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普女と野獣/長年野獣を拗らせた王子、二十年ぶりの縁談で詰む

伏女と野獣《ぶりっ子女子編》

作者: 凛1129
掲載日:2026/10/06


「おいミーケ! アキールの娘たち以外の花嫁候補が全滅ってなんなのだ!」

「はい……殿下の肖像画を見ただけで恐れをなし、逃げ出す候補者が続出していまして……」

「ちゃんと時間と金をかけて絵師に頼んだのにか!?」

「ええ、詐欺加工しまくっての結果、アーメン♪」


 ぬぬぬ、超イケメン王子と呼ばれた私が肖像画を見ただけで逃げ出されるとは。「ワン・ナイトでいいですよ」と言われても断るのは私だったはずだ。


「ミーケ……とりあえず詐欺加工というワードは今後使うな! 必然的調整と言え!」

「はいはい。殿下、その過去の栄光に囚われるのは止めませんか? オッサンになっても昔のモテ武勇伝だけで合コン乗り切ろうとしてるやつみたいで痛いっすよぉ」

「黙れミーケ! それにモテ武勇伝ってなんだ! 私はこの国の王になる予定の人間だぞ? 高級馬車で乗りつけて『乗っていかない?』みたいな、食事だけで金を払うオヤジと一緒にするな!」

「はいはい、そうですか〜!」


 呆れた顔をしたミーケが肉球をパパンッと鳴らすと、メイドたちが部屋に入り、私の着替えを始めた。


 ◇


「はあ〜!? カーマニートトが殿下との見合いに来るの?」


 アキールの長女ジングルが机を叩いて立ち上がると、紅茶の入ったポットが傾いた。


「アイツに関わったら最後! 男はみんなかっさらわれるからね!」

「そんなに美人なのか?」

「そうでもないのよ。ただ私たち姉妹、ほとんどアイツに男を取られているの! しかも取られたと思ったらすぐ別れるし! 姉妹の中でもアイツは悪魔よ! 寄生虫よ!」

「エルピーの見合い相手なんて、会ったその日に『お姉さまには内緒ですよぉ』って懐かれて、そのまま持っていかれたんだからね!」


 寄生虫というなら、見合いをしただけで城に住み憑いているジングルとエルピーも同じだが、とりあえず紳士な私は押し黙った。

 二女のエルピーも口元をナプキンで拭きながら、大きく頷いている。


 それからも昼食中、姉妹から三女の悪口は続いた。

 ぶりっ子だの、男を騙すだの聞いているうちに、段々と女性特有のやっかみのように聞こえてきて、本来愛されることが目的の見合いであることも少し忘れて聞き入ってしまった。


 やがてアキールが三女のカーマニートトを連れてくると、言うほど顔は悪くなかった。

 エルピーの美しさとは違い、可愛らしいという表現が適している。姉たちが散々語っていた魔性など微塵も感じられず、むしろ少し幼く見える柔らかな服装や喋り方まで含めれば、人畜無害という言葉の方が似合いそうだった。

 ただ二人と違い、私への質問が多かった。


「殿下はー、魔法かけられて引き篭もりになったけど仕事はあるんですよねー。どんなことしているんですかー」

「いや……引き篭もりと言うか、元々街の人の前に顔を出すようなことは特別な時だけで、あとは報告書を確認したり、ダメな政策なら手直しを指示したりと書類業務が多いのだよー」

「えー? 書類業務ですかー? 大変ですね? 見てみたいですー」

「あ、ああ! よいが……決して華やかなモノではないぞ? それよりもパーティを開きダンスでも……」

「ぜーんぜんっ! お見合いならー、普段の殿下を見てみたいのはフツーですよぉ」


 私は二人の言葉を思い出したが、それほど魔性の女とは感じなかった。むしろ私の見た目ではなく、公務を見たいなどと言うあたり、前の二人よりも真剣に私自身を見てくれている気がする。


 食事が終わると、私はカーマニートトを公務室へ連れて行った。

 机の上には決裁を待つ書類が積み上がり、その横には王家の紋章が刻まれた印章や、各部署から届いた報告書が山になっている。


「こーんなに書類があるのですかー? ひえー」

「いや、これは少ないほうだよ。普段はこの倍はあるよ」

「街の人は仕事なんてしてないと言ってるけど、殿下もこんなに仕事するんですねー! イメージ変わっちゃいましたよー」

「ああ、読んで判断しているだけだから、他の人には楽な仕事だと思われるかもしれないよ」

「いえいえ、街の人たちの運命を変える仕事。殿下は大変な責任を負う仕事を任されていると思いますよぉ。私なら怖くて出来なーい」


 これだ。私の気持ちを全力で理解してくれている。

 やはり、姉二人の言葉はやっかみでしかない。

 子持ちのジングルも男色好きの読書家エルピーも基本は自分のことばかりだったが、三女は違う。

 私に対して興味を示してくれているのだ。


「カーマニートト、君はなにか得意なことや趣味はあるのかい?」

「えー! 私はおねーさまや妹たちと違ってなにもないですよー。だから将来の旦那様の成功が私の喜びになればいいな~って思ってますよー」


 カーマニートトはつぶらな瞳で私を見ている。

 これは……既に愛されているのではないか?

 しかし人間には戻っていない……。

 そうか、今度は私がもっと魅力的であるところを見せないとダメだな。


 ◇


 それから私はカーマニートトが望むことは、なんでもしてやった。

 綺麗な服を着せ、特注のベッドや身の回りの物も用意させた。食べたいと言った菓子があれば城下町から取り寄せ、気に入った香水は箱ごと買い占め、寒いと言えば部屋の暖炉を増やした。

 庭園を歩いている時に「この花かわいいですねー」と口にすれば翌週には同じ花が一面に植えられ、「馬車って揺れるから苦手なんですよねー」と言われれば職人を呼びつけて座席から車輪まで作り直させた。


 ある日、宝物庫から持ち出させた装飾品を見せていると、カーマニートトは王家の紋章が入ったティアラを手に取った。


「これ、すっごく綺麗ですねー。でも王家の物なら、私なんかが付けちゃダメですよねぇ」

「何を言う! 気に入ったなら君にやろう!」

「えー! そんな大切な物、悪いですよぉ」

「構わん。君に似合うと思って持ってこさせたのだ」

「殿下って本当に優しいんですねー。じゃあ……大切にしますぅ」


 最初は遠慮するくせに、最後には必ず嬉しそうに笑ってくれる。

 その顔を見るたび、私の愛は伝わっている。そう確信していた。


 ◇


 ある日の朝、雨足が強い中、カーマニートトは実家へ取りに行きたい物があると言うので馬車を用意すると、自分自身で行きたいと言った。

 何故と尋ねても「殿下に申し訳ないから」の一点張りであったので、それ以上は聞かず、一度家へ帰した。


 その日は長女ジングルとエルピーの二人と朝食を取ることになった。


「フハハハッ。とうとう私も人間へ戻れるチャンスが訪れたな! 君たちの三女カーマニートトが戻ってきたらプロポーズをしてみるつもりだ! こんな良い妹がいるなら紹介してくれればよかったのに」


 するとスプーンを持っていたエルピーの手が止まった。


「もしかしたら、戻ってこないかもしれませんね」

「ははっ、そんなことはないだろ? 用が済んだら帰ってくると馬車で言ってたぞ」

「分かってない王子様だね。人間に戻っていないのに、まだ分からないのかい? 世話の焼ける王子だよ」


 今度はジングルが発言し、何故か腹を立てている。選ばれるのが三女であることがやはり不満なのだろう。

 私はそんな了見の狭い男ではない。これまで通りとはいかぬまでも、アキール一家へは便宜を図るつもりだ。


「プロポーズしてオッケーがもらえれば、愛し合っている証拠となるだろう」

「いつの時代の話をしてるんだい。恐らく王子からもらった宝石や高価な服を売りに行ったんだよ。あの子は」


 ジングルが大きな声で言うと、侍女のミーケがモチコを別室へ連れて行った。


「そんなはずはないだろ? いつも感謝の言葉を言って、カーマニートトは喜んでいる顔をしているぞ」

「セイン殿下がやっていたことって、結局は記号消費なんですよ。高価な物を持っていたり、それをあげたりしても、『殿下自身が凄い』じゃなくて『殿下の持っている物が凄い』にしか見えません」

「エルピーまで言うのか! 愛を形にするならば惜しみなくが男の努めであろう」

「手間のかかる王子様だね。なら城や権限まで全部カーマニートトへあげてみるといいさ。それで人間へ戻れなかったら、初めて分かるだろ?」


 口の悪いジングルの言葉に私は言い返せなかった。

 記号消費とはなんなのだ。古くから好きな女性には高価な物をプレゼントし、男としての器量を表す。これほど分かりやすい愛情表現もないではないか。


 ◇


 カーマニートトが実家へ帰って一週間が経ったが、未だに私の元へは帰ってこず、私は落ち込んでいた。

 一週間前にジングルとエルピーに言われたこともその通りになり、二人に気を使われているのも屈辱だった。

 いっそ「ほら、みたことか!」と言われたほうがマシだ。カーマニートトの話はあれから避けられ、ジングルの娘の話やエルピーが気になった本の話などしかされていない。


 私の公務にも支障をきたし、連日ベッドで横になっていることが続いていた。


 ある日の朝、目を覚まし、寝間着のまま大食堂へ向かった。

 本を読んでいるエルピーと、モチコの世話をしているジングルは既に席についている。


 私はボンヤリと挨拶だけして中央の席に座ったが、三人は化物でも見たような顔で私を見ていた。


「今さら野獣の姿に驚いているのか?」


 不機嫌なままそう言うと、三人とも横に首を振った。


「あんた……そんな美青年だったんだね……」

「私も初めて殿下の人間の姿を見ましたけど……こんな……」


 野獣になる前の肖像画でも見たのか?

 そう思いながら卓上へ手を置き、そこでようやく異変に気づいた。


 毛がないぞ。

 いつもなら食器を掴むだけでも邪魔になる太い爪も消え、寝間着の袖口から人間の指が五本出ている。腕を捲れば、そこにあるのは獣毛ではなく四十年前まで見慣れていた自分の肌だった。


「な、なんだこれは……」


 口元へ手をやっても牙がない。

 大食堂に置かれた銀のポットへ顔を近づけると、歪んだ鏡面の中に、獣になる前の若い男の顔が映っていた。


「な、なぜだ!? 呪いが解けたのか!?」


 椅子を蹴るように立ち上がったところで、騒ぎを聞きつけたミーケが大食堂へ入ってきた。


「セイン殿下! 人間に戻っているではありませんか!?」

「ああ……でも何故……」


 そう口にした直後、指先が膨らみ始めた。

 白かった腕を黒い毛が覆い、細かった指から爪が伸び、寝間着の袖が膨れ上がる。口の中では歯が押し出されるような感覚が走り、顔を触る頃には、そこにはいつもの牙が戻っていた。


「お、おい……ちょっと待て!」


 止めようがなかった。

 人間だった身体はみるみる元の大きさへ戻り、大食堂にはいつもの野獣の私が立っていた。


 目を覚ましてから、およそ十五分。

 たったそれだけの間、私は四十年ぶりに人間へ戻っていた。


 色々なことが頭を駆け巡ったが、理解が追いつかない。

 それでも一つだけ思い当たる名前があった。


「まさか……カーマニートトが……?」


「いえ、それは違うと思われますよ」


 ミーケは首を横に振った。


「いや、しかし、数分だが私は人間に戻った! そうでなければ説明がつかぬであろう?」

「先程、巡察官が城に訪れ、カーマニートト様は今逮捕されていると報告がありました」

「なんだと?」

「そして、こちらを持ってきました」


 ミーケが差し出したのは、私がカーマニートトへ贈った王家のティアラだった。


「これは王家に伝わる紋章付きのティアラです。質屋が不審に思い通報したそうです。なのでカーマニートト様からの愛では恐らく……」


 宝石を失ったことなど、どうでもよかった。

 私の仕事を見たいと言ったことも、大変な責任だと理解してくれたことも、将来の旦那の成功が自分の喜びだと言ったことも、全部私が聞きたかった言葉だった。


 だから信じた。

 私はティアラを受け取り、椅子へ座り直した。


 ◇


 あれから私は、朝起きてから約十五分だけ人間に戻る体質へ変わっていた。


「ミーケ! この謎を解き明かすのだ」

「無茶言わないでくださいよ。それに誰かが殿下を少しだけ愛しているのかもしれません。変な取り調べみたいなことをしたら、僅かに燃えた火も消えるかもしれませんよ!? それでもよいのですか?」

「いや……それは困る」

「殿下がご自身でやらなくてはならないことです」

「そうか……」

「カーマニートト様の件はどうされますか?」

「ああ、巡察官へ言って、間違いなく私が寄贈した物であると伝えてくれ」


 それを聞いたミーケは少しだけ微笑み、部屋を出ていった。


◇


 三日後、アキールの家から大きな箱が届いた。


 中には私がカーマニートトへ贈った宝石や服、香水、細かな装飾品まで詰め込まれている。さすがに使いかけの香水まで返さなくてもよいと思うのだが、その上には折り畳まれた手紙が一枚だけ置かれていた。


『セイン殿下へ。


 売ろうとしたティアラのことは、ごめんなさい。

 ほかの物も返します。


 お姉さまたちが言っていたことは、だいたい本当です。

 男の人に可愛いと言われるのが好きだし、欲しい物を買ってもらうのも好きです。お姉さまたちの相手を取ったこともあります。


 でも、殿下のお仕事を凄いと思ったことだけは嘘じゃありません。


 あんなに沢山の人のことを考えて、毎日あんなに書類を読んでいるとは思っていませんでした。


 私は男の人に気に入られることは得意だけど、その人を好きになったあとどうすればいいのかは、よく分かりません。


 だから少し考えます。


 もしまた会うことがあったら、その時は何もくれなくていいです。


 カーマニートト』


 私は最後の一文をもう一度読んだ。


 何もくれなくていい。


 あれだけ欲しがっていた女から、まさかそんな言葉が返ってくるとは思わなかった。


「ミーケ」


「はい?」


「この箱、どうすればいいと思う?」


「殿下が考えてください」


「またそれか」


 私は手紙を畳み直し、箱の中へは戻さず机の引き出しへ入れた。


 カーマニートトが私を好きなのかは分からない。

 私も、あの女のどこまでを好きだったのか分からない。


 ただ、次に会う時は何も持たずに会ってみようと思った。

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