだと思ったので感謝しながら頂くことにする。

 この恩はいつか必ず返そうと思いながら、料理に手を伸ばした。



『おいしい』


(御主人、これは凄い美味しいですね……)

 料理はどれも美味しかった、昨日まで食べていたインスマスの高級料理に勝るとも劣らない味。

 おそらくこの世界は自然が豊富なのだろう、素材からして向こうの一般的な料理とは雲泥の差があった。


『えへへ、照れるなぁ、それ僕が釣ってきたんだよ』


『すごい』

 鋼焔は驚いた。こんな美味い魚が近くで取れるのなら自分で釣ってみたいと思う。


『そ、そう? やっぱり僕って釣りの才能あるかも……』

 鋼焔が褒めると、彼女は顔を真っ赤にして頭を掻いていた。


『あっ!! そうだ、まだ名前教えてなかったね、僕はシンク、君は?』

 少女は手の平を胸の前で合わせ、楽しそうな表情になった。

 見ている方としては表情がコロコロ変わって明るい人だな、という印象を受ける。


『名前は鋼焔』


『コウエンちゃんって言うんだ、珍しいね、あーでも、人間ならそんな感じの名前が多いのかな?』

 シンクは『鋼焔』という名前が珍しいと言ったのでは無い、『鋼焔』という名前を女の子に付けるのが珍しいと言ったのだ。


『たぶん』

 鋼焔は、何を言われているのか全く分からなかったので、困ったときの"たぶん"で乗り切ることにした。


 お互いに自己紹介した後、二人はゆっくりと食事を楽しんだ。


 そして食事を取り終えると室内は薄暗くなっていた。

 もう眠ること以外にできることは無さそうな、異世界の夜が訪れている。


 鋼焔は歩いてベッドに戻り、布団の中に入る。


『それじゃ、今日はもう寝よっか、灯り消すね、お休み』

 シンクは同じ部屋の扉側のベッドで眠るらしい。そして傍に置いてあるランタンの灯りを消した。


『シンク、ありがとう、お休みなさい』

 鋼焔は彼女の名前と、今日一日の感謝を伝える。

 シンクはそれに―――笑顔で応え、自分のベッドに潜っていった。


 灯りを消した部屋は真っ暗で、窓の隙間から僅かに光が差し込んでいるだけであった。


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