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修羅と鋼の魔法陣  作者: 桐生
一章
10/31

選抜戦その二 千石葵VS火蔵明人

「うーっし、それでは今から連盟演習会の選抜戦を行う」

 軍服を着込んだ講師篠山がゆるゆるな開会の宣言をする。講師は篠山の他にも10名ほどが今日の選抜戦のために集められていた。

 他にも、治癒医療班のテントが会場の脇に設置されている。模擬戦で怪我もしくは死亡した場合に治療、蘇生するためだ。治癒術での完全な蘇生は難易度が高く魔術学校の中でも、数人の講師と生徒を除いて使用することはできない。高度な蘇生術になると死亡数分以内であれば完全に頭部欠損などの即死状態からでも再生させることが可能である。

 その治癒医療班を選抜戦のために一日借りるため、他の術課の多くが模擬戦などをできなくなり休講になっていた。

 

 今日は魔法陣クラスの全員が私服ではなく、武鋼魔術軍事学校の制服、黒に近い紺色の軍服を着用していた。

 鋼焔を含む数名の生徒は軍服の上に黒色の外套コートを羽織っている。

 外套を好んで着用するものには純粋な詠唱戦に特化している者が多い。いわゆる『魔法使い』のローブをイメージして羽織っていた。

 外套を羽織っていないものは詠唱戦よりも刀剣、拳法、射撃武器などと魔術を組み合わせた戦いを好む場合が多い。


「今日は、リーグ戦で行う、今から呼ばれた者がAブロックだ、古賀、インスマス、宇佐美、天城、以上4名」

 鋼焔はてっきりトーナメント制だと思っていた、さらにAブロックだけ明らかに成績優秀者が偏っていることに衝撃を受ける。ついで、残りのB~Eブロックが発表されていった。明人はBブロックのようだ。

「ちなみに選抜は勝敗だけでは決定しない、戦闘での過程も考慮して選出するので相手が格上でも最後まで投げずに奮闘するように」

 鋼焔はなるほどと思った。それならこの分け方でも問題はない。

「それではブロック毎に移動して1戦目の者は準備を開始してくれ」

 篠山講師の指示を受けて皆がそれぞれの場所に散っていく。


 鋼焔は2戦目なので明人の応援をするためにAとBブロックのギャラリー席に移動する。すると、最前列に沙耶と悠が絨毯を敷いて陣取っていたのでそちらの方へ向かっていた。

「コウさん、こっちですよー」

「お兄ちゃん、こっちだよー」

 二人が自分に近い位置を示して絨毯をバンバン叩いている、鋼焔は少し気圧されたが二人の中間に座った。

 無難な選択である。

 沙耶と悠は、少しむっとして、

「「よいっしょっと」」

と、掛け声とともに二人は鋼焔の近くに座りなおした。おそらくどちらかのそばに座っても片方がそばに座りなおすだけで結果は同じになっていたことから、片方の機嫌を損ねることのなかった鋼焔の選択は最善だったようだ。

 座ると同時に鋼焔は悠の顔色が少し赤いことに気が付いた。

「ん、悠熱でもあるんじゃないのか、すげー顔色悪いぞ」

「え、大丈夫だよっ、ふぁ――」

 鋼焔はそう言って悠のほっぺや首に手を当てた後、おでこ同士をくっつけた。

 そうすると悠は真っ赤になって頭から煙を噴出し、絨毯の上にコテンと倒れてしまった。

「……悠、まじでやばいんじゃないのか…」

 沙耶はそれを楽しんでみていたが、さっきの猥談の件を説明するわけにもいかず、少し寝不足なだけらしいですよ、と適当なことを言って鋼焔の注意を逸らした。

「ところでコウさん外套を脱いでください、畳んで置いておきます」

「ん、すまん」

 そういって外套を脱いだ鋼焔はそれを渡し、沙耶は綺麗に外套を畳んで傍に置いた。

「ところで、コウさん調子の方はどうですか?」

「んー、バッチリかな」

 鋼焔がそう答えると、両名は昨晩の情事を思い出したのか少し赤くなった。

「そ、そうですか」

「そ、そうだけど」

 二人の間に桃色の空間が出現しつつあった。

「うー、そうです!火蔵かぐらさんの一戦目の相手は誰なんですか?」

 雰囲気を変えるために思い切った感じで沙耶はそう切り出す。

「たしか、Bクラスから上がってきた千石葵せんごくあおいって子だな、沙耶と同じ剣術家だったはず」

「どんな感じなんですかね」

「そうだなー、まだBから上がってきた人たちとは模擬戦やってないからなんとも言えないけど、他の授業でみているとあの千石って子オーラあったわ、なんていうか侍って感じの子でさ……だけど明人が負けるとは思えないな」

 話しながら鋼焔は彼女に呼ばれた敬称――殿なんてつける年下がいたことに驚いたのを思い出していた。

「あ、出てきました、あの子ですね、なんていうか可愛いらしいじゃないですか、女の子に侍っていうのは失礼ですよ、コウさん」

 沙耶はちょっとプリプリしながらデリカシーないですよ、もう!という感じで嗜める。

 千石葵は背筋が綺麗に伸びていてスタイルが良い、髪型はポニーテール、身長は女性にしてはかなり高く170cmに届きそうなほどだった、顔は凛々しくキリッとしている。そしてなにより、胸が大きかった。

 そして鋼焔は私服が和服で分からなかった葵の胸の膨らみをこれでもか、と凝視していた。

 沙耶より少し小さいが、かなり大きいな、と感想を心中で述べる。

 意外と軍服がピチピチしていて体のスタイルがハッキリみえているようだ。

 いや違う、軍服がピチピチしているのではなく彼女の胸のせいでパッツンパッツンなのだ。

 あれで明人の精神集中を妨害するつもりなのか!?などと、益体も無いことを考える。

 そうしている鋼焔の視線を捉えた沙耶は、自分の胸を見て、葵の胸を見て、自分の胸を見て、葵の胸を見てから鋼焔に訊ねる。

「――コウさん、……私の胸は嫌いですか?」

「…え、なんでいきなりそんな話しするんだよ」

 そう答えながらも少し動揺しつつ葵の胸の凝視からゆっくり沙耶のほうを振り向くと、ちょっとだけ沙耶の瞳が潤んでいた。

 鋼焔は己が葵の胸を凝視していたことが、ばれたのを瞬間的に悟る。

「い、いやいや、好きだけど――って……他の子の胸見ていて本当にすいませんでした!」

 鋼焔は絨毯に額を擦りつけるように謝罪した。




 Bブロックの演習舞台では遅れてやってきた火蔵明人かぐらあきとと千石葵が20mの距離を開けて対峙していた。二人とも外套は着用していない。

「よろしくお願い致します、火蔵殿」

「お、おう、待たせたな」

 凄まじい大声で遠くから挨拶をされた明人がたじろぐ。

 そして開始の合図が設置された音響設備から流れる。

「それでは、1戦目開始してください」

 それを受けてBブロックの審判の講師が合図を出した。

「一戦目開始」


「「展開オープン」」

 

 火蔵明人と千石葵の両名がほぼ同時に魔法陣――魔陣領域を展開した。

 それはギャラリーの方まで飲み込み、違和感を覚えさせた。

 明人の陣の色は灰色で、葵の陣の色は白であった。


「参ります」

 葵は、そう宣言すると同時に、腰に鞘に納まった日鋼刀を召喚する。葵はそのまま刀を構えずに深く腰を落とした。

 

 

――そして、長特大の『一歩』で20mはある明人との間合いを詰めて腰を低くした状態で抜刀した。

 刃が明人に叩きつけられる。



 明人は完全に虚をつかれた、相手の戦闘スタイルが全くわからなかったので初手は相手に譲るつもりだったが、それはなんらかの詠唱を譲るだけで、こんな至近距離まで詰められ刀で襲われるつもりなど毛頭なかった。

 だが、これで相手の得意とする術がわかった、東大陸における西大陸の神聖術といわれる――武神術である。武神術は神聖術と違って『お金』は要らないが、適性と武への純粋な求道が必要である。日鋼にいる武神の精霊にその武への努力と研鑽を示すことで力を借りている、ほとんどの術が詠唱を必要としていない神聖術と似ていて得物・身体能力強化が主である、明人も多少心得があり身体能力強化にしようするときもある、だが明人は一歩でここまで凄まじい速さの跳躍をする武神術士をみたのは初めてだった。  

 おそらく魔法陣による魔術効果の上昇に加えて千石葵の身体能力が元から高いのだろう。



「――痛ッ」

 明人が吹き飛ばされギャラリーがどよめく。

 もはや一撃で勝負がついたかと思われたが、腰の右側辺りを襲った刃を明人は右肘でガードし、同時に左側に飛び可能な限りダメージを逃がしていた。そして、葵の攻撃と自身の跳躍により10mほど吹き飛んだ明人は立ち上がらない。

 葵の放った抜刀術は速さこそあったものの、片手で打ち込んでいたため威力自体は一撃必殺のそれではなかった。

 もちろん明人に肉体的損傷はない、ダメージは全て魔法陣に行く。

 しかし、今の葵の斬撃により明人の魔法陣に甚大なダメージが蓄積した、後一撃で明人の魔法陣は消失し勝負は葵の勝利となる。

 仰向けに倒れている明人にトドメを刺すべく、千石葵は正眼せいがんの構えを取り、突進しようとしていた。

 


 火蔵明人の父親は日鋼の諜報機関に所属する間諜だった。明人も将来、父親のようになれたらと同じスタイルを学んでいた。

 それは、主に武神術で強化した拳法や柔術などの接近戦格闘技全般、それに火と隠の系統の術を組み合わせて戦う。

 そして、明人は隠の系統の『固有魔術』を使用できるほどに父親から受け継いだ才覚を磨いていた。

 

 

――そして明人は起き上がらずに仰向けに倒れたまま、古代魔術、隠のクラス2の『発煙弾スモークグレネード』を詠唱していた。


「【Spc Ned Fbr Hed】」


 それに気が付いた葵は詠唱させまいと、神速で間合いを詰めるが、斬撃が明人を捕らえるよりも早く魔術は発動した。明人は手元に現れた発煙弾のピンを抜く。

 そして、明人を中心に凄まじい量の煙幕が立ち昇る。

 

 この煙幕は明人からみるとほぼ透明に見える、視界を奪われることはない、素早く次ぎの詠唱を開始する。


 しかし、葵はそうはいかない、完全に視界を奪われる、急いで後ろに下がろうとするが煙幕が尋常ではない速さで広がっていく。

 葵が退避しているのを見ながら明人が15m――魔術の威力が最大になる距離を測り古代魔術、火のクラス4を発動させた。

 葵の背中目掛けて巨大な火炎の弾が飛んでいき直撃する。葵が吹き飛ぶがある程度攻撃を予想していたのだろう、綺麗に受身を取る。

 しかし、無防備な背中に直撃したため魔法陣へのダメージはかなりのものだった。もう一度同じ距離から直撃させることができれば、その時点で葵の魔法陣は消失し明人の勝利が確定するだろう。

 煙幕は未だ晴れていない、続けざまに明人は隠のクラス4の魔術を詠唱する。


「【Io Urt Arl Tyn Idr Hed】」

 

 

 立ち上がった葵は刀を上段に構えて精神を集中させていた。


 明人の詠唱が完成すると同時に、葵が裂帛の気合とともに上段から前方の空間を切り下ろす。

 すると、煙幕が一瞬にして吹き飛んでいくように晴れる、葵は武神術の『凶祓い』によって解呪をしたのだ。

 

 しかし、煙幕が晴れるとそこにはなんと四人に増えた明人がいた。詠唱したのは『分身の術』だ。

分身は明人の姿を写したダミーで軽く斬られればそれだけで消し飛ぶ存在。

 だが、それだけの時間があれば明人は決定的な利を得る。

 さらにもう一度、明人は火のクラス4の詠唱を開始する。

 葵は一瞬、分身に驚いたがさきほどのように15mの距離を一歩で詰め、まず一人目の明人を叩き斬る。ダミー。二人目、ダミー。

 三人目を斬ろうとしたところで四人目――本物の明人から火炎の玉が飛んでくる。斬ろうとしている体勢だったために葵は全く回避が取れずに直撃する、しかし魔術の発動が明人に近すぎたためさっきもよりもかなり魔術の威力は減少していた。葵の魔法陣は消失しない。

 しかし、あと一撃軽い攻撃さえ当てることができれば明人の勝利は確定する。



 ダメ押し、とばかりに明人は隠のクラス5の魔術の詠唱を開始した。


「【Io Ift Aym Wul Pjr Sol Hed】」



 明人の詠唱は完成した、しかし……何も起こらない。



「あ、あれ?ミ、ミスったぁあああああああっ!?」



 明人が大声で間の抜けた声をあげた。表情も混乱している。

 すでに体勢を整えた葵はその隙を見逃しはしない、一度刀を鞘に納め神速で距離を詰める。


 葵の抜刀術による紫電一閃。

 初撃と全く同じ腰を狙った一撃だった。





――明人の腰と胴体が切断された。





 それをみたギャラリーから悲鳴があがる。





「―――なーんつって、な!」




 突如現れたもう一人の明人が驚愕した表情の葵のあごを拳で突き上げる――アッパーカットが炸裂し、ついに千石葵の魔法陣は消失した。


 この瞬間、明人の勝利が決まった。


――切断された方の明人は、『木』に明人の軍服を着せていただけだった、隠の固有魔術『身代わりの術』が完全に決まったのだ。


「勝負あり、勝者、火蔵明人!」


終了クローズ

 試合終了と同時に明人は魔法陣を閉じた。


 意識が完全に断たれた千石葵が担架で運ばれていく。

ギャラリーから明人と葵へ惜しみない拍手が送られる。Bブロック1戦目が終了した。


「火蔵さんさすがですね、最初は危なかった気がしましたけど、圧倒的でした」

「伊達にAクラスじゃないってことだわ、おれもそろそろ準備しておく」

「はい、コウさんも頑張ってください、ここで応援していますね」

「おう、行って来る」

 鋼焔は外套を羽織、沙耶に見送られつつ戻ってくる明人とハイタッチを交わしてからAブロックの舞台へと歩いていく。

 Aブロック2戦目、天城鋼焔の初戦がはじまろうとしていた。


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