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修羅と鋼の魔法陣  作者: 桐生
一章
15/31

『家族計画』

 時は午前六時、すでに陽は昇りはじめ、鳥は囀っている。

 昨日の選抜戦はどこ吹く風か穏やかな朝が訪れていた。

 そして、東西の建築様式が入り乱れる天城家別邸の二階、天城悠の寝室から約三m離れた場所に位置する西側階段の最上段に一つの影が存在した。


 影の名は神宮寺沙耶、彼女は一睡もせず天城悠の寝室前に張り込んでいる。

 彼女が見張っているのは天城悠ではない、彼女が最も信頼し愛する天城鋼焔その人であった。

 もちろん理由は昨日彼が、昼食で食べた悠お手製の淫猥なだし巻きに含まれた『秘薬惚れ薬』の効果を警戒してのことである。

(……おかしいですね。彼これ七時間になりますのに、コウさんに動きがありません。悠さんの能力を考慮すれば間違いなく効果は出ているはず、つまりコウさんは雌の臭いに敏感なオオカミになっているはずです、私がここに居ればどちらの臭いに引き寄せられても必ずここは通るはずなんですが)

 七時間も微動だにせず階段の傾斜に体を預けて、上から顔だけを出している人間の方だいぶおかしいが彼女はそんなことなど気にしていない。

(悠さんも私に警戒されていることは分かっているはずです、ここで見張っている限りは下手な動きはしていないと思うのですが…………っ、失念していました、あの幻惑術があれば姿を消して……まさかとは思いますが)

 自分の警戒の穴に気がついた沙耶は、まず悠の部屋を確認しに行く。

 鍵の掛かっていないドアノブを回す、そして扉を開くと十三歳の少女らしい部屋が視界に広がる、雑誌や小物、ぬいぐるみ、洋服などで少し散らかっているが今はそんなことはどうでもいい。

(ベッドは……寝ていますね)

 ベッドの上がこんもりと膨らんでいるのを確認する。しかし、悠の顔は見えない。

 沙耶は念のため膨らみが悠なのかを確認する。

 

ガバッと捲ると現れたのは――――『ハズレだよヴァーカ、この年増!ゴリじょ!行き遅れろ』と書かれた紙を顔に張られた熊のぬいぐるみだった。


「ふ、ふふ、やってくれましたね、悠さん」

 沙耶は熊のぬいぐるみをふわりと空中に浮かせると、神聖術で強化した右ストレートを放つ、踏み込みは大きく、腰の回転も加えた神速の一撃は熊の顔面を捉え、そして


―――貫通した。中の綿が飛散する。


「この熊さんと悠さんを同じ運命に辿らせなければならなくなるなんて、私、悲しいです」

 全く悲しくなさそうにそう言った沙耶は、豊満な胸を揺らしながら猛スピードで鋼焔の部屋を目指す。

 普通に歩くと十五秒はかかるであろう距離を持ち前の脚力と神速によって二秒で到着し勢いのまま鋼焔の部屋のドアを開く。

(くっ、やはりコウさんの布団の膨らみ方がおかしいです……)

 苦々しい表情になりながら明らかに二人目が入っていそうな鋼焔の布団に近づいていく。

 そして、掛け布団を一息に捲り上げる。そこには、

 

 

 全裸の悠がいた―――昨日までとは違う十三歳とは思えない妖艶な雰囲気を全身に纏わせている。沙耶が来たことに気づいていたのだろう、腕で薄い両胸を隠し、もう片方の手で股間を押さえて隠している、髪形はいつも通りのツインテール、しまパンが―――脱がされたのだろうか、右足のくるぶしの所に引っ掛かっている。鋼焔にくっついて寝ていたようだ。そしていつにない勝ち誇った顔で沙耶の方を見てあざ笑っていた。


 その顔と雰囲気を見て沙耶は確信した――手遅れだったのだと瞬間的に悟る。

 四つん這いになりがっくりと首を落とす。

「ん、んぅー……」

 寝起きの声がする。鋼焔が目覚めようとしていた。

 悠はすかさず、傍に置いていたネグリジェとしまパンを身につけて起き上がる。

 沙耶は四つん這いのまま視線を悠に戻して愕然とする。

 悠が股を痛そうにしながら歩み寄ってきていたからだ。


「まだ、お兄ちゃんのが入ってる気がする……」

 沙耶に聞かせるようにそう言った後、彼女の肩をポンと叩いて、

「沙耶さん、お夕飯、豪華にしてね」

 勝者の余裕を見せるかのように優しい眼差しを向けながら囁き、沙耶の横を通り抜け食卓に移動していった。

 敗者となった沙耶は完全に力尽きたのか、バタンと地べたに這いつくばり畳に爪を立てていた。



 

 

 気まずい、いやかつて無いほど雰囲気の悪い―――鋼焔にとって悪夢のような朝食が始まる。

 鋼焔は寝起きの頭でそのまま食卓に着いた。しばらくすると頭が覚醒し始め、昨晩の記憶が甦ってきていた。

(あれ……)

 ありえない光景、裸の細身の美少女―――義妹と抱き合い、愛し合っている姿が脳裏に浮かぶ。

 いや違う、そんなはずはない、と鋼焔は現実逃避し始める。

 背中に嫌な汗をかき始め、胸も苦しくなる、かなり胃が痛くなってきている。

 朝食入らないかも、なんてことを考える余裕はない。

 視線を沙耶に向けると、この世の終わりが訪れたような暗い表情で鋼焔のお茶碗に御飯をよそっていた。

 悠の方を見ると、幸せの絶頂を迎えているかのような笑顔で卵焼きを口に運んでいた。


(……夢ではない)

 二人の表情を見て鋼焔は現実に帰還し、確信した―――義妹に手を出したのだ。

 血の気が引いていく。喉がカラカラに渇いている。目も痛くなってきた。

(……どうする?)

 迷うことなどなにもない。そんなものはすでに決まっている。

 鋼焔は己を鼓舞するため自身に問うた。

 そして、沙耶が鋼焔の茶碗を食卓に置いた瞬間、


「沙耶、悠。―――昨晩は真に申し訳ありませんでした……!妹に手を出す……まさに悪鬼が如き所業……弁解の余地もありません。ですが、どうか…どうかご容赦を……!」

 鋼焔は凄まじい勢いで畳みに額をドゴッと音が鳴るほど叩きつけ、土下座した。

 綺麗な土下座だった。見る人が見れば一流と思うであろう土下座だ。

 すると、沙耶と悠がさっきの表情のまま、


「ううん……お兄ちゃんは悪くないよ!あたし初めては―――……ううん、一生お兄ちゃんだけって決めてたから、えへへ」

「いいえ、コウさんに罪はありません、そこの『悪魔』が全て仕組んだことなんです、昨日は秘薬のせいで性欲が強くなっていただけです、まかり間違ってもその悪魔に心を許したわけではないんです」

 沙耶は悠に指を突きつけて、悠はそんなものは眼中にないと真っ直ぐ土下座している鋼焔の後頭部を見つめて言った。




「ねぇ、お兄ちゃん――――赤ちゃんの名前は何にしよっか?」

 鋼焔の心臓が一瞬止まった。

「男の子だったら鋼悠が言いかな?女の子だったら――」

 すぐに心臓は動きだす、鋼焔はむしろ心臓止まってくれ、と思った。もはや体が土下座の姿勢に固まりつつある。



「ふ、ふふ、悠さん非常に残念なお知らせがあるんですが、聞きたいですか?」

 暗い表情だった沙耶が、少しだけ息を吹き返し始める。

「悠焔はどうかなー?ちょっと可愛くないかな?お兄ちゃんはどう思う?」

 沙耶の言葉を無視して悠は赤ちゃんの命名に集中している。

 沙耶は無視されているのも気にせず捲くし立てる。


「実は昨日のから揚げに使っていた薬、秘薬の解毒剤としては勿論の事、女性が使うとどうなるとおもいますか?……私もコウさんとする時”たまに”使っているんですが―――分かりやすく言うと避妊薬です、ふふ、ふふふ、……ああ、それと安心してください、コウさんに使うつもりだったので、もちろん副作用はありませんから」

 沙耶はギリギリのラインだけは死守していた。試合には負けたが最終勝負には勝ったのだ。

「う、うそだ!あたしのおなかにはお兄ちゃんとの愛の結晶が宿っているはずだもん!」

 悠はさっきまでの笑顔はどこへやら、一転涙目になり頭を振って沙耶の言葉を否定している。

「本当に、ほ・ん・と・う・に残念でしたね」

 沙耶は暗黒の化身のような表情だが、目だけは爛々と光らせていた。

「な、なんてふざけたことをしてくれたんだ!このクッソババア、あたしの家族計画がぁっ!」

 悠は立ち上がって沙耶の顔面に腰の入ったフックを叩き込む。

「―――ふん、甘いです、家族計画を考えていたのは私の方が先です」

 沙耶はそれを軽く首だけを動かし避ける、そして通過した腕を掴む。

 足を悠の首に伸ばして、そのまま転倒させる。

 

―――沙耶の腕挫十字固うでひしぎじゅうじがためが炸裂する。


 「イダッいだだだだだだだぁあああっ、ギブ、ギブギブギブゥゥゥゥッ」

 悠が激しくタップする。

 沙耶は暗い笑顔のまま関節技を極める。


 鋼焔は未だ土下座の姿勢のまま固まっていた。

 

 悪夢のような朝食は終焉を迎えようとしていた。



◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「お…、コ…」

「おい、コウ」

「コウ、どうしたんだ、おまえ今日一日中様子がおかしいぜ」

 選抜戦、翌日最後の講義が終わり火蔵明人は魂の抜け殻になっている天城鋼焔に声をかけていた。

「ああ……」

 鋼焔の眼には光がない。

「やっぱ、おかしいじゃねぇか、大丈夫かよ」

「ああ……ちょっと、……夜と朝で天国と地獄を味わっただけだ」

「?よくわからんが、大丈夫そうだな、おまえ二日後選ばれるかもしれないんだからしゃきっとしとけよな」

「そういう明人も、昨日の廃人のような状態から完全に回復しているな」

 鋼焔は明人と話しているうちに少し気が重くなっていたのが晴れつつあった。

「あったりまえだろ!おれは過去に引きずられん男だぜ」

「……おう、おれもそういう所は見習わないとダメだな」

 鋼焔は帰宅することに緊張を感じていた。しかし、そんなことではダメなのだ、こういう時こそ前だけを見て生きていかなければならないのだ、と思い込む。

「んじゃ、そろそろ帰るかー」

「おう」

 

 鋼焔と明人が二人揃って帰り支度を終わらせて立ち上がったその時、後ろから女生徒が声をかけてきた。

「すいません、そこの貴方―――天城様、少々お時間よろしいですか?」

 鋼焔と明人は振り返ってギョッとした。

 声の主が男嫌いと噂のクレア=インスマスその人だったからだ。

「インスマス様、どうなされましたか?」

(まさか、盾を弁償しろとかそんな話じゃないだろうか)

 しかし、そう言われたとしても鋼焔には弁償する気はない。正当な戦いの結果なのだ。ケチをつけられるのはお門違いだろう。

「ですから、昨日も言いましたが、そこまで畏まらなくても良いのです、クレアと呼んでください」

 彼女は少し頬を膨らませながら名前の所を強調していた。

「……クレア様、それでどうしましたか?」

「はい、あなたに折り入ってお願いがあるのですが」

 そう言われたので鋼焔は少し安心した、面倒くさそうな話にはならないで済みそうだった。

「どうぞ」

 そう言って彼女に続きを促す。

「わたくし、天城様と一戦交えまして、自身の未熟に気が付いたのですが……是非とも傀儡術を教授してくださいませんでしょうか?…………今から」

 彼女も無茶を言っているのは承知しているのだろう、最後の方は消え入りそうな声になっていた。

「クレアさん、昨日の今日なのに疲れてないのか、見かけによらずタフだな」

 明人は感心している。クレアの見た目はまさにお姫様という感じで華奢なのだ、選抜戦で疲れていそうなものなのに、今から訓練してくださいというのは中々に根性のある女性だろう。

「……おれは構いませんが、クレア様、本当に大丈夫ですか?」

「ええ、構いません、もし明後日選ばれて―――選ばれなくても悔いのないようにしておきたいんです」

 鋼焔も感心していた、昨日話してなんとなく雰囲気は掴めていたが、ここまで熱心だとは―――なんとなく委員長に通じるものがあると思った。

「じゃあ、西の外の演習場でやりましょうか」

「はい!天城様、お忙しい所ありがとうございます」

 鋼焔が了承すると、クレアは嬉しそうにお辞儀した。

「……あ、ちょっと待ってください、少々連絡を。――京」

 そう言った瞬間、鋼焔の背後の空間から京が出現する。

「御主人、承りました、沙耶様と悠様には知らせておきます」

 京は「……御主人、朝はあんなことになってたのに、もう夕方には違う女性とどこかに行くってどういうことなんですか?」と思っていたが口にはださない。

「おう、頼んだ、じゃあ行きましょうか」

「はい、よろしくお願いしますわ」

「……おい、コウ、おまえ三人目なのか、いや京ちゃんを入れれば四人目だ……」

「……明人、どういう意味で言ったそれ」

 今の鋼焔はちょっとこういう話題にナイーヴになっていた。今朝のせいだ。

「……いや、おまえの信ずる道を行け」

 明人はなぜか敬礼しながらそう言った、鋼焔は微妙な表情になりながらクレアと連れ立って外の演習場に向かって行く。




「それで、傀儡術ですが、どういったところが聞きたいのですか?」

 演習場に着いた鋼焔は早速そう切り出す。

「そうですわね、昨日、天城様が行ったような精密な動きができる―――できるようになるヒントでも構いません、何かアドバイスしてほしいのですが……」

 クレアは昨日、十二本の剣、全てが容易く捌かれたことを思い出していた。悔しかったが、なによりあの刀の繊細な動きに憧れたのだ。

「流石に、一日二日でどうこうなるものではないですが、そうですね、まず昨日の剣を出してもらって良いですか?」

「わかりましたわ、少々お待ちください」

 彼女は詠唱して『円卓の騎士』十二本の剣を具現化させた。

「今から教える前に、昨日のクレア様の剣の扱いですが、あれではまだ一本ずつ投擲した方が効果的だったはずです、一本なら普通に操れますよね?」

 そう批評されたクレアは少しムッとしたが、

「ええ……そうだとは思っています、ですが一本だけ動かすというのがどうも難しいのです……」

 素直に自分の現状―――壁にぶち当たって詰まっている部分を話した。

「なるほど、たしかにクレア様の『円卓の騎士』は数が多すぎますしね、おれも『天下五剣』の詠唱を初めてした時、戸惑いましたから、その感覚わかります」

「おれのアドバイスとしては、一本だけ動かそうと思うだけでなく、残りの十一本に動くなと静止命令を二つ同時に出す感じでやってみてください、それだけでだいぶ変わると思いますから」

「は、はい、わかりましたわ、やってみます」

 クレアはなんだか簡単なアドバイスだなーと半信半疑に思いながらも、深く精神を集中してアドバイス通りに一本に回転、残りには静止の念を送る。すると、

「で、できましたわ!」

「結構筋が良いですね」

 一本をグルグルと回転させて、残り十二本を停止させられていた――動き出しそうに少しプルプルと震えてはいたが。

「まずこれで第一段階はクリアですね、ただこれだけでもできるようになればクレア様の戦闘スタイルなら戦術も増えて良いと思いますよ、じゃあ次は、一本だけ自分が振っているように動かせますか」

「やってみますわ」

 彼女は一振りだけ自由に動かす――やはり筋が良いのか最初はゆっくりとした動きだったが徐々にキレのある太刀筋になっていた。しかし、残りの剣は動きたそうにプルプルしている。

「こ、こんな感じでいかがでしょうか?」

「かなり良い感じですよ、後はそれの応用ですから全て同時に動かそうとせず一本が自在になれば次は二本、次は三本と増やしていけば気が付いたら十本ぐらいは動かせるようになっていると思いますよ、クレア様、センスありそうですし」

「あ、天城様、ありがとうございます」

 素直にそう褒められるとクレアは真っ赤になった。

「いえいえ、微力ながら力になれて嬉しいです。じゃあ、明後日選ばれることがあればお互い頑張りましょう」

「は、はい!がんばりましょう」

 そう言って鋼焔が握手を求める。クレアは握手をしながら、まだ顔も耳も真っ赤になったままで、少し声が上擦っていた。

「それじゃ、今日はもう遅いですし、そろそろ帰りましょうか」

「はい…………っあの、明日も教えて頂いて構いませんか?」

「ええ、構いませんけど……」

 クレアが勢いよく大きな声で言ったので驚いた。

「す、すいません、ありがとうございます」

 クレアも自分でも思っていなかったほどの声が出たので自分で驚いていた。

「それでは、クレア様、お気をつけて」

 鋼焔は礼をして去っていく。

 

 クレアは鋼焔の背に手を振って見送った後、ぼうっとしながら握手した手を見つめて佇んでいる。

 そして、そういえば、自分から話しかけた男性は―――彼が初めてだったと思い起こす。


「……『アイギス』を真っ二つにされたから、気に掛かったのですわ、きっと、そ、そうですわ……」

 そんな独り言が演習場に漏れていた。


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