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第5話 やっぱり読めない魔導書

 寮についた頃にはすでに辺りは真っ暗闇に包まれていた。雨が降ったあとには、急激に冷え込む。どこの部屋も暖炉の火を強めているのか、いつもよりも窓から見えるオレンジ色の灯りが大きく見えた。ふぅ、と息を吐き出すと、いつもの通り一瞬だけ空気が白くなる。


 この景色を見るのは好き。均等に並べられたオレンジの灯りが真っ白な雪を照らし、真っ白な雪がまたオレンジの灯りを照らす。暗闇で壁の境界がわからなくなって、幻想的な雰囲気に見える。細かな雪が降っていればなおさらいいんだけど。


「……って、今は見とれてる時間ないって」


 寒すぎるからか、誰とも出会わずに入口から廊下を抜けて階段を上っていくことができた。一番奥の部屋の前まで来たところで、ドアに私の鞄が置かれているのが目に入る。鞄の上に置かれた用紙には、「荷物置いておくね。寒いから、暖かくしてね」と書かれていた。本人と同じく可愛らしいカルルカの文字だ。


 それを二つに折ってローブのポケットに入れて、部屋の中へ入る。音を立てないように後ろ手にドアを閉め、鍵を掛けると、ようやく心が落ち着いた。……いや、まだ落ち着いていない。


 鞄をドアの前に置いたまま、腕の中に抱えていた魔導書を掲げる。私の魔導書、私のだ。そう思うと、胸の鼓動がどんどん速くなっていく気がした。


 早く本を開きたい──と焦る気持ちを、胸に手を当てることで物理的に抑える。何はともあれまずは冷え切った体を暖めなければいけない。


 マッチの火を暖炉の中に投げ入れる。チロチロと弱々しい火が細い木々にそれから薪に燃え移り、大きな炎に変わっていく。氷のようにすっかり冷たくなってしまった手を炎に当てると、じんわりと解けていくように手のひらが赤味を取り戻していった。もし、『発火』の魔法が使えるようになればこんな手間はいらないし、すぐに大きな火を灯すことができるんだ。


 そして光球の魔法が使えたならば、自在に光をつけることもできるし、『集水』の魔法はシャワー、『起風』で風を起こせば髪だってすぐに乾かせる。ここにいる人達と同じように、自由で快適な生活を送ることができる。


 体が十分に暖まったところでコートを脱いで、いよいよテーブルに置いた生きた魔導書を開く。だけど1ページ目には、空白だけがあった。違う。空白しかなかった。


(……えっ?)


 次のページもその次も、魔導書を手に取りペラペラ捲ってみても、どこも何もない白地だけが広がっているばかり。


「……なんで?」


 やっぱり騙された? いやいや、あのおじいちゃんはそんな、人を騙すような人には見えなかった。それに、急に現れて急に消えたあのお店は普通じゃない。こんな、ただの学院生を騙すのにあんな大掛かりな魔法はいらないだろう。


 そこまで考えたところで、別の嫌な考えが頭に上る。どうしたって、その可能性を考えなければいけない。


「私が、読めない?」


 そうだよ。考えてみれば生きた魔導書なんだ。どんな魔法が記されているのかわからないけど、それ相応のきっと資格がある人しか扱えない。たぶん、そうアミーシャとか。


「やっぱり、私が持つべきような魔導書じゃないってこと? 私は選ばれなかったってこと?」


 いや──まだわからない、わからないよ。


 パンッと本を閉じた。ここまで戻ってきたんだ。明日、先生に聞いてみることにして、今日はもう寝よう。


 暖炉の火だけを頼りにシャワーを済ませると、夕食を取ることもせずにベッドへ潜り込む。柔らかな毛布はすぐに暖かくなり、体を包み込んでくれる。そうすると、いつの間にかすぐに眠ってしまうんだ。


 ──泣いていた。間違いなく涙は、黄色の瞳から流れ落ちていた。天から降り落ちる大粒の雨は誰もいなくなった地面を跳ね、赤く染まった大地を浄化するようにその色を溶かしていく。雨音だけが響き渡る静謐な空間で、その涙だけが別の音を発していた。それは、悪魔だ。背中に黒い羽が生えた、頭に黒い角が生えた、それは、悪魔だ。闇をもたらし、闇を支配する、それは、悪魔だ。悪魔だ。悪魔だ。悪魔だ。悪魔だ。悪魔だ。悪魔だ──


 明るさを感じて目が開く。なぜか濡れていることに気がついて、人差し指で目尻を拭う。私、泣いていた?


 いや、それよりもなによりもあれよりもどれよりも。大きな違和感が、瞳に映っている。つまり、目の前にある。


 それはきっと、いや絶対に。ありえないかもしれないかもしれないがしかし、絶対に、絶対に。


 ()だ。それも、()の。つまり、全裸だ。一糸纏わぬ全裸の男が、私のベッドに潜り込んですーすーと寝息を立てて眠っていた。


 朝を告げるニワトリよりも甲高い叫び声が部屋中に響いた。目の前にいる男の瞳が薄っすらと開く。

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