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第8話 光球

 いや、全然気軽になんかならないでしょ。


「どうしましたか? 大丈夫ですよ。どんな威力であろうと、私はガードできますから。思いっ切り放ってください。話はそれからです」


「……わかった」


 いや、わかっていない。高く伸ばした手は見てわかるほど震えていて、口はカラカラに乾いていた。胸の動悸はさっきからずっとうるさいまま。


「一言、発すればいいのです。光球と」


 タイゼンが冷静にアドバイスをくれた。


「最初は誰しも上手くいきません。練習を重ねるうちに魔力の使い方が文字通り身についてくる。魔言を自分の中へ取り込み、ただの言葉の一部となる。今は、その最初の一歩を踏み出すだけ」


 口を開いても言葉にならない掠れ声が漏れるだけ。どうしてか息が荒くなってきて、何も考えられなくなっていく。空白になった頭の中を埋めるのは、クラスで飛び交う言葉。


『また試験落ちたんだって』『やめればいいのに』『頑張ったって無理だって』『なにがエターテ・メメルよ』


「なるほど。威力が大き過ぎるのを恐れているのではないのですね」


 タイゼンの指摘に胸が痛くなる。言葉が出ないはず。だって、知らない間に唇を噛み締めていた。


「怖いのは、光球が現れなかったらどうするか。魔法が発動しなければどうしたらいいのか。そうなんですね、マスター」


 答えることはできない。というか、答えなくたってわかるんでしょ?


「もちろんです。怖いと。なるほど、マスターの置かれた状況下ならばそうかもしれません。ですが、マスター。一つ大事なことをお忘れでは?」


 大事な……こと……?


「今やマスターの側には私がついています。マスターがご自身の力を疑っておいでなら、私が保証しましょう。マスターなら、必ずできる、と」


 ゆっくりとお辞儀をしたタイゼンの顔が上がる。自信に満ちたその笑顔は、震える手を止めてくれた。口が開く。しびれてはいるけれども。


 上を、頭上高くどこまでも続く暗闇を見上げた。できないかもしれない。だって、これまで一度だってできなかったんだから。みんなが、周りが次々と課題をクリアしていくのに私だけずっと、ずっと最初で止まっていた。どんなにもがいても、頑張ったって、届かなかったんだから。怖いよ、怖いに決まってる。だけど、それでも──。


「大丈夫ですよ、ナナキ様」


 掌にありったけの力を込める。そんなことをしても何の意味もないことは知っているけど、そうしないといけなかった。大きく息を吸って、思い切り口を開いた。


「光球!!!!」


 瞬間。光が射出された。舞い落ちる雪のような純粋な白い光が。


 言葉も出なかった。真っ直ぐ伸びた光は暗闇を突き抜けようと高く高く伸びていく。頂点に達したところで行き場のなくなった光は横へと膨張を開始する。そのあまりの速さに私は、不安がっていたほんの少し前の自分を忘れて恐怖を覚えていた。


 勢いは全く止まらないまま、掌から光が放出され続ける。いつ終わるのか、どうやって終わらせるのか自分が創り出しているものなのに、対処できない。


「──タイゼン」


 いつの間にか名前を呼んでいた。助けを求めて。制御しきれない自分を止めてくれるのは、彼しかいない。


「タイゼン!!」


「かしこまりました。マスター」


 恭しく返事をすると、タイゼンは斜め上へ向けて手をかざした。そして、


「『暗影(あんえい)』」


 と呟く。掌からふわふわとした雲のようなものが出現した。ただし、真っ黒な雲だ。雲は空間を漂うように拡散していき、あっという間に光を包み込んでいく。


「光は闇と対立関係にあるのはご存知ですね? どんなに強い光でも、深い闇の中では輝けない。真っ白な光は、黒に、汚されていくのです」


 あとはすぐだった。タイゼンが生み出した闇が光を覆う。出口のなくなった光は、いくら眩しくても──。


 タイゼンのしなやかに伸びた指が握り締められる。リンクするように圧縮された光が潰された。


「あっ」


 急に軽くなった身体が前へ倒れていく。自分で自分を支えることができずに、というよりも支えようとすら浮かばずに暗闇がどんどんと迫ってきた。


「マスター」


 腕に支えられていた。思ったよりも太い腕だ。掠れてよく見えないけど、タイゼンの顔が柔らかい表情を描いていた。


「お疲れ様です」


 柔らかな声まで降ってくる。夢じゃ、ないよね?


「夢ではありません。現実です」


「そうだよね……本当に、本当に!」


 できたんた。魔法が、できたんだ!


 それしか言葉が出てこなかった。タイゼンに支えられながら、自分の足で立つ。身体の、全身の震えが止まらなかった。


「ねぇ、震えてるよ……寒くもないのに……こんなに……」


「そう言いつつも、顔は綻んでいますよ。涙も流れていますが」


「えっ?」


 気づかなかった。目から溢れる涙が、頬を伝って下へと落ちていく。嬉しいはずなのに、涙が止まらない。


「本当によかったですね。それでは、光球をあと500回続けましょう」


 涙が止まった。


「えぇっ?」


「言ったじゃないですか。魔言が身につく必要があると。まだ学院に向かうまでには時間がありますから、まずは500回」


 ウソ……でしょ?

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