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修羅と鋼の魔法陣  作者: 桐生
一章
11/31

選抜戦その三 実力の片鱗

 Bブロックの演習舞台から戻ってきた火蔵明人は、観客席に陣取っている神宮寺沙耶と天城悠を見つけて近寄っていった。

「よっ!神宮寺さん、隣いいかい」

「どうぞ」

 片手を挙げて軽く挨拶した明人は、絨毯の隣に御座を敷いた。

「火蔵さん、さきほどの戦いぶりお見事でした」

「いやいや、照れるねぇ」

 沙耶に褒められ明人は照れくさそうに頭をぽりぽり掻いた。

「つーかなんで、妹ちゃんは寝てんの?」

 沙耶は、また答えにくい質問がきましたね、と思いながら鋼焔に言ったのと同じ言い訳を明人にもしておいた。さらに話しを逸らす。

「…ところで、最近の魔法陣課でのコウさんはどんな様子ですか?」

「んふふー、気になるの?神宮寺さんは心配性だなぁ、…あいつはエロいけど意外にその辺は誠実だよ、神宮寺さんと他の女子は線引きしてるっぽいし、特定の女子とそこまで仲良くはしてないよ」

「そ、そうですか」

 沙耶は特にそういう話を聞きたかったわけではなかったが、思いがけず嬉しい情報が手に入って心の中で、激しくガッツポーズを取っていた。

「へへへ、嬉しそうだねぇ、ほんとコウが羨ましいわ」

 沙耶は知れず顔が綻んでいたらしい。

 そう言った後、明人は表情を引き締めて、

「……ところで真面目な話しになるんだが、この間、コウが俺の親父に頼んでた件しばらく後回しになるって言っといてくれ」

「……もしかしてそれって私の父親のことですか?」

 沙耶は何か思い当たるところがあったらしい。

「ああ、神宮寺さんもコウから聞いていたか、まぁ、元々親父達の仕事だからな、何か情報があれば自分と神宮寺さんに情報流してくれればいいって言ってたんだよ、……でもな、前から同盟国できな臭い動きをしている国があるらしくってな、そっちに一度行かなきゃならんらしい、それに神宮寺さんの親父さんの目撃情報はあったけど信憑性は薄いらしくてな…」

「……そうですか、火蔵さんのお父様にお礼だけでもお伝えしておいてください」

「…ああ、でも父親の居場所を聞いてどうするんだ?自分達でケリを着けるつもりなのか、ほっといても軍の誰かが――」

「いえ、コウさんも何か気にかかることがあるらしくて、……それに私も話したいことがあります―――決着をつけるにしてもそれからですね」

 沙耶の父親達は日鋼の魔術研究者だった、そして五年前に日鋼を裏切った、他の国の内通者と手を組み日鋼での研究結果をどこか他所の国に持ち出したのだ。未だに行方は知れていない、同盟国の手配によって西大陸へのテレポーターは検閲がしかれており、死んでいなければ、同盟七ヶ国のいずれかに潜伏しているとされていた。

「……そうか、了解した、親父に伝えとく」

 暗い表情をしながらそう言った明人は一転、明るい表情になり、

「そんじゃま、コウでも応援しますかね」

Aブロックの舞台に現れた鋼焔に視線を移した。



「やっぱり、緊張するな」

 舞台に上がった鋼焔は緊張していた、戦闘への緊張ではなくギャラリーが多すぎることに緊張していた。

 鋼焔は、己の記憶を鑑みてもこんな大勢の観客が見ている前で戦うのは初めてだった。

 だからこそ、昨晩、沙耶と気合を入れていたのだが。

 しかし、それも戦闘が開始されるまでだろう天城鋼焔の戦闘においての集中力は群を抜いている。

 そのことは鋼焔自身も分かっているのだが、緊張するものは緊張するらしい。

 

 そして鋼焔の一戦目の相手が現れる。

「…ふー、天城君よろしくね」

「おう、よろしく委員長」

 鋼焔の一戦目の相手は宇佐美絵里香うさみえりか――委員長だった。眼鏡と綺麗にパッツンされた前髪が印象的だ、容姿は眼鏡をはずさなくても美人である、しかし、彼女は委員長という渾名あだなであって委員長ではない、そして年齢は20歳である。20歳で渾名が委員長というのはちょっとおかしい気がするが、どうみても委員長なので仕方ない。性格も真面目で努力家、パーフェクトな存在だった。


(……トイレ行っといた方が良かったかな)

 宇佐美も少し緊張していたが、それよりも自分のくじ運の悪さに感謝していた。

 鋼焔との模擬戦での結果は通算だと引き分けが多いが最近は負けることが多い。

 もちろん一度も勝利したことはなかった。

 自分で相性の悪い相手だとも認識している。

 だからこそ、このプレッシャーのかかる場面で苦手意識のある相手を打ち負かしてやろうと意気込んでいた。

 相手は魔法陣を使わないのだ、負けること自体がおかしい、しっかりと策を練れば勝利はすぐそこにあるはずなのだ。

 

 音響設備から開始の合図が出されて、審判が開始の合図をしようとする――

その直前に宇佐美は白い魔法陣の魔陣領域を展開させる。

 

展開オープン

「2戦目開始!」


 別に模擬戦でも試合開始後に魔陣領域を展開させなければならないというようなルールは存在しない、暗黙の了解なのだ。

 鋼焔は魔陣領域を展開しない、そして律儀に相手が開始直後に展開するのを待つ理由もない。

 宇佐美は以前、模擬戦で対戦相手が鋼焔の時に戦闘開始後に魔陣領域の展開をしたことがある。

 それまで、相手の魔陣領域展開を律儀に待っていたはずの鋼焔が、その日から急に開始直後から即攻撃に入るという戦法に変わったのは懐かしい記憶だ。

 そしてその時、宇佐美は試合開始30秒持たずに敗北したのを思い出す。

 悔しかった、それになにより一瞬でも鋼焔のことを卑怯だと思ってしまった自分を恥じた。

 

――実戦では敵は待ってはくれないのだ。


 その時の反省から宇佐美は試合が開始される前に、魔陣領域を展開することを心掛けていた。

 そして、宇佐美に『固有魔術』は無い。

 しかし、満遍なくあらゆる系統の魔術を高ランクまで使えるように修練してきた秀才であった。Aクラスでも五指に入る実力者だ。



 試合開始の合図と同時に鋼焔と宇佐美が全く同じタイミングで詠唱を開始する。


「【Ark Ned Fbr Fapn】」


「【Ark Fir Iscu】」


 鋼焔はクラス2の火の魔術を唱えた、小さい火炎の弾が相手を焦がす。

 宇佐美はクラス1の氷の魔術を唱えた、鋭い氷柱が矢となって相手目掛けて飛んでいく。

  

 しかし、同時に詠唱を開始したのにも関わらず、詠唱に、より時間のかかるクラス2の魔術を唱えた鋼焔の方が魔術を発動させるのが速かった。



 天城鋼焔が魔法陣を使用せず、不敗だったのには幾つもの理由がある。



 そのうちの一つ目が詠唱速度の異常な速さだった。

 詠唱は精神を集中しなければならない、精神が集中できていなければ魔術の発動は成功しないのだ。

 天城鋼焔は本当に精神を集中させているのか?と疑われるほどの早口で詠唱を行う。

 そして、その異常なまでの詠唱速度で難無く魔術を成功させていた。

 恐らく、天城綱耀あまぎこうように幼少時から鍛えられていたのだろう、




―――しかしそれだけでは説明できない何かを宇佐美は以前から感じていた。天城鋼焔には何か『秘密』がある、そう思っていた。




 お互いに発動させた魔術が相互にヒットする。

 鋼焔の腹部に氷柱が浅く刺さり出血する。

 宇佐美は軽い衝撃を覚えたが宇佐美の魔法陣が少しダメージを受けただけだ。

 

 宇佐美の魔術はクラス1でクラス2の鋼焔の魔術より威力が弱いはずだ、


―――しかしクラス2の綱焔の魔術よりも威力が高い。

 

 もちろんこれは、魔陣領域の恩恵である、魔陣領域を展開した魔術師とそうでないものの圧倒的な差だ。魔術への抵抗も高い。そして、命中精度も。


 だが、宇佐美は天城鋼焔と戦闘している時いつも思う。


 魔陣領域を展開していないはずの天城鋼焔の魔術の威力が高い、魔術への抵抗が高い、命中精度も高い。


――高すぎるのだ。

 

 例えば、さっきの氷柱の矢ならば魔陣領域を展開していない人間に刺されば大抵は腹部を貫通して背中までダメージは及ぶはずだった。

 だが、鋼焔の場合は腹部に浅く刺さっただけで氷柱は止まる。



 例えば、さっきの炎の弾ならば魔陣領域を展開している宇佐美に当たっても魔法陣にはかすり傷程度でしかない、少しもダメージを受けるはずがないのだ。

だが、宇佐美は確かに少量のダメージを魔法陣が受けたと感じたのだ。



 そしてなにより、鋼焔の命中精度に至っては魔陣使いとなんら変わらない、下手をしたら凌駕しているようにすら感じる。

 


―――だからこそ、天城綱焔に『秘密』があるのだと思わずにはいられない。


 

 これらが天城鋼焔の強さの理由のうちの三つだった。

 魔術に関する全てが常人の域を超えていた。

 もし、人間に『人間の魔力』というものが視えるのならば、天城鋼焔は魔力が溢れているように視えるのかもしれない。そう思わせるほど天城鋼焔は人間離れしていた。




 魔術師は回復さえすれば元通りの肉体になる。

 しかし、魔法陣は展開していない状態で1時間は休息を取らなければ完治しない。治癒魔術を魔法陣にかけても意味はない。




 腹部にダメージを受けた鋼焔はすぐさま治癒の魔術クラス1を詠唱し始める。

 しかし、鋼焔よりも先に宇佐美はクラス1の『詠唱妨害』の魔術を詠唱し始めていた。

 宇佐美は鋼焔が回復することを読んでいたのだ。

「【Ark Fir Imds】」

「【Io Fir Rosy】」

『詠唱妨害』の魔術は発動から相手への着弾までのタイムラグが0の最速の魔術だ。

『詠唱妨害』が発動する、しかしそれでも――間に合わない、鋼焔は1テンポ以上早く詠唱を完成させて腹部の傷を完治させた。


(くっ、…このままじゃ)

 宇佐美はいつもの流れだと感じて焦りを覚える、相手の詠唱を読めても鋼焔相手では意味が無い。このままずるずる行くと精神集中が乱れていつか詠唱を失敗する。そして流れを持っていかれて一瞬で追い込まれる。


 だから、宇佐美は思い切ったことをやってみようと思った。鋼焔の裏を掻くために。


 宇佐美も鋼焔も最初と同じ氷1クラス、炎2クラスの魔術を再び唱えた。

 お互いに魔術が当たり、同じようにダメージを受けた。


 そして、ここからが勝負だった、宇佐美は鋼焔を一撃で戦闘不能に追い込むことが可能なクラスの魔術で、且つ最も得意で精神集中しやすいため詠唱の速い、雷のクラス5の魔術を唱え始める。

宇佐美の詠唱を少し見てから鋼焔も詠唱を開始していた。


 これは賭けだ。


「【Ark Ift Aym Wul Pjr Sol Tsed】」

「【Ark Hir Mrh Thn Irx】」


 そして宇佐美は賭けに勝った。

 

 傷を無視して鋼焔が詠唱したのは鋼のクラス3の魔術だ、『耐雷障壁』の魔術でもない、『詠唱妨害』ですらない。

 『固有魔術』だろうが、なんだろうが雷撃より速く宇佐美を倒すことはできない。しかもクラス3の魔術を一撃くらった程度では宇佐美の魔法陣は消失しない。


 宇佐美は勝利を確信して、鋼焔の上空に発生させた雷雲から雷撃を落とした。

 鋼焔は敗北を悟ったのか、具現化させた刀を鞘に納めたまま自身の頭の傍に浮遊させて宇佐美を攻撃しようとはしていなかった。

 決着が見えてきたことでギャラリーがそわそわしだす。


 そして、人間には捉えきれない速度の稲妻が鋼焔を直撃する、




―――その寸前で雷撃は切断された。



 

「な、……うそでしょ……」

 宇佐美は完全に呆けていた。

 自身の勝利を疑うことなく放った自慢の雷撃が、その役目を果たすことなく消え去ったからだ。

 しかし、いつまでも集中力を欠いているわけにはいかない。

 気持ちを切り替えて、次に備えた。

 

 そして、状況をよくわかっていなかったギャラリーは一瞬静まりかえったが、鋼焔がなにをしたかを理解した瞬間湧き上がっていた。


 鋼焔の詠唱した、クラス3の鋼の『固有魔術』は『雷切』だ。

 鋼焔は、雷を斬ったとされる伝説の名刀を具現化させていた。

 『固有魔術』はその伝説を再現する。

 そして、雷切で上空から落ちてきた雷撃を、傀儡術を駆使した居合い抜きで切り裂いた。

 雷切の『固有魔術』を選んだのは、宇佐美の詠唱をみてから、さらにその詠唱速度から判断して雷撃にあたりをつけたからだった。


 鋼焔は宇佐美がクラス5の魔術で一番得意で速いのは雷の魔術と、何度も模擬戦を繰り返して来ていたので分かっていた。

 

 もちろん雷撃を切れたのは雷を見て斬ったのではない、宇佐美が魔術を発動させるタイミングも模擬戦で掴んでいたから斬れたのだ。

 発動のタイミングをずらされていれば鋼焔は黒コゲになっていた。

 だが、宇佐美は鋼焔がまさか雷撃を切れるとは思ってはいない、タイミングをずらしはしない。

 最速で雷撃をぶっぱなすだけだ。

 

 さらには、傀儡術の講義で一本の刀ならば達人が如き剣筋を発揮させられるまでに修練していたからだ。


(……やればできるもんだな)

 鋼焔が雷を斬ったのはこれが初めてのことだった、これまでは『詠唱妨害』で雷撃の詠唱自体を封じるか、『耐雷障壁』の魔術で威力を減少させることでやり過ごしていた。

 しかし、『雷切』が上手く使えるならば防御と攻撃の魔術を一つで賄える、使わない手はないと、ここ一番で勝負にでて偉業を成し遂げた。

 先の攻防で勝負を賭けていたのは宇佐美だけではなかったのだ。

 鋼焔はここから攻勢にでる。宇佐美に向かって雷切を上段に構えさせてから飛ばした。

 そして詠唱を開始する―――、


「【Ark Inth Ptem Xuaq              】」


 宇佐美は飛来する刀を『解呪ディスペル』の魔術で消去しようと思っていた。

 

 しかし、鋼焔の詠唱を聴いて少し動揺した、鋼焔がクラス9の魔術を詠唱し始めていたからだ。

 宇佐美はありえないと思った。

 いくら天城鋼焔が精神集中に優れていると言っても、傀儡術で刀を操作しながらクラス9の魔術を成功させられるはずがない、傀儡術自体が精神集中を必要とするのだ。

 クラス9の魔術はクラス5の魔術の比ではない深い精神集中が必要になる。

 講師でも軍人でも詠唱を成功させられる人間はなかなかいない。

 さらに、鋼焔の詠唱速度は普段より少し遅いぐらいでまだ早口なのだ、絶対に失敗するはずだ。


 人間には不可能だ。これで詠唱を成功させられるのは人間ではない『何か』だけだ、と彼女はそう思った。



 しかし、天城鋼焔は『人間』だ、これは紛れも無い事実である。


 

 宇佐美は鋼焔の詠唱はブラフだと判断した、精神的動揺を誘い詠唱を失敗させるためか、こちらに『詠唱妨害』の魔術を選択させて、この刀で己を斬り付けるつもりだ。

 

 だから、『解呪ディスペル』を選択した。


「【Ark Hir Mrh Thn Dcus】」


「【Ark Inth Ptem Xuaq Vila Arsm Neud Oveq Heos Womg Fapn】」


 宇佐美が『解呪』の魔術で刀を消去した、と同時に鋼焔は火のクラス9の詠唱を終わらせていた。

鋼焔の魔術は発動していない。


(……やっぱりハッタリだった!魔術は発動してない、イケる!)


 宇佐美はそうして次の魔術を詠唱し始めた、




―――その時突然、気温が上昇した。




 気温が上昇した、なんて生やさしいものではなかった、顔や体が火傷しそうなほど熱い。

まだ午前中だったのに、周囲の空間は太陽が昇りきった時間より明るくなっている。


宇佐美は恐る恐る鋼焔の頭上の空間を見上げた。そこには――



―――小さな太陽が浮かんでいた。



 それを見た瞬間、宇佐美絵里香は圧倒的な力への恐怖で体の感覚が無くなった、全身の力が抜けていく。

 体はガタガタと震えていく。歯がカチカチと鳴っている。

(……あ、…やば…い…)

 そう思った瞬間、下半身が完全に脱力し、宇佐美絵里香の股間は徐々に緩んでいく。

(……も、だめぇ…)

 宇佐美の体が一瞬ぶるっと震えた。

 そしてついに、彼女の股間は完全に決壊した。

 堰き止められていたものが勢いよく放出されていく。

 試合開始前から我慢していたそれは激しい快感と、下着に広がっていく生暖かい不快感を伴い、一滴残らず排出された。

 「……はぁ、…はぁ……くぅ…」

 宇佐美は立っていることもできなくなり、その場にアヒル座りになって鋼焔と審判に下半身のシミを悟られないよう軍服の上着を引っ張って下にずらし隠そうと頑張っていた。


 審判もギャラリーも呆然としている、クラス9の魔術を生で初めて視た人間がほとんどだったようだ。

 

 鋼焔は詠唱を完成させていたが、発動させていないだけだった。

 すぐに発動させなかったのは、小さな太陽が如き超巨大な火炎の弾を、宇佐美に直撃させると魔法陣が消失し、そのまま宇佐美ごと灰になると思ったから一瞬躊躇していた。

 それに、一度発動させると制御できる自信があまりなかった。

 宇佐美が次の詠唱開始したので、仕方なく発動させた。

 そして鋼焔は今、必死に空中に押しとどめるよう制御している。

 

 すでに、勝敗は決していた。


 

「し、審判、ギブアップします!」

 アヒル座りをしている、宇佐美が手を挙げてそう宣言する。




「ぎ、ギブアップ申告を承認、勝者、天城鋼焔!」


 宇佐美の判断は迅速で賢明だった。


 それを聞いて、すぐさま鋼焔は小さな太陽を頭上に向けてぶっぱなす。

 天井に張られたドーム状の結界と巨大な火炎の弾が激しく衝突した。

 火炎の弾が結界を突き破ろうとしている。

 結界の表面が激しく波打つ。

 そして、ガラスが砕け散るような音と共に、結界は巨大な火炎の弾によって消滅させられた。

 火炎の弾はそのまま上空に向かって飛んでいき見えなくなった。

 ギャラリーも審判もその一部始終を呆然と眺めていた。

 誰もが口を半開きにして火炎の弾が飛んでいった上空を見つめたまま固まっている。


(ちょっと、やりすぎたか……)

 鋼焔が思っていたよりも結界は脆かった。

 どうやら、結界はクラス9の魔術が直撃することを想定していなかったようだ。


「……はぁはぁ、……い、委員長、今の本気でやばかったぞ、あと3秒ぐらい遅かったら委員長が、炭になってた…」

 結界を壊したことよりも、宇佐美の方を心配して鋼焔は彼女の方に走り寄り、息も切れ切れにどれだけ切迫した状態だったかを説明した。


「……あ、あ、天城くんのアホ!バカ!ボケ!もう、いっそ炭にしてよ!」

 アヒル座りをしている宇佐美は涙目で内股になって鋼焔を非難していた。鋼焔には意味がわからない、真剣勝負に卑怯もへったくれも無い。鋼焔はそこらへん宇佐美と気が合うと思っていたのだが、宇佐美はどうしたのだろうか?と思った。


しかし、そうではない……宇佐美絵里香はお漏らししていたのだ。


「……あ、委員長それって――すまん、これで」


 鋼焔はすぐに宇佐美の隠れ切っていない下半身のシミに気が付き、周りの誰かが気が付く前に彼女に自分の外套を前から羽織らせた。

 自分のせいで危うく委員長の渾名が新しくなるところだったと、肝を冷やした。

「……ありがと」

 宇佐美は負かされるわ、お漏らし見られるわ、気を遣われるわ、で複雑な気分になりながら顔を真っ赤にしていた。


 こうして天城鋼焔の選抜戦初戦は勝利で終わった。


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