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修羅と鋼の魔法陣  作者: 桐生
一章
16/31

『嵐の予感と子守』

 連盟演習会当日。

 場所は武鋼魔術軍事学校から北に700kmの地点―――崋山国との国境線付近につくられた広大な演習場。

 天気は雲ひとつ無い青い空が広がっている。風は少し強い。

 催し事を行うには申し分ない晴天であった。

 そして、魔法陣課の別枠に抜擢された火蔵明人かぐらあきとは演習場のド真ん中で他三名――古賀、宇佐美、クレアと少し緊張しながら周りを見渡していた。


「古賀さん、まじでお客さん多いですねこれ、ありえないっすね……」

「……さすがに、ぼくもこれは緊張してきたわ」

 普段、全く周囲の視線を気にしない古賀でさえ居心地を悪そうにしている。

 それもそのはず、現在彼らが居る場所には十万人近い人間からの視線が集まっているからである。

 昨年までは関係者のみ、多くても千人は超えていなかったのだが、なぜか今年は一般公開、しかもわざわざ各地の巨大な転送装置テレポーターと直通にしており、事前にチケットを購入していたものは八ヶ国のどこからでも瞬時に会場に到着することができる。

 演習場は長方形の広大なフィールドになっており面積は6haほどもある、その中で数十ブロックとわけ、術課対抗戦を行うことになっている。

 そして、観客はフィールドをぐるりと囲んで各国ごとに指定された場所に座っており、魔術師ではない一般の者が大半である。

 各国の要人は国ごとに指定されている最前席に小規模の結界を張り巡らせ護衛を数人付けていた。

 日鋼の席は南エリアのAブロック、インスマス国の席は東エリアBブロック、崋山の席は北エリアのAブロックとなっていた。

 南と北が離れており、七百mほどの距離がある。

「古賀さん、……崋山のお客さんたちなんか変じゃないですか。みんな黒い服着てますよ」

 少し余裕があるのか宇佐美は観客席の明らかに浮いている部分――崋山国指定のところに八千人ほど軍服に身を包んだ人間が観客席にびっしりと座っている場所を指さしながらそう言った。

 

「ほんまやな、あれ全部軍人とちゃうやろか……あんな危ないことして、なに考えてるんやろ」

 古賀の意見はもっともだった、下手をすれば同盟他国への威嚇と思われても仕方が無い。


(そういや、親父が言っていたキナ臭い動きしてるってのは崋山だったな、さすがにこの場でどうこうってことはないだろうって思うが……)

 明人は父親の言葉を思い出し、少しだけ不安に思ったが即座に自分の想像を杞憂だと見なす。

「ま、大丈夫だろ。しっかし、コウのやつはこっちじゃなくて良かったかもしれんな、緊張しすぎて演習始まる前に死んでたかもしれねーな」

「天城くん、選抜戦でひぃひぃ言ってたもんね」

 宇佐美は戦闘時とギャップのある彼を思い出したのか、微笑んでいる。

「……天城様」

 クレアは自分が選ばれて彼がここに居ないことが納得できておらず、少し暗い表情になっていた。



 そう―――天城鋼焔は別枠の選抜から漏れ、さらに魔法陣課同士の対抗戦からも漏れ、余った人間と校内の演習場で自首訓練することになっていた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 二日前。

 魔法陣課の教室で明人の大声が響き渡っていた。

「なんで、鋼焔がはずされないといけないんですか、納得できません!」

「まぁ落ち着け火蔵、おれも含めて講師陣は天城を一番に押したんだがな、各連合の上の奴が認めなかったんだよ」

 激昂げっこうしている明人を軽く受け流しながら、篠山講師は簡潔に説明する。

「上が認めなかったって……そんなあっさりあっちの意見を受け入れたんですか?」


「落ち着け明人、擁護してくれるのは嬉しいが、おれの場合魔法陣を使わないからしょうがない事もある」

 鋼焔は連盟演習の対抗戦には三回ほど出ているが、今まで黙認してもらっていたことをありがたいと思っているほどだった。父親が当主なだけあって融通が利いていた可能性もある。

 しかし、それと同時になぜ今年からというタイミングで、しかも全勝という結果を残していたのにという疑問がわいてくる。

「……コウ…」

 鋼焔にそう言われると明人は落ち着いたのか深く溜息を吐いて席に着いた。


「そういうわけでだ、天城、ニィナ、千石は演習場で訓練ということになった、講師は居ないが、天城が中心となって……まぁ、適当になんかしておいてくれ、他の課の人間も来るから合同でなにかしておいてくれても構わん」

 篠山はなんだかめちゃくちゃ適当でゆるい発言をした。

「はい、了解しました」

 鋼焔は少々残念だなと思いつつも、一緒になったハーフエルフの少女――ニィナと会話する良い機会ができたと気持ちを切り替えつつあった。

 そして、少々ひっかかる点は心に留めて置いた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「はぁー、ここにはコウさんがいません、私、帰りたいです」

「ババア、嫌なら今すぐカ・エ・レ」

 神宮寺沙耶と天城悠は連盟演習会場に居た。

 しかも二人がタッグを組んで別枠の魔法陣課の対戦相手として出ることになっている。

 そして、二人とも、鋼焔が会場にいないことでいつもより機嫌が悪い。


「この間から本当に嫌なことばかりが続きますね、なにか呪いでもこの悪魔にかけられたんでしょうか」

 沙耶はそう言いながら流し目で悠を見る、悠は思いっきり、沙耶に向けて中指を立てていた。

 すでに二人とも一戦目の待機状態に入っており、生徒代表の鬼堂灯美華きどうひみかの挨拶を聞きながら、試合開始の合図を待っていた。

『……本日は天気にも恵まれ、最高の……』

 沙耶は視線を中央の壇上で挨拶している灯美華に移す。

 すると、それに目聡く気が付いた悠がチョッカイをかける。

「おやおや、ババア、お兄ちゃんの元婚約者が気になるのか?」

「いいえ、別にそういうわけではありませんが」

 そう言って視線を観客席に逸らした。

 本当は灯美華のことが気になっていたが悠に悟られるのは恥ずかしかった。

 鋼焔からは彼女のことをある程度は聞いていたが、自分が聞きたくなさそうな内容だったため深くは聞いていない。

 元婚約者だったと聞かされた時は泣きそうになるのを我慢したり、鋼焔のことを信頼していなかったわけではないが、なんとなく不安になったりしていたことを思い出す。

 灯美華とは数回しか話したことはなかったが悪い印象はなかった、自分が現在鋼焔の婚約者になっていることについて話した時も「昔のことは昔のことだよー」と気を遣われた事を思い出す。

 しかし、それでも沙耶は気になっていた、今更どうしようもないあの二人の過去というものが不意に頭にチラついていた。

 だからといって聞くのもつらい、そんな微妙な乙女心を持て余していた。


 灯美華の演説が終わってすぐ、悠は自分達の対戦相手――クレアがこちらへ向かって来たのに気が付いた。

 そして少し嫌らしい笑顔になった。

「おい、沙耶、あたしたちの相手どうやらこないだのビッチみたいだな」

「あら、本当ですね、悠さん今日だけは休戦ということで、一緒にがんばりませんか」

「そうだな、実はあたしまだあそこがジンジンしてるから激しい運動がきつい、ババア頑張ってくれ」

「悠さんそれ絶対嘘ですよね、二日連続懲りずにコウさんに秘薬仕込もうとしていた癖に……、ほんと嫌なことを思い出させないでください、私のやる気がなくなりますから」

「えー、ほんとだよー、あたし沙耶さんと違ってユルユルじゃないしー」




「悠さん、後ろには気をつけてくださいね、"間違って"斬りますから」

「沙耶さんあたしも、間違って魔術ぶちこんじゃうかもしれないけど、"たぶん"事故だから許してね」


 二人のチームワークが試されようとしていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 一方、天城鋼焔と千石葵は頭を抱えていた。


「ねぇ、おにいちゃん、鬼ごっこしよーよ」

「あいちゃんはかくれんぼがいいです」

「おねえちゃん、おままごとしよー」


 演習会場への転送装置テレポーターから、なかなか距離のある校内の演習場で、鋼焔たちは自主訓練をする予定だったのが、他の術課から集まったものがほぼ十歳以下だったために混迷を極める状況に陥っていた。


「そ、そうだね、ちょっと待ってね、君達普段はどんな講義――授業受けているのかな?」

 鋼焔は状況を打破するため、ちびっ子達から情報を引き出そうと頑張る。

「鬼ごっこ」

「かくれんぼ」

「おままごと」

「かんけり」


 さっきからこの調子であったため、鋼焔と葵は困り果てていた。

「千石さん……なにもやらないよりはましだと思うので、どれか選びますか」

「そう……ですね、天城殿の指示に従います」

「よーっし、じゃあみんな鬼ごっこするぞー!」

 鋼焔はいつになくテンションを上げる。子供は嫌いではないのだ。

「「「おー!」」」

 子供たちは元気いっぱいだ。

「じゃあー、最初の鬼はこのお姉ちゃんだ!二十数えたら開始だぞー」

「――えっ!……ちょっ、私ですか、天城殿」

 葵は突然鬼に指名され慌てふためく。

「ある程度加減してやってね千石さん、おれも逃げるんでよろしく!」

「は、はい!了解しました」

 

 鋼焔は逃げようとしたところで、みんなの輪からはずれてぽつんとしている小柄なハーフエルフの少女――ニィナに声をかける。

「よっ、ニィナは鬼ごっこしないか?」

「…………子供の遊びよ」

「まぁまぁそう言わずに」

「…………私これでも二十歳」

「まじで!?」

 どう見ても十歳前後にしか見えなかったので鋼焔はド肝を抜かれた。

 エルフの血って恐ろしい。

「…………嘘よ、本当は十歳」

「……最近心臓に悪いことが続くな、じゃあニィナもやろうか」

「…………わかったわ」

 ニィナはトテトテと全力でゆっくりと走っていく。

 

 そして、葵が動き出す。手加減はしているが子供より圧倒的に速い速度で子供達に迫っていく。

 そして一人目の子に触れようとした瞬間。


 触れた子供が消え失せた。


「なっ、まさか幻惑術ですか!?」

 葵はまさかの事態に目を見開いている。

 続いて近くの子供に触れようとすると、神聖術を使われてあっさり逃げられる。

「くっ」

 その次の子には古代魔術の短距離空間跳躍で避けられる。

「ううっ」

 葵は本気を出すかどうか迷い始めていた、大人げないと思われそうかなーと考えている。

 

 そうしていると、不意に鋼焔と目があった。

 

 葵は鋼焔をターゲットとして捕捉する。

 

 一瞬にして武神術のギアを最大に入れる。

 

 魔法陣を展開していないので明人戦で見せたほどではないが、神速の歩方で鋼焔に肉薄する。

 背を向けて逃げようとしている鋼焔の背中にタッチしようと手を伸ばす、触れようかというタイミングで、さっきの子と同じように短距離空間跳躍で逃げられた。


「くっ」


 葵は瞬時に空間跳躍した鋼焔に追いすがる、葵の神速は詠唱しない分、短距離空間跳躍に匹敵すると言っても過言ではない。

 鋼焔の後頭部にタッチしようとするが、鋼焔は、首を動かして避ける。

 葵は見えていないはずのタッチが避けられたことに一瞬驚いたがすぐさま背中をタッチしようとする、しかし―――それも体を捻られて避けられる。

 

 そして、葵の負けず嫌いに火がついて、凄まじいタッチの連打をわざわざ鋼焔の正面に行ってから開始した。


 武神術で速さと威力を強化した葵の掌が大砲の散弾のように繰り出される。

 

 空気を粉砕しながら鋼焔に襲い掛かっている。


(……これ、ほとんど掌打じゃないのか)

 鋼焔は当たったら子供が骨折するんじゃないだろうかと思いながら、眼前の鬼気迫る表情の葵から繰り出される神速のタッチを体を軽く動かすだけで回避し続ける。


「「「おにいちゃんすっげええええ!!」」」

 鋼焔の曲芸じみた回避術にいつのまにか散り散りになっていた子供達が集まって来ていた。鋼焔を見る目がキラキラしている。

「うぐぐぐ」

 葵は呼吸することすら忘れてタッチ――掌打の連打を未だ一歩も動いていない鋼焔に浴びせ続ける。

 

 しかし、かすりもしない。

 

 葵はプッツンしてしまったのかなぜか刀を召喚した。

「――ちょっ、千石さん子供がいるしそれはちょっと」

「――ハッ、す、すいません、完全に我を忘れてしまいました、面目ない……」

 葵は真っ赤になって謝罪する。男の子が刀をみて「うおー、かっけー」と目を輝かせている。

「おにいちゃんそれおしえてよー」

「……私も知りたいです。天城殿はなぜあれほど簡単に避けられるのですか?見たところ武神術も神聖術も使われていないようですし……」

「……そうだな――幼馴染に聖騎士の子が居るんだけど、組み手をすると凄まじい速さの剣術はもちろん寝技、打撃と関節技も狙ってきてな、気が付いたら避けるのと逃げるのが得意になってた」

 特に沙耶は寝技を狙っていた。

 ちなみに実戦で寝技も間接技も使わない。鋼焔との組み手のためだけに覚えていた。

 鋼焔もわざと寝技と関節技をくらっていることが稀にあった。

 理由は―――言うまでもない。


「そ、そうなんですか」

 葵はなんか大変そうだなーと一瞬遠い目になった。

「じゃあ、鬼ごっこ再開しよっか?それともなんか違うことする?」

「…………肩車」

 そう鋼焔が提案した瞬間、肩にニィナが乗っていた。

 それを見て周りの子供たちも羨ましそうな視線を送っている。

 徐々に鋼焔が取り囲まれていく。

「わ、わかった、一人ずつな、一人ずつ」

 

 あれ、ていうかこれもう授業崩壊してないか?と思いつつ鋼焔は肩車を順番にしていく。


「…………嫌な風ね」

 鋼焔の上に乗っているニィナが北―――演習会場のある方角を向いて呟いていた。

 

 

 そして、完全に鋼焔達だけが演習会場の雰囲気から取り残されてしまっていた。

 


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