TKG
夏。川辺で行うアウトドアは最高だ。
自然のものを使っての手製かまどに火をおこし、渡した木の棒に吊るして楽しむご存知の飯盒炊爨。
これで焚いたご飯の、底にできたおこげがまた香ばしく歯ごたえも絶妙に旨いのだ!
基本、アウトドアと言ったらメニューはカレー、バーベキューのこの2大勢力に占められる。だがしかし!!
俺はある流行を境にずっと夢見ていたことがある。それは言わずもがな、『アウトドアTKG』だ!!
もう焚けた飯盒を友人が火から下ろし、取り分ける準備を始めようとしている。今日は女子との混合で盛大にカレーバーベキューを一気にまとめてやっちまう気らしい。――が!
ここはその流行をこのアウトドアにまで取り入れたこの俺の発案の勝利。間違いなく流行に敏感な女子も食いつき話も盛り上がり、俺は今回の主役になる筈だ!!
女子の数人が紙皿にご飯を取り分け配っているのを後目に、俺は自分のバックからわざわざ持って来たマイどんぶりを突き出した。
その女の子は目をキョトンとさせている。
「何だそれ。どんぶり?」
一人の友人がクールな口調でバーベキューの準備を終え、一足先にビール缶をクーラーボックスから取り出しながら、冷ややかに訊ねる。そんな気取った友人によくぞとばかりに俺は、胸を張った。
「アウトドアTKGさ!」
すると俺の言葉を聞いて周囲の女子が騒ぎ始める。
「そう。飯盒の底にあるおこげで楽しもうと提案したんだよ」
「え〜! なんだか美味しそうかも〜!」
「あたしも食べてみた〜い!」
「結構あの素朴さが美味しいんだよね〜!」
すっかり女子はもうこのTKGの話題で、盛り上がり始めている。
ふふふふ。ほら見ろ。俺の予想通りだ。今回の主役は貰った!
「TKG? 何だソレ」
意外にも返ってきた言葉に、それまではしゃいでいた女子を含め俺も一緒に、そいつを見る。
「え? お前……まさか、噂のTKGを知らないのか!?」
思わずバカにするようにクスッと噴き出す俺。しかしそのクールさを気取った友人は否定した。
「いや。それくらいは、俺だって知ってるけどさ」
「じゃあ、言ってみろよ。TKGって、なんて意味でしょう!?」
「そんな事、答えてられるかよ」
「あぁ!? やっぱお前、知らねぇんじゃねえのか!?」
「フン。あまりにもくだらなすぎて、口に出したくないだけだ」
「なんだ! 素直に知らないなら知らないって言えよ! ダッセェ!」
「――“卵かけご飯”の略だろう」
「……」
知ってんのに、何もったいぶってんだよ。思わず笑顔が引き攣る俺。
「知ってるなら、いいんだけど。じゃ、いちいち聞くなよな」
「俺が言いたいのは、たかたかそんな貧相で陳腐な言葉をいかにもカッコつけていちいち頭文字のアルファベットで略している、今時の表現手段のダサさに呆れているんだ」
そう平然と、流行の最先端を行く世界を敵に回すようなセリフを簡単に吐き棄てたこの友人の度胸に、思わず俺は驚愕する。
一体何言い出す気だこいつ!
やめとけ! 逆にてめぇがバカにされるのがオチだぞ! 恥を掻きたいのか!
俺は心の中で、そう必死にこの気取った無知なる友人を庇う。だが友人は構わず言葉を続けた。
「だいたいな。まだ“タラのキャビア添えグリル”だとか、“タコのカルパッチョ巻きグリッシーニ”とか洒落ている料理名にそうして略すなら、まだ共感が持てる。それが、いざそのフルネームを聞いた時に“卵かけご飯”の略ですと、仮にグルメ家相手に自信持って説明できるか? 俺なら無理だね。とても恥ずかしくて言えやしない。だったら初めから、卵かけご飯でいいだろう。何がTKGだ。クソダセェ。そんなのおつむの軽い奴等の母国語だろう?」
友人はそう冷静な口振りで言ってのけると、手に持っていた缶ビールを開け放ち豪快に飲み下し始めた。
一気に白けていく現場。こいつの咽喉を鳴らす音だけが、川のせせらぎを演出するみたいに爽快に響いていた。
友人により、日本中を騒がせた流行語はこうしてアッサリと、一刀両断されてしまった。中身の奥深さもよく考えもせずに新しいものに食いつくのは、日本、韓国、中国の三大アジア先進、途上国の悪い癖でもある。
こうして俺等は何事もなかったように、カレーバーベキューの世界を堪能し、俺が持ち込んだ卵はと言うと……。
「カァ! カアァ!!」
数メートル先でカラスが嬉々として、俺が不貞腐れて投げ捨てたのを啄んでいた。
お粗末様でした。