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修羅と鋼の魔法陣  作者: 桐生
一章
14/31

幕間 二人の今

 憎い。 憎い。 憎い。

 母を奪った父が憎い。

 必ず殺そう。


 憎い。 憎い。 憎い。

 彼を奪ったあの女が憎い。

 必ず殺す。



 ある日のこと、彼女の父親――鬼堂陽厳きどうようげんは言った。

「もう、この国は俺の思うままだ。それでだ、次は同盟ごと俺の物にしたくなったんだが、日鋼のあの男が目の上のこぶだ、今度はあの男―――天城鋼耀あまぎこうようを失墜させろ、どんな手を使っても構わん」

 彼女の父親の野心はとどまるところを知らない、現在の地位に見合った能力が無いにも関わらず上ばかり見る強欲で下賎な男だった。


 この時すでに、人質―――彼女の母親はもう亡くなっていた。


 彼女に従う道理は無かったが、疲れ果ててしまった彼女にはすでにどうでも良くなってきていた。

 無理矢理明るく振舞い、表面上の顔だけを取り繕って生きる日々を過ごしていた。

 彼女は今まで父親―――人質になった母親のために百人以上の人間を狂わせて殺すか、意のままに操ってきた。

 だから、彼女はこの命令も淡々と仕事のようにこなすつもりだった―――次の言葉を聞くまでは。


「―――ああ、ついでに奴の無礼な息子、天城鋼焔は消しておけ。息子の方は殺してしまって構わん。そうだな、お前の力で息子と父親で殺し合わせるというのはどうだ?なかなか趣向の凝った余興になるだろう」


 父親への磨耗しかけていた感情が甦る。

 母を奪ったこの男は彼女から全てを奪うつもりなのだ。

 母を奪われた憎しみが、そして彼まで奪おうとする父親を決して許しはしない。

 

 憎しみが殺意に変わる。


 彼女の父親が天城鋼焔を嫌いな理由は二つ、一つは日鋼当主、天城鋼耀の息子だからだ、今後自分が同盟で権力を振るう際、邪魔になる。下手をすれば彼が鋼耀のあとを継ぎ、自分がその下につかなければいけなくなる可能性がある。

 そしてなにより、縁談を断られたからだった。

 天城鋼耀が断ったわけではない、鋼焔自身が断った。

 その時はもうすでに鬼堂陽厳はある程度の力をつけていたが、天城家との繋がりを得られればさらに高みを目指せたはずだった。

 それを年端もいかぬ子供に妨害されたのだ。当時の彼は怒り狂っていた、天城鋼焔は二度と彼女に近づけなくなった。

 

 彼女は鋼焔が縁談を破棄しても怒りはしなかった、約束した当時は彼もよくわかっていなかったからだ、そして断られた後でも会いたかった。彼女には母と彼しかいなかったのだ。

 彼を遠ざける父親を彼女はますます嫌いになった。


 当時のある日、その事で彼女の父親は怒りながら愚痴をこぼしていた。

「……あの糞餓鬼、うちとの縁談を断って、よもや裏切り者の神宮寺の娘を選ぶとは舐めた真似をしてくれるな」


 父の言葉を聞いた彼女は豹変した。

 

 今まで感じたことの無い感情が生まれる。


 日鋼で起こった事件は知っていたが、どうやらその女が彼を奪ったのだと知った。

 彼女はそれから事件について徹底的に調べ上げた。


 神宮寺沙耶という女が彼の同情を引いて、自分から彼を奪い去ったのだと分かった。


 彼女は必ず彼を取り戻そうと誓った。

 そして、神宮寺沙耶が武鋼魔術軍事学校に在籍していることが分かった。

 彼女は早速、実行に移る。

 彼を奪ったあの女をどのように惨たらしく殺してやろうかと思った。

 しかし、派手に殺すのは不味い。しかも、常に彼と一緒にいて手をだしにくい。

 だが、自分の力なら容易く殺すことは可能だった。能力を行使すればそれだけで狂わせて殺せる。


 ある日、一人で居る神宮寺沙耶を見つけた、近づいて能力を行使する、簡単だと思った。


 しかし、神宮寺沙耶には通じなかった。彼女は愕然とした。明らかに自分より魔術に劣る相手に通じなかった。こんなことはありえない。

 こんなことは彼と初めて出会った時以来だった。それが余計に許せなかった。

 彼との思い出が穢された気がした。


 別の手段で神宮寺沙耶を殺すことにする、迂遠なやり方だがこれが一番確実で安全だった。

 しかし、その全てを神宮寺沙耶は退ける。異常なものを感じた。

 それでも、執拗に狙い続けた。

 だが、それでも彼女を殺すことはできなかった、戦力が足りない。

 相応しい場を用意して彼女を始末しようと決意する。

 その日が待ち遠しい。

 すでに彼女の頭の中は奪い返すことよりも神宮寺沙耶を殺すことに傾いていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 

 天城鋼焔は普通の少年だった。

 家族は父親しかいなかった、他の家族を見たとき寂しかったけれど、我慢しようと思っていた。


 天城鋼焔には母親がいた。

 母親の面影は少ししか思い出せない。

 天城鋼焔には姉がいたらしい。

 彼女のことはほとんど覚えていない。


 ある日、鋼焔は父親の部屋にこっそり忍び込んで家族のアルバムを見つけた。

 それまで、彼は母親と姉の写真を見たことは無かった。

 なぜか父親が見せてはくれなかったからだった。

 そしてついに見つけた。

 写真には日付が書いてあった。


 ××09年 8月 若い頃の父親と着物を着たスタイルの良い母親が写っていた。初めて見る母親はなぜか偉そうに腕を組んでいる。顔は笑っているがなんとなく喧嘩が強そうに見えた。それになにより元気そうな美しい人だと思った。


 ××09年 12月 父親と着物を着たスタイルの良い母親が写っている。写真の中の父親は珍しく笑顔だった。こんな顔を鋼焔は見たことは無い。

そして、写真の中の母親が悪ガキのような顔で父親にパンチしていた。恐れ多いことをしていると苦笑いした。

 

 ××10年  1月 父親と着物を着たスタイルの良い母親が写っている。そして彼女の両腕には生まれたばかりの鋼焔と、鋼焔の姉が写っていた。鋼焔は父親に似ている気がした。姉は母親にすごく似ている。赤ん坊なのにここまではっきりと分かるものなのかと思った。

 鋼焔の母親は赤ん坊を思い切り天に突き翳していた。豪快そうな人だと思った。


 しかし、鋼焔はその写真を見て気持ち悪くなった。幼少の頃だったが、常識として知っていた、なにより実際にみたことがある。


 写真を持ってすぐさま父親のところに向かった。

 父親を問いただすと、少し悩んだ後、全てを話してくれた。

 

 話しを聞いた後、鋼焔は聞かなければ良かったと思った。

 気持ちの悪い孤独感が襲ってくる。


 それでも天城鋼耀はこう言った。


―――鋼焔、お前は人だ、人間だ。別段気にすることは無い、と。


 父親はなにかある毎にそう言ってくれた。

 おまえは人間だ。


 似たような境遇の鬼堂灯美華もこう言ってくれた。

 鋼焔くんは人間だよ。

 

 人間。人間。人間。人間。

 人間。人間。人間。人間。

 人間。人間。人間。人間。

 人間。人間。人間。人間。


 善意で言ってくれているのは分かっていたが、『人間』と言われる度に、


―――『化け物』。


そう言われている気がした。


 鋼焔は鬼堂灯美華に出会っても孤独感は拭えなかった、ますます孤独になっている気がした。それでも孤独な一人でいるよりはましだと思った。


 でもこれは、傷を舐めあっていただけだったのだと後で思った。


 ある日、幼馴染の神宮寺沙耶は言った。

「コウさんはコウさんです。私にとってそれ以外のことは些細なことです」

 彼女は何気ない言葉でそう言ってくれた。


 鋼焔はその時初めて孤独の泥沼から一歩外に向かって進めた気がした。

 彼女はずっと孤独に苦しんでいる自分を見てくれていた。


 そして、あの日がやってきて、神宮寺沙耶は窮地に立たされた、助けることができたのは自分の立場と力だけだった。

 運命が鋼焔に選択を迫った。鋼焔は覚悟を決めていた。


一瞬頭に彼女の顔がよぎったけれど、鋼焔は―――神宮寺沙耶を選んだ。



 

 そして、神宮寺家の前を通る度にあの日のことを思い出す。

 血に染まった自分。自分が殺しかけた彼女。もはやただの肉塊となった彼ら。


 鋼焔は神宮寺家の前で立ち止まり住居のあった場所を見つめていた。

 

 そこには、大きな看板が備えられていて―――『特一級魔術汚染区域により進入を禁ず』そう書かれている。

「……コウさん、私の家が無くなったことまだ気にしてくれているんですか?」

 深刻な顔で元自分の棲家を見ている彼を気にして沙耶は訊ねる。

「いや、気にしてはない……その逆だ」

「逆……ですか?」

「ああ、沙耶には悪いけど、ちょっと誇らしく思うときがある」

「……、私もそれで良いと思いますよ。家は無くなりましたけど、居場所はありますから」

 彼女は鋼焔にそっと寄り添い、嬉しそうに笑顔になってそう言った。



 天城鋼焔に後悔はない、親しかった人間を殺してでも地上を破壊してでも守りたいものがあった。

 ただ、それだけだ。


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