スイッチ
マサオは自動販売機で缶コーヒーを買った。
取り出した缶のあまりの熱さにマサオは思わず「熱い!」と叫び、缶を落とした。
マサオの手から滑り落ちた缶はガードレールをくぐり抜け、アスファルトを転がった。
一匹の黒猫がマサオの目の前を通り過ぎ、缶を追って車道へと飛び出した。
車道を走っていたトラックの運転手は、急に飛び出してきた黒猫を避けようとハンドルを切った。
黒猫はタイヤとタイヤの間を巧みにすり抜けたが、缶は運悪くタイヤに掠った。
タイヤに掠った缶は加速しながら道路を横切り、向こう側の歩道へと転がった。
携帯電話をいじりながら歩いていた若い女が缶を踏んづけて転んだ。
転んだ女の履いていたヒールが脱げ、弧を描いて天高く飛んだ。
飛んだヒールはアパートのベランダに干されていた白いシーツにぶつかった。
洗濯バサミが外れ、シーツは空中へと躍り出た。
シーツの端にベランダの柵の上に置かれた植木鉢の枝が引っ掛かった。
植木鉢はシーツに引っ張られ、バランスを失い落下した。
重力によって加速した植木鉢は、自動販売機の前で、自分が落とした缶コーヒーのせいで転んだ女をぼんやりと眺めていたマサオの頭に勢いよくぶち当たった。
脳天から血を噴き出しながらマサオは歩道に大の字に倒れ、気を失った。
倒れたマサオの上にフワフワとシーツが舞い降り、マサオの右腕と右脚を覆い隠した。
仰向けに倒れたマサオの左手の上のあたりには丁度よくマンホールがあったので、その様子を上空から眺めたらカタカナの「ピ」に似ていなくもないような、そんな気がした。