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修羅と鋼の魔法陣  作者: 桐生
二章
25/31

『決闘』

 その後、鋼焔達は何件かの店をクレアに紹介してもらった。

 鋼焔と明人も、徐々にインスマス国の品物が珍しかったのか最後の方では女性陣と変わらないほど買い物を楽しんでいた。


 そして帰宅の途につき、インスマス城の正門まで帰ってきていた。


「クレア様、皆様おかえりなさいませ」

 正門の前には、少し暗い表情をしたグロリアが立っていた。

 クレアが近づくと、折り目正しく表情を切り替え挨拶した。


「ただいまグロリア、こんなところでどうなさったの?」

 いつも城内に居るはずの彼女が、こんなところで待っているのを疑問に思いクレアは訊ねる。


「クレア様、それが、ですね……フローラ様が皆さんを、中庭にお連れしろとおっしゃられているのです」

 グロリアはまた少し暗い表情になり、ぽつぽつと話した。


「わかりましたわ、グロリア、皆さんの荷物お願いできるかしら?」

 妹のクレアにはフローラが何をしようとしているのか予想がついたらしい。

 荷物が邪魔になるようだ。


「はい、お任せください」


「それでは皆さん、参りましょう」

 クレアは少し険のある表情になり、言葉にも力が入っていた。

 いまから喧嘩でもしにいくかのようだ。




「クレア様、申し訳ありません、フローラ様と話しあったのですが――」

 中庭にはフローラとアリアが待っていた。

 そしてアリアは、心苦しそうな表情になっている。

 どうやら、フローラの説得は上手くいかなかったらしい。

 

 少し離れた所に居たフローラが、鋼焔たちのほうに向かってくる。


「アリア、私から話そう――単刀直入に言う、貴様らを『騎士領』に入れるつもりはない」

 アリアより前に出た彼女は、冷たい視線で一同を見回しながら断言した後、


「と言いたいところだが、クレアの件もあるのでな」

 不敵な微笑みを浮かべてそう続けた。


「――そこでだ、今から私が貴様達を『騎士領』に入るに足る者かどうか試させてもらう。私と決闘して、一本でも取ることができたら認めよう、立会人はアリアにしてもらう」

 クレアは余裕の表情だ。

 よほど、戦闘に自信があるのだろうと見受けられる。


「お客様にそんな無礼な物言い、いくらお姉様でも――」

 そして姉の高慢な態度に堪えきれなくなったのか、クレアは声を荒げた。


「クレア黙りなさい、無礼と言うならば、そこの男の方がよっぽど無礼であろう、異論は認めん」

 フローラは鋼焔に向かって指を突きつけながら、クレアに捲くし立てる。

 鋼焔は素知らぬ顔でそれを受け流した。

 しかし、沙耶は昨晩のことを思い出したのか、また少し落ち込んでいた。


「なんですって―――」

 今度こそ、クレアは姉に向かって怒りを露わにする。

 

 このまま姉妹喧嘩に発展するかと思われたが――


「クレア様、別に構いません、入るチャンスを頂けるだけでも僥倖ですから」

 鋼焔は全く空気を読まず、本当に嬉しく思っているかのように、且つ、クレアを宥めるために落ち着いた声音で話した。


「天城様が、そうおっしゃるなら……」

 矛先を向けられている張本人が、全く気にしていない様子だったため、クレアは毒気が抜かれてしまった。


「ふん、その余裕の表情、いつまで保てるか見ものだな――付いて来い」

 フローラはその鋼焔の態度を見て、鼻を明かしてやりたくなったようだ。

 そして決闘をするため、中庭の広い場所へと皆を誘導する。


「最初に決闘のルールを決めさせてもらう――魔術の詠唱禁止、魔法陣の使用禁止、それ以外なら何をしても構わん、勝敗はどちらかが気絶するまでだ、もちろん降参も認めよう」

 フローラは淡々と説明を始めたが、どう考えても偏ったルールである。



「ちょ、ちょっと待ってください、詠唱禁止っておれたちに不利なんですけど」

 明人が焦った表情で自身を指差しながら、不平を訴える。

 特に鋼焔と明人は、詠唱無しではまともに戦えないので致し方ないことである。


 しかし、フローラは、

「嫌なら、別に帰ってもらっても構わんが」

 冷めた表情と言葉で一蹴した。


「ぐっ……なんて女だ」

 明人は苛立たしげに、小声で悪態をついた。


「――そうだな、時間をかけるのも面倒くさい、クレアを除いた中から三人選べ」

 フローラはただの嫌がらせで条件を提示したわけではない。

 一月前の事件を聞いて、身の程を弁えているのだ。

 聞いた話が事実ならば、ハンデをもらわなければ勝負にすらならないと。


「わかりました―――ちょっとみんな集合」

 これ以上何か条件を増やされる前に、と思ったのか鋼焔は不利な条件を呑んだ。

 四人集まって作戦会議を始める。


「コウさん、私が決めてきましょうか?」

 沙耶はフローラの言い方が癇に障っていたのか、落ち込んでいた様子から一転し、闘志に溢れている。

 少し怖い。


「……い、いや、ちょっと待て、おれに任せてもらえないか」

 鋼焔は沙耶の迫力にたじろぎながらも、この巡ってきたチャンスを活かそうとする。


「コウ、何か策でもあるのか」


 鋼焔は明人の言葉に静かに頷く。


「ああ、沙耶、悠――――」


 そして鋼焔は、沙耶と悠に小声で作戦を話し始めた。




「えっ!? ……コウさんを疑っているわけではないのですが……本当にそれでいいんですか?」

 沙耶は作戦を聞いて耳を疑った。

 鋼焔のことは信頼しているが、その策を選ぶ意味が全く分からなかったのだ。


「うーん、お兄ちゃん、あたしは普通にやってもそうなる気がするけど、いいの?」

 悠は、沙耶と違って二つの指示を出された。

 そして悠も疑問に思っているのか、作戦の意味が分からず唸っている。

 

「ああ、任せた」


「わかりました、悠さんの得意そうな分野ですが、私、頑張ります」


「ちょっと沙耶さん、それどういうこと!」

 沙耶の物言いは、的を射ている。

 図星をさされた悠は目を剥いた。



 そして鋼焔の指示通りに、最初は沙耶が決闘の舞台へと上がる――フローラと少し距離を置いて正面にたった。

 

 二人とも服装はシャツとスカートという出で立ちで、今から戦闘をするようには到底見えない。

 

「ほう、昨日の酔っ払いが最初の相手とは――お楽しみは最後に残しておくタイプなのだが、まぁいいだろう」

 

「最後が良かったんですか? なら、私が決めてしまうので、これが最後になるかと思います」


「――どうやら、まだ酔いが醒めていないようだ、私の剣で醒まさせてやろう」


 二人は鋭い言葉を交わした後、互いの得物を召喚する。


 沙耶はいつも通り日鋼刀のみ。


 フローラも盾を使わない神聖術士だったようで、エストックのみを召喚していた。

 エストックの先端は鋭く尖っている。

 長さは沙耶の刀よりもかなり短い。

 4分の3程度だろうか、リーチではかなり負けている。

 そして彼女もクレアと同じように高級品を使っているようだが、実戦に必要の無い余計な意匠は省かれた簡素な物だった。


「――アリア」


「は、はい、始め!」

 フローラがアリアに開始の合図を促す。

 そしてついに、二人の剣士の戦いの火蓋が切って落とされた。



 先に動いたのは――沙耶だ。

 地面が抉れるほどの踏み切りで、まるで飛び掛るかのように突きの姿勢でフローラに突進する。



 相対するフローラは、右手右足を前に出して構えている。

 その右手に握られたエストックの先端は、わざと構えを崩しているのか、だらりと脱力させるように斜め下を向いていた。



 そして、沙耶の突進による突きがフローラに届こうとした刹那、それは起こった。



 フローラの腕が、蛇のようにグニャリと左側に一度曲がった後、寸前まで迫っていた刀を右側に押し出すように突きを放ったのだ。


 エストックの先端が刀の横腹を叩き、沙耶の思い描いていた軌道を逸らした。

 喉元辺りを狙っていたそれは、フローラの右肩の後ろを通過する。


 フローラは神速の突きを、神技を持って封じ込めた。


 そこからフローラはエストックを引き戻し、お返しとばかりに沙耶の喉元に向かって突きを放とうとする。

 フローラのエストックは、リーチが短い代わりに圧倒的に小回りが利いている。

 沙耶は腕が伸びきったままだ。

 早くも決着が着くかと思われたが。


 しかし、沙耶は突きを放った直後にフローラの右わき腹に向かって、押し出すような前蹴りを繰り出していた。


 フローラは前蹴りに気が付いていなかった。

 突きの姿勢に入っていた彼女は、急制動をかけるが間に合わない。

 カウンター気味に入った沙耶の前蹴りが、右わき腹に直撃する。

 そしてフローラを五メートルほど蹴り飛ばした。


 飛ばされたフローラは、後ろに一回転しながら着地。


 沙耶は相手を警戒してか、すぐさま追撃には移らず右上段に構えた。

 五メートルの距離を、摺り足でじわじわと詰めていく。



 そして戦闘を眺めていた鋼焔は、すべきことを果たすためアリアに近づいていく。


「となり、よろしいですか、アリアさん」

 鋼焔は大変失礼なことに、アリアの豊かな胸を凝視しながら話しかける。


「はい、どうぞ」

 その視線を気にした様子もなく、アリアは笑顔で了承した。


「フローラ様、かなりやりますね」

 鋼焔はかなり驚いていた。

 クレアもそうだったが、戦う必要のない立場の人間が武芸に秀でているのは如何なものか。

 それに、フローラがもし魔法陣を使っていれば、沙耶は先ほどの攻防で負けていた可能性すらある。

 ―――鋼焔は今まで、沙耶に匹敵する剣士を見たことがなかった。

 危うく先ほど飛ばした指示が、無に還るところだった。


「はい、フローラ様は王立魔術学校でもトップクラスの成績ですので」

 王立魔術学校も相当レベルが高いようだ。

 鋼焔は、武鋼魔術学校が飛びぬけているとばかり思っていたが、フローラを見てその認識は改めざるを得ないと痛感した。


「沙耶は勝てると思いますか?」


「……良い勝負になると思います、沙耶様の先ほどの動き、あれほどの神聖術の使い手を見るのはフローラ様以来です」

 鋼焔はそれを聞いて頷いた。


 訊きたかったことが聞けたのだ。




 そして決闘の舞台では、沙耶とフローラが互いの間合いに入ろうとしていた。


 沙耶は右上段――後は刀を振り下ろす動作だけしか必要としない、最速の構えをとっている。

 先ほどの、フローラの突きによる捌きを攻略するためだ。


 

 先に間合いに入った沙耶が動いた。


 

 右斜め上から、前に出ている右腕に狙い定めて斬り下ろす。

 初手の突きなど比べるべくもない速さの一撃がフローラを襲う。

 


 待ち受けていたフローラは、先ほどとは逆に腕をしならせるように動かす。

 一度外に抉るように腕を捻った後、内側に向かって突きこんだ。



 恐るべきことに、再びその突きが沙耶の右上段最速の一刀を捉えた。



 沙耶の斬撃は、先ほどよりも圧倒的に速かった。

 しかも刀は突きのように真っ直ぐ出ていない。

 捉えにくい軌道になっているにも関わらず、フローラは同じように捌いたのだ。


 剣線が歪む――沙耶の刀は空を斬り、フローラの右足付近の地面に吸い込まれていく。


 しかし、捌かれることを念頭に入れておいた沙耶は、手首を返して刀を跳ね戻す、刃を上に向け下からフローラの右腕を掬い上げようとする。


 だが、すでに勝敗は決していた。


 沙耶が刀を上に動かそうとした時点で、喉元の寸前にフローラのエストックが突きつけられていた。

 

「参りました」

 沙耶は切り上げようとしている状態で固まったまま、敗北を宣言した。


「ふぅ……酔っ払いと侮っていたが、中々やるではないか、将来、私の護衛をやってみないか?」


「お断りします、すでに仕える人は決めていますので」

 二人は、勝敗のことなど気にした様子もなく言葉を交わす。

 優れた剣士同士、気持ちが通じ合う何かがあるのだろう。


「それは残念だな――で、次は誰だ、そこの破廉恥な男だと私は嬉しいのだが」

 沙耶との話を切り上げ、鋼焔に対して不敵な微笑みを浮かべながら軽口を叩いた。


「悠、頼んだぞ」


「う、うん」


「おや? さすがにこんな小さい子では私も手加減してしまうかもしれんな、卑怯な真似をする男だ」


「テメ―――ンッンー、よ、よろしくお願いしまーす」

 悠は兄を侮辱されたことと、小さいと言われたことに反応して地が出そうになった。

 だが、指示を完遂するため冷静になろうと努める。


「それでは、始め!」


 開始と同時に悠は大鎌を召喚する。

 そしてゆっくりと走って接近していく、その姿は完全に無防備だった。


 悠は何も考えていないのか、そのままフローラの間合いに入ってしまった。

 

 フローラは容赦無く突きを繰り出した。寸止めではない。

 悠の喉にエストックが貫通する。


 しかし、串刺しになった悠の姿が、徐々に黒い大蛇に変わっていく。

 悠の使い魔のドロシーだ。

 本物はすでに姿を消していた。


 そして串刺しにされているドロシーが、エストックから抜け出し鋼焔とアリアの方に逃げてきた。

 鋼焔には、ドロシーが涙目になっているように思えた。

 主の手荒な扱いに、不満があるのかもしれない。


「……悠様は死霊術士だったのですね、騙されました」

 アリアはドロシーの頭をよしよし、と撫でながら、さぞ驚いたように感嘆した。


「無理も無いですよ、同年代でもズバ抜けていますからね」


「そう、ですね、でも――」

「相手が悪かったかもしれませんね」


「はい……」


 二人が視線を戦っている悠たちに戻すと、フローラが何も無いところに向かってエストックを向けていた。

 5秒、10秒立つ、その間フローラの剣尖は、何かを追っているかのように動いている。


「…………参りました」

 すると、観念したのか姿を消していた悠が現れる。

 エストックの先端は、悠に向けられていた。

 フローラは早々に『解呪』して悠の姿が見えていたようだ。


「まぁ年齢のわりにはできるほうだな―――おい、そこの貴様、次はおまえなのだろう?」

 フローラは軽く悠をそう評した後、鋼焔に剣先を向けた。


「ええ、お相手させていただきます」


「貴様には寸止めする自信がないな、後で誰かに治癒してもらうがいい」


「よろしくお願いします」

 鋼焔はフローラの明らかな挑発を無視する。

 

「ふん」

 その態度にフローラは忌々しそうに鼻を鳴らした。





「……私、嫌な予感がします」

 沙耶は過去の記憶から、この後に起きることの予想がなんとなく付いていた。


「どうしたババア、ここまではお兄ちゃんの予定通りじゃん」

 


 そう――鋼焔は二人に、ある程度戦った後、わざと負けるように指示を出していた。

 


 沙耶も悠も指示通り、加減して戦っていた。

 しかし、沙耶は初めの攻防でフローラの実力を看破し、最後の一撃はほぼ全力で放っていた。

 どうやら、速さ"だけ"で打倒できる相手ではないと確信し、安心して渾身の一刀を振り抜いたのだ。


 悠は術の効果を弱め、フローラが『解呪』し易いようにしていた。

 そしてもう一つの指示も、きっちりとやり遂げた。



「……いえ、そうではなくて、昔からコウさんと魔術無しの組み手をすると決まって――」


「始め!」


 沙耶と悠が話している間に、最後の一戦が始まった。





 詠唱が禁止されている以上、鋼焔にできることなど限られている。


 神聖術は適性が無い。

 武神術は習得する必要も、暇も無かった。


 身体強化ができない鋼焔は、端からまともに勝負する気は無い。


 とりあえず鋼焔は、『アスカロン』を召喚する。


 しかし、鋼焔は剣など扱えない。

 傀儡術で刀を操ることと、実際に刀を握って振るうことは全く違う技術なのだ。

 そして傀儡術は、魔術で生み出していない物は操ることが出来ない。


 だから仕方ないので、鋼焔は『アスカロン』をブン投げる。

 剣尖が真っ直ぐフローラの顔面に向かうように、柄に掌を当てて押し出すように投擲した。


 もはや、『アスカロン』の値段など気にしていない。


「なっ――ふざけた真似を」

 てっきり剣同士で打ち合うと思っていたフローラは、裏切られた気分になったようだ。


 そしてフローラは剣尖を睨み付ける。

 尖った先端に視線が吸い込まれる。

 


 フローラは『アスカロン』を避けなかった、エストックで軽々と捌く。


 そしてフローラの視界には、向かってきている鋼焔が映っている。

 神聖術士でも武神術士でもない鋼焔の走りは、彼女から見れば鈍足だ。


 フローラは待ち受ける。近づいた辺りで腕辺りを刺してやろうと思った。


 しかし、近づいてきた鋼焔が、急に不自然な動きをしたため身構える。

 走りながら、腕を引いている――何かを投げる動作だ。

 だが、手には何も持っていない。


 そしてそれを見ていたフローラの視界が、一瞬、何かに塞がれた。


「―――なにッ」


 鋼焔は剣を投げた後、フローラに向かって走りながら盾を上に投げていた。

 放物線を描いて落ちてきた盾は、フローラの眼前を落下し、数瞬だけだが鋼焔の姿を完全に隠す。



 ただでさえ人間は、尖った物を見てしまうとそこに視線を集めてしまう。

 さらにフローラは、神速の刀をピンポイントで捌けるほどの、類稀な集中力の持ち主。

 彼女は剣に集中する余り、鋼焔が盾を放り投げる瞬間を見逃していた。


 そして盾が通過した直後、フローラの額に『アスカロン』が刺さろうとしていた。


「――うッ」

 フローラは突如眼前に現れた剣に驚愕し、小さく呻き声を上げ、反射的に目を瞑った。

 直後、額に衝撃が走る。

 だが、手元から離れた時点で武器の魔力は減少していたのか、殴られた程度の痛みしかない。



 これはフローラにとって、完全に予想外の出来事だった。

 走りながら、しかも投げる動作をしながら、得物召喚の魔術を行使することができる人間が、存在しているとは思ってもみなかった。

 得物召喚は詠唱する必要は無いが、精神集中はそれなりに必要なのだ。


 フローラが五感の類稀な集中力の持ち主なら、鋼焔は精神の類稀な集中力の持ち主である。


 さらに、フローラが瞑っていた目を開いた瞬間、今度は目と鼻の先に盾が迫っていた。


 ガンッと鈍い音を立てて、フローラの顔面に盾が直撃する。


 こうも、いきなり眼前に迫られていると、捌くことも避けることも不可能だ。

 


 フローラはやられながらも、鋼焔の洞察力に驚嘆していた。


 初戦、沙耶が最初の突きを繰り出した時、フローラは刀に集中する余り、前蹴りに気が付くことができなかった。

 鋼焔はそれを糸口にして、フローラの長所が短所でもあることを見抜いたのだ。

 


 「貴様ッ!! ―――なにを!?」

 視界が戻ったフローラが鋼焔に向かって吼える。

 しかし、盾で顔を塞がれている間に、鋼焔がフローラの右側を通り過ぎようとしていた。


 

 そして、鋼焔はそのままフローラの背中に飛び乗り、



「――ひっ、んっ、やめっ……こ、この変態、死ねっ!!」



 後ろからフローラの胸を揉んだ。


 フローラは胸を這い回るおぞましい感触に、嬌声と罵声をあげた。

 そのまま、背後の鋼焔に向かってエストックを振るう。


 しかし、その斬撃を鋼焔は、


「【Ncr Ned Fbr Spc】」

 禁止されていた詠唱を行い、短距離空間跳躍で避けた。



「やっぱり……」

「お、お兄ちゃん、最低!!」

「…………女の敵ですわ」

「コウ、恐れを知らぬ男め……」

 沙耶は以前に同じことをやられたので、こうなると分かっていた。


 クレアはなんとなく鋼焔という人間が分かってきた気がした。

 戦闘中は、何を仕出かすか分からない人なのだと。


「すみません、詠唱してしまったのでおれは失格ですね」

 鋼焔はあっけらかんとしている。

 

「……いいや、ルールは変更だ、どちらかが死ぬまでやろうではないか」

 フローラの目は完全に据わっている。


「お、お姉様、落ち着いてください」

「フローラ様、ここはどうか御収めください……」

 クレアとアリアが、焦った表情で止めに入った。




「……貴様ら――いや、貴様にはもう二度とインスマスの地は踏ません、明日朝一番にここを去れ、もう二度とその面を拝みたくは無い」

 フローラは少し怒りが収まったのか、呆れた表情をしながら冷静に告げた。

 告げた内容はただの脅しだ、王が承認する可能性は低い。

 だが、これで鋼焔たちが『騎士領』に入るのは、実質不可能になった。


「はい、わかりました」


「くっ………ふんッ」

 鋼焔は慇懃に応じたが、それがかえってフローラを逆撫でする。

 もちろん、鋼焔は故意にやっていた。


 そして鋼焔をひと睨みした後、フローラは城の方へ歩き去っていった。



「アリアさん、すみません、せっかくチャンスを作ってもらったのに、それを棒に振るような真似をしてしまって」

 鋼焔は、精一杯申し訳なさそうにアリアに謝罪する。


「い、いいえ、気になさらないでください、勝負の結果ですから仕方ありません」

 アリアの表情はかなり引き攣っている。

 鋼焔を見る眼差しも、どこか忌々しそうだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 すでに夕食もとり終わり、午後十一時を回っている。


「コウさん、入っても構いませんか?」

 鋼焔の部屋に沙耶が訪ねて来た。


 扉を開けて沙耶が部屋に入る。

 今日買った、洒落たナイトウエアを着ていた。

 そして、ベッドに座っていた鋼焔の隣に座る。


「昼間の、あれで本当に良かったんですか?」

 沙耶には未だに、鋼焔がやろうとしていることが分からなかった。

 

「ああ、間違いなく明日―――信夜さんと会う事になる」

 鋼焔は自信を持ってそう言った。


「そう……ですか」

 沙耶は少し驚いたが、鋼焔の言葉をそのまま受け止める。



 そして父と母のことが脳裡を過ぎった。



「沙耶、迷っているなら」


「……いいえ、そういうわけじゃありません、少し考えていただけで」

 鋼焔には沙耶の表情が悲しそうに見えた。

 沙耶は、以前から父親のことは、自分で決着をつけると言っていた。

 今まで、鋼焔はなにも肉親を殺すことはない、と繰り返していたのだが、彼女は頑なに譲らなかった。



「――そうだ、これ昼間買ったんだけど、受け取ってくれ」

 少し暗い雰囲気になってしまったのを切り替えようと、鋼焔は用意していた物を取り出す。

 赤い色の宝石をあしらってあるペンダントだった。


「も、もしかして、私にプレゼントを買っていてくれたんですか!? う、嬉しいです」

 突然の贈り物に、沙耶の表情は一変した。

 

「そんな大した物じゃないけど……というか、半分おれのお守りみたいな物で悪いんだけど、それ、肌身離さず持っていてくれないか」


「分かりました! お風呂に入っている時も絶対はずしません」

 沙耶は喜悦の表情で、鋼焔からもらったペンダントを胸に抱いている。


「いや……流石にそこまではしなくていいけど、喜んでもらえたなら良かった」

 鋼焔は、たまにはプレゼントもしとくもんだな、としみじみと思った。


「あのう……コウさん、今日はこの部屋で眠ってもいいですか?」


「ああ」



 室内に沈黙が降りた後、二人の唇は自然と重なり合っていった。


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