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修羅と鋼の魔法陣  作者: 桐生
一章
18/31

『圧倒的劣勢』

「な、なにあれ、怪獣?――――うっ」

 突如現れた異形の怪物を見上げていた天城悠は、酷い違和感に襲われた。

 八千人分の魔法陣が展開されていた。

 一般客に至ってはそれだけで気を失った者もいる。

「え……、なんだよ…あれ、うそでしょ……」

 怪獣をぼうっと見上げていた悠が魔陣領域の中心を見た時、すでに八千の魔陣使いから種々の攻撃魔術が放たれようとしていた。


 天城悠に実戦経験は無い。

 はからずも、今日この日が彼女の初陣となった。


「――悠さん、ぼうっとしていたら死んじゃいますよ」

 戦闘していた三人の中で逸早く動き出した神宮寺沙耶が悠を片手で持ち上げて、小脇に抱える。

「にょ、にょわ」

 悠が変な声を上げた。

「インスマスさん」

 沙耶は悠と同じようにぼうっとしていた彼女にも声を掛けた。

 はっとしたクレアは沙耶に頷く。そして駆け出す。

 二人と抱えられた一人が全速力で、数十m離れた観客席の近くまで後退しようとする。


 それと、同時に八千の魔術が一斉掃射された。


 沙耶たちの前方に古賀たちが見える。彼らは会場に居た他の魔術師と協力して、観客席付近に幾重にもあらゆる属性系統の『耐障壁』を張っていた。


 魔術の散弾が沙耶たちに追い縋る、もう少しで張られた障壁の内側に到達しようかというところで追いつかれて直撃する―――ギリギリで宇佐美、古賀、明人たちの張った障壁によって直撃は免れた。


 『耐障壁』に『攻撃魔術』の雨がぶつかる。

 幾重にも重なった炸裂音が響き続ける。

 その音を聞いて、誰もが肝を冷やす。

 遠距離から放たれたため威力はかなり低いが、障壁なしでは恐らく重傷は免れない。

 魔陣使いでも二度浴びれば魔法陣は消失するほどの威力はある。

 今のところ高クラスの障壁であったため、破られる気配はないが相手が接近しさえすれば、こちらの障壁は詠唱時間の関係でクラスを落とさなくてはならなくなる上に、相手の攻撃魔術の威力が上昇し障壁を貫通して甚大な被害を及ぼすのは明白だった。


「みんな、まずは避難誘導するで、魔陣使いは『耐障壁』張り続けろ、古代魔術が得意なやつはそれのサポート入って満遍なく張るんや、絶対に後ろに通すな。その他の術士は避難誘導と相手側の神聖術士その他が接近してこないか要警戒しておけ」

 実戦経験が豊富な古賀が中心になって日鋼のエリアに集まった人間に指示を出す。

 すぐさま、各自動き出す。

 古賀、宇佐美、明人、クレアは障壁を張り。

 沙耶、悠は障壁の最前で警戒に入った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「この微妙な時期になんということをしてくれたんだ、鬼堂は」

 日鋼の観客席の最前列の結界が張られた席にいた鋼焔の父親、天城鋼耀あまぎこうようはこめかみを押さえて深い溜息を吐いた。

 すでに彼は事後処理のことを考え始めている。

 巻き込んだ一般人への対応、そのことで追及してくるであろうメディアへの対応。

 揺れ動くであろう同盟の結束。

 それが引き金となって招きかねない他国の侵攻。

 鋼耀は考えるだけで頭が痛くなってきていた。

「鋼耀様、急いで避難してください、お願いします」

 鋼耀の近衛は未だ動かない主に困り果てている。

「分かっている、しばし待て」

 そう言いながら、鋼耀は巻物を取り出し、両手に持って広げる。

 巻物には間諜から、相手の戦力、向こう側の状況などの情報が魔術によって送られて来ている。

 

 機械と魔術を併用した端末もあるが、古くからある紙を使った物は情報の傍受が難しく軍関係者や年配の人間は使っているものが多かった。


「ほう、どうやら鬼堂のやつは死んだ――娘に殺されたようだな、飛んでいるアレか……、指揮はその娘がとっているようだが――父親の方ならともかく娘がうちを狙う理由がわからんな」

 鋼耀は深く考え込んでいた。

 和睦への糸口がないだろうかと探ってはみたが、これはもはやただの殺戮行為だ。

 どちらかが壊滅するまで戦うしか道はないように思える。

「援軍の手配は済んでいるのか?」

「は、はい、ですが、今しばらく人数が揃い到着するまでに時間が掛かります。各国とも一般人避難優先のため、それが終わるまでは転送装置テレポーターが使用できません……」

 近衛の話を聞いて鋼耀は眉間にしわを寄せた。

「そういえば、今年から一般客の招待を提案したのも鬼堂の人間だったな、余程うちのことが嫌いと見える」

「そ、それよりも鋼耀様、避難を急いで下さい、崋山がこうなって、日鋼の当主まで倒れればそれこそ同盟の終わりです」

「まぁ、待て、兵が来られないのなら仕方がない―――ちょっと手紙をしたためる」

 そういって鋼耀は巻物にメッセージを書いて、宛先を記した。

「よし、急ぐか」

 そうしてからやっとその重い腰を上げて避難し始める。

 鋼耀は現役を引退して久しい。

 昔は、日鋼の鬼神と恐れられたほどの強者だった。

 自分ではまだまだ戦えるとは思っているが、立場と周りがそれを許さない。

 寂しくもあるが、時代は移り変わり、次世代の芽が育っていくのを見るのはまた嬉しいものだった。

 

 そして、眼前の少数で大群に立ち向かっている彼らの勇姿を少しでも長くその眼に焼き付けた後、彼は去っていった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「まずいわね、少し魔法陣にダメージ受け始めてる……」

「このままだと、時間の問題ですわね……」

 宇佐美とクレアはゆっくりだが、確実に近づきつつある崋山軍に恐怖を感じ始めていた。

 まだ彼我の距離は四百mほどあるがそろそろ厳しい状況になっている。




「悠さん、来ましたよ」

「う、うん」

 沙耶が遥か前方を指差す。

 悠は固い返事をしながら指差された方向を見た。

 そこには数名の神聖術士と武神術士が神速で突撃して来ていた。


「私が、障壁のライン上で迎え討ちます、援護、お願いしますね」

 周りが悲観し始めている中、沙耶は焦った様子もなく淡々としている。

 悠はあの人数を二人で相手できるのかと不安になっていた。

「いつもの元気がありませんね、怖いのなら逃げても構いませんよ?」

 沙耶は鼻で笑いながら年下の少女を突き放す。

「ふんっ、ぜんっぜん怖くないし、ババアの顔の方がまだ怖いっつーの」

「そうそう、その意気です。それじゃあ頑張りましょうか」

 沙耶の軽口で悠の緊張が少し解れる。

「じゃあ、頑張った方が今夜お兄ちゃんと一緒に寝れるってことで」

「悠さん、あまり調子に乗らないでください」

 

 二人がそうこうしている内に接敵する。

 

 悠に二人、沙耶に二人、襲い掛かる。

 

 沙耶は一瞬でその二人を斬り伏せ絶命させる。

 彼女にとって魔陣使い以外の同タイプの近接系術士は相手にならない。

 速さも一撃の重みも遥か上をいっていた。


 悠は襲い掛かられた二人に斬り捨てられる。


 しかし、すでに幻惑術を発動させていた―――斬られたのは再び大蛇だ。


 そして、ここから天城悠はその残酷な本領を発揮する。

 彼女は消えた状態のまま精神を集中させた。

 その対象は、沙耶が絶命させた二体の死体だ。

 血に汚れた二体の死体が動き出す。

 死体の動きは速い、さきほどまでの生前の動きを完全に再現している。

 死体は「あ、ぁ、あ、ぁ、あ、ああ」と唸りながら味方だった二人に襲い掛かっていく。

 襲い掛かられた彼らは一瞬動揺しながらも、味方だった死体を斬った―――しかし、死体はその程度では止まらない。

 仕留めたと思い込んだ二人はその直後、死体に斬殺された。

 

 

 天城悠が最も優れているのはこの能力だった。

『傀儡術』とは似てはいるがより凶悪な力『死霊術』。

 優れた死霊術士にかかれば死体は魔術すら使用可能になり、何十体でも動かせる。

 もちろん、敵味方の死体関係なく動かせてしまう。

 

 戦場を地獄に変える力。

 

 しかし、それゆえ、幼少の死霊術士は他の術課の子供に不気味がられて虐めにあうことが多い。

 以前、鋼焔はそのことで悠のことを非常に心配していた。

 悠自身も『死霊術』について悩んでいたことがあった。

 だが、彼女は今この力を受け入れようとしていた。

 悠は今日まで、動物の死体しか動かしていなかったが、実戦でその威力を自分で証明した。

 これから先、どこかの国に侵攻されたとしても家族を守れる力が自分にはあるのだと確信する。

 だから今、彼女は悩まない――――少女は初陣で駿才と呼ばれたその才能を発揮していた。


 そして、前方で再び崋山軍の詠唱が始まっている。先ほどよりも詠唱が長い。

「悠さん、下がりますよ」

「うん……」

 初めて誰かを殺してぼうっとしていた悠は、声を掛けられて気持ちを切り替えた。

 

 そして、二人は障壁の内側へと後退して行く。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「今度は高クラスだぞ、こっちもできるだけ多めに高クラスを張って防ぎ切れ!」

 明人は古賀たちから少し離れたところで周りの古代魔術士に指示を出しながら障壁を張り続けていた。

 明人も周りの人間も疲れが見え始めている。

 なによりも、戦力差が違いすぎていた、向こうは8000以上の兵力だが、こちらは1000人程度しかいないのだ。

 時間は稼げてはいるが、徐々に相手の進軍速度が上がってきている、このままだと避難すら間に合わない内に距離を詰められてしまい一般客ごと無残に殺されるだろう。

 その精神的圧迫も疲労を加速させていた。

 しかしそれでも、自分達も逃げたいが一般客を逃がすまでは動かないという、魔術師としての矜持が彼らを支えていた。

 

 

 崋山軍の詠唱が終わり魔術が発動される。

 先ほどよりも一つ一つが大粒となった魔術の雨が降り注ごうとしている。




―――その時、明人の視界の端に障壁の範囲外に出て泣いている少女の姿が映った。

 


 明人の心臓の鼓動が急激に早まる。

 助けに行ける距離で、あの魔術の雨に耐え切れる可能性があるのは自分だけだろう。

 しかし、下手をすれば死ぬかもしれない。それに死ななかったとしても自分は戦闘不能になるだろうと判断する。

 そうなれば魔陣使いが一人減ってしまい、ますます戦況は傾いていく。


―――見捨てるべきだ。

 

 そう思う。この判断は正しい。そう教えられてきた。


 

 だけど、

 明人は駆け出していた。全力で。


 すぐさま少女を抱きしめて、背中を魔術の雨に向けて覆いかぶさる。


 魔術の散弾が明人に襲い掛かる。

 瞬く間に明人の魔法陣は消失した。

 その直後、明人に直接、魔術のダメージが襲い掛かる。


「がぁあぁぁああぁああああぁああああああ」

 連続的な痛みが明人に気絶する暇すら与えなかった。

 明人の背中に氷柱が何本も刺さる。血液が流れていく。体温が奪われていく。

 炎と雷撃が背中を焦がす。火傷で皮膚が爛れていく。

 十数発の魔術をその身に受けた明人はその場に倒れた。


 魔術の雨が止み、すぐさま周りの人間が明人の下へと駆けつける。

「だ、だいじょうぶですか」

「ぁあ、なん……とか、この子を……」

 耐え切った明人はそう言って気絶した。少女は無事だった。

 二人は障壁の内側へと運ばれていく。


 時間とともに確実に戦況は傾きつつあった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「よーっし、かくれんぼはもう終わり、次のやろうか、次の」

 天城鋼焔と千石葵は未だ、子供たちの相手をしていた。

 あの後、順番に肩車をして、続いてカンけり、そして今かくれんぼが終わったところだ。

 

 しかし、突如、着物姿の銀髪赤眼の少女が鋼焔の隣に現れる。

「御主人、鋼耀様から連絡が入ったのですが……」

「珍しいな。……?どうした京、親父はなんて言ってる?」

 困惑した顔で黙ってしまっている京に続きを促す。

「そ、それがですね、受け取った文章が上手く読み取れないのです、どうやらなんらかの妨害を受けてしまったみたいです、どうなってるんでしょうか……」

 

 今日、父親は連盟演習会場に行っている、それが妨害されているとなると会場の方でなんらかの事故か事件が起きていると推測して間違いない。

 そして、鋼焔は父親から何らかのメッセージが届くこと自体が稀だった、よほどの事が無い限り家で直接話している。

 つまり、会場の方で起きた事故か事件が相当危険な状態にあると考えた方が良い。


「……千石さん会場の方で何かあったらしい、外に居るのは危ないかもしれないから子供たちを校内に避難させといてくれ―――頼んだ」

「は、はい。天城殿、承りました」

 鋼焔は葵にそう言うと同時に転送装置に向かって全速力で走り出していた。

「ご、御主人、待ってくださいー」

 遅れた京が空中を滑るように飛んで追いかけていく。


 道を一つ、二つ、曲がる、あちらの会場への転送装置のある場所へと繋がる道が見えてくる。


 しかし、道は会場から避難してきていた人々で溢れかえっていた。

「くそっ、なんだこれ、かなりの非常事態だな―――これじゃ転送装置を使うのは無理か」

 鋼焔は舌打ちする、父親のメッセージが妨害されていたことからも一分一秒を争うはずだが、これでは会場に行くために最速の転送装置は使えない。


 鋼焔は転送装置での移動は諦めて、高難易度の長距離空間跳躍を検討する。


(とりあえず、さっきの場所に戻らないと)

 飛びたい場所の座標が正確に分からない長距離空間跳躍は高度な精神集中を要する。

 こんなにも人が溢れかえった通路で成功させるのは不可能に近い。

(もう少し詳しい状況がわかっていれば良かったが……)

 分かっていれば、演習場から直接長距離空間跳躍をして最速であちらにいけたはずだった。

 逸る気持ちを抑えつつ鋼焔は全速力でUターンし、元の場所に戻る。

 地面を強く蹴とばし一歩を前へ前へと先を急ぐ。



 演習場に戻るとそこには――なぜかハーフエルフのニィナが葵の指示を聞いていなかったのかぼうっと佇んでいた。

「ニィナ、校内に入っておけ」

「…………会場に行くの?」

「ああ、ここから飛んで行くつもりだ」

 鋼焔はニィナに離れていてもらいたかったが、とにかく長距離空間跳躍の準備に入ろうとした。

すると、

「…………私に任せて」

 そう言ってニィナは両手を天に翳す、そして精霊魔法の詠唱を開始した。

地面から鏡が浮き上がる。ここではないどこかの景色が映っていた。

「……もしかして、ここに入れば会場に飛べるのか?」

「…………そう、おにいさんの行きたい場所に行けるわ」



「―――恩に着る」

 鋼焔は今日話したばかりの彼女の言葉を信じて鏡の中に飛び込んでいった。

 



――――精霊の鏡が天城鋼焔を戦場へと誘う。



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