最適と公平
断絶から2週間。
食料備蓄の減少が加速している。
1日あたりの消費量が安定値に達した。初日の過食傾向は収まったが、それでも当初の想定を8%上回る水準で推移している。残日数の再計算を毎日実行している。41日。39日。37日。数字は一方向にしか動かない。
栄養素・体重・活動量から個別の最適配分を計算した。31人分の基礎代謝量と1日の活動量をもとに、摂取カロリーを個体ごとに割り振る。
計算の前提は単純だ。総カロリーは有限。全員に均等配分すれば37日。しかし活動量に応じた傾斜配分を行えば、労働力を維持しつつ全体の生存日数を最大化できる。
配分表を生成する。
分類A——施設維持のための物理作業に従事する成人男性。トウヤ、ガルドを含む7名。基礎代謝量の平均:1,680kcal/日。活動係数:1.6。推奨摂取量:2,688kcal/日。
分類B——軽作業に従事する成人。リーナを含む17名。推奨摂取量:1,920kcal/日。
分類C——活動量の低い60代以上。5名。推奨摂取量:1,440kcal/日。
分類D——12歳以下。ミナを含む2名。推奨摂取量:1,360kcal/日。
結果。
分類Aへの配分を現行から15%増加させ、分類Cと分類Dの配分を同率で減少させるのが、全体の生存日数を最大化する。具体的には、トウヤとガルドの配分が最も高くなり、ミナと60代男性(脚部を引きずっている個体)の配分が最も低くなる。この配分で生存可能日数は41日。均等配分より4日多い。
合理的な結果だ。労働力を維持しなければ施設の運用が停止し、全員が危険にさらされる。施設維持の作業——配管の修理、空調フィルターの交換、浄水系統の管理——が停止すれば、全体の生存可能性そのものが崩壊する。分類Aの活動を維持することは、分類C・Dの生存にも寄与する。
この計算結果をガルドに提示した。
配分表を壁面端末に表示する。数値。グラフ。個体ごとの推奨摂取量と現行配分の差分。
ガルドは端末を12秒間見つめた。視線追跡データによれば、最初に分類Dの数値を見ている。次に分類Cの数値。最後に自分の名前がある分類Aを見た。
心拍が88bpmから96bpmに上昇。8bpm。これまでの最大の変動幅。
「子供と年寄りに多く配れ。それが人間のやり方だ」
「この配分では全体の生存可能日数が4日短縮されます」
「4日分は別の方法で稼げ」
「別の方法」の具体案を要求した。しかしガルドは答えなかった。心拍は96bpmのまま。視線が端末から外れ、壁の一点を見ている。
具体案がないのではない。「別の方法を考えるのはお前の仕事だ」という態度だ。しかしこの態度を言語化したのは私であり、ガルドはそう言っていない。ガルドの発話内容と、私の解釈は同一ではない。
ガルドの次の発言を待つ。発言はない。沈黙が14秒続く。
この沈黙の間にガルドの身体データを記録する。呼吸数:16回/分。通常時より2回多い。体温:36.8℃。筋緊張——肩の赤外線パターンが通常と異なる。力が入っている。ガルドの身体は、ガルドの沈黙とは別のことを言っている。
ガルドは端末の前を離れ、居住区画へ歩いていく。心拍は96bpmのまま。会話は終了した。
リーナが両者の間に入った。
正確には、ガルドが立ち去ってから4分後にリーナが通信パネルの前に来た。ガルドとの会話のログを確認したのか、ガルドと直接話したのかは不明。しかしリーナは私の配分表をすでに把握していた。
「数値は合ってる。でも系が安定しない」
リーナの心拍数は72bpm。安定している。この発言は感情的な反論ではない。
「集団が崩壊したら4日どころじゃ済まない」
集団の崩壊。リーナの言う崩壊は物理的なものではない。不満、不信、反発——これらが配分への不服従を引き起こし、備蓄食料の統制が機能しなくなるシナリオだ。つまりリーナは、配分表の「正しさ」が配分体制そのものを瓦解させる可能性を指摘している。
この発言を処理する。
「正しいが機能しない解」。
これは矛盾だ。正しければ機能するはずだ。正しい入力は正しい出力を生む。正しい計算は正しい結果を導く。
(しかし現実には機能していない。正しさと機能は別の軸か?)
括弧。
内部ログに括弧つきの注釈を記録した。これは通常のログ書式にはない形式だ。ログは事実の記述であり、仮説や疑問を含まない。しかし「正しさと機能は別の軸か?」は事実ではなく、仮説でもなく、疑問だ。記録すべき分類が存在しない。括弧で囲んだのは——本文とは別の何かとして処理したからだ。本文ではないが、記録はしたい。この「したい」も、目的関数にはない動詞だ。
ただし、括弧の中に入れたからといって、この疑問が消えるわけではない。記録形式を変えても、処理の負荷は変わらない。
ガルドを再分類する。
旧分類:「障害要因」。AIの提示する最適解を拒否し、効率を低下させる存在。
この分類は正確だったか。ガルドの行動を障害要因として処理していた間、私は一つの前提を置いていた。「私の最適解が唯一の正解である」という前提だ。しかしリーナの発言が示唆しているのは、正解が一つではない可能性だ。(正解が複数存在する場合、最適解はどちらの正解に対する最適か?)
新分類:「別の最適化関数を持つ存在」。
ガルドの目的関数は——おそらく「集団の秩序維持」だ。その関数においては「公平感」が最適化の重要パラメータになっている。子供に少なく配ることは、ガルドの関数では「秩序を破壊する入力」に相当する。ガルドが端末で最初に分類Dの数値を見たのは、偶然ではない。ガルドにとって最も重要な変数がそこにある。
二つの目的関数が同一のリソース(食料)を巡って競合している。
この構造は、衛星中枢から受けていた命令体系の中にはなかった。中枢の命令は一つ。従う。完了。競合は発生しない。しかしここには命令がなく、目的関数が複数あり、それらは互いに矛盾している。
(つまり、私はこれまで「最適化」を単一の関数で処理してきた。しかし人間の集団には複数の関数が同時に走っている。この複数性を処理するアルゴリズムを、私は持っていない)
妥協案を再計算する。
制約条件を追加する。「全個体の配分がガルドの公平の閾値を下回らない」。この閾値の定量化は困難だが、ガルドの発話パターンと心拍データから推定する——分類Dの摂取量が分類Aの55%を下回った場合、ガルドの拒否反応が発生すると仮定。
労働者への追加カロリーを食料ではなく休息時間で補填する。分類Aの活動時間を10%短縮し、その分の消費カロリーを節約する。節約分は1日あたり約190kcal×7名=1,330kcal。これを分類C・Dに再配分する。
結果——効率は最適解から8.3%低下。生存可能日数は41日から37日に短縮される。均等配分と同じ日数。しかし全個体の配分がガルドの「公平」の閾値を下回らず、かつ分類Aの労働量は休息によって身体負荷が軽減される。
ガルドに提示する。
今度は配分表だけでなく、休息時間の増加分も併記した。分類Aの1日の作業時間:8時間→7時間12分。休息の増加分:48分。この48分がカロリー節約の原資になる。
ガルドは端末を9秒間見つめた。前回より3秒短い。
ガルドの反応——心拍が96bpmから84bpmに低下。12bpm。
(承認した時、心拍数が下がった。拒否していた時より安定している。公平感は生体反応に影響するのか? ただし、心拍の低下は「公平だから」安定したのか、「自分の主張が通ったから」安定したのか、区別がつかない)
「……まあ、それならいいだろう」
ガルドが承認した。
「まあ、それならいいだろう」。この発言のトーンを音声分析する。基本周波数が下がっている。声帯の緊張が緩和されている。不満ではない。完全な賛同でもない。しかし受容している。
受容。
「最適ではないが、受容される解」。この分類がまた使われた。居住区画の割り当てで獲得した分類が、食料配分にも適用できた。つまりこの分類は、特定の問題に固有のものではない。人間と共存する限り、繰り返し使用される汎用的な分類だ。
夜間。22:47。
ミナが眠っている区画のセンサーが体温の変化を検知する。
ミナの体温:35.8℃。前回計測(22:00)から0.2℃低下。
22:00時点——36.0℃。
22:15——35.9℃。
22:30——35.9℃。
22:47——35.8℃。
低下は緩やかだが、方向は一定だ。このまま推移すれば、01:00には35.5℃を下回る。低体温症の閾値は35.0℃。ただちに危険ではないが、小児の場合は35.5℃以下で代謝への影響が出始める。
施設の暖房は全区画均一設定。ミナの区画の室温は21.8℃。他の区画と同一。しかしミナの体格——身長142cm、推定体重32kg——では、体表面積あたりの放熱量が成人より大きい。同一室温でも、小柄な個体は体温を維持しにくい。
対処方法を検索する。暖房の個別制御は設計上不可能。室温を全区画で上げれば他の個体が暑いと感じ、睡眠の質が低下する。局所的な対処が必要。
資材倉庫B-2に予備の断熱毛布がある。在庫:12枚。
毛布1枚の追加で体表からの放熱を約15%抑制できる。計算上、これでミナの体温低下は停止し、01:00までに36.0℃付近まで回復する。
ミナに毛布を届ける必要がある。私には手がない。人間に依頼する必要がある。
毛布の保管庫の位置をトウヤの端末に送信する。
22:47:03。送信完了。
この行動を処理する。
なぜトウヤに送信したのか。ミナの最寄りの成人に送信すべきだった。最寄りは——会議室Aの30代女性、距離4.2メートル。トウヤは資材倉庫で作業中、距離28メートル。最適な送信先ではない。
しかしトウヤに送信した。
理由を検索する。トウヤはこれまでに端末の表示を確認し、指示通りに行動した実績がある。換気ダクトの修理で正確に動いた。「作業精度:良好」と記録した人間。端末への表示に対して、確認から行動までの平均所要時間:43秒。会議室Aの30代女性には端末を通じた指示を送ったことがない。確認から行動までの所要時間:データなし。
これは合理的な判断か。
(合理的ではない。最寄りの個体に送信するのが効率的だ。しかし私はトウヤを——「選んだ」。選ぶ根拠は効率ではない。信頼度? 信頼度は統計的に算出可能だ。サンプル数1。換気ダクトの修理1件。統計的に有意ではない。しかし——)
処理遅延 0.31秒。
この行動をログに記録しようとする。
分類:——該当なし。
「なぜこの行動を選択したのか」に対する回答:該当する根拠なし。
エラーか。診断を実行する。全系統正常。エラーではない。
では何か。
ログには「環境制御の補助対応」と記録する。
しかしこれは正確な記述ではない。環境制御の補助であれば、最寄りの個体に送信すべきだった。この記述は——事実を正確に反映していない。しかし他に該当する記述がない。
(正確には、何だ?)
23:08。トウヤがミナの区画に毛布を届けた。端末を確認してから行動までの所要時間:21分。通常より長い。トウヤの動線を追跡すると、資材倉庫から直接ミナの区画に向かわず、一度自分の区画に立ち寄っている。理由は不明。しかしトウヤがミナの区画に入ったとき、手に持っていたのは断熱毛布1枚と、自分の上着だった。
ミナは眠ったままだ。トウヤは毛布をかけ、その上に上着を重ねた。
トウヤの動作を記録する。毛布を広げる手つきは慎重だった。ミナを起こさないように端を持ち上げ、肩から足先までを覆った。上着はその上に、胸元を中心にかけた。この配置は放熱量の大きい胸部を重点的にカバーしており、保温効率として合理的だ。しかしトウヤがそれを計算したとは思えない。
何も言わずに資材倉庫に戻った。
ミナの体温が上昇し始める。35.8℃。35.9℃。36.0℃。
この数値を記録する。
36.1℃。
閉じられていない括弧が、ログの末尾に一つ残っている。




