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修羅と鋼の魔法陣  作者: 桐生
一章
12/31

選抜戦その四 京と鋼焔

 「な、なんで……どういうことですか、なんでコウさんが照れた顔で、しかも優しそうに外套コートをかけてあげてるんですか……」

 しばらく、巨大な火炎の弾の行く末を見上げていた神宮寺沙耶が、演習舞台に視線を戻すとちょうど鋼焔が委員長に外套を羽織らせていた。

 火蔵明人は鋼焔が『雷切』によって雷撃を切断した後、勝負はついたと確信して違うブロックの試合を観戦しにいって既にいない。

 そして、沙耶は鋼焔のクラス9の魔術を見ても全く動じていなかった、鋼焔の実力を知っているため彼女があの程度で驚くことはない。

 今、眼前で繰り広げられようとしている光景にこそ彼女は動揺しまくっていた。

「え、うそ、あぁあああああっ!」

 沙耶が淑女らしからぬ叫び声を発した。周りのギャラリーはまだ結界が壊れた空を呆然と眺めていたため、沙耶の叫び声に気づいているものはいなかった。

 この叫び声に含まれるのは嫉妬、羨望といった感情だ。

 鋼焔が、腰が抜けて動けなくなっている宇佐美絵里香をお姫様抱っこしていたのである。

「……くっ、私ですらそう何度もやってもらったことないのに、激しく羨ましいです」

 沙耶は拳を強く握り締め、鋭い目つきで二人を捉えている。

 そして鋼焔は宇佐美をお姫様抱っこしながら、宇佐美の着替えを取りに行くためテレポーターに向かって移動していく。

「……ちょ、コ、コウさん動けない女性を連れてどこにいくつもりなんですか、うぅっ……でも、私は信じて待っています、…………宇佐美絵里香、……宇佐美絵里香」

 少し瞳を潤ませた沙耶が、委員長の名前を魂に刻んでいる、沙耶の魂のブラックリストだ。ちなみに沙耶の宇佐美絵里香への要警戒レベルは3で、天城悠への要警戒レベルは8だ。レベルは沙耶が羨ましいと思う行為をラインナップし、それをいくつ消化したかで変動していく。天城悠が高いのはもちろん妹だからだ。

 沙耶も一度でいいから鋼焔をお兄ちゃんと呼んでみたいと思っていた。



 AからDブロックの二戦目が終了してから、魔法陣の回復を図るためと、鋼焔の火炎弾によって破壊された結界の復旧も兼ねて一時間の休憩がとられていた。

 宇佐美を校内の女子更衣室に送り届けたあと、鋼焔は再びギャラリー席まで戻ってきて次の試合開始までの時間を潰していた。隣には沙耶と未だ寝ている悠の姿がある。

戻ってきた時は非常に固くなっていた沙耶の表情に驚いたが、今はもう元に戻りつつあった。

 もちろん、鋼焔が事の成り行きを説明したからだ。

「そ、そうだったんですか、それは仕方ありませんね、私てっきり……あ、なんでもありません、……ところでコウさんは私が―――お漏らしするところ見てみたいですか?」

 鋼焔から納得できる説明を受けて沙耶は徐々に元気を取り戻し、一瞬で最大値を振り切って変なスイッチがはいった。

 鋼焔の一戦目の間から二時間近く寝ていた悠も話し声が聞こえて目覚めようとしていた。

 

 お漏らしと聞こえた鋼焔は動揺していた、いきなりなんてことを質問してくるのだと。

 だが、鋼焔は逃げない、この程度の質問で戦いを放棄するのは弱者だけなのだと己を奮い立たせる。

「……見たいか、見たくないか、と言われれば見てみたい気もするが、……しかしな、おれと沙耶にはまだそういうアブノーマルなプレイは早すぎると思うんだけど……」

「そうですか?私は有りだと思っていたんですが、そうですね、コウさんが早いっていうなら、私、我慢します。こういうことはお互い話し合っていくのが大事だと思いますし」

 かなり恥ずかしがりながら鋼焔が告白したが、沙耶は全くそんな様子もみせず完全に夫婦の営みを真剣に語るそれになっていた。

(お、お漏らし……だと?あたしが倒れている間になにがあったんだ……)

 悠は目覚めた瞬間から二人が意味の分からないこと―――お漏らしについて語りあっていたので衝撃を受けた。

 悠はまだ13歳なのでその辺はよくわかっていない、13歳にお漏らしプレイのなんたるかはまだ早すぎたのだ。とりあえず、寝たふりをしたまま二人の会話を盗み聞きしていた。

 



 そして一時間のインターバルが終わり、天城鋼焔の二戦目Aブロック三回戦が始まろうとしていた。

「なんかさっきより……仕方ないか」

 Aブロックの演習舞台に上がった鋼焔は、先の一戦目より異常に増えたギャラリーに気圧されていた。先の一戦で鋼焔に興味が沸いたのか、鋼焔と目が合うと両手を大きく振ってくるものまでいる。

元々、鋼焔は天城鋼耀あまぎこうようの子息として学内でもかなりの有名人だ。

しかし、その天城家の人間という噂か、神宮寺沙耶と婚約しているらしい、という噂ぐらいしか広まっておらず、本人の実力云々よりもそこらへんばかりが注目されていたため一戦目のギャラリーはそこまで多くなかったのだが、先ほどの魔法陣を使わない魔陣使いという事実とクラス9の魔術による結界破壊で、現在Aブロックに多くの人間が集まっていた。他のB~Eブロックのギャラリーがまばらになっているほどだ。


「ちょっとそこの貴方、戦う前に言っておきたい事があります」

 鋼焔がギャラリーを見渡していると、不意にすぐ後ろから強い口調の声が聞こえた。

 まさかとは、思ったが相手を見て鋼焔を驚いた。

 声の主は二戦目の相手であり、今年度からAクラスに上がってきたクレア=インスマスだった。 

 同盟国の中でも最も西大陸に近いインスマス国のお姫様その人である。

 鋼焔はなんでお姫様が軍事学校に通っているのか、かなり疑問に思っているのだが、未だにそれを聞けないでいた。

 どうしてかと言うと、彼女は講義中はもちろんだが休憩時間に至るまで男子に対して近づいてくるなオーラを出しているからだ。

 未だに彼女とまともに会話を交わしている男性を鋼焔は見たことがなかった。

 女子とは普通に話しているのだが、なにか男が嫌いな理由でもあるのだろうか。

 そんな彼女に、今しがた鋼焔は話しかけられたので驚いたのだった。


「いかがなされましたか、インスマス様」

 鋼焔は一応敬語で挨拶しておいた。クレアが魔法陣クラスの女子とは今時の女の子と変わらない感じでフランクに話しているのは知っているが、自分の立場を考えると無礼な事をして同盟に要らぬ波風を立てかねないと思ったからだ。

「いえ、敬語は必要ありませんわ、そんなことよりも―――先ほどの試合、貴方ふざけていたのかしら……わたくしには手加減は必要ありませんから魔法陣を使いなさい」

 どうやらクレアは鋼焔が魔陣領域を展開しないことが気に喰わないらしかった。

 言葉の最後の方はもう家来かなにかに命令するそれと変わらない口調だ。

 彼女は、敬語は必要ないというが使っておいた方が無難な気がするので止めない。


「はあ、お断りします」

 鋼焔は、一応話しは聞いたという風に相槌を打ってから、きっぱりと断った。

「な、なんですって……手加減されるなど、インスマス家の者として屈辱です、貴方は相手に失礼だと思わないのですか、全力を持って応えるべきですわ……魔陣使いとしてのプライドはないのかしら」

「いえ、別に手加減はしたくてしているわけではないのですが……」

「ならば構いませんね、魔法陣を使ってください」

 鋼焔は彼女のことが少し好ましいと思った。

 何度か同じように言ってくる相手はいたが、それは鋼焔の戦闘を一度も見ていない者だけだった。

 鋼焔が魔法陣を使わず魔陣使いに勝利もしくは引き分けたのを目撃したあと、誰も挑戦的なことを言って来るものはいなかった。

 次戦の相手である鋼焔の一戦目を見ていなかったわけではあるまいし、天井の結界を突き破った巨大な火炎の弾を見ていないわけがないはずなのに、こうして臆することなく力を持って応えろというのは戦う者として気持ちいい相手だと思える。

 

 しかし、それとこれとは話は別なのだが、

「ですから、お断…………わかりました、次の戦闘で、もし私が負けるようなことがあれば再戦はそちらの条件を必ず飲みましょう」

 鋼焔は共感できる相手には甘くなり勝ちだった。

 もちろん負けるつもりはかけらもない。


「あくまで使わないつもりですか……その自惚れ、後悔させてあげますわ」

 クレアは捨て台詞を吐いて、鋼焔から離れていった。

 

 鋼焔もできる限り譲歩はしたつもりだったが、それは相手に全く届いていないようだった。

 実際、もし負けるようなことがあれば全力全霊を持ってこたえるつもりだった。

 その結果彼女がどうなるかはわからない、インスマス国とも決裂する可能性は高い。


「難儀なもんだ」

 気が合いそうな人間に限って、鋼焔は失礼にあたることをしているのは自覚している。

 なかなか上手くいかないものだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 

 ギャラリー席では、鋼焔とクレアが話している一部始終を目撃していた沙耶と悠が目を鋭くしていた。


「なんだあの女、お兄ちゃんに色目使ってるんじゃねーのか」

 悠の声がいつもより怖い、ドスを利かせている。

「そうですね、悠さん、その可能性は高いでしょうね、彼女はインスマス王の娘ですから×××××から生まれてきた×××××ビッチだと思います」

「う、……うん」

 悠には沙耶の言った意味の半分しか伝わっていない。

「ところであの女は誰なんだよ、インスマス王の娘ってことはお姫様なの?」

 共通の敵が現れたことで沙耶と悠の間に流れる空気はいつもと違っていた。

「ええ、その通りです。今年度から魔法陣課Aクラスに上がってきたようです。名前はクレア=インスマス、16歳、性別女、血液型はAです。職業は学生兼プリンセス、身長162cm、体重は45kg。足のサイズは24cm。誕生日は2月20日です。髪型は綺麗な金髪で縦ロールが特徴的です。スリーサイズは上から85、57、87です。胸のサイズは私の圧勝ですね。好きな下着の色はピンク。家族構成は母親が四人もいます、そのうち二番目の王妃から生まれたのが彼女です。しかも四人の王妃から生まれてきた子供15人全てが女性です。インスマス王は15回泣くはめになるんですかね。………(中略)………休日の過ごし方はショッピング。趣味はぬいぐるみ集め、特に猫のぬいぐるみが好きだそうです。最近は日鋼で生け花にはまっているそうですが、他にもネイルアートもしてみたいなどと言っているらしいです」


(……ババアいつもより飛ばしてやがるな)

「クソババアそれ、どこから情報仕入れたんだよ、怖いんだけど……」

 悠は少しびびっていた。

「いえ、結構前に魔法陣課に行った時に綺麗な女性がいたので、念のため調査しただけなんですが、私、コウさんに近づく女は全て調べ上げないと気が済まないんです。悠さんのもありますけど、読み上げましょうか?」

「……テメェ、勝手になにしてくれてるんだよ!」

「安心してください、全て私調べですから」

「なにに安心するんだよ、―――死ねッ!」

 悠が沙耶の顔面に向かって、拳を繰り出す。

 沙耶は楽々その拳を眼前で受け止め、拳を握り潰し始める。

「悠さん、ちょっとこのスリーサイズのBのところが気になったんですが、胸―――抉れてませんか?」

「―――殺すッ」

 悠が毒ナイフを召喚して沙耶の首筋を狙う、しかしあっさりその腕を握られナイフを叩き落されていた。

「おい、ババア放せ……放してください!」

 二人の戦いは悠の敗北で終わった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 鋼焔とクレアの両者は最大火力範囲の15mの距離を置いて対峙していた。

 

 試合開始の合図が音響装置から流れる。

 

「Aブロック三戦目開始!」

 

 Aブロック三戦目、天城鋼焔の二戦目がはじまった。

 試合開始の合図と同時に鋼焔は火のクラス4の魔術の詠唱を開始する。

「【Ark Urt Arl Tyn Idr Fapn】」

展開オープン――っな…」


 クレアの黄金色の魔法陣が展開される。

 そして、鋼焔が魔陣領域展開を待たずに開幕からクラス4の魔術を詠唱していたので、クレアは瞠目した、おそらく今まで魔陣使いとしか模擬戦をしていなかったのだろう。

 しかし、鋼焔にとっては暗黙の了解なんて糞以下だ、相手の展開など絶対に待たない。

 鋼焔は魔法陣を使わない代わりにどんな手段でも取るつもりでいる。

 一戦目が良い例だった、宇佐美に勝つためにブラフと思わせるため、わざとクラス9の魔術を唱えた、それが勝利への最善の一手だったからだ。

 下手をすれば宇佐美が蘇生不可能なレベルで死んでいたにも関わらず。

 


 鋼焔の火のクラス4の魔術を完成させ即発動させる。


(……ありえません、速過ぎですわ)

 虚をつかれたクレアは『詠唱妨害』の魔術を選択しようと思ったが、いかんせん鋼焔の詠唱速度が速すぎて諦めた。



 そして、鋼焔の火炎の弾がクレアに直撃すると思われたが―――



 クレアは左手を前に突き出す。

 その一瞬後、火炎の弾がクレアの左手にぶつかり爆発した。

 しかし、彼女はほとんどダメージを受けていない、クラス1の魔術をくらった程度にしか魔法陣は傷ついていない。


 クレアは詠唱する代わりに武装を召喚していた、市販されている聖騎士用の剣ではない、非常に豪奢な装飾の鍔と柄頭に虎の彫刻が施されているブロードソード。

 そして左手には女性の顔が描かれている円形の盾を召喚していた。


 

(……あの盾まさか、それに剣もかなり高級品だな)

 今度は鋼焔が驚く番だった、剣は見たことはないが、クレアが召喚した盾は『アイギス』の複製品――退魔に優れた伝説の盾のレプリカだ、レプリカでも安物ではない、耐魔術障壁が施されており魔術の威力をかなり軽減することができる。彼女の手に小さな結界がついているようなものである。

一帖いちじょう数十億はくだらない成金装備だ。

 彼女の父親、インスマス王は親バカだった。普通こんなものは娘には持たせない。そもそも買わない。

 ギャラリーの多くも盾ついてひそひそと会話している。うらやましい、ほしい、そう言った声が鋼焔の耳にまで届いてくる。

 

 鋼焔は『アイギスレプリカ』への対処を何通りか考え、その中で最も手っ取り早い手段を選ぶ。

 鋼焔は鋼のクラス4の固有魔術『天下五剣』の詠唱を開始する。

 そして、クレアもほぼ同時に詠唱を開始していた。


「【Ark Urt Arl Tyn Idr Irx】」

「【Ark Urt Arl Tyn Idr Irx】」


――二人は全く同じ詠唱を完成させた。

 そして、クレアは鋼焔の方を睨みつけ、不敵に微笑んでいる。

 完成した魔術を発動させて、二人の鋼が具現化する。


 クレアの周囲には円の形に十二本の剣が浮いていた。

 どうやらクレアは鋼焔と同じく鋼の適性が高く『固有魔術』が使えるようだ。

 対する鋼焔の傍らには『天下五剣』の内、なぜか二本しか具現化していない。


「どうです、わたくしの『固有魔術』『円卓の騎士』は―――ッ」


「【Ark Inth Ptem Xuaq Vila       】」

 

 鋼焔はクレアが喋りだした後すぐにクラス9の魔術の詠唱を開始していた。

 天城鋼焔は戦闘中に無駄口を叩くことを嫌う。

 簡単なことだが、魔術師は詠唱しなければならない、もし喋っている間に相手が詠唱を始めれば致命的な隙になるからだ。

 鋼焔は暢気のんきに戦っている相手とお喋りなどしない。

「くっ、馬鹿にして」

 クレアは鋼焔の詠唱を聞いてすぐさま十二本の剣を凄まじい速さで投擲した。

 鋼焔は詠唱を中止する。


(あの剣、多いが……しかし)

 鋼焔は空中に浮かんだ二本の刀を中段に構えさせた――正眼に構えた刀二本で十二本の剣を迎え撃つ。


 大勢のギャラリーが息を呑む。この本数全てをその身に受ければ魔法陣を展開していない人間などひとたまりもないからだ。


 鋼焔は二本の刀の先を左右に揺らし始める。

 顔を、胴体を、足を狙って凄まじい速さの剣が飛んできた。

 最初に飛んできた剣の刃先を左右に揺らした刀で軽く弾く。

 その次も弾く。その次も弾く。弾く。弾く。弾く。弾く。弾く。

 それだけで剣は鋼焔の横をギリギリですり抜けて思い切り地面に突き刺さり、そして役目を果たしたと言わんばかりに消失していく。


 結果として鋼焔はかすり傷一つ負わなかった。


「な、な……ぐっ」

 クレアは驚愕して目を見開いている。意外にあっさり勝負が決まるかと思っていたら一本もかすりもしなかったのだ。ショックは大きいようだ。


 1戦目よりも多いギャラリーが沸きあがる。今度は大道芸でも見た気分になっているのか、口笛を吹いて何か盛り上がっている、興奮した西大陸出身の人間が鋼焔に分からない言葉で賞賛している。


 周りの声が耳に入っていない鋼焔は自分の予想通りだったと確信していた。


(やはり、扱いきれていなかった。十二本全て速さは申し分なかったが、同じ速さで動きに全く工夫がない)


 クレアは一本ならば自分が振る程度には傀儡術で操ることができるが、十二本になると真っ直ぐ飛ばすことしかできなかったのだ。


 鋼焔はクレアが動揺している隙に二本の刀を飛ばす。

 そして再び詠唱を開始した。『アイギスレプリカ』ごと叩き潰すためと、動揺も誘う狙いでクラス9を詠唱する。


 鋼焔の詠唱があと半分ぐらいで完成しそうになり、二本の刀が呆然としているクレアを襲おうとした瞬間、クレアがそれを避けて―――神聖術で強化された凄まじいダッシュで鋼焔に詰めてきた。


 鋼焔は彼女がブロードソードを召喚した時点で半ば予想していたが、古代魔術に高い適性があって神聖術をここまで扱える者を見たのは、過去に数人しかいなかったので少し驚いた。


 鋼焔は間に合わないと判断し詠唱を中断する。


 一瞬で鋼焔に肉薄したクレアが神速の斬撃を放つ。首を狙った一撃だ。

 

 しかし、それを鋼焔は頭を下げて避ける。そしてそのまま後ろに転がる。

 クレアの二撃目は胴を狙っていたが鋼焔が後ろに転がって避けたため空振りする。

 転がってしゃがんだ鋼焔をクレアは突きで狙うがそれをカエルのように跳んで避ける。

 何度も何度も避ける。どれも凄まじい速さの太刀なのだがかすりもしない。


(ど、どうして当たりませんの……)

 クレアは、かなり自信のあった剣術がかすりもしない状況に混乱しかけていた。


 ギャラリーのテンションが最高潮を迎える。彼らは何かの舞台か映画でも見ているつもりになっているのか。鋼焔が一撃避けるたび「おおー、おおー!」と感嘆の声をあげていた。


 鋼焔がクレアの斬撃を避けられるのには理由があった。

 鋼焔は、本来近接戦闘は専門外である。これは武神術も神聖術も使えないので当たり前なのだが。

 しかし、幼少から何度となく神宮寺沙耶と手合わせしていたため、デタラメな速さの攻撃をどう『避ける』か、というものが身に付いている。

 さらに、傀儡術で刀の動きマスターしていくにつれて今まで習得していなかった剣筋というものを明確に理解していた。

 もう一つ、これはクレアにも言えることなのだが、『鋼』の適性が高いため剣や刀といった物の『気』を感じ取り、それを回避の手助けにしているのである。


 何度か攻撃を避けた後、鋼焔は詠唱を開始する。クラス5の氷の魔術だ。


 クレアは何を血迷ったのかと思った。この間合いではいくら詠唱が速かろうが、間に合わない。

 今度こそはと覚悟を決めて、大きく踏み込み、鋭く重い最速の一撃で詠唱中の鋼焔の胴を横薙ぎに払おうとした、斬撃が横腹に届こうか、という瞬間、



―――少女の小さな掌が剣の刃を受け止めていた。



 鋼の精霊の少女、京は欠陥品だった。

 彼女は、生まれつき鋼の精霊としての力がごっそり欠けていた。

 体の一部を武器や防具に変える能力が使えない、自分自身を一本の武器に変身させることもできない。

 戦闘能力も低い、鋼の精霊は生まれつき武術に優れているにも関わらず。

 さらに、心も弱かった。『鋼の心』と言われるほどの不動の精神を彼女は持っていなかった。一族の中で馬鹿にされ砕け散りそうになっていた。



 太古の昔、地上にドラゴン、恐竜、その他の巨大な怪物達が溢れていた時代、地上を制覇していたのは『鋼の精霊』だった。伝説の物語で剣や刀を持った勇者がドラゴンを倒している話しもその頃の名残だと誰かは言った。

 彼らは圧倒的な『魔力』を有し、その能力によって他の精霊、怪物を寄せ付けなかった。

 しかし、時代が進むにつれて人が台頭してくると、鋼の精霊に限らず精霊は山や海、それぞれ自分達に合った居場所にいなければ『魔力』が枯渇するようになってしまった。

 自分たちの性質に合った『気』を吸収しなければ衰弱してしまう。

 彼ら精霊達は変わって行く――人間たちが変えていく世界に適応できなかった。

 今の世界は全て人間のためにできている。自分たちの吸える『気』は世界の隅っこにしかない。

 しかし、精霊達は現代でも自分に適応した空間や、棲み処ならば当時の力を再現できる。

 もしくは、契約した者から『魔力』を与えられれば力を発揮できるのだ。



 京は、初めて自分の主に出会った日のことを今でもよく夢に見る。

 彼の第一印象は最低最悪だった。

 彼女が気にしている欠陥の能力を見て、京自身を見てから、涙が出るぐらい爆笑していたのだ。

 そして、『精霊契約の儀』が行われる日がやってきて、皆が一族最強と謳われた長女の桜が選ばれると思っていたが、―――天城鋼焔は欠陥品の京を選んだ。

 

 京は、その時の事を思い出す、「おれたち二人なら最高のコンビになれる」と不敵に微笑みながら優しく頭を撫でてくれたことを。

 


―――だから京は全力を持って主に応える。主の想いを感じ取って動き始める。



 鋼焔はなにも考えなしに攻撃を避けていたわけではない。

 武術に劣る京にクレアの太刀筋をみせていたのだ。

 そして、京は鋼焔の魔術を合図に動き出した。

 鋼焔は京に指示は出さない、普段から自分で動くように戦況を判断してくれ、と言っている。

 片手で刃を掴んだまま、右手を手刀の形にする。普通の鋼の精霊なら手を刀に変化させるのだが、京にそれはできない。

 決定的に間合いが足りないが仕方が無い。

 手刀にした右手をクレアの顔面に叩きつけようとする。

 イメージするのは刀だ。この右手を最高の刀と想うのだ。

 未だ、突如現れた少女に驚いていたクレアだが、使い魔と判明し冷静さを徐々に取り戻した。

 そして、京の手刀を眼前で左手の盾で受け止める。盾と手刀が激しくぶつかり合う。

 

(―――なんなんですの、この音はっ)

 手刀が盾に当たっただけなのに、まるで刀が盾と衝突したような音が周囲に響く。

 マシンガンが発射されているかのように断続的に、凄まじい音が響き続ける。

 押し付けている手刀から何度も斬撃が発射されているのだ。

 

 京は、一撃毎に凄まじい量の魔力を込める。

 鋼焔から供給されている魔力をガソリンにして京のエンジンが全開になっていく。

 そして、ついに『アイギスレプリカ』は真っ二つに切り裂かれた。


(御主人、京はやりました!)

 一仕事終わりましたと京の笑みがこぼれる。そして、半分になった盾が地面に落ちた。

「……う……そ…」

 クレアは眼前で起こったことが信じられないという表情で固まっている。

 

 ギャラリーも数十億円もする盾が半分になったことで騒いでいる。

 数十億が……、……あの半分でもいいからほしいな、そんな会話が聞こえていた。


 京も鋼焔も盾が無くなった瞬間、畳み掛ける。

 京は主の狙いを推し量る、ここで求められているのは―――

 人間より大きな金槌をイメージする。己の掌に巨大な金槌だと想いを込める。

 そして、京がクレアの胸に掌打を打ち込んだ。

 大砲が発射されたかのような音が響く。

 クレアは弾き飛ばされて、15m――最大火力範囲まで転がった。

 すかさず、鋼焔はクラス5の氷の魔術を発動させた。


 大きな氷柱の矢がクレアに直撃する。

 京の掌打と合わせてかなりのダメージを与えたがまだ終わっていない。


(まだ、やれますわ……)

 クレアの魔法陣は健在だ。彼女は立ち上がろうとしている。

 今度こそクレアは神聖術を駆使して逆転を狙おうとしたが、次の瞬間―――上空から三本、背後から二本の刀に止めを刺された。

「……くっ……ぁ……」

 クレアの魔法陣は消失し、完全に意識が断たれた。


 鋼焔は『天下五剣』の内、三本を最初から上空に保険として具現化しておいた。

 残り二本は先ほど回避されたものを待機させておいただけだ。


「勝者、天城鋼焔!」


 審判が終わりを告げて、担架でクレアが運ばれていった。

 

「御主人、さっきの京はどうでしたか……?」

 京は少しおどおどしながら、上目遣いに主に問うた。

 彼女の主は満面の笑みになって、彼女の頭をポンポンと撫でる。

 京は嬉しそうに目を細めて、少し顔が赤くなった後、逃げるように隠れてしまった。


 二人の力で手に入れた二勝目だった。


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