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修羅と鋼の魔法陣  作者: 桐生
二章
26/31

『現代魔術』

 インスマス王国での三日目の朝、鋼焔達は最後の朝食を食堂でとっていた。


「グロリアさん、アリアさん、朝食をすませたら帰らせていただきますね、短い間でしたけど、ありがとうございました」

 鋼焔は皆を代表して、二人に世話になった礼を言う。

 

「はい……フローラ様から話は聞いております、すみません、お力になれなくて」

 グロリアは沈痛な面持ちでクレアの後ろに控えていた。

 鋼焔のせいでこうなっているにも関わらず、彼女は本当に自分が無力だと悔いるように力なく言葉を漏らした。


「………………」

 アリアは無言で佇んでいる。表情もどこか硬い。


「い、いえ、自分がやってしまったことなのでお気になさらず」

 グロリアの表情を見た鋼焔が、慌てて声をかけた。

 自分のせいでそこまで思い詰められると良心が痛む。



「はぁー、二泊三日やったかぁ、あと一日あったら良い夜のお店いけてんけどなぁ」

 空気を変えようとしたのか、古賀がわざとらしく話し始めた。

 だが、またしても妻子ある身に相応しく無い発言である。


「おいッ、コウ!」

 明人はキッと鋼焔を睨む。

 夜のお店にかなり興味があったようだ。


「そこで突っ込む相手は古賀さんだろう……」

 鋼焔の意見に女性陣はウンウン、と肯定する。そして古賀に向けて冷たい視線が集まっていく。


「じょーだん、冗談やって!」

 たじろいだ古賀は、両手を顔の前に掲げて軽蔑の眼差しから逃れようとしていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「悠、忘れ物はないな?」


「うん、大丈夫だと思う」



 朝食後、すぐ荷物をまとめ、帰りの支度を終わらせた鋼焔たちは城門の前に集合していた。


 インスマス王国の朝は涼しいを通り越して、少し肌寒い。

 日鋼は夏が近づいていたが、インスマスとは気候が違うようだ。

 皆、少し暖かそうな服装に着替えていた。


「しっかし、コウ、どうするんだ本当に、今から忍び込むのは骨が折れるぜ」

 明人の言うことは尤もだった。

 おそらくフローラはその可能性を予期して、警戒態勢を敷いているだろう。

 正規ルートで入らなければ、確実に誰かに見つかってしまう。


「……堂々とわたくしの前で、忍び込む相談なんてなさらないで下さいませ」

 クレアも鋼焔たちと一緒に日鋼に戻るため、同行している。

 そして、これで何度目になるか分からない不穏な発言を聞かされて、疲れた表情になっていた。


「まぁ、大丈夫だ、とりあえず正門まで歩いてみれば分かる」

 鋼焔は自信満々に発言した。

 全く何の心配もしていないように見える。

 それから、皆に先立って正門に向けて一人歩き始めた。


「? むぅ……わけが分からん」

 明人は正門に行ったところで何も状況は改善しないだろうと思っているのだが。

 とりあえず、鋼焔の言葉を信じて付いて行くことにした。


 そして正門に向かってしばらく歩いていると、城の方から誰かが走って追いかけてきた。


 足音に気がついたクレアが振り向くと、そこには、


「アリア? どうなさったの?」

 息を切らしたアリアがいた。


「…はぁ…はぁ…皆様お待ちください、お話しがあります」

 彼女は必死の形相で呼吸が整わない内から話し始めた。

 よほど切羽詰っているようだ。


「……フローラ様は、今日戻ってきませんので……私の独断で『騎士領』に皆様をお連れします」


「ア、アリア何をおっしゃってるの、そんなことをしたら貴方がどうなるか……」

 アリアの発言は問題だ。

 フローラの命令に背くことは許されないだろう。

 間違いなく今の立場は失われ、牢屋行きも免れない。


「アリアさん気持ちは嬉しいのですが、そこまでしてもらうわけには」

 鋼焔はアリアの決意を受けて、非常に申し訳無さそうな顔をして遠慮する。



「いいえ、天城様にはクレア様の命を助けて頂いたのです―――職を辞す覚悟もできています、これぐらいは遣らせて下さいませ」

 只管、真剣な表情で真摯な言葉を並べていく。

 彼女の決意は本物のように思える。


「付いてきてください」


「アリア―――」


 クレアが再び声をかけようとしたが、有無を言わさぬようにアリアは城の裏手に向かって駆け出した。



「な、大丈夫だったろ――行こう」

 鋼焔はそう言って明人の肩をポンと叩く。

 そしてアリアの背を、獲物を追い詰めた蛇のような眼で睨んでいた。


「………あ、ああ」

 鋼焔の予想通りに事が運んだことに、明人は驚きが隠せない。

 さらに彼の表情を見て、これから何かが起こるのだろうと確信した。


 城の裏手には中型サイズの転送装置があった、厳重にロックされているのかアリアはパネルを操作した後、網膜をスキャンしていた。

 ロックが解除され転送装置の扉が開く。


「こちらへ」

 アリアの指示に従って、中に入っていく。

 彼女がキーを操作し、瞬く間に転送が終了する。



 扉を開くと、そこには白い世界が広がっていた。



 『騎士領』とは古代の神聖精霊の遺跡だ。そのため聖騎士の聖域とされている。

 眼前には白い石で造られたいくつもの神殿が建ち並んでいる。

 これらは数万年前の建築物だが、魔力を籠めて作られておりかなり良好な保存状態で残されていた。

 


「すごー、写真とっとこ」

 悠は鞄から携帯端末を取り出して、すぐさま白い光景をその中に収めた。


「……悠さん、観光に来ているわけではないんですよ」

 沙耶は呆れながら、悠を横目で睨んでいる。


「わかってるけどさー、お兄ちゃんと沙耶さんのせいで二度と来られそうにないんだもん」

 二人は反論のしようも無い。なんとも耳が痛い話だ。



「明人、爬虫類の死体が発見された場所、分かるか?」

 鋼焔はさっそく神宮寺信夜の潜伏先を見つけるため、明人の父親たちがくれた情報を確認する。


「ああ、確かあっちの方だ」

 明人は転送装置から、北西の方角に百メートルほど離れた地点を指差した。


「アリアさん、向こうの方を見に行っても構いませんか?」


「はい、何も無いと思いますけど……」

 たしかに明人の指差した先は、他の場所よりも建物自体が少ない。

 保存状態も悪いものが多く、半壊しているものさえ見えた。


 北西の方へと歩いていく。


『騎士領』の地面は舗装されておらず歩き難い。

 向かっていく先には、神殿から崩れた石材が散らばっていた。


 そしてその途中、鋼焔は何かに気がついたのか、足を止めた。

「京、今さっき転送装置のあたりに魔力の反応が無かったか?」



「……たしかに、ありましたが鼠か猫かと思われます」

 鋼焔の隣に現れた京は、難しい顔をしている。

 どうやら魔力感知にひっかかったモノは微弱な力だったようだ。


「そうか、じゃあ先を急ごう」

 鋼焔はさっそく誰かに見つかったのかと警戒したが、勘違いだったのかもしれない。


「……たしか、ここらへん、だったと思う」

 そうこうしている内に目的の場所へと到着する。

 周りには半壊している神殿ばかりある。中には今にも崩れそうなものもあった。


「御主人、あの神殿から何か感じます」

 京は神殿自体が発している以外の魔力を敏感に察知したのか、半壊している神殿の一つを指差した。

 

「行ってみよう」


 全員でその神殿に入り、異常が無いか確認していく。

 見たところ、崩れている石ぐらいしか目に付かないが。


「ん、ここなんかおかしないかなぁ」

 古賀が床の石の異常を発見した。床は四角い石がびっしりと詰められているのだが。

 そこだけ石の大きさが、微妙に他の床の石と比べて小さいため隙間ができている。


「本当ですね、ここだけ反響する音が違います」

 沙耶が神聖術で強化した拳で、床が砕けそうなほどガンガン殴りつける。

 たしかに反響する音が違っていた。どうやら下に空間があるらしい。


「明人、そっち指いれてくれ、おれはこっち持つから」

 

「分かった――せーのっ」

 鋼焔と明人で石床を退けると、階段が現れた。

 地下へと続いている。普段から使っているようで、階段には靴の跡が残っていた。


「地下、ですの? まさか本当に……」

 クレアは、インスマス王家が犯罪者に加担していたことが信じられないのか、言葉を失った。


「とりあえず入ってみよう」

 鋼焔が灯の魔術を唱えて暗い通路に灯を点す。

 鋼焔を先頭にして階段を下っていく。


「う、何だか変な臭いがするー」

 悠が鼻を押さえて嫌な顔をした。


「……本当ですわね」

 地下から、薬品の臭いと何かの腐敗臭が漂ってきていた。




「広い、ですね」

 階段を下りると広大な地下空間が広がっていた。

 最近誰かが造ったわけではなく、神殿と同様に魔力の籠もった石材で壁や床がしっかりと造られている。

 床には無造作に本や資料が捨てられている、本棚もいくつかあるが本の量に比べて圧倒的に足りていない。

 本棚の近くに戸棚も置かれている、その中に多種多様な薬品がしまってあった。


「むっ? なんだ、この文字……コウ分かるか?」

 明人は床を見てギョッとした。

 床一面に見たことも無い文字が書かれていた。

 

「いや、おれも見たことが無い、気をつけたほうがいいかもしれん」

 ほぼ部屋全体に描かれているようだった、おそらく結界術の類だと予想できるが。


「お、お兄ちゃん、あそこ見て、あれなんだろ……」

 悠は中央に設置されている、人が入れるぐらいのサイズのカプセル型の装置を指差した。


「やっぱりあったか、ここが神宮寺信夜の隠れ家と見て間違いない」

 鋼焔が、いの一番に確認したかったものが見つかった――『転写の魔術装置』だ。

 これは確実に廃棄しなければならない物だ。


「そんな……」

 クレアが愕然とする、ショックを隠しきれないようだ。


「肝心のお父様の姿が無いようですが……、とりあえずその装置、破壊しておきますか?」

 周囲を確認した後、沙耶は刀を召喚して『転写の魔術装置』を指差した。


「ああ、おれがやる、皆離れていてくれ」

 他の人間が鋼焔を中心に広がるように離れた後、装置に手を翳しながら火の魔術を詠唱する。



 そして、詠唱が完了した後、鋼焔はその手を――アリアに向けた。



「あ、天城様!?」


「コ、コウなにするつもりだ」


「転写装置でそんなことまでできるとは思わなかったが――」

 鋼焔は拾った研究資料を読んだが、魔術と遺伝子を組み合わせるとどうなるのか、あまり理解していない。


 だが、積み上げてきた証拠がアリアの化けの皮を剥がした。


「……あらら、やっぱりバレていましたか」

 アリアの口調と表情が一変した。

 愉快そうで、どこか自信に満ちているような印象を受ける。

 

「ア、アリア、何を言っていますの!?」

 

「すみません、クレア様、―――僕は、アリアという人間ではありません」

 ニコニコとアリアの顔をした誰かは、楽しそうに口ずさむ。

 正体がバレるのは、織り込みずみだったようだ。




「―――そいつが『神宮寺信夜』だ」

 鋼焔は断定する。

 完全な証拠は無かったが、それしか考えられなかった。

 四年前に入れ替わり、ボロを出す可能性を低くするため『騎士領』に居住し、同時にここで研究をしていたのだろう。


 そしてクレアから聞いた話では、アリアは胸を見られるのと爬虫類を嫌がるはずだった。

 しかし、この偽者は胸を凝視されても顔色一つ変えない。

 大蛇――ドロシーを見ても怖がらず、あまつさえ撫でていた。

 よほど爬虫類が好きな人間でもない限り、触りもしないだろう。


 さらに、アリアは沙耶の戦闘スタイルを見て、一目で『神聖術士』と判断していた。

 一度戦ったクレアですら武神術士と勘違いしてしまう、刀を持った聖騎士という珍しい存在にも関わらず。

 神宮寺沙耶の情報は価値が低いため、わざわざ調べる可能性も無い。

 仮に、アリアが信夜の仲間だったとしても、うっかり間違えてボロを出してしまうような情報を教えるわけもない。自分の娘は武神術士とでも教えておけば済む話だ。



 彼女が父親であったからこそ、ついうっかり口にしてしまったのだ。


 

 そして正体よりも重要なのは、なぜ五年もの間、手がかりすら掴ませなかった人間が爬虫類の死体と自分の研究結果を晒してボロを出したのか、ということだ。



「う、うそだろ……」


「ど、どういうことですの、いつからアリアは……」

 鋼焔以外の誰もが驚愕の表情を浮かべている。

 沙耶は複雑な表情になっていた。久しぶりに会った父親が女になっていたらそんな顔もするのだろう。


「そこの装置で『上書き』させてもらったんですよ――あ、それと彼女のことは別に悲しまなくていいですよ、最初から僕の仲間でしたから」

 信夜は転写の魔術装置を指差しながら楽しそうに説明する。


「……殺したの、ですか」


「邪魔でしたから」


「くっ……貴方ッ」

 クレアは眼に殺気を籠めて睨み付ける。

 眼前の偽者の言葉が真実かもしれない、例えそうだったとしても、思い出の中のアリアが間諜だったとは今は信じることができなかった。


「……さて、お父様、私も聞きたいことがあるのですが―――どうして、お母様を殺したんです」

 沙耶は殺す前にこれだけは訊いておきたかった。

 仲の良かった夫婦だったはずなのに、母親は五年前、家で殺されていた。

 

「ああ、僕の邪魔をしたから殺したよ」

 本当になんでもなさそうに、信夜は答えた。

 まるで蚊か何かを潰した程度の感情しか持っていないように思える。


「そうですか―――では、死んでください」

 沙耶は刀を信夜に向けて構える。


「やれやれ、どうしてこんなにのんびりとお話ししてあげていると思うんだい? ふふ、折角だから見せてあげるよ」

 信夜の皮膚が緑色に変化し始める。

 緑色の鱗が体中に現れ、身体が肥大化していく。

 頭から背中にかけて角と思われるものが生え出した。


「トカゲ……やないな龍か?」

 信夜は自分の体で実験していた。目撃情報のあった二足歩行するトカゲとは眼前の化け物だった。


「うっ……気持ちわる」

 悠が変貌していく信夜を見て口を押さえた。

 龍の不完全な遺伝子を使っているせいなのか、信夜の体は鱗の部分と、人間の肉が緑色になってブヨブヨとグロテスクになっているのが混じった不恰好な姿をしている。


 変貌していく信夜に向けて鋼焔は火炎の弾を発射した。

 

「効かないよ、その程度の魔術なんて」

 しかし、龍の鱗が火を掻き消す。全くダメージを受けた様子が無い。



 そして突然、誰かの魔陣領域が地下室に展開された。



「―――貴様ァああああああッ」

 その直後、この場にいなかった女性の怒号が地下室に響き渡る。

 さきほど、鋼焔が転送装置付近に感じた気配は彼女だった。

 どうやら彼女は隠の魔術で尾行していたらしい。


「お、お姉様」

 フローラがエストックを構え、背後から信夜に飛び掛っていく。

 しかし、殺されたアリアの話を彼女も聞いていたのか冷静さを欠いている。


『やれやれ、貴方のせいで面倒が増えたんですよ、これ以上邪魔をしないでください』

 信夜はフローラの方を見もしない。

 エストックが、信夜の背中のブヨブヨした肉目掛けて突きたてられようとしたが――龍尾によって防がれた。


「……そんな、ぐあッ」

 そしてそのまま龍尾でフローラを弾き飛ばす。


『まずは一人』

 振り向いた信夜がフローラに向かって大きく口を開ける。

 そして口からブレス――火炎放射が吐き出された。


『【Ncr Ned Fbr Spc】』

 しかし、間一髪、鋼焔が空間跳躍でフローラの前に割って入った。

 そのまま二人はブレスに押されて、壁際まで凄まじい勢いで弾き飛ばされた。


『おや、死んでもらっては困る人に当ててしまいましたか』


「悠さん、コウさんの様子を見てきてください」

 沙耶は信夜から視線を離さず、悠に指示を飛ばす。


「わ、わかった」

 

 悠が動いた瞬間、沙耶が信夜の足をなぎ払おうと突っ込んだ。

 信夜は避けるそぶりすら見せない。

 右からの水平斬りが、左足の肉の部分目掛けて炸裂する。


「ちっ、切り難いですね」

 だが、刃が肉の弾力に押し返される。

 鱗は堅く、肉は柔軟でどちらを狙ったところで通用しない。


 信夜は足元の沙耶に向かってブレスを吐く。

 沙耶は肉を蹴飛ばした反動でそれを回避した。


「みんな火は止めとくんや、意味なさそうやで」

 

「……刃が、通りませんわ」

 古賀、クレア、明人も集中的に攻撃を浴びせていくが信夜は動こうとしない。

 相手は固定砲台よろしく、ブレスを吐き続ける。

 火の魔術以外なら、多少ダメージを与えられるようだが、ノータイムで相手が攻撃してくるため、なかなか詠唱をすることができない。

 

「もう終わりにしていいですか? やることがあるんですよ」

 

「調子に、のんな!」

 接近した明人が武神術による拳を叩きつけるが、やはり鱗によって防がれる。


「……くそっ、ほんま化け物やな」

 古賀が舌打ちする。攻略の糸口が見つからない。

 時間が経てば自分たちが不利になるのは明白だった。




「おい、貴様、大丈夫か!? なんで私を……」

 弾き飛ばされていたフローラはほとんど無傷だった。


「……大丈夫です、昨日までの詫びのつもりでしたが、余計でしたか」

 鋼焔は背中に軽い火傷を負っていた。

 咄嗟に召喚した黒鱗の盾である程度は防いだが、さすがに無傷というわけにはいかなかった。


「……い、いや、助かった、礼を言う―――ありがとう」


「それよりも急がないとまずい、さっさと片付けます」


「【Ark Fir Irx】」

「【Ark Ift Aym Wul Pjr Sol Irx】」

 鋼焔は二本の刀を具現化させる。


「沙耶! 受け取れ」

 そしてそれを、傀儡術で沙耶に向かって飛ばした。


「―――コウさん」

 鋼焔は信夜を自分が殺そうか、と言っていた。

 だが、そこまで甘えるつもりはない。五年前は鋼焔が全て一人で背負ったのだ。

 今度こそ沙耶は自分の手で決着をつけて、胸を張って鋼焔の隣を歩んでいきたいと思っていた。


 そして鋼焔はその気持ちに応える。

 沙耶に渡したのは、『村雨』と『祢々切丸』だ、これで父親を斬り殺せというのだ。

 

 『村雨』の刀身は水で濡れている、この刀はあらゆる炎を切り裂く。

 『祢々切丸』は沙耶の怪力でも、重いと感じさせるほどの巨大な太刀になっている。

 二本とも鋼焔の強力な魔力が籠められていた。


 不穏な気配を感じ取ったのか、信夜が沙耶に向けてブレスを吐いた。


 しかし、沙耶の左手が炎に向かって繰り出される、すると


 村雨が火炎の息を引き裂き消滅させた。


 爬虫類の目が驚愕に見開かれる。


「さようなら、お父様」

 そしてそのまま信夜の懐に入った沙耶は、右の『祢々切丸』で信夜の首――龍の頭をあっさりと切り落とした。

 沙耶にはもう父親に対する感情は殆ど残っていなかった。

 殺すことを躊躇する相手ではもはやなかった。


 あの日から、天城鋼焔が神宮寺沙耶の全てだった。



 悠がフローラと鋼焔を連れて戻ってきた。

 

 そして鋼焔はすぐさま転写の魔術装置を破壊した。


 しかしそれを破壊した瞬間、何らかの魔術が発動する。


 信夜の罠が発動する――地下室を赤い結界が包み込んだ。


 彼は、『騎士領』の石材に結界魔術を刻み込み、『転写の魔術装置』と組み合わせて、結界内に居る人間の魔力を、自身に転写できる罠を作っておいた。


『【我…………、次元の…………、…………出でよ異界の門】』

 首だけになった信夜が現代魔術を詠唱していく。


 そしてそれが発動する。


 この時、地下室にいた人間全員の魔力が一気に奪われた。

 鋼焔以外はほとんど空になるまで吸い尽くされる。

 

 地下室の床が青白く光り、魔術で出来た門が地面に現れる。


『はは、ふはは、やった、やったぞ、成功した、成功したッ! 赤羽、黒田、成功したぞおおおおおお』

 首だけの信夜は狂ったように叫ぶ。

 彼らが何年も追い求めていた夢がついに叶う。

 龍が存在しているだろう世界と、この世界が繋がろうとしている。


「な、なんなのですの、これは……」


「……地面が、青く光ってる」


「な、なにをした貴様ッ!」


「【Io Ift Aym Wul Pjr Sol Ahrp】」

 動揺している皆を鋼焔は暴風の魔術で、青白く光る床から吹き飛ばす。



「コ、コウさん、何を……!?」

 鋼焔以外の全員が壁際まで飛ばされ、信夜の魔術の範囲から逃れた。




 鋼焔には、以前から疑問に思っていることがあった。

 五年前に拾った研究資料の中にあった第二の研究は、なぜ術式が完成していたにも関わらず失敗したか、についてだ。

 謀反に加わっていなかった研究者に聞いたことはあるが、その答えを持っている人間は存在しなかった。

 おそらく根幹に関わっていた者だけが詳しく知っていたのだろう。


 鋼焔も資料を眺めている内に、ある程度の仮説は立てることができていたが、決め手に欠けていた。


 しかし、ある出来事がその答えをもたらし、幼稚な方法で確信することができた。


 ―――なぜ、神宮寺信夜がこのタイミングで『罠』を張ったのか。


 三年前でも、一年前でも、半年前でもなく、なぜ、『今』なのか。


 そして鋼焔は、そのことから答えに辿り着いた。



 第二の研究――現代魔術『異世界への門』に『足りない物』とは、『膨大な魔力』だった、ということに。



 『一月前』、鬼堂灯美華を止めるために、鋼焔は己の絶大な力を解放した。


 一般客の中にどこかの国の間諜が混ざっているのは確実だった。


 どこからか神宮寺信夜はその情報を手に入れ、ある計画を建てた。

 

 そう、『膨大な魔力』を持った人間――鋼焔を『騎士領』に連れてくることが目的だったのだ。


 

 初め、信夜には余裕があった。

 それ以上に浮かれていた。五年以上見つからなかったものがついに見つかったからだ。


 そして鋼焔を挑発してここに誘き出し、すんなりと事を運んだあと、再びアリアに扮してインスマス王国に留まり、研究を続けよう、という思惑があった。

 

 しかし、それは相手を舐めすぎていた。



 ―――鋼焔は、わざとらしいほど『騎士領』に入れなくなるように振る舞い始めたのだ。



 彼は焦った、このチャンスを逃せば二度と『異世界への門』は成功することは無いと。



 だから、必死にフローラを説得して機会を作った。

 さらに、フローラに背く――アリアという隠れ蓑を捨てる覚悟で動いたのだ。

 

 結果として形振り構わず行動した信夜によって、鋼焔が抱いていた疑惑は、確信に変わって行くことになった。


「京、荷物を全部持って背中にくっついていろ」

 鋼焔はアスカロンと黒鱗の盾を召喚して京に渡した。


「わ、わかりました!」

 体の大きさに不釣合いなものを持ったまま、京は鋼焔の背中に張り付く。



 鋼焔は、この五年の間に『罠』に対するそれ相応の『準備』と『覚悟』はしてあった。



「【汝は姿無き刃、次元の鉄鎖を断ち切る強靭な刃なり、我は汝の主にして世界の連環を斬り伏せし無上の刀剣】」



 鋼焔の口から、彼の夢を打ち砕く詠が紡がれていく。


 それは現代魔術だった。しかも信夜が聞いた事もない詠唱を唱えている。


「―――……そ、そんな馬鹿な……なんで、なんで、そんなものを……おまえが唱えることが、できるんだ……」

 信夜が驚愕するのも無理はない。

 空間系統――しかも『異世界』に関わる現代魔術を、研究者でもない人間が術式を理解し、新たに『産み出す』など考えられないことなのだ。


 だが、鋼焔は五年という時間を費やして、研究資料に載っていた『異世界への門』に対抗する現代魔術を生み出していた。


 ――研究者でもない、その上特別な知識も無かった為、鋼焔には四年近くかかったのだが。


「これで、終わりだ」

 鋼焔は、五年前から続いていた戦いに、終止符を打つ。


「……あ、あ……あぁ……ぁ……ぁ…………」

 龍の遺伝子のおかげで首だけになっても生きながらえていた信夜だが、鋼焔によって完全に精神をへし折られ、終に息絶えた。

 

 そして鋼焔はタイミングを見計らい、現代魔術『次元斬』を発動させる。

 鋼焔の右手に赤黒い光が集まる。それが鋭く尖った刃のような形に変化していく。


 

 異界への門が開く、地下室を青白い光が呑み込んでいく。


 それと同時に鋼焔は発動させた魔術の刃を振るおうとした―――


 鋼焔が腕を振るった瞬間、青白い光と赤黒い光が衝突し、爆発した。


 地下室を二つの相反する光が覆い尽くす。


 そして光が徐々に終息していく。

 

 視界が戻った地下室の中央――『異世界への門』は跡形もなくなっていた。

 


 

 「…………え、コ……コウさん?……コウさん、どこですか?…………コウさん………コウさん………―――コウさぁぁあああああああん」

 そして沙耶は、そこにいるはずの人が見当たらないことに愕然とし、叫び声をあげ続けた。

 


 ―――鋼焔と京の姿も、この世界から消失していた。

 


 [第二章 完]


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