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修羅と鋼の魔法陣  作者: 桐生
一章
13/31

選抜戦その五 選抜最終戦

 天城鋼焔が二戦目を終了し、神宮寺沙耶と天城悠の居る場所に戻ってくると、その隣には首をガックリと落として落ち込んでいる火蔵明人が座っていた。

「……なぁ、沙耶、明人はどうしたんだ」

 鋼焔はなんとなく予想はついたが、事情を察しているのだろう少し気の毒そうな顔をしている沙耶に訊ねてみた。

「それが、火蔵さん……小さな方に……そうですね、見た目が京さんぐらいの子に惨敗してしまいまして……」

 鋼焔は少し吃驚した、明人は宇佐美と同じくAクラスの中でも相当な実力者なのだ、京ぐらいの見た目の子というからには間違いなくかなりの年下だろう、彼がそんな年の離れた相手に負けるとは鋼焔には信じがたかった。

 今年度Bクラスから上がってきた年下の子は三人ほどいたので、鋼焔はどの子か気になり明人に訊ねた。


「ところで相手は誰だったんだ?」

「…………」

 鋼焔がそう訊ねても明人はかなり落ち込んでいるのか微動だにしない。

「おい、沙耶、もしかして明人はずっとこうなのか……」

「……はい、こちらに戻ってきてからずっと眼が死んだ魚のようになってしまって一言もお喋りになっていません」

 沙耶は気の毒そうに目を伏せてそう言った。

「悠と沙耶はその相手見たのか?」

 明人の心の傷を抉る可能性もあるが、鋼焔はどうしても気になったので見ていただろう二人に訊ねた。

「うん、見たよ、あたし今日初めてみたけど……あれがハーフエルフって噂のあった子だと思う!淡い金髪で耳がピーンってなってたもん」

 悠は自分の耳を引っ張りながら、初めてハーフエルフを見たため少し興奮しながらそう説明した。


「……そうか、あの子か、つまり精霊魔法にやられたのか」

 鋼焔は今年度からAクラスにやってきたハーフエルフの少女のことを思い出す。

 彼女はクレアより情報が少ない、男子と話さないどころか女子ともほとんど会話しているところを見たことが無い。

 鋼焔も一度会話したことがあるが、クールで寡黙な印象を受けた。

 そして、明人を負かすということはかなりの実力者なのだろう、鋼焔は少し興味が湧いた。


「……なぁ、明人そんな落ち込んでないで昼飯にしよう、たまには調子悪い日もあるわ」

「………………」

 明人は微動だにしない。


「……沙耶、悠、昼飯にしようか」

「はい……」

「うん……」

 鋼焔たちは諦めて昼食をとる事にした。



「お兄ちゃん、今日はねー、あたしかーなーり自信あるよっ、今日はどっかの誰かが朝から邪魔してこなかったからねー」

 普段は、鋼焔が二人の仲の悪さを見かねて二人で一つのものを作ってくれと言っているが、今日に限っては堅苦しいことは抜きにして一人一人お弁当を作るのを許可していた。

「あら、悠さん自分でハードルをあげるようなことを言ってしまって大丈夫なんですか?私も相当自信がありますけど」

 二人の間にバチバチと火花が散る。

「ま、まぁまぁあまり時間もないし、さっそく食べよう」

 鋼焔は少し不穏になりかけた空気をすぐさま方向修正する。己のハンドル捌きが試されていた。

「どれから食べようかな、じゃあそのから揚げから」

 そういって鋼焔は沙耶の作ってきた、から揚げを選ぶ。

「チッ……」

「おしいです……」

 鋼焔は悠の舌打ちと沙耶のつぶやきが聞こえたような気がしたがあまりに小さくてなんと言っているかは聞き取れなかった。

「うん、おいしいおいしい」

「ふふ、ありがとうございます」

 鋼焔は暢気にから揚げを頬張っている。

 鋼焔は沙耶の作るから揚げが好きだった、少しレモンの風味がしてサックリと揚がっている衣と肉は噛む度に旨みの利いた鳥の肉汁が溢れてくる。もはや自分の胃袋は沙耶なしでは満たされないのかもしれないと阿呆なことすら考え始めるぐらいに好きだった。


「じゃあ、次は悠の頂いていいか」

 そういいながら鋼焔は悠のお弁当からだし捲きを選んで口に運んだ。

「……ふへへへ、ビンゴ」

「あら、ふーん……」

 なぜか嫌らしい笑みを浮かべる悠、それを訝しげに見ている沙耶。


 そして、鋼焔は悠のだし巻きの味に困惑していた。

(な、なんなんだこのだし巻きの味は……個性的、いやそんなソフトな表現をすることは許されない。これは……ハッキリ言って不味い。昔、悠が目玉焼きを作る際に食物油と食器洗い洗剤を間違えて調理した時よりも不味い。あの時は黙って食べたが、これは無理だ……、もしかして悠は毎朝着替えを覗いていることに怒って制裁をしてきたのか……くッ、あれは兄の義務なのだ……!どうしてそれが分からない悠……!)

 鋼焔は阿呆なことを考えながら青い顔をして懸命にだし巻きを頬張っている、しかし、飲み込むことはできないのか、ずっと口だけ動かしている。


 しかし、制裁ではない、悠も沙耶も普段は二人で料理を作っていたため、お互いを監視されていたが、今日はそれから解放されたため、最低な手段に出ていたのだ。


 悠の料理が不味いのは失敗したからではない、『秘薬』の講義でならったばかりの惚れ薬をだし巻きに仕込んだのだ。

 鋼焔の魔術抵抗を考慮してだし巻き一つに対して十人分の惚れ薬を投入したため、本人が異常に気が付くほどバレバレの味になっている。

 惚れ薬と言っても好きでもなんでもない人間に惚れるような魔法のアイテムではない、多少いつもより食べた本人がムラムラしてしまいブレーキが緩む程度だ。同じ家に住んでいる悠ならある程度の効果は望めるだろう。

 しかし、下手をすれば沙耶の方に鋼焔がいってしまう可能性もある。

 

―――悠は勝負に出たのだ。


 沙耶も沙耶で幾つかのから揚げに悠とは逆の薬を仕込んでいた。つまり、惚れ薬を解除するものである、こちらも通常の十倍近くの量を投入したため恐ろしい味になっている。

 沙耶は悠が何かを仕掛けてくるだろうと予め読んでいた。

 そして鋼焔が必ず手に取るであろう、から揚げに幾つか仕込んでおいたのだが、先ほどは鋼焔が自分で選んだため回避されてしまった。

 沙耶は惚れ薬がもしかすると自分の利になる可能性があることを知っているが、なによりこれ以上、悠に美味しい目をさせるのは我慢ならないのだ。


―――彼女は計画自体を叩き潰しに来ていた。


 鋼焔は三分ほど迷っていた、この毒物とすら言える妹の食事を飲み込むべきか否か。

「……お兄ちゃん、あたしの料理、……おいしくない?」

 悠は上目遣いに兄を見ながら瞳を潤ませて、恐る恐る兄に訊ねた。もちろん影では、

(あと一押しだ、イケルッ!)

 目を爛々と輝かせながら兄に追撃をかける小悪魔と化していた。

「……もしかして……おいしくない?」

 悠の瞳から涙がこぼれそうになっている。しかし、これは涙ではない目薬だ。

「……ゴクッ……ああ、いや、そんなことない、そんなことない」

 やはり妹には甘かった。

 飲み込んだ瞬間、不味いものを食べたため鋼焔の体は思い切り震えていた。

 沙耶はそれを見て焦る、急いで解毒しなければならないと思い、鋼焔にから揚げを差し出す。

「コウさん、もう一つどうですか?はい、あーん」

「はむっ、うぇマズ、沙耶さんちょっとこれ不味すぎじゃない?お兄ちゃんの健康考えたらこんなものは作れないよ、良いお嫁さんにはなれないんじゃないかなー?」

 それをすかさず悠がインターセプトした。沙耶の眼光が鋭くなる。

「あらあら、悠さん邪魔しないでくれませんか、私も悠さんみたいに行儀の悪いことをしたくなってみたものですから、勇気を出してみましたのに」

「えー、行儀悪いって思うなら止めときなよ」

「たまには良いじゃないですか、はい、コウさんあーん」

「はむッ、マッズッ、……沙耶さん料理ほんと下手だね」

 悠が再び解毒剤入りのから揚げをインターセプトする。

 直後、バキッと凄まじい音を響かせ―――沙耶の箸が折れた。

「あははー、沙耶さんスゴーイ、なんでお箸を持ってるだけで折っちゃうのゴリラなの?」

「……ふふふ、うふふふ」

「あはは、えへへへ」

 二人の目は笑っていない、新しい箸を持ち出した沙耶と悠の攻防が再び繰り広げられる。

 鋼焔は未だ先ほどのダメージが抜けきっておらず、放心していた。

 悠が全ての解毒剤入りから揚げを処理したため、沙耶は打つ手がなくなった。

 彼女たちの第二戦は悠の勝利で終わった。

 

 そして、今晩、何かが起こるそれだけは確実だった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 

 Aブロック最終戦、天城鋼焔の三戦目が始まろうとしていた。

 鋼焔はあの後、放心から回復し残った物を食べて調子を取り戻していた。

 今は、三戦目の相手古賀源一郎こがげんいちろうを待ちながら食後の準備運動をしている。

 相手は古賀と考えると先の一戦より動き回る必要はないが、何をしてくるかわからない相手なので準備運動にも余念がない。

 ギャラリーを見渡すとさっきよりは減っているがまだまだ多い。鋼焔も流石に慣れてきたようで、準備運動に集中できていた。


「やあ、鋼焔くん、調子よさそうやなぁ」

 古賀がこちらに歩いてきていた―――ほんの一瞬古賀の視線が上空に向いている気がした、鋼焔もつられて上を見てみるがなにもない。

 もしかすると、さっき自分が突き破った結界が気になったのかもしれない、と鋼焔は思った。

「古賀さんも、試合は見ていませんが調子良さそうですね、全部短い時間で終わっていましたし」

 外套コートを羽織った古賀と軽く挨拶を交わす。

「いやぁー、それがなぁ、ぼく仕事休む言うたら嫁さんが、じゃあ娘連れて見に行く言い出して、ちょっと気合はいっとんのよ」

「そうなんですか、じゃあおれも娘さんのために気合入れないと」

 古賀の娘は八歳だ。

「ははは、冗談きっついな鋼焔くんは、まぁお互い頑張ろうか、ほんならまたあとで」

 古賀は15mの距離を取るため遠ざかっていく。奥さんと娘に手を振っている、家庭でも良い父親なのだろう。

 鋼焔も古賀のことが好きだった、小さい頃から同じ魔法陣課にいたため、今や明人や委員長、古賀は家族みたいなものだった。

 古賀の戦闘スタイルも好きだった、勝つためなら手段を選ばない、策を弄する、そういったものは彼からも学ぶ事が多かった。

 しかも、同じ外套コートを纏った――今では数が少なくなってしまった純粋な詠唱だけで勝負する魔術師、気が合わないわけがなかった。



 音響装置から選抜戦最後の試合開始の合図が流れる。

 鋼焔は合図を聞きながら古賀を観察する、やはり鋼焔の方の上空に視線を刹那だが向けている気がした。

 普通なら、他の誰にも気が付かれはしない程度にしか見ていないが、鋼焔にはその上空への視線が獲物を狙う蛇のそれに見えた。


展開オープン

 開始直前に古賀の銀色の魔法陣が展開された。

「Aブロック四戦目開始!」

 試合開始の合図を受けてAブロックの審判が開始を告げる。


「【Ark Hir Mrh Thn Tse 」

「【Ark Fir Imds】」


 鋼焔はクラス3の雷の古代魔術を完成させようとしたが、詠唱が唱え終わるギリギリで古賀に『詠唱妨害』をされた。

 すぐさま古賀は次の詠唱を開始する。鋼焔も邪魔をされた瞬間すぐに次の詠唱を開始していた。

 


「【Ark Urt Arl Tyn Idr Fap 」

「【Ark Hir Mrh Thn Tsed】」


 数瞬遅れた鋼焔の雷クラス3の詠唱が先に完成する―――しかしすぐには発動させない。

 古賀が火クラス4の詠唱を完成させるか、させないかのギリギリに直撃するように発動させた。

 電撃は発動から着弾が速い分、攻撃と相手の詠唱を邪魔する防御の両方を同時に行い易い。

 

(どっちや……くそ、完成しとらん)

 さらに、雷撃による衝撃を受けた古賀が一瞬固まる、詠唱が完成していたのか、鋼焔によって詠唱が妨害されたのか、それをコンマ何秒だけだが考えてしまった。


 そして、鋼焔は自分で作った隙を見逃さず、強気に攻める。


「【Ark Ift Aym Wul Pjr Sol Fapn】」

「【Dfc Hir Mrh Thn Fapn】」


 鋼焔は火のクラス5の詠唱を完成させ間髪いれず発動させた。

 出遅れた古賀は防御に回り、鋼焔が火の魔術を発動させるのに合わせて『耐火障壁』のクラス3の詠唱を完成させた。


 古賀に大きい火炎の弾が直撃したが、直撃ギリギリに発動できた障壁によって魔法陣へのダメージはクラス2程度に抑えられた。


(……ギッリギリや……あいかわらず、鋼焔くん詠唱はやいなぁ、今のタイミングならクラス4いけるかと一瞬思ったけれど、色気みせへんで正解やったわ)


 鋼焔は立て続けに攻める。雷のクラス4を詠唱する。

 古賀は『詠唱妨害』で鋼焔の詠唱が完成するギリギリを狙い定める。

 同じ事をやり返して隙を作るつもりだ。


「【Ark Urt Arl Tyn Idr Tse 」

「【Ark Fir Imds】」


 古賀の目論見通りに鋼焔の詠唱は完成するギリギリで邪魔された。

 鋼焔も古賀と同じように一瞬思考停止に陥るかと思われたが―――、


「【Ark Urt Arl Tyn Idr Efxp】」

「【Ark Urt Arl Tyn Idr Tsed】」

 ほぼ同時に詠唱を再開させ、鋼焔は『空間爆発』のクラス4の魔術を完成させた。

 そして、古賀の魔術は鋼焔が詠唱を完成させた直後に直撃した。

 詠唱を邪魔することはできなかった。

 鋼焔は、雷撃の苦痛で表情を歪めているがそれも一瞬だ、すぐに次の詠唱に入る準備をしている。

 

 二人の高度な詠唱戦の攻防をギャラリーは固唾を呑んで見守っていた。

 鋼焔の二戦目までのように騒ぎたてることはない、綱渡りのような戦いを誰もがかじりついて見ている。


 さきほど、鋼焔の詠唱した空間爆発とは空間に設置する魔術の爆弾だ。古賀は身動きが取りにくくなる。

 古賀は、恐らく鋼焔はこの後、鋼の『固有魔術』で自分を狙い、それを避けさせている内に爆弾のある場所に誘い出し、そして発動し一瞬で勝負を決める気なのだろう、と思った。


(……チッ、もう、ほっんまやりにくい相手やな、仕掛けていくしかないわ)

 古賀は、心中で舌打ちするが焦ってはいない。

 鋼焔とは何度も戦ってきている。古賀が一番鋼焔と引き分けている回数が多い。


 鋼焔が火のクラス4を詠唱開始し始めた、その瞬間―――古賀が『銃』を召喚した。


(悪いなぁ、鋼焔くん、こっちは嫁と娘が見に来とるから、負けるわけにはいかんのや)

 古賀は今日わざと外套コートを羽織ってきていた。鋼焔に武器を使うと思わせないいために。

 だが、銃では魔法陣を展開していない魔術師であっても、ほとんどダメージを与えることはできない。

 剣や刀と違って飛び道具は籠めた魔力が相手に届く前にほとんど消失してしまうせいである。

 接近して撃てばある程度の効果は望めるが、それなら最初から刀や剣を持てばいい。

 そのため、銃を持っている人間など魔術師にはいない。

 しかも、銃を撃ちながら精神集中は難しいため詠唱をすることもできない。


 しかし、古賀は構わず鋼焔に向けて銃を撃つ。

 そして弾丸は鋼焔に直撃するが詠唱を邪魔しただけで全くと言っていいほどダメージがない。


 一方、鋼焔は銃の弾が切れるまでクラス2の魔術で古賀の魔法陣を削っていくことに決めた。


 そして古賀は光系統の『固有魔術』クラス1を詠唱し始める。


「【Ark Ned Fbr Tsed】」

「【Fcr Fir Lgs】」


 古賀は魔法陣クラスで2番目に詠唱が速い、鋼焔とは圧倒的な差はあるが、1クラス下ならなんとか間に合う可能性が高い。

 そして、鋼焔は銃による詠唱妨害を気にしてクラス2を唱えた。

 これが古賀の狙いだった、魔法陣を展開していない鋼焔はクラス1の魔術だと古賀に全くダメージを与えられないと言っていい、そしてクラス3以降だと銃で詠唱が邪魔される可能性が高まる。

 必然的にクラス2を選ぶ―――選ばせた。

 古賀は鋼焔のクラス2なら十数発は受けても平気だった。

 古賀がクラス1の魔術を何度も唱えられる条件と時間を稼ぐ方法はこれしかない。

 

 ジワジワと削られていくのは覚悟の内、奇策を用いて勝利を手繰り寄せる。


 古賀の光の『固有魔術』クラス1は魔術や魔力を通った物を反射する小さな板『リフレクター』だ。

 小さい板なために、板に当たらなかった部分の魔術はそのまま古賀に向かって飛んでくる。

 板のサイズは古賀の掌より少し大きいぐらいで、クラス1の小さな火炎の弾の半分以下しか反射できない。

 残りは古賀に命中するという、微妙な『固有魔術』だった。

 しかし、クラス1の『リフレクター』は属性系統関係なくあらゆる物、魔術を反射できる上に、反射するたびに威力が上昇していくのだ。


 そして、その『リフレクター』を鋼焔の頭上―――試合前に見上げていた上空に発生させていく。

 しかし、鋼焔はまるで上空を気にせず、淡々とクラス2の魔術で古賀の魔法陣にダメージを蓄積させていく。

 十個ほど空中の適当な位置に完成させたところで古賀の銃弾はあと一つ、そして、



―――古賀は上空に向けて弾丸を発射した。



 上空に向けて撃った弾丸がリフレクターに当たり、キィンという甲高い音を響かせた。

 

 さらに、銃弾の尽きた古賀がもう一度『固有魔術』を詠唱する。

「【Fcr Fir Lgs】」


 同時に鋼焔も鋼の『固有魔術』の詠唱を開始していた。

「【Ark Ift Aym Wul Pjr Sol Irx】」


 そして、詠唱を完成させた古賀は『リフレクター』を一つ追加した、弾丸が永久にリフレクターの中から出ないように。

 古賀は続いて、『解呪ディスペル』の魔術を詠唱し始める。鋼焔の詠唱はまだ完成していない。

  

 甲高い音が響き続ける、銃弾が何度も何度も反射されている。

 あまりに速い銃弾の軌跡が残像になり、まるで幾何学的な図形のように見ている人間には映っている。

 

 何度も反射するごとに速度も、古賀の手元から離れ失いかけていた魔力も、凄まじい速度で増大していく。

 

 そしてついに、今まで戦況を見守っていたギャラリーから歓声があがった、銃なんておよそ魔術師は使わないものを一撃必殺の兵器に変えた古賀に対して賞賛が送られる。

 鋼焔のピンチにおそらく一戦目二戦目でファンになったものが悲鳴を上げている。


(悪いな鋼焔くん、これで詰んだやろ)


 鋼焔は先ほどから詠唱していた鋼の『固有魔術』を完成させていた。


 古賀は『解呪ディスペル』の魔術を自分で生み出した『リフレクター』に向けて発動させる。


 直後、『解呪』によって『リフレクター』が一枚消失し、そのまま鋼焔の頭上に向けて一撃必殺の弾丸が発射された。

 

 鋼焔はその瞬間、地面に這いつくばって鋼の『固有魔術』を発動させる。

(的がでかくなっただけや)

 古賀は地面に伏せている鋼焔を見て悪あがきをしているのだと思った。


 そして、弾丸が凄まじい速さで鋼焔に向かっていき、後半分という距離で



――――空間が炸裂した。



(そんな……まさかあの時の)

 凄まじい爆発音が響く、鋼焔と古賀以外の人間は何が起こったか分からず停止する。


(……無駄になるかと思ったが、やっぱり保険はかけておいて正解だった)

 鋼焔は己の勘を信じて、古賀が頭上から何か仕掛けてくると思い、『空間爆発』の魔術を古賀の周辺ではなく自身の頭上に設置していた。

 そして、爆風から逃げるため地面に伏せていた。

 

 古賀の空中への視線は、鋼焔が突き破った結界を気にしていたのではない、『リフレクター』を設置するため、つい視線が上に向いてしまっていたのだ。

 

 鋼焔は、古賀が頭上に一枚目の『リフレクター』を設置し始めた時点で勝利を確信していた。


 鋼焔の逆襲が始まる。

 

 鋼焔は伏せたまま、鋼の『固有魔術』クラス5神刀『祢々切丸』を発動、具現化させた。

 

 妖怪祢々を斬ったとされる神刀は巨大な得物だった、鋼焔の魔術によってさらに巨大さに磨きをかけたそれは、全長10m近くになっている。


 空間爆発あたりから置いてけぼりをくらっていたギャラリーが鋼焔の巨大な刀を見て呆然としている。でかすぎ……、なにあれ……、とそんな呟きが漏れていた。


(くっ、あんなもんまともに喰らったら死んでまう!)

 古賀は混乱からすぐに立ち直り、『耐鋼障壁』を詠唱し始めるが、


「【Dfc Ned Fbr I  」


 鋼焔の操る『祢々切丸』はその巨大さに似合わず、いつも扱っている刀と同じように達人が如き剣筋で斬撃を繰り出す。

 リーチも10m、長大だったため一瞬で巨大すぎる大太刀が古賀に肉薄、直撃する。

 古賀の『耐鋼障壁』は間に合わず、そのまま凄まじい勢いで吹き飛ばされる。

 『祢々切丸』が直撃した時点で古賀の魔法陣は消失している。

 そして、古賀は無抵抗に地面に叩きつけられゴロゴロと転がりやがて止まった。


 ギャラリーが悲鳴をあげる、審判が古賀の方に駆けていく―――それよりも先に古賀の娘と奥さんが駆け寄っていく。


 古賀の下に二人が到着する前に、突然―――倒れていた古賀が勢いよく立ち上がり、

「ぼくの負けや」

と、それだけ言った。

 再び、倒れそうな古賀を奥さんと娘が支える。

 そして、古賀は、こんなんもんなんでもない、と二人の髪の毛をわしゃわしゃしていた。



―――古賀は父親の矜持にかけて気絶だけはしなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 篠山のゆるい閉会の宣言が行われる。

「うーっし、これで全部終わったな」

「三日後、連盟演習に出てもらう者を発表する、本日は皆ご苦労だった、ゆっくり休めよ」


 半日以上かかった選抜会が終わる。


 そして、鋼焔の知る由もない、血で血を洗う戦いの幕が開こうとしていた。


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