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修羅と鋼の魔法陣  作者: 桐生
二章
23/31

『三つの研究』

 五年前まで、日鋼には三人の優れた魔術研究者が存在した。


 黒田響くろだひびき

 赤羽奏あかばかなで

 神宮寺信夜じんぐうじしんや

 

 彼ら三人は、あらゆる魔術と科学を検証、吟味、習得し、『ドラゴン』―――太古の昔、鋼の精霊と並び立っていたとされる怪物を現代に再現しようとしていた。


 まず最初に、彼らは確実な手段を選択する――『過去』に存在していたであろう『龍』をそっくりそのまま現代に召喚しよう、というものだった。

 そして黒田が中心となり、過去と現代を繋げる魔術を生み出そうとした。


 彼らは『過去』と『現世』を繋げるため、時間系統と空間系統の魔術、両方を組み合わせた『時空間魔術』、という術式を新しく開発しようとする。


 しかし、時間と空間系統を扱う魔術は、そのどちらもが古代魔術の中でもハイレベルで取り分け難易度が高く研究は難航を極めた。


 数年間、彼ら三人が中心となり研究は進められたが、開発は当初の予定を大幅に遅れ、予算だけが浪費されていった。


―――結果として、『時空間魔術』の研究は頓挫した。


 過去からの召喚自体は、理論上可能だと言われていたが、肝心の『時空間魔術』の術式が彼ら三人をもってしても開発することは不可能だったのだ。



 次に、彼らは二つ目の方法を模索する。



 前回、頓挫してしまった『時空間魔術』のノウハウを活かし、赤羽を中心として、この『世界』と近似の『異世界』から『龍』の召喚を試みる。


 初めに『龍』が居るだろう世界を探すことに決めた。

 

 彼らは科学と探知魔術を組み合わせて、おそらく『龍』が存在しているだろう、という莫大な魔力を感知、計測できた異世界の座標を手に入れた。

 

 今回は、『過去』と『現世』を繋げる場合と異なり、『異世界』と『世界』という場所と場所を繋げるだけの魔術なので、『空間魔術』のみに絞って研究は進められていく。


 そして手に入れた異世界の座標を、前回の研究で改良していた『空間魔術』に組み込むことで、更なる改良を加えていった。



 彼らはたった半年で完成までの工程を終了させ、現代魔術『異世界への門』の術式を完成させるに至った。



 しかし、この研究は失敗に終わる。



 初めての魔術実験から、最後――二十五回目の実験に至るまで、ただの一度も『異世界への門』の魔術が発動することはなかった。


 ―――術式が完成していたにも関わらず。


 彼らにも失敗の原因は分かっていたが、どうすることもできなかった。

 ありとあらゆる手を尽くしたが、『足りないもの』を用意する方法は見つからなかったのだ。




 そして、最後に神宮寺信夜が中心となり魔術と遺伝子工学を組み合わせ『龍』を再現する試みが開始された。


 神宮寺信夜は、龍の化石や、古代の琥珀の中にいる蚊などから、龍の遺伝子情報の断片を手に入れていた。


 最初は遺伝子情報だけで、龍を甦らせようとしたが、何度繰り返しても、一週間持たず龍の細胞と思しきものは死んでいく。


 そこで信夜は、蛇、蜥蜴、亀、鰐などの爬虫類に『転写の魔術装置』を使って、龍の遺伝子の断片を上書きした――そして、ついに、不恰好ではあったが『龍』らしき生物が生まれ、初めて研究は成功を収めた。



 しかし研究が成功したのも束の間、天城鋼耀によって龍の研究は中止される。


 

 龍の研究が始まったのは、天城鋼耀が当主に就くよりも前だった。

 先代の指示によって始められた研究を鋼耀は危険視していた。

 

 鋼耀は、鋼の精霊たちの棲家に使者を送り、古代の情報を集め、現代で龍を甦らせることの危険性を証明し、研究を凍結させた。


 黒田、赤羽、神宮寺の三人も一時的にそれを受け入れたように見えたが、諦められるわけもなく秘密裏に研究は進められていた。



―――すでに、彼らは、『龍』という偉大な存在に心を奪われていたのだ。



 だから、彼らはどこかの国で研究を続けるために、他国の人間と接触し日鋼から研究情報を持ち出そうとした。


 彼らは、研究所に残っていた情報を持ち出すことには成功したが――

 欲を張り、神宮寺家で秘密裏に行っていた研究情報も持ち出そうとしたため、鋼焔によって彼らは亡き者にされた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 その、赤羽奏と黒田響が死んだ日―――、


 神宮寺家にあった薄暗い地下室には、十数名の死体が転がり三人の少年少女だけが生きていた。

 すでに室内は、鋼焔の『侵蝕領域』に蝕まれ始めており、元々低く保たれていた室温は上昇している。



 そして、その中で、神宮寺沙耶は死の淵に瀕していた。



 彼女は、未熟だった鋼焔の魔術によって斬り裂かれた。

 血は、止め処なく流れていき、急激に体温は下がっている。

 さらに、鋼焔の『侵蝕領域』によって、残り滓も同然な体力と魔力すらも奪い尽くされようとしていた。


「沙耶!……沙耶!」

 鋼焔は必死な形相で、幼馴染の少女の意識が途絶えないように声をかけ続けながら、治癒魔術を連続で唱えている。

 しかし、当時の鋼焔は治癒魔術が不得意であった。

 何度、治癒魔術をかけても妖刀『村正』で傷つけてしまった沙耶の傷を塞ぐことができない。


 沙耶は喋ることすらままならず、肩で激しく浅い呼吸を繰り返している、瞳の焦点も、もはや定まっていない。

 

「…………ご、御主人、その眼と髪は……、―――いえ、それよりも沙耶様を外にお連れしましょう」

 京は主の絶大な力と、目の前で多くの死を見て動揺し。

 今まさに眼前で、主の友が死のうとしている現実に呆然としていた。


 その上、自分の主が、鋼の精霊と同じように眼が赤く染まり、黒い髪に銀色が混じり始めていることに気付き驚愕した。

 しかし、今は、そんなことよりも『侵蝕領域』から瀕死の重傷を負った彼女を運び出そうと提案する。


「……駄目だ、動かせば、余計悪化する」

 『侵蝕領域』に奪われていく沙耶の魔力や体力よりも、『侵蝕領域』内にいる為、飛躍的に上昇している治癒魔術の効果の方が遥かに上回っていた。


 しかし、それでも瀕死の状態に留めておくことしかできない。傷を塞ぐことができない。

 持って数分で沙耶の命は尽きようとしている。

 例え、助けを呼んだとしても間に合わないだろう。


「……ゥ………ァ………」

 それまで、激しく呼吸を繰り返すだけだった沙耶の唇が僅かに動いた。

 鋼焔と、焦点の合っていない沙耶の視線が交わる。

 鋼焔には沙耶の苦しそうな表情が、喜んでいるように見えた。

 感謝されているように思えた。

 

 殺すだけ殺して、誰一人助かっていないこの状況で。


「……京、何か、何か方法は無いか」

 治癒も蘇生も上手くできない鋼焔だが、諦めるわけにはいかない。

 一人になろうとしていた自分の傍に、ずっといてくれた彼女を失いたくなかった。


「……う、う、う……――っ! そ、そうです、御主人、その眼と髪、もしや鋼の精霊の血が混じっているのではないですか!?」

 京は先ほど知った事実と、ある事を思い出してそう訊ねる。

 今まで主が黙っていたことから、話したく無いのだろうとは思うが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


 鋼焔は、ああ、と頷いた。


 京は自分で聞いておいて耳を疑った。

 人間と精霊では体の構造そのものが違う。


 例えるなら、動物と植物で子供を授かるようなものだ。

 どうやって、鋼焔の母親が子を授かったのかわからないが、奇跡としか言いようが無い。

 

 しかし、今はそんな疑問よりも、沙耶を助ける方が大切だった。


 京は、主に秘策を授ける。


「――しからば、血にありったけの魔力を籠めて沙耶様に飲ませてください!」

 

 他の精霊に比べて、鋼の精霊に流れる血液には特殊な力がある、血の中に多く含まれる鉄――鋼の力と、精霊契約に使われる本来の使用法が重なっているためだ。

 鋼焔の莫大な魔力を籠めれば、瀕死の状況を打破できる可能性が生まれる。


 鋼焔はその指示を聞いてすぐさま、自分の唇を切った。


 流れ出した血にありったけの魔力を籠める。

 さらに、唾液を混ぜ、未だ激しく呼吸を繰り返している沙耶と唇を合わせた。



 沙耶は、薄れてかけている意識の中でも、それを確かに感じた。

 初めてが最後のキスになってしまうのは少し残念に思ったけれど、一つも夢を叶えずに死んでしまうのは、もっと嫌だった。

 そして、最後の瞬間は幸福だったと想いながら、沙耶の意識は落ちていく。



「……京、これで沙耶は助か――」


 鋼焔がそう訊ねようとした瞬間、目に見えて変化が起こっていた。

 

 鋼焔によって斬られた傷は一瞬で完治。

 血の巡りも良くなったのか、顔色も良くなり、呼吸も徐々に落ち着いていく。


「京! ありがとう」

 鋼焔は、涙を流しながら自分の相棒を強く抱きしめ、心からの言葉を発する。


「ご、御主人、く、苦しいです」

 京はさっきまで陰鬱な気持ちになっていたが、誰かを救えたことで少しだけそれが晴れた気がした。

 いつもより、主が激しく気持ちを表してくれたことも嬉しかった。

 

 それから一息ついた後、鋼焔は黒田響の首を刎ねた。


 そして、沙耶をおぶって、地下室を後にしようとした――ところで、京に声をかけられた。

 

「御主人、その紙の束はなんでしょうか?」

 京は、鋼焔の足元に落ちている辞書より分厚そうな紙の束を指差す。


「……ん?」

 そう言われて初めて気が付いた鋼焔は、足元に落ちていた分厚い紙の束を拾い上げて、パラパラとめくっていく。


「……トカゲ、男?」

 初めの方のページに、そんなものが挿絵付きで紹介されていた。

 さらにページを捲ると、すでに研究所から奪われてしまっていた貴重な情報が残っていた。


「京、これは隠し持っといてくれ」


「よ、よろしいのですか?」

 京は国にバレると不味いのでは? と思い、焦った表情でそう返したのだが。

 

 鋼焔は少し疲れているのか、小さく頷いて肯定の返事をするだけだった。

 些か躊躇した後、京はそれを着物の中に仕舞いこんだ。




 そうして、三人は薄暗い地下室を後にした。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 インスマス城四階の食堂では、鋼焔たちを歓迎するための食事会が開かれようとしていた。

 

 食堂にはすでに、王、四人の妃、フローラとクレアを合わせた姉妹が数人、アリア、そして明人を除いた鋼焔たちが着席している。

 

 鋼焔たちは普段の私服ではなく、場に相応しい格好で望んでいた。

 沙耶は、薄紫色のフォーマルドレスに着替えている。

 しかし、悠は何を勘違いしているのか黒を基調としたロリータファッションにその身を包んでいた。

 

 そんな彼らの後ろには、侍従が一人ずつお世話をするために控えている。

 

 食堂は広く、食卓の机は長大で真っ白なテーブルクロスが敷かれていた。

 机の上には綺麗な装飾の施された蝋燭立てや、食べていいのかどうか判断に迷うフルーツの盛り合わせが置かれている。


 

 食堂は広い空間であるため、隣の席との距離は二m近く間が開いているのだが。

 鋼焔の隣席の二人――沙耶と悠はわざわざ椅子を動かして鋼焔の一m以内に近づけていた。


「ねぇ、お兄ちゃん、これちょっと少なくないかな?」

 悠は、自分の前に並べられている食前酒とオードブルとスープを指差して、不満そうな顔をしている。


「悠、これはな――」

「……悠さん、コース料理を知らなかったんですか……天城家の長女がそんなことでは、日鋼の常識が疑われてしまいますよ」

 鋼焔が説明しようとした矢先、沙耶が頭を垂らして眉間を押さえながら、やれやれと頭を振り、悠の無知を哀れんだ。


「へ、へぇー、沙耶さんありがとう、あたしまた一つ賢くなったよー」

 口では感謝の言葉を述べている悠だが、顔は引き攣って口元がヒクヒクしている、眉間にも若干の皺が寄る。


「いえいえ、無知蒙昧な義妹を導くのも姉の役目だと思っていますから、お礼なんて必要ありませんよ」

 沙耶はニコニコとした笑顔で悠に毒を吐きながら、ちゃっかり鋼焔にもアピールしていく。


「ぐ、ぐぐぐ……沙耶さんを姉だなんて一生認めないよ!」


「そうですか? 私はこんなにも悠さんのことを愛しい義妹だと思っていますのに……」

 沙耶の言葉で、悠の表情がさっきよりも一段階ほど崩壊に向かって進む。

 

 そこで不意に、鋼焔は鋭い視線を感じて、そちらに向かって振り向く。

 すると、王の近くに座っているフローラが物凄い目付きで鋼焔達を睨んでいた。

 目だけで「静かにしろ! この社会のダニどもめ」と言っているように鋼焔には見えた。




 鋼焔は食事の前に明人と、フローラについての情報を交換していた。

 彼女はクレアとは母親が違うらしく、あまり似ていない。

 髪の毛はクレアのように綺麗な黄色の金髪ではなく、少し赤みがかった金髪で肩ぐらいに切り揃えられている。

 今は目付きが鋭いが、それでも美姫といって差し支えない容貌をしている。

 鼻は高く、目はクレアと同じ碧眼で、顔全体の印象は女性にしてはやや凛々しく見える。

 神話に出てくる戦乙女があんな感じなのではないだろうかと、鋼焔には思えた。

 

 そして、クレアと同じように聖騎士の魔陣使いであるらしい。

 学校は、妹とは違いインスマス王国内の王立魔術学校に在籍していて、鋼焔よりも一つ年上の先輩であった。



 

「……沙耶、悠、少し静かに」

 彼女の視線の重圧に耐えかねた鋼焔が二人に注意する。

「……沙耶さんのせいで怒られた」

「……悠さん、静かにしましょうね」

 互いのせいにして、二人は一時休戦に入った。


「すいません、お待たせしました」

 トイレに行っていた明人が席に着き、全員が揃ったことで食事会が始まる。


「それでは、クレアの無事の帰還と、皆のご健勝を祈念して乾杯!」

 王、自らが乾杯の音頭を取る。


 皆が食前酒とは別に用意されていたグラスに入ったお酒を一斉に呷った。

 



 そしてその瞬間まで、鋼焔と悠はある事を失念していた、


「「あ……」」


 と、同時に兄妹は呟きを漏らして沙耶の方を見る。


 沙耶は、大きめのグラスに入っていたお酒を全て飲み干していた。


「もう一杯頂けますか?」

 さらに、後ろに控えている侍従に向かっておかわりを所望している。

 兄と妹には、この後に展開されるだろう惨事が容易に想像できた。


 沙耶は普段お酒を飲まないが、祝い事がある度に大量に飲酒することがある。

 そして、いくら飲んでも顔に酔いは出ないのだが、酔い始めると――鋼焔に絡み始めるのだ。


 しかも、途中で飲酒を止めようとすると泣き出す。

 非常に厄介な存在だった。


 悠は兄に向かって合掌している。


 鋼焔はこんな場で公開処刑はされたくないので、急いで料理を口にし始める。


 しかし、コース料理なので次が運ばれてくるのに時間がかかる。

 鋼焔が前菜とスープを食べ終えて次の料理を待っている間にも、沙耶は何度もおかわりをしていく。



 そして鋼焔が肉料理に手を出そうとした瞬間、沙耶の姿が隣から消えていた。



「コウさん」

 ―――沙耶は食事中にも関わらず、席を立ち鋼焔の背後に忍び寄っていた。

 そして艶っぽい声で鋼焔の名前を囁く。

 

 食堂にいる人間全ての視線が集まっていく。


「は、はい」

 そのまま鋼焔を後ろからギュッと抱きしめ、体重をかけていく。



 鋼焔は後頭部に、かなりのボリュームと程よい弾力性を持った柔らかいものが押し付けられているのを、幸せに想いながら、同時に嫌な汗が背中を伝っていくのを感じた。


「コウさん、今日、私、悲しいことがありました」

 いつもと変わらぬ口調と表情だが、声のボリュームは大で、この場に相応しく無い言葉を垂れ流す。


「沙耶、さん、どうしたんですか?」

 鋼焔はなるべく刺激しないように丁寧に言葉をかける。


「コウさんが、あの人の胸をエッチな目で見ていました!」

「さ、沙耶、人を指差すのは止めよう!?」

 ビシッとアリアに向けられている人差し指を、鋼焔は優しく包み込んで下ろさせた。

 

 フローラが憤怒の表情で二人を見ている、彼女が握っているフォークがグニャグニャになっていた。


「さ、沙耶、見てないから! アリアさんの胸は見てないから落ち着いて!」

 早くなんとかしなければ、フローラという名の火山が噴火してしまう。


「……嘘です。私、見ました」

 そう言いながら、ギュウギュウと鋼焔の後頭部に自分の胸を押し付ける。


「……どうすれば、信じてくれる?」

 鋼焔は後頭部に全神経を集中させながら妥協案を探る。


「じゃあ、宣言してください」

「せ、宣言?」


「大声で『神宮寺沙耶のおっぱいが世界で一番大好きだ!』って言ってください」

 沙耶がそう言った瞬間、フローラの方からバキンっと何かが砕ける音がした。

 クレアは白い目で、王と四人の妃はニヤニヤしながら、鋼焔と沙耶を見ている。

 

 止める気はないらしい。


「…………」

 鋼焔はしばし迷う。

 

 若干、手遅れかもしれないが、今からでも沙耶を止めることは可能だ。

 

 泣き出すだろう彼女を部屋に連れていく。

 

 それだけで済む話である。



 しかし、アリアとフローラを見てあることを思いつく。



 昼間、クレアと話、明人と情報を整理している内に、『ある疑い』が徐々に確信に変わりつつあった。

 

 そして、自分の考えを信じるならば、この場で己が取る行動次第で相手を土壇場に追い込めるはずだと思っている。


 決定的な証拠はまだ無い、単なる自爆で終わる可能性も少なからずある。


 しかし、このまま何もかも相手のシナリオ通りに役割を演じるのは性に合わない。



 鋼焔は、覚悟を決めた。



「神宮寺沙耶のおっぱいが世界で一番大好きだ!」

「神宮寺沙耶のおっぱいが世界で一番大好きだ!」

「神宮寺沙耶のおっぱいが世界で一番大好きだ!」

 鋼焔は、これ以上無い声量で三回連続宣言した。



 鋼焔の魔法の言葉で食堂の時が止まる。



「コ、コウさん……!」

 沙耶はトロンとした目付きになり、恍惚とした表情で少し痙攣している。



 直後、ダンッと拳が机に叩きつけられる音が、静まりかえった食堂に響く。


 フローラが親の仇を見るような目付きで鋼焔を睨みつける。


 鋼焔は臆せずその視線を受け止めた。


 そしてさらに、ダメ押しといわんばかりに、


「神宮寺沙耶のおっぱいが世界で一番大好きだ!」


 と、フローラの顔を見ながら大声で叫んだ。


「あちゃー……」

 それを見た明人が、顔を片手で抑えている。


「……貴様、そこを動くなよ」

 ついにキレたフローラが、鋼焔に宣戦布告した。


 しかし、すぐに周りの人間が抑えに入る。

 グロリアやクレア、果ては王や妃まで宥めに入った。


 危うく食堂で殺し合いが始まるところだったが、王や妃に止められたフローラは怒りを隠さず乱暴に食堂の扉を開けて出て行った。


「ほんと、申し訳ありません……」

 鋼焔は気まずい雰囲気にしてしまったことを謝罪した後、食事を再開した。

 当事者の沙耶は、四回目の宣言で極楽浄土に旅立っていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 波乱の食事会が終わり、鋼焔が部屋でくつろいでいると、


「天城様、お時間よろしいでしょうか」

 アリアが訊ねて来た。


「はい、どうぞ」

 部屋に入るように促した後、鋼焔は彼女のために椅子を用意する。


「すいません、ありがとうございます」

 アリアは礼を言いながら、鋼焔の用意した椅子に座る。


「それでアリアさん、どうなされたんですか?」

 鋼焔は、彼女が何を言いに来たのか分かった上でそう訊ねる。


「……食事の後インスマス王に聞いたのですが、天城様たちは『騎士領』に入りたいのですか?」


「はい……ですが、食事前にフローラ様に聖騎士ではない者は帰れ、と言われてしまったのですが……しかも、先ほどあんな無礼な振る舞いをしてしまったので、もう望みは無さそうかと……」

 鋼焔は落ち込んでいるかのように、頭を垂れて、弱々しく言葉を漏らした。


「…………いえ、私がなんとかフローラ様を説得してみます」


「本当ですか!?」


「……はい、もしかしたら明日一日かかるかもしれませんが、なんとかしてみます」


「……アリアさん、ありがとうございます」

 鋼焔は両手でアリアの手を取ってブンブンと上下に振る。


「い、いえ、天城様はクレア様の恩人ですから、これぐらいのことは私もやらせて頂かないと、インスマス王国の名折れかと思いまして」

 鋼焔の態度と言葉に、アリアは照れた表情で応えた。


「……それでは、今日はもう遅いですし、失礼しますね、……また明日良い報告ができるよう頑張ってみます」


「はい、本当にありがとうございます」

 アリアは鋼焔にお辞儀した後、扉をそっと閉めて出て行った。


 

 そして鋼焔は、椅子に座ったまま目を瞑って思案する。



 これからの方針を決めていく。



 定まったそれは、幼稚だが、最も効果的に『疑い』を確信に変えてくれるだろうと思えた。


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