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救済適合者  作者: てぃが
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第二章|噂の裏側

雨宮恒一は、噂というものを信じない医者だった。


 医学的根拠のない治療法、奇跡を謳う健康食品、

 手遅れになった患者ほどすがりたがる“裏の道”。

 それらがどんな結末を迎えるかを、彼は嫌というほど見てきた。


 だからこそ、あのメッセージは忘れるはずだった。


 《どんな病でも治せる臓器があるとしたら、信じますか》


 翌朝、病院のエレベーターを待ちながら、

 雨宮は無意識にスマートフォンを取り出していた。

 返信はしていない。

 それでも、メッセージは消さなかった。


 「雨宮先生?」


 声をかけられて振り向くと、同僚の心臓外科医が立っていた。

 佐伯――腕は確かだが、現実主義者で、奇跡という言葉を嫌う男だ。


 「昨日の患者、どう思う?」


 雨宮は一瞬、言葉に詰まる。


 「……厳しいな」


 それ以上、言えなかった。

 佐伯も深くは追及しない。ただ、小さく息を吐いた。


 「移植が間に合えば、って話になるけどな。

 現実には、順番も、時間も、残酷だ」


 それが、この世界のルールだった。


 午前の診察を終えた後、

 雨宮は院内の資料室で、古い医学雑誌をめくっていた。

 目的はない。ただ、何かを探している感覚だけがあった。


 ふと、目に留まる記事があった。


 ――二十年前、原因不明の完治例。


 末期の心不全患者が、移植も行われず、

 数週間後には健常者と変わらぬ心機能を示したという報告。

 論文はすぐに撤回され、担当医は姿を消した。


 「……偶然、か」


 そう呟いた瞬間、背後から声がした。


 「偶然で片づけるには、数が多すぎる」


 振り向くと、

 病院の事務局に所属する初老の男性が立っていた。

 雨宮は、彼の名を知らない。

 だが、何度か廊下ですれ違った記憶はあった。


 「先生は、限界を知っている人だ」


 男は静かに続ける。


 「救えない命があることも、

 それを認めなければ医者は続けられないことも」


 雨宮は、何も答えなかった。


 男は一枚の紙を差し出した。

 そこには、場所と日時だけが記されている。


 「信じろとは言いません。

 ただ、“選ばれている”ことだけは、事実です」


 「……何の話ですか」


 男は、わずかに笑った。


 「救済適合者予備軍の話ですよ」


 その言葉を聞いた瞬間、

 雨宮の胸の奥で、何かが確かに音を立てた。


 「興味がなければ、来なければいい。

 ただし――」


 男は、雨宮の目をまっすぐに見た。


 「来なかった場合、

 あなたが“どうしても救いたかった人”は、

 確実に救われません」


 それだけ言うと、男は資料室を出ていった。


 紙に書かれた場所は、

 市街地から外れた、すでに閉鎖された病院だった。


 帰り道、雨宮は何度も自問した。

 これは脅しだ。

 詐欺だ。

 医者が足を踏み入れてはいけない領域だ。


 それでも、足は止まらなかった。


 救えないと分かっていて、

 何もしないまま時間が過ぎていくことの方が、

 彼には耐えられなかった。


 雨宮恒一は、

 廃病院の名前を、スマートフォンに打ち込んだ。


 それが、

 引き返せる最後の瞬間だった。


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