背中カッチカチなアルマジロ令嬢、その背中で追われる王子を守り抜く
子爵令嬢ルシル・ルントは生まれつき背中が硬かった。
正確には、体の後ろ半分が非常に硬く、指で触るとまるで金属のような質感を味わえる。
かといって、ルシルが体を曲げられないかというとそんなことはなく、前屈や背中を反るなどの運動は問題なく行える。まさに摩訶不思議な体質だった。
ルシルは小柄で栗色の髪が外側に跳ねた可愛らしい令嬢なので、伯爵令息ブラッソ・ハーグと婚約を結ぶことができた。
ブラッソもまた髪をオールバックにし、整った顔立ちをした令息だった。
ところが、ブラッソはルシルを抱擁した瞬間、顔を真っ赤にして怒り出す。
「な、なんだこの硬さは!?」
「婚約の時に申し上げたはずですけど。私は背中が硬い体質だって」
「こんなに硬いとは聞いてない!」
ブラッソはルシルを突き飛ばし、指を突きつける。
「いいか、女の価値なんてもんは抱きしめた時の感触、あの柔らかさにかかってるんだ! お前にはそれがない!」
「そ、そんな……」
「婚約破棄だ! お前のようなアルマジロみたいな女と結婚できるか!」
ルシルは一方的に婚約を白紙にされてしまった。
体質については説明していたので、ルシルに非はなかったのだが、相手は伯爵家であり強く抗議することはできなかった。
さらに、ルシルの背中がアルマジロのようだ、というフレーズが一種の流行語として広まってしまい、ルシルは「アルマジロ令嬢」と呼ばれるようになってしまった。
これではもはや結婚相手探しどころではない。
「このままじゃ家にも迷惑をかけそうだし、ほとぼりが冷めるまではひっそり暮らすわ」
ルシルから家族に申し出て、彼女は国境付近の小さな家で暮らすことになった。
***
元々ルシルは家のことをよく手伝う令嬢だったので、一人暮らしに不自由はなかった。
朝起きて、食事をして、近くの街で買い物をして、時には人々と交流する。程よく忙しく、ブラッソとの一件を忘れるのにはちょうどよかった。
とはいえ、完全に忘れ去るというのはなかなか難しく――
(女の価値は抱きしめた時の感触にある、か。こんな背中じゃ、誰も相手にしてくれないわね)
ふと自分の背中を恨めしく思ってしまう瞬間もあるのだった。
ある日、ルシルが庭に作った花壇に水をやっていると、けたたましい蹄の音が聞こえてきた。
(なにかしら?)
まもなく馬が走ってきた。背中には青年が乗っている。
青年はルシルの近くに止まる。
「すまない、君! 私と馬に水を一杯くれないか?」
金髪で琥珀色の瞳を持つ、凛々しい青年だった。ただし、着ているものは粗末で、息を弾ませており、ただならぬ事情を抱えていることは明らかだ。
ルシルはすぐさま水を渡しつつ、問う。
「誰かに追われているんですか?」
「ああ、すぐさま追手が来るだろう。ここは離れるから安心してくれていい」
「ひょっとしてゲーテル族に追われているんじゃありませんか?」
「……! よく分かったね」
ゲーテル族とは、王国と隣り合った地域を領土とする遊牧民族。
馬と矢の扱いに長けており、これまでにも王国とは幾度も衝突を繰り返してきた。
ここは国境近くであり、乗馬した青年が必死になって逃げねばならない相手は彼らぐらいしかいないだろう、というルシルの推理は当たった。
ルシルはふと思いついたひらめきを提案する。
「彼らの矢から逃げ切るのは難しいでしょう。私をあなたの後ろに乗せて、背後を守る盾としてくれませんか?」
「なにを言っている? 君を巻き込むことなどできない!」
「私は背中の防御には自信があるんです! お願いします!」
一刻の猶予もない。
藁にもすがる気持ちで、重量が増えてしまうことも承知で、青年は後ろに乗ることを許可した。
すぐさま出発する。
ルシルの家を出てすぐ、馬を操るゲーテル族の追手らが追いついてきた。
王国領内だというのにかまわず追ってくる。
部族の言語で怒号を発する。
『ようやく追いついたな!』
『我らから逃げられるものか! あの王子は射殺してしまえ!』
『背中に女を乗せているが……どうする?』
『かまうものか、殺せ! ただし、馬は狙うなよ! 我らにとって神聖な生き物だからな!』
ゲーテル族の戦士らが次々に矢を放つ。
矢は吸い込まれるように、ルシルの後頭部や背中に命中する。
ところが――
『お、おい……嘘だろ!? 矢を弾かれてしまう!』
『なんだ、あの女!?』
『ええい、もっともっと撃ちまくれ!』
さらに矢を撃ち込まれるが、ルシルの背中には傷ひとつつけられない。
『くそう、なんだあの女は!? 鋼鉄でできてるのか!?』
『これ以上深追いするのはまずい! 退却するぞ!』
ゲーテル族は青年の追跡を断念し、引き返していく。
「どうやら諦めたようですね」
「君はいったい……」
「まずは逃げましょう。安全なところについたら、全てをお話しします!」
「ああ、その通りだ! 今は走ろう!」
ルシルの背中のおかげで、青年は逃げ切ることができた。
***
とある町に到着した二人は、馬を休ませ、自己紹介をし合う。
まずはルシルが名乗り、青年は――
「私は王国第一王子レドンド・リュッケンと申す」
ルシルは目を丸くする。
「まあ、王子様だったのですか!」
「ああ、しかし奸計にかかってこんな無様を晒してしまった」
「ゲーテル族に騙されたのですか?」
「いいや、騙されたのは彼らも同じだ。少し込み入った話になるが……」
王国とゲーテル族は長年小競り合いをしてきたが、近年レドンドの尽力もあって、ようやく和解が成り立ちつつあった。
国王も周囲も「さすが次期国王」とレドンドを褒め称えた。
――と、ここで彼の弟である第二王子が、こんな提案をする。
『友好の証として、兄上は一年ぐらいゲーテル族の元で暮らしてきたらどうだい?』
レドンドもゲーテル族の生活には興味があったので、これを快く引き受けた。
ところが、レドンドがゲーテル族の元に向かってから程なくして、第二王子は兵を率いてゲーテル族に攻撃を仕掛けた。
もちろん本気ではない。これは“ゲーテル族にレドンドを殺させるため”の攻撃だった。兄を死に追いやり、自分が後継者になるための策略であった。
ゲーテル族は大いに怒り、我らを騙したとレドンドを殺そうとする。
この動きを事前に察知したレドンドは愛馬で逃亡を図り、国境を越え、ルシルと出会い――なんとか逃げ切ることに成功した。
もしルシルがいなければ、彼らの弓矢の餌食になっていた可能性が高い。
「背中を見せてくれないか、ルシル」
「……はい」
レドンドが背中を触る。まるで鉄のような硬さだ。
「素晴らしい背中だ。君がいなければ私は死んでいた。本当にありがとう」
「いえ、私こそ……この背中が役に立ってよかったです」
「私はこれより、城に戻り、弟と決着をつける。そうしたら、君を必ず迎えに来るよ」
「……はい! お待ちしています!」
ルシルはこれを「改めてお礼を言いに来てくれるんだろうな」と解釈し、のんきに構えていた。
***
その後の展開は実に鮮やかかつあっけなかった。
第二王子の企みは、レドンドが生還した時点で失敗したようなものだった。
レドンドはたちまち兵を用いて、第二王子の一派を制圧し、彼を捕える。
さらに、王国軍とゲーテル族との間で戦闘が発生するものの、レドンドは見事な指揮でこれを最小限の規模に抑え、ゲーテル族の族長と再び和解に持ち込むことに成功する。
その時、王国から人質に出されたのはもちろん第二王子であった。
レドンドから「我が国の恥だ。あなた方の好きにしてくれていい」と差し出された第二王子は、悲鳴を上げながら連行されていったという。
一方、レドンドを救ったルシルは国境近くの家で、相変わらずの平穏な生活を送っていた。
そこに、馬に乗ったレドンドがやってくる。
「待たせたね、ルシル」
「あ、レドンド様……!」
レドンドは馬から降りると、ルシルに右手を差し出す。
「君を妃として迎えに来た」
「え……!?」
ルシルは驚いてしまう。
「私はいずれ王位を授かるが、その時私の隣にいるべきは君以外には考えられなかった。どうか、私についてきてもらえないだろうか」
降って湧いたような話であったが、ルシルも笑顔で応じる。
ルシルもまた、レドンドを守り抜いたあの日のことを忘れられずにいたのだ。
「私などでよろしければ」
「ありがとう」
レドンドはルシルを抱きしめる。その両手に、鋼鉄のような感触を覚える。
「やはり素晴らしい背中だ。この背中で君は私を守ってくれた。だから、君の前面は私が守るよ」
「よろしくお願いします……!」
第一王子と子爵令嬢の結婚。身分の隔たりは大きかったが、ルシルが身を挺してレドンドを救った逸話の説得力はやはり大きく、ほとんど反対の声は上がらなかった。
わずかにいた反対派も、レドンドが誠実に説得してみせた。彼は「ルシルの前面を守る」という約束をきちんと守ったといえる。
ちなみに、ルシルを婚約破棄したブラッソであるが、先のゲーテル族との戦いに貴族男子として駆り出されていた。
その時、戦場から逃げ出そうとしたところ、背中を矢で射抜かれ重傷を負った。
ルシルとブラッソの経緯を知る者は「ルシルを婚約破棄した罰が下ったに違いない」と噂し合った。
王子妃となったルシルは、麗しいドレス姿で元気に公務をこなす。
今日もレドンドとともにある式典に出席する。
ルシルは大勢の観衆にその美しい背中を見せて、一言。
「夫を守り抜いたこの背中で、私はこの国を守り抜いてみせます!」
歓声が沸いた。
彼女をアルマジロ令嬢などと揶揄する者は、もう一人もいない。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




