表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
修羅と鋼の魔法陣  作者: 桐生
三章
27/31

『異世界、墜落』


 森の中を少女は歩いていた。

 右手には釣竿、左手には木製のバケツを持っている。そして背中には大きな銀のハンマーを携えていた。

 彼女は、これから森の中央に位置する湖で釣りをする予定だ。


 釣りは本来、彼女の仕事ではない。しかし、今はそうも言っていられない。


 ここ最近、『魔物』の活動が異常に活発になり始め、森に行くのも命懸けになってしまい、戦闘能力を有する者が、村の外の仕事を分担していた。

 単独での戦闘能力が高い彼女と他数名が森で狩りを行っている。

 他の村民は村の警備や、『魔物』によって破壊された建物の復興に当たっている。


 しばらくして少女が湖の近くに着いた頃、空が光った気がした。


『ん? 気のせい、かな』

 空を見上げ、呟く。しかし、曇天の空には分厚い雲しか映っていなかった。

 そして視界の端にはいつも通り、別の大陸がいくつか浮かんでいるのが眼に入る。

 

 少女は視線を正面に戻す。

 今日こそはたくさん釣ってやる、と気合を入れなおして再び湖へと歩を進めた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 鋼焔は今しがた自分が出現したポイントを注視する。

 『異世界への門』の消失を確認した。


 凄まじい風の音が耳を打つ。服がバサバサと音を立てている。


 鋼焔たちは落下していた。


 どうやら、異世界側の門は上空に開いていたらしい。下には雲が見える。

 上空何メートルなのかは定かではない。

 

 そして鋼焔に異世界に来てしまった動揺は無い。

 編み出した現代魔術『次元斬』は、対象の空間魔術が発動後ではないと使えないため、運が悪ければ異世界側へと飛ばされる可能性も予想していた。

 

 そのため、帰る手段ももちろん用意している。


「京、もう一度背中に掴まれ、戻るぞ」

 まだ、異世界に来て十秒も経っていないが、とっとと帰ることにする。

 相棒に声をかける。

 しかしその時、己の声にかなりの違和感を覚えた。

 鋼焔の声がやたらと高くなっている。声変わりしていないような声。

 いきなり上空に出たせいで、耳がおかしくなったのだと判断する。


(ご、御主人、どこにいるのですか?)

 京は主を探すように必死に首を動かしている。かなり困惑している様子が見て取れた。

 

「……目の前にいるだろう? もしかして見えていないのか?」

 鋼焔は嫌な予感がしてきた。

 異世界に来たため、精霊である京に何か異常が起こったのかもしれない。


(そ、その声、本当に御主人の声なのですか……?)

 普段聞きなれた主の声とはかけ離れているため、余計に戸惑う。

 京はどうやら、鋼焔の姿は見えないが声だけは届いているようだ。


 そして鋼焔は気が付く、京の姿が僅かに透けていることに。

 よく見なければ分からない程度だが、京の体に空の青が透けて見えていた。

 さらに、彼女の声は耳で聞こえているわけではなかった。

 頭の中に直接響いているように感じる。


「……ああ、そんなことよりも、どうなんだ?」

 京に指摘された鋼焔も、声が高くなっていたのは気のせいではないと思い直す。

 何かが起こっている。


(は、はい、先ほどから空しか見えません、視界が勝手に動いています……浮くことも、できないみたいです)

 慌てているのか、鋼焔から見えている京は空中でジタバタしている。

 手を伸ばして羽ばたく鳥のようなポーズを取っている。


「予定変更だ、とりあえず着地する」

 このまま、元の世界に帰るのはあまりに危険すぎると判断する。

 下手をすれば京がこの世界に取り残される可能性がある。


(了解しました!)

 鋼焔の指示で少し落ち着いたのか、元気よく返事をした。



 魔術師が空を浮く方法はいくつかある。

 代表的なもので、《飛翔》《反重力》の二つがある。

 しかし、完全に飛ぶ、となるとクラス9以上を唱えなければならない。

 だが今は落下速度を抑え、着地するだけでいい。


 鋼焔は飛翔のクラス5の詠唱を開始する。


「【Fcr Ift Aym Wul Pjr Sol Ahrp】」

 

 詠唱を終わらせ魔術を発動させる……しかし、何も起こらない。


「……ん?」

 鋼焔は眉をひそめる。

 落下中ではあるが、精神集中は乱れていない。

 魔力も二回分の現代魔術で減少したが、すでに完全に回復しつつある。

 何の不足も無い。


 気を取り直してもう一度詠唱――発動させる。

 魔力の流れは感じられるが、やはり何も起こらない。


 それならば、ともう一度、もう一度、もう一度、と何度も唱える。


(御主人、詠唱が何度も聞こえているのですが、もしや成功していないのですか……?)

 京は青褪め、嫌な汗をかき始める。


「まずいな、異常が起きてるのは京だけじゃなかった、おれもだ」

 鋼焔は平然とそう言った。


 声だけがおかしいと思ったが、よくよく確認してみると、服が明らかに異世界に来る前とは別の物を着ているのだ。

 藍色の浴衣のようなものを着用している。こんなものを鋼焔は持っていない。

 髪の毛も銀髪になっている。『侵蝕領域』内ならそうなるはずだが、この状況ではありえない。

 しかも髪の毛が背中にかかるぐらいまで伸びていた。

 そして、体が動かし難い。手足が少し痺れているような感じがする。

 なにより、180cmほどあったはずの鋼焔の身長が明らかに縮んでいた。

 まるで、少女のような体つきになっている。

 

 鋼焔はなんとなく現状を把握し始めていた。



 とりあえず、付いているのか、いないのか、を確認する。



 落下しながら、浴衣の隙間を縫って股間に手を突っ込む。


「付いてるな」


(ぎゃああああああ、ご、御主人、な、なにか、手に変な感触が……それに浴衣みたいな物が見えました)

 鋼焔が確認作業をすると同時に京が悲鳴をあげた。


「えっ!? 京、どんな感触がしたんだ」


(な、なにやらぷにぷにした物が指に当たっていました……そ、それよりもこのままでは墜落死してしまうのでは?)

 どうやら、京は鋼焔と肉体の感覚を共有しているらしい。

 まさかとは思うが、髪や体つき、服装、感覚の共有、これらから考えると京と融合してしまった可能性が高い。


 こうなるだろう原因に心当たりは無くもないが、直接的な引き金が分からない。異世界に来たせいなのだろうか。

 それに人間と精霊が融合するなんて話は聞いたこともない。

 尤も、鋼焔の場合は完全な人間とは言い難いが。

 

 そして、魔術が発動しない原因が判明した。

 精霊は魔術を使うことができない。

 京と融合した鋼焔は、精霊に近い存在になってしまっているようだ。


 だがそれならば、打開策がある。

 鋼の精霊ならば、京のように魔術を使わず空に浮くことが可能なはずなのだ。


「京、どうやら、おれたちの体がくっついてしまったみたいだ――――その、ぷにぷにした物はおれの×××だ、すまん」


(えっ? ええ? えぇえええええええええええ!? ゆ、融合ですか……)

 京が一瞬呆然とした後、絶叫した。そして、


(っていうか御主人、な、な、なんてものを触らしてくれちゃってるんですか!?痴漢です!鬼畜です!!この変態ッ!!)

 顔を真っ赤にして激怒した。


「京、落ち着け。この体、おまえが動かすことはできないのか?」

 精霊のような体なら、精霊に任せるのが手っ取り早い。

 それに鋼焔はまだこの体に慣れるには時間がかかりそうだった。

 少なくとも、地面に激突するまでに扱いきれる自信は無い。


(むむむむッ、ムムッ―――無理です……)

 怒りながらも、京は何かをしようと意識を切り替えたが、すぐに諦めた。

 どうやら、肉体の主導権は完全に鋼焔が握っているらしい。


「……じゃあ、普段どうやって飛んでいる?」


(うう……そ、そうですねぇ、ふわって感じ、ですかね……?)



「さ、さすがに、その説明じゃ全くわからん」

 京の大雑把すぎる説明に冷静に突っ込みを入れる。

 しかし、浮く、という行為が当たり前の彼女には説明のしようが無いのかもしれない。


(ご、御主人、地上が見えてきましたよ!? あうう……、ど、ど、どうしましょう!?)

 京の顔が絶望に染まる。

 雲を抜けてついに地上が見えてきていた。

 一面に森が広がっていた。運よく木がクッションになったとしても即死する気がする。


「……試せるだけ試してみるしかない」

 後、何分何秒残っているか分からないが、その間に鋼の精霊としての力を使いこなせるようになるしか道はなさそうだった。

 鋼焔は助言に従って、ふわっとするイメージを思い描く。


 すると、


(ご、ごごご御主人、落下速度が上昇しましたよ!?)

 地上に向かって急激に加速した、残された時間が削られていく。


「……ダメか、なら――」

 鋼焔は浮くことを無視することに決めた。

 こうなれば、堅くそして強くなることをイメージして魔力を練り上げる。


 すると、さらに速度が増した。


 残り二千メートルは残っていた距離が一秒かからず失われる。


 地面が目と鼻の先に迫っていた。


(ぎゃあああああああああああああ、死んじゃうううううううう)


 墜落する寸前まで、京の絶叫が脳裡に響き渡っていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 森の中央に存在する湖は澄んでいる。

 湖底の緑が湖を僅かにエメラルドグリーンに染めている。

 魚の一匹一匹がどこを泳いでいるのかもハッキリと分かる。

 そして湖の周りには黄色い花が囲むように咲き誇っていた。



 やっと、湖に辿り着いた少女はバケツを椅子にして釣りを開始していた。

『あーん、もうやんなっちゃう……』

 竿がピクっと動いた瞬間、竿を引き上げる。

 しかし、エサだけが無くなっていた。

 まだ、一匹も釣れていない。

 

『……うう、僕が頑張らなきゃ、皆がおなかを空かせて待ってるんだ!』

 反対側の森に行けば、ここよりも動物が豊富にいるのだが、今は魔物を警戒しているため立ち入り禁止になっていた。

 さらにこの間、村の近くまで侵入してきた《人狼》たちによって、田や畑を荒らされたばかりで、村が食料難に陥るのも時間の問題と思われる。

 ここ数ヶ月は食物も村内で子供に優先して分配しているのだが、彼女自身も含めて到底満足のいく食事量ではない。


 このままでは不味いと思う。

 しかし、魔物を駆逐して反対側の森に行くのは難しいのが現実だった。

 村の防衛に人員を裂かなくてはならず、森に向かって退治しに行くには人手が足りていない。

 森の至る所に魔物が生息しているからだ。

 しかも最近は、『セントラル』からやって来たという《氷狼》なる魔物が、《人狼》達をまとめあげ、三つほど離れている村を壊滅に追いやったという噂が流れている。


 もしかしたら、自分達の村もそのうち……、という恐怖が食料難と合わせて、村民の体と心を真綿で首を絞めるように侵していた。



 だが、今はそんな悲観にくれている場合ではない。

 怖くてもおなかは空くものなのだ。

 彼女はなんとか、自分より小さな子供達がおなかいっぱい食べられるよう一匹でも多く魚を釣らなくてはならない。


 少女がもう一度エサをつけ、竿を垂らしていると、再び反応があった。


『あっ、……えいっ!! や、やった釣れたー』

 本日初めての釣果だ。中々大きい魚が釣れた。すぐにバケツに入れる。

 調子が出てきたのかもしれない、と思いすぐさまエサを付け、竿を垂らす。

 

 すると、すぐに二匹がかかった。


『もしかして、僕の中に眠る釣りの才能が目覚めたのかな……――えいっ!!』

 掛け声と共に勢いよく竿を引っ張りあげると、先ほどよりも大きな魚が釣れていた。


『うん、この大きさなら二匹で今夜の分は大丈夫かも、もう一匹ぐらい釣っていこうかな』

 少女が一人満足そうに唸っていると――


 

 後方から凄まじい、ドゴォンという爆発音のようなものが轟いた。



『ひうっ、ゆ、揺れてる……な、なんだろ今の、爆発?』

 この世界の住人は全て浮遊大陸で生活しているので地震という概念を知らない。

 そして島が揺れる可能性で、初めに思い浮かぶのは魔物による破壊行為だ。


 だが、こんな規模の揺れを伴う爆発なんて彼女は知らない。

 もし、今のが魔物ならついに『セントラル』から龍種がやってきたのかも、と不安になる。

 

 少女は釣りを中断して見に行くことにする。

 化物が来ているのなら、逸早く発見して、村に避難の指示を出さなければいけない。

 背中の銀のハンマーを両手で構えながら注意して偵察しにいく。




『なにこれ……う、うそッ!? に、人間……? 生きてる、のかな……』

 少女が爆発音のした場所に行ってみると、木が十数本薙ぎ倒され、地面に半径15メートルほどの大穴ができていた。

 

 そしてその中央には、銀髪で変な衣服を纏った小さな人間の子供が倒れていた。


 しかし、人間は最も安全で危険な場所の『セントラル』にしかいないはず――だが、今はそんなことよりも、子供の様子を確かめなくてはいけない。


『息は……あるね、よ、よかったぁ』

 子供は気絶しているだけで、爆発の中心にいたにも関わらず外傷はなさそうだった。

 彼女には何がなにやら分からない。

 

『……そうだ、村に連れていってあげないと』

 こんな小さな子供をこんな危険なところに放って置くわけにもいかない。


『お、おもっ!! こ、この子、見た目に比べて凄い重い……』

 その子供は見た感じ、どう見ても20~30kg程度にしか見えなかったのだが、60kg以上は間違いなくあった。


 少女は気合を入れて子供を負ぶさり、両手に竿と魚の入ったバケツとハンマーを持って森を後にした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ