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修羅と鋼の魔法陣  作者: 桐生
一章
17/31

『戦争開始』

 十五mの距離を置いて一人と二人が対峙していた。

 一般人の観客から黄色い声援があがる。

 なぜなら、三人ともが見目麗しい美人と美少女だったからだ、そして三人ともそれぞれ雰囲気は違う。

 高潔な雰囲気を感じさせるお姫様、今や絶滅寸前か?と言われる大和撫子、小さくて愛らしい可憐な、もしや妖精なのでは!?と見紛うほどの美少女、そんな容姿の三人が揃っていた。

「古賀さん、お客さん盛り上がりすぎじゃないですか」

「まぁ、今だけやろ、三人とも”見た目は”可愛らしいからな」

「……そうかもしれませんね」

 三人が相対している傍に控えている男性陣から微妙なコメントが漏れた。


 クレアは自分の対戦相手を見て思い出すものがあった。

(あの方たちは、たしかいつも天城様と一緒におられる……)

 思い返してなぜか少しムッとした。

「わたくし、頑張りますわ……」

 小さくその決意を口にする。

 試合開始の合図が出された。

 

 クレアは前回の鋼焔戦から宇佐美と同じように学んでいた。

 開始前にすかさず、魔法陣を展開する。


展開オープン


「一戦目開始してください」

 審判から合図がだされた。

 

 そして、かつてないほど醜悪な戦いが始まる。


「【Ark Urt Arl Tyn Idr Irx】」

 

 開始直後にクレアは『円卓の騎士』を詠唱し、鋼焔に教えられた通り、一本だけを精密に操作し、残りは自身の周囲に突きの形のまま固定、沙耶の接近に備える用配備している。

 神聖術で強化された沙耶が神速でクレアに迫る。

――速い!

 クレアは魔法陣を使って強化しているが、沙耶は使用していないにも関わらずクレアに匹敵するか、もしくはそれ以上の動きをしている。

 クレアは強敵を待ち構えながら、ブロードソードを召喚した。

 接近した沙耶はクレアの周りに浮いている剣の一本を刀で弾き飛ばす。

 その瞬間、クレアの背に隠れていた精密に操作している一本が上段から沙耶に向けて振り下ろされた。

 沙耶はそれを巧みに避ける。

 そして、避けたところへブロードソードが襲い掛かる。

「くっ」

 沙耶は避け切れず、刀で受ける。鍔迫り合いを嫌がって沙耶は後ろに下がった。

 そこにさらに周囲に浮いている一本の剣を投擲して追撃する。


 しかし、沙耶はそれを強引に弾いた。


 そして、沙耶が再びクレアに詰めようとした瞬間、


―――沙耶の後頭部に悠の投擲した十本のナイフが迫っていた。


 沙耶は天性の勘でそれに反応する。重心を極端に前に置き、ほとんど倒れているような超前傾姿勢で刀を脇構えにし、クレアに迫る。


 クレアは沙耶の影に隠れていたナイフが突如現れたため動揺する。

 沙耶とナイフがほぼ同時に襲い来る。


 クレアはナイフをブロードソードと浮かせていた剣で捌いたが、一本だけ右腕に直撃を受ける―――ダメージ自体は無いが、塗られていた魔術効果は発動する。

 そして続けざまに沙耶が襲いかかって来た。


 ナイフに塗られていたのは『麻痺毒パラライズ』の魔術だった、その効果でクレアはブロードソードを持っていた手が動かせない。

 沙耶の刀がクレアの顔面に届こうとしていた。しかし、


―――壊れたはずの『アイギス』がその凶刃から彼女を守った。


 彼女の父親は真なる親馬鹿だった、クレアの『アイギス』が破壊されたと知るや、個人所有している転送装置テレポーターで家臣に持たせ直通で新しい『アイギス』を送って来ていた。ちなみに本日は公務で来ていない。


 刀と盾が激しくぶつかり合う。

「なっ、まさかもう一枚あったんですか……」

 沙耶の虚を突いたクレアは、その隙をさらに突いて浮かせていた剣を自分が握っているさながらの動きで攻撃を仕掛けさせる。

 まさかもう一枚『アイギスレプリカ』があったとは思わなかった沙耶は体勢を整えるため、後退しながら剣と刀をぶつけ合う。

 剣は何度か打ち合っていると魔力が尽きたのか消滅した。


 そして、後退した沙耶は悠を思いっきり睨み付ける。

 彼女にしては珍しく殺意全開の眼だ。

「―――悠さん、まさかとは思っていましたが、本当にやる気満々でしたね」

「えーー、そんなぁ……あたしを信じてくれないの沙耶さん?さっきの、"たまたま偶然"だよー」

「あら?そうなんですか、"たまたま偶然"であの本数が頭に飛んでくるんですか?」

「えへへ、お兄ちゃんのこと考えてたら、あのね……余所見しちゃってたみたい、てへ」

「そうですか、よーくわかりました」

「よかったー、わかってもらえたみたいで」

「ふふふ」

「えへへ」

 

 二人からドス黒い笑みがこぼれ始めていた。


 悠の後頭部目掛けてのナイフ投擲当たりから、一般客の笑顔と声援は完全に消えていた。

 正に、古賀の予言していた通りになったのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「―――本当に楽しそう、でもそれも今日で終わりね」

 崋山国の指定席の最前列、鬼堂陽厳きどうようげんの隣に座っている少女――鬼堂灯美華きどうひみかはモニターで沙耶達の試合を観戦しながら、そう呟いた。

 この日が来るのが待ち遠しかった、憎い相手の最期を華々しい舞台で飾ってやろうというのだ、心が震えている。

 この男――父親は玩具にしてから殺そう。

 あの女――神宮寺沙耶は恐怖で命乞いをするまで追い詰めてから、己の所業を後悔させた後、じっくり殺してやろう。

 準備は万全だった。

 兵力は魔陣使い8000人、その他武神術士、神聖術士で固めた遊撃部隊が数百人それと――玩具。

 その全てに彼女は『狂わせる力』―――それを昇華させた『精神操作』に『傀儡術』を加えて完全な私有戦力を持っていた。

 

 多人数に精神操作をかけるために、彼女の心に同調できる、憎しみを持った者たちだけで構成された軍隊。

 操られている彼らは自分達が操作されているとは気付かない。

 父親も、他の誰もが気が付いてはいない。

 ただ、なんとなく戦おうという意志に加えて、攻撃対象をある程度指定できる。

 そして、鬼堂灯美華の命令には従う。

 これだけを忠実に守る兵士達として彼らの精神を弄った。

 さらに、演習会場全域に仕掛けは施した。そして、天城鋼焔は巻き込まないように手を回しておいた。

 一般客も今年から自身の薦めで入れさせた。

 これから始まる惨劇を生で観戦させたかったのだ。

 これでこの国――崋山は完全に終わる。

 しかし、彼女にとってそんなものはもうどうでも良い。

 

彼女は孤独に生きることに疲れ切った。


ただ、ただ、憎い、殺したい。


その結果、自身が破滅に向かおうとも。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 今度は悠が前に出ていた、ナイフで牽制しながら近づいていく。

 悠たちは麻痺毒が効いている間に勝負をつけるつもりだった。


 そして、ある程度接近してから悠の姿は消えた―――幻惑術を行使したようだ。

 それと同時に沙耶が一気に間合いを詰めてくる。

「うっ……不味いですわ」

 クレアは、魔陣使いなので魔術への抵抗は高いが、それでもこの麻痺毒の効果はかなり優秀で、さらに未だに完全に解呪できていなかった。

 この状態で沙耶の刀を剣で受けるのは難しい。

 それに消えた悠の動きも警戒しなくてはならない。

 そこでクレアは再び『円卓の騎士』を具現化させる。

 顕現させたそれらを自分の周りに円を描く用に配置し切っ先を外に向け、時計回りに高速回転させ始める。

 それをゆっくりと外に向かって広げ始め、消えた悠を炙り出す策をとった。同時に沙耶への牽制も可能となる。


(以前なら、ここまでの動きは不可能でしたが……)

 たった三日だけだったが、鋼焔に教えてもらった甲斐はあったようだ。


 しかし、突如、クレアの正面に大鎌が現れた。

 緊急にそれを『アイギス』で受け止める。


 なぜか悠は剣の包囲網を抜けていた。クレアはタイミング的にありえないと思ったが、とにかく全ての剣を停止させ、剣を一本傍に戻し精密に動かして悠を狙わせる。

 自身は防御に徹していた。

 

 そこに沙耶まで突っ込んでくる。

 悠は小柄な体型を生かしたフットワークで大鎌を操っている。

 ここに更に沙耶が混じると味方同士で傷つけあう可能性が高いが、


―――沙耶は刃の向かう先にいる悠ごとクレアに向かって刀を横薙ぎに払った。


 クレアはなんとかその一撃を偶然受け止められたが、眼前で少女が切断されて呆然としてしまう。

 そして、沙耶の攻撃は一時止んだ。

 


「ちっ……またですか、まぁわかっていましたけどね」

 そして当の沙耶はその切断されたものを見て舌打ちしていた。

 

「―――ッテメェ、ババアそれマジ、あたしだったら死んでるから!死んでるからな!」

 突然、離れたところに現れた悠が沙耶に向かって怒鳴り散らす。

「ええ、ほんとうに残念です……、またつまらないドロシーちゃんを斬ってしまいました」

 切断されたものは黒い大蛇に姿を変え始めていた。


 

 クレアは、二人のチームワークは最低だが、連携に関してはかなりの脅威を感じ始めていた。

 今の攻撃もまさかあの状態で仕掛けられるとは予想外だったので全く回避していなかった、防げたのも偶然にすぎない。

 虚をつかれたナイフの時も絶妙のタイミングだった。二人の攻撃がほぼ同時に襲って来て、こちらの選択肢をかなり狭めてくる。

 

 本当は仲が悪いのは演技で、こちらの油断を誘っているのではないかと思い始めていた。


―――しかし、そんなことはない。これが彼女たちの普段通りである。


 二人が仲違いしている間に体勢を整える。


 しかし、クレアが、十分な距離を取って麻痺毒の解呪の続きをしようとした刹那、




―――崋山国の最前席が大爆発を起こした。


 そして、同時に奇怪な生物の鳴き声が聞こえていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 

「しかし、退屈だな灯美華、あの件はどうなっている」

 鬼堂陽厳はつまらなそうにモニターを眺めてそうこぼした。

「お父様、あの件ならいつでも大丈夫ですよ、それに―――今から退屈じゃなくなりますから」

「ほう、それは楽しみだな」

 灯美華がそう言った直後、結界の中の数名の護衛が動き始め、陽厳を取り囲んだ。

「なんだ、何か問題でもあったか?」



「いいえ、お父様、今から起こるんですよ。――――斬れ」


 灯美華がそう言っただけで、護衛が鬼堂陽厳を斬り伏せた。


「ぉ、おま……えたち……なに……、がはっ」

 斬られて倒れた陽厳の傷痕を勢いよく灯美華は踏みつけた。


「それじゃあ、始めましょうか、―――お父様は欲張りですから今から相応しい物にしてあげましょう」


 鬼堂灯美華は陰陽術と古代魔術に優れる。

 そして今日は死にかけの父親を触媒にして術を完成させるつもりだった。


阿耨多羅三藐三菩提あのくたらさんみゃくさんぼだい

 九字を切る。


『青龍・白虎・朱雀・玄武』

 詠唱を完成させる。

 彼女は自分の父親に向けてそれを発動させた。


 死に掛けの陽厳の体が膨れ上がる。

 顔中に白い毛が生えていく。

 爬虫類のような尻尾が生えていく。

 背中にゴツゴツとしたものが現れる。

 さらにその背から炎の翼が噴出していた。

 胴体はその全てが入り乱れたかのように混沌としている。


 そして、

 顔は虎になり。

 龍の尾が生え。

 亀の甲羅を背負い。

 灼熱の翼が生えた。


 体も巨大化していく、すでに十m、まだまだ大きくなろうとしている。

 産声なのか――虎の口を大きく開き火炎の弾を吐き出した。

 結界にひびが入る。

 触媒の魔力だけは優秀だったのだろう、二十m。

 先ほどよりも大きい火炎の弾を吐き出す。今度こそ結界は砕け散り、大爆発を起こした。

 そして雄叫びをあげる。それは、化け物のような人間の叫び声だった。

 周囲から悲鳴があがる。観客がパニックに陥る。「化け物だ」「怪物がっ」と叫ぶ声が聞こえる。


 そして、彼の欲望はとどまるところを知らない――三十mまで育った。

 

 

 鬼堂陽厳―――鬼堂陽厳だったものは四神『青龍・白虎・朱雀・玄武』の合成獣キマイラとなった。


 結界が無くなり合成獣――四神獣は空へと舞い上がる。


「お父様ったら、はしゃいじゃって、今は私の手に余るから後で躾てあげないとねー」

 灯美華はくつくつと笑いながら、自由に空を泳ぎながらそこら中に向かって火を吐いている父親だったものを眺めていた。


「それじゃ、全軍前進と共に攻撃開始よ」

 灯美華は数人の連隊長を呼び集めて指示を出す。

「鬼堂様、な、なにを攻撃なさるのですか?観客もいますが……」

 その内の一人が真っ当な疑問を口に出した。

「あっちよ、あっち、観客なんてそんなものは気にしないで!」

 灯美華は南エリアの日鋼のブロックを指さしてそう言った。

「りょ、了解しました」

 彼らは自分たちがおかしくなっていることには気が付かない。

 灯美華の指示に従う。

 そして、殺戮、虐殺を好むものばかりがこの軍隊には組み込まれている。

 彼らにとっても最高の舞台が整っていた。

 同盟国を攻撃する、という疑問、それだけを排除していかに、日鋼へ攻撃を集めるか、それだけが彼女の仕事だ。


「最初は、四方八方、牽制しながらゆっくりと日鋼の方へ進軍してくわよ」

「「「了解しました」」」


「魔陣領域展開!」

 八千の兵全てが同時に魔陣領域を展開する。飲み込まれた一般人はそれだけで吐き気に襲われた。

 全ての魔陣領域が会場全体を包むサイズで展開されている。

 今は威力・命中よりも手数で一般人を巻き込み、日鋼、その他の関係者にそれを守らせ足止めと避難させることが狙いだ。

 なによりも日鋼が孤立するように狙っていく。


「全隊、詠唱開始!」


 灯美華の声は良く通っていた。

 今からやろうとしている行為とは無縁と思わせるほどの澄んだ綺麗な声音だった。

 

「全隊、魔術発動!」


 ある程度日鋼に集中させた魔術の散弾が四方八方に飛び散っていく。

 

 八千人が唱えた、氷、火、風、水、雷、鋼、土などのあらゆる魔術が会場を混乱の渦に叩きこむ。




―――今ここに戦争が始まった。


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