第46話 生徒会長の光
「ゼドニーチェクか。報告があったのか?」
「ええ。マハーチェ教授。国王から直々に命令が下ったようです」
「国王から!? じゃあ──」
「最重要任務です。事情も把握しました。ですが、どうしても気になって。試験での一件もありましたから、ただ様子からすると戦場に向かうような状況ではないようです。アミーシャ・ジブール。何があったか教えてくれませんか?」
穏やかな声だった。暖かな日差しに照らされた陽だまりのように、その落ち着いた低い声は耳奥へと浸透していく。
「その……疲れているだけです。戦いっぱなしでしたし、気が張っていて」
「すみません。客観的な状況を教えて下さい。レッシュベルさんの前では話しづらいのかもしれませんが」
「……ステラさんと戦っている最中に、動けなくなってしまって。雷魔法を受けたので、麻痺かと思ったのですが、様子が違っていて……」
「ステラ・ディーチェ第一秘書官。今すれ違った女性、か。実質、国王の側近だと聞いています。戦闘の機会はほとんどありませんが、その実力は、シューレスタットの中でも随一と聞きます。ギルドに入っていれば間違いなくトップに君臨していたとか」
足音が近づいてくる。一歩一歩、悠然と。その足音は私の前まで来て、止まった。
「負けたんですね。レッシュベルさん」
ズキン、と胸が痛んだ。
「いきなり何を!? 失礼ではありませんか!」
「事実は事実です。戦って負けた。あまりの実力差を実力不足を知って無気力になってしまった。よくあることです」
「よくあることって──」
「ですが! その事実と向き合わなければ強くなどなれない。前に進むことはできない。エターテ・メメルになど遠く及ばない。違いますか?」
吸い込まれそうなシルバーブルーの瞳。アミーシャの声をかき消すように張り上げたその声に、私は思わず目を開いてしまっていた。
「裏の事情がどうであれ、国王からの命令ならば誠実に実行に当たらねばなりません。少しの間、席を外していただけますか? 数少ない同じ光の魔法の使い手として話をしたいんです」
生徒会長は私に向けて微笑みをつくると、近くにあった丸椅子を引き寄せて座った。
「い、いきなり何を言って──」「いいんだ、行くぞ」「ですが、何をするのかもわからな──」
「大丈夫。ゼドニーチェクは、信頼できる。彼が話すと言うのだから何か考えがあるはずだ」
アミーシャは、マハーチェ教授に引きずられるようにして部屋を出ていった。扉が大きな音を立てて閉められる。
「えっと……」
思いっ切り目が合ってしまって慌ててそらす。顔が、近過ぎる。そんなことを全く気にする素振りも見せずに、生徒会長は足を組んだ膝の上に組んだ両手を乗せた。
「『陽光』の魔法を知っていますか? 光魔法の中でも珍しい回復魔法です」
ヒビの入った壁を見ながら記憶を巡らせる。……確か、タイゼンから、教えられた魔法の中にあったような。時間がないからと、覚えるのを後回しにした魔法の一つだ。
「人のもともと持っている治癒能力を活性化させることで傷を修復する魔法です。小さな傷ならすぐに治ります。このように」
手が、かざされる。色白の細長い手だ。生徒会長が小さく「陽光」と呟くと、温かな光が降り注ぐ。声を聞いたときと同じような陽だまりに包まれたような感覚が頬を熱くさせた。
「ほら、消えました」
頬を触ると、風で切れた頬の傷がなくなっていた。綺麗に、元通りに。
「陽光は、初期の光魔法の一つです。時代で言うならば、試験で見せてくれた閃光や熱源と同じ時代、つまり、エターテ・メメルの開発した魔法です。そして、陽光を開発した際の彼女のメモにはこう書いてあります。『どんなに闇が深くとも光は一人ひとりの中にあります』と」
……光は一人ひとりの中に……真っ暗な暗闇の中でも光は、ある?
「一つひとつの魔法には、創られた背景があります。ちょうど数多の音楽家が時代と自分とたたかいながら新しい曲を創り上げるように」
とても優しい口調。でもあくまでも淡々と、まるで絵本のお話を読んでいるみたいに。
「人には、再生能力がある。多少の傷ならば放っておいてもやがて回復するでしょう。しかし深い傷ならば、命を落とすことにもつながりかねない。エターテ・メメルの生きた時代は戦乱の時代。目の前で治癒が間に合わずに亡くなっていく人々の姿を目の当たりにして、この魔法は創られたのだと思います」
声が、心地いい。ふわふわとまるで空に身を預けているみたいに、温かな水の中で揺れるように。
「どんなに深い傷でも、癒やすことができるように。それは、心の傷も同じはずです。わざわざ彼女は、闇と光を対比させているのですから。光魔法は闇魔法と対を成す。光魔法の使い手は、いつでも闇とたたかわなければいけない。だからこそ、強く光り輝くのです」
ずっと、ずっと聴いていたくなってしまう声。そんな声で話されたら、また涙が溢れてしまうじゃないか。
「……なれるんですか? 私でも……」
なんてひどい声。涙のせいで鼻水まで出てきてしまう。恥ずかしいから、顔は壁を向いたままで。
「強く、なれるんですか? 私でも……こんなに涙が止まらないのに……足を引っ張ってばかりで何もできない私なのに」
「できます。強くあろうとすれば必ず。泣いているということは、強くありたいということ。そうではないんですか?」
力強く言葉が響く。拭っても拭っても涙が止まらない。なんてことだ。
「すみません、子どもみたいに。……でも」
体の向きを変える。涙はそのままだし、顔はぐちゃぐちゃのまま。でも。
「強くなりたい……強くなりたいんです」
この想いはまっすぐ。伝えたかった。
「なら、もう答えは出ているはず」
生徒会長は制服の胸ポケットから、そっと刺繍もなにもない真っ白なハンカチを差し出してくれた。
「でも、汚れちゃう……」
「ハンカチの用途はそのためにあります。遠慮なく」
躊躇しつつも受け取ると、生徒会長はイスから立ち上がった。どうしたんだろう、とハンカチを目に当てたまま見ていると、そのまま部屋の外へ出ていこうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ドアノブに触れた手が止まり、また綺麗な瞳がこちらを見る。私はまた慌てて視線を逸してしまった。
えっと、何を言おうとしたんだっけ。なんで止めたんだっけ。そうだ。
「また、会えますか?」
えっ! いや違う、そうじゃなくて!
「同じ学院に通っているので、いつでも」
さも当然というように返されてしまった。それはそうだ。先輩と後輩なんだから当たり前のこと。
「そ、そうですよね」
だから違う。そうじゃなくて! ──ああ、会長が行ってしまう!
「あの! ありがとうございました! 私、エターテ・メメルに憧れているくせに光魔法のこと全然わからなくて、また今度お話聞かせてください! まだまだ知りたいことがたくさんあるから!」
その表情は、もしかしたら忘れられないかもしれない、と思ってしまった。クサヴェル・ゼドニーチェク会長は、私に視線を注いだままま優しく微笑むと、「歓迎するよ」と言ってくれた。瞳が輝いていた。本当に、雪面が反射した太陽の光のようにキラキラと輝いていた。
静かにドアが閉められる。涙はいつの間にか消えていた。ベッドから降りるとボサボサの髪を直して思い切り腕を伸ばす。
「時間はまだある。やるぞ! やるぞ! やるぞ!!」
ハンカチをポケットにしまうと、壁にかけていたコートを肩に引っかけてドアへと向かった。
もう負けない、とは言えないけれど。もう諦めない、とも言えないけれど。
ドアノブを強く握って扉を開ける。
今は、進もう。前を向こう。
「待っていました、ナナキさん」
ドアのすぐそばで待ってくれていたアミーシャは、不機嫌そうに息を吐くと、歩き始めた。
「行きますわよ。時間はあまりないのですから」
「うん!」
校舎を抜けて、大通へ。まだ日の高い街中は混雑していて活気でいっぱいだ。1台の馬車が通りの真ん中を勢いよく駆け抜けていく。巻き上がった風が髪の毛を揺らした。
一人の人が「魔女の宴」から出てきた。全身を黒で統一したその人は、手にはめたグローブをもう片方の手で伸ばす。
「ちょうどコーヒー1杯分の時間です。休憩は十分でしょう。さっそく始めますよ」
「はいっ!!」




